第十話
俺達はシャリムを先頭に、黒い霧の発生源だとシャリムが言う場所を目指し、砦内を駆け足で進む。
時間が経つほど、こちらの犠牲は大きくなってしまう。
あまりモタモタはしていれない。
と、そこでシャリムが走ったまま俺に声をかけてきた。
「ねぇ、今回の件……突然、砦内に黒い霧が発生したのは君は一体、何が起こったと思う? ライゼルア家当主である君の見解をぜひとも聞かせてくれないかなぁ?」
「……白々しい。お前は今回の件に関して、潔白だと言い張るのか? だが、そうだな。黒い霧が広がる仕組みは、お前も知っているだろう。災厄の尖兵、魔物自体がまるで息をするかのように黒い霧を発している。だから奴らに侵略された地は霧に覆われてしまうと言う訳だ」
「うんうん、今は周知の事実だけど、人類はそれしきの事実を掴むだけでも大きな損害を被ってるんだ。災厄の仕組みを調べ続けてくれた、先人達には感謝しないとねぇ」
俺は気にせず、更に進める。
「今回の事件も、俺は魔物からこの黒い霧が生じたと見ている。だが、だとすれば警備厳重なこの国境砦にどうやってか魔物が入り込んでいたということだ。この読みが当たっているなら、由々しき事態だな。どうやったか知らんが……お前の手並みには恐れ入るほかない、シャリム」
「やっぱりどうしても僕を犯人扱いするって訳かい? でも、僕だってこんな身の危険が差し迫る状況に置かれてるんだよ。僕が犯人ならどうしてそんなことをしなきゃいけないんだい? 僕も被害者なんだよ。信じてくれないかなぁ」
あくまでおどけるシャリムに俺は一喝する。
「シャリム、無駄口を叩く暇があるなら、もっと早く走れ。どこにあるんだ、目標は。目的地はどこだ?」
「ああ、そうだったねぇ。いや、もう着いたよ。目標はここで止まったようだ」
シャリムがそう言うと、俺達は大きなドアの前で立ち止まった。
ここには修練場があったはず。シャリムの言葉を鵜呑みにするなら、ここに黒い霧を発生させた発生源があるというのか。
――俺は警戒を怠らずに、ゆっくりと静かにドアを開いていった。
そこにいたのは……。
「たぁあああああ!!!」
「ぐるるぁああああああ!!!!」
そこには……巨兵と言っても差し支えない、そして両腕が異常に大きい騎士のような出で立ちの魔物が、黒騎士隊の一人、ノルンと交戦状態だった。
俺とヴァイツは対峙するノルンの前に走り寄ると、その巨兵の魔物を睨み付ける。
巨兵の魔物は大きな鋼鉄の塊に見えたが、巨大とも言えるその両腕は敵を威圧するに充分であった。
「ノルン、無事か?」
俺はノルンに声をかけるが、ノルンの息遣いは荒い。
「はあ、はあ、アラケア様……平気です。まだ私は戦えます。ヴァイツ隊長とご一緒だったのですね。不出来な兄ですが、少しはお役に立てたでしょうか」
「あのな~、お前。こんな時まで……心配してたってのに。少しは隊長としての僕を立てて欲しいもんだね」
ヴァイツが呆れ顔だが、その顔は安堵しているようだ。
口ではそう言っても、妹が無事でいてくれて嬉しいのだろう。
そして俺は……敵を睨みつけ、一歩踏み出す。
戦斧を握りしめると、敵に向かい飛び出そうとしたが、しかしその時、まだ無事だった砦に駐屯する兵士の一団が、駆け付けてきた。
「アラケア様、ご無事でしたか。助太致します! ここは我らにお任せ下さい!!」
そう言うと兵士達は、一斉に剣を引きぬく。
巨兵の魔物も大きく腕を振りかぶり、攻撃に入ろうと構えを見せる。
だが……俺には分かっていた。
魔物との戦いに慣れていない砦の兵士達では、太刀打ち出来ないと。
「待て、下がれ! お前達では魔物相手の戦いは無理だ!」
俺の声に巨兵の魔物は口元を歪ませたように見えた。
「この魔物……感情があるのかい? 笑ったよねぇ、今……」
背後からシャリムの声が聞こえたような気がした。
だが、それどころではなく、俺はすぐさま助けに飛び掛かろうとしたが、時はすでに遅かった。
「くっ!!」
俺の目をして捉え切れなかったのだ。あまりに速過ぎる腕の動き。
奴の腕の長さから判断した間合いと、攻撃のタイミングから動きを予測して、俺とヴァイツとノルンは身を伏せたので、攻撃を避けることが出来た。
だが、飛び掛かっていった砦の兵士達は、惨たらしい死体や肉塊となって血の噴水をあげていた。
「打撃ではない、斬撃か……その腕。貴様、よくも彼らを」
俺は見た。巨兵の魔物の両腕には細かいノコギリの刃のようなものが高速で動いており、あれが打撃に斬撃力を上乗せし、殺傷力を増していたのだ。
「化け物ね……あれでは迂闊には近寄れないわ。魔物相手の訓練を受けていない兵士達では最初から勝ち目はない勝負。可哀想だけど蛮勇だったわね」
ノルンは俺の横に歩み寄る。
「どうします、アラケア様。ここは私の力を頼ってください。私の力ならば、奴の動きを止められます」
その間にも巨兵の魔物は足を踏み出してくる。
今にも攻撃に入ろうという動きだ。猶予はない。
「……分かった。俺とヴァイツとお前でやるぞ。奴を完全に息の根を止める」
「ああ、任しといて。もう一人も犠牲者を出させないためにもね」
ヴァイツも警戒を怠らず一歩を踏み出すと、俺の横に並ぶ。
これで俺と黒騎士隊の最精鋭二人の揃い踏みとなった訳か。
だが、それを見て巨兵の魔物は面白そうに、にぃっと口元を歪めると……
――動いた。
「来るぞ!!」




