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滅びゆく世界のキャタズノアール  作者: 北条トキタ
上陸、厄災の地
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第百十九話

「……やはり駄目か。この大陸に上陸してから、薄々気付いていたが、妖精鉱の反応が弱い。妖精鉱同士の共鳴作用が起きなくなっている」


 黒い霧の中で道標の役割も果たす妖精鉱だが、北の大陸では何らかの力でそれが妨害されているためか、正しく機能しなくなっているようだった。

 唯一、光源としては十分な効果を発揮しているのが、せめてもの幸いか。


「となると、やはり貴方の感知能力に頼るしかないようですねぇ。しかし私達には私達で出来ることがあります。暗殺者特有の夜目の利く瞳を活用し、周囲を探るのをお手伝いましょう」


 マクシムスは残る自身の部下である、二人の黒衣の者達にそう指示を飛ばし、比較的安全な空路を移動中とはいえ、決して警戒を怠るなと付け加えた。


「だが、人間が極限状態の中で緊張感を保てる時間はそう長くはない。過酷な環境で魔物ゴルグやカルギデ達との戦いが立て続きに続いたせいで、俺達の疲労ももう限界に来ているんだ。早急にこの状況を打開しなくてはな……」


 俺はラグウェルの背に乗り、北を目指して飛行している中でも感覚を研ぎ澄まし、僅かの変化をも見逃すまいと努めていたが、そんな時だった。


「むっ、まさか……! おい、見つけたぞ、人の気配だ! 数百……いや、千人以上はいる。間違いない、ガイラン陛下達だ」


 飛び立ってからおよそ数十分の空の旅。そこからようやく訪れた事態の進展に皆は表情が明るくなり、互いの顔を見合わせて笑みを浮かべた。

 ラグウェルも俺の言葉に希望を持ったのか、両翼をより力強く羽ばたかせた。


「じゃあ、すぐにでも降下するよ。場所を指示して、アラケア」


「ああ、ここからやや北西。開けた場所に陛下達はいる。このまま地上へと降り立ってくれ」


 だが、まさに高度を下げ始めようとした、その時になって俺は気付いた。

 ラグウェルの両翼が動きを止めてしまっていることに。


「おい、ラグウェル。落下速度が急すぎるぞ。このままでは地面に激しく激突する。もう少し速度を下げてくれないか」


 俺はそう言ったが、しばらく返事はなく、やがて足元のラグウェルから絞り出すような声が聞こえた。


「ア、アラケア……か、体が……」


「どうした、ラグウェル」


 俺が再び尋ねると、溜めていた息を吐き出すようにラグウェルは答えた。


「体が、動かない……んだよっ! 翼も動かせない! このままだと……お、落ちるよ!!」


「な、何だと!? う、うおっ!!」


 俺がその言葉を最後まで言い終える間もなく、ラグウェルは……いや、俺達全員は重力に引かれるように地面に向かって墜落していった。

 だが、そんな急激な落下の真っ最中にあって、俺は視界に何かを捉えた。

 黒い霧の中に浮かんでいる、それらを。

 いつから現れたのか、上空に無数の巨大な目玉が浮かんでいたのだ。


「目玉だと? 何だと言うんだ、あれは!」


 俺は体を浮遊感に襲われながらも、両手を高速で動かすことで気を増幅させ自身の影を鳥の姿形へと変化させると、ラグウェルの体を掴んで両翼を広げた。

 だが、落下速度こそ緩やかになったものの、明らかに重量オーバーだった。

 高度を維持することは叶わず、依然と地上へと落下していく。


「だが、これでいい」


 しかしそれでも十分、俺の試みは成功していたのである。

 この速度であれば激突の衝撃はかなり和らげることが出来るからだ。

 それを確認すると、俺は改めて空を見上げた。

 黒い霧に浮かびながらこちらを凝視している、巨大な目玉の群れを。


「あれの仕業か、ラグウェルを行動不能にしたのは。もしやあれもシャリムが言っていたと言う災厄の殲滅者の一つなのか」


 だが、その時……俺の頭に声が響き渡った。それも聞き覚えのある声だった。


(いいえ、違うわよ、アラケア・ライゼルア。あれは黒い霧に投影した私の術の一つ。お気に召して頂けたかしら?)


「お前はっ……!」


 その声の主を悟った瞬間、俺の全身に悪寒が走った。

 つい最近、この大陸に上陸する際に出くわした絶望そのものの敵。

 俺の最高奥義すらまるで意に介さなかった、あの魔女だった。


「魔女ベルセリア! 俺達をここまで追って来たのか!?」


 しかし返ってきたのは肯定の言葉ではなく、脳内でベルセリアの甘い笑い声が再生されるだけであった。

 俺はより注意深く周囲の気配を探った。

 だが、半径三百メートル以内にいれば感じ取れるはずの感知能力は、魔女の姿を見つけることは叶わなかった。


「どこだ、どこにいる、魔女ベルセリア!」


(見つからないのは当然なのよ。なぜなら私がいるのは……)


 気が焦り、叫ぶ俺に囁きかける魔女の言葉が言い終わらない間に、感知能力に頼る必要もない程にはっきりと、俺達の視覚はついに魔女の姿を捉えた。

 魔女がいた場所は……。


「あ、あれはっ!」


「きょ、巨人!?」


 部下の黒騎士達が口々にそう叫んでいた。

 そこに立っていたのは女性の体の輪郭を持ち、黒い霧の中に浮かび上がる、高さ百メートルはあろうかと言う巨大な人の姿だった。

 黒騎士達だけではない、皆があの姿を見て動揺が走っている。

 だが、そのことで俺は逆に冷静さを取り戻し、ベルセリアの姿形を見据えた。


「ベルセリアだと言うのか……あれが? いや、実体を伴っているなら俺の感知能力で探ることが出来たはず。つまり、あれは恐らく……本体ではない」


「ええ、その可能性は高いでしょう。かと言って、こちらを攻撃してこれないとは言い切れません。滑空しながらゆっくりと落ちていっている、今の不安定な足場では戦うには心元ありません。一刻も早く地上に降り立つべきです」


 マクシムスが俺の横でそう言ったが、俺も同感だった。

 俺は落下速度を上げてでも地上に降りるのを急ぐべく、ラグウェルを支える黒い鳥の形状を調節すると、落下の勢いは増していった。

 だが、魔女の幻影はそれを待つことなく、俺達の予想の通りに動きを見せた。


(待ってあげても良いのだけど、この大陸に初めて足を踏み入れた新参者には、ここがどういう場所かより深く知って貰うためにも、洗礼は必要よね)


 空に浮かび上がる魔女の幻影が雷雲のように帯電したかと思うと、同様に黒い霧の中に浮かぶ無数の巨大な目玉の間を走るように、稲妻が駆け巡った。

 そして増幅された、稲妻は空高くより俺達の元へと落雷する。


「――……っっ!!」


 いや、俺達は間一髪、命中を逃れていた。

 俺達のすぐ側を通り抜けていった稲妻に俺達は肝を冷やすが、攻撃の手は止まらない。次々と放たれる稲妻に、俺達は窮地に立たされる。

 だが、幾度放たれても、どういう訳か稲妻は俺達に命中することはなく、ぎりぎりの所で俺達を避けていっていた。


「どういうつもりだ? 俺達を甚振っているつもりなのか、ベルセリア」


 尚も攻撃の度に、頭の中で魔女の笑う声が繰り返される。

 魔女の意図が読めずにいたそんな中、俺の背後で黒騎士の一人が俺の首に手を回し、抱きしめてきたのである。


「……油断大敵。仲間とはいえ、信用しちゃ駄目なのよ。この大陸では特に、ね。勉強になったかしら、アラケア・ライゼルア」


 その声は男性のものではなく、振り返ると、そこにいたのは黒騎士ではなく、いつの間に入れ替わっていたのか、後ろにいたのはあの魔女だった。


「ベルセリ……アっ!!!」


 俺が声を絞り出したその時、背中から鋭い痛みを感じて俺は蹲った。

 生暖かい血液が流れ落ち、激痛から強い意思の力によって形作っていた、覇王影の黒い鳥の形状が崩壊していくのはあっという間だった。

 空に留まる力を失い、眼下の地面へと墜落していった俺達は瞬く間に地面との距離が近くなり、とうとう……。


 ――白銀の大地に激突して……地面に投げ出された。

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