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滅びゆく世界のキャタズノアール  作者: 北条トキタ
いざ、災厄が生まれし地へ
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第百十一話

 ――俺は動けなかった。


 己の最高奥義を打ち破られたその現実に、俺の心は折れかけていたのだ。

 近くでマクシムスが何かを叫んでいたが、俺の耳には届かず、俺の目はただ魔女ベルセリアのみを捉えていた。そして、その魔女が再び口を開く。


「何か誤解があるようだけど、グロウスと私は友達って訳じゃないのよ。ただ共に魔導を探求する同志として、共同研究をしていたこともあるだけ。むしろ私の存在意義を考えれば、敵同士と言ってもいいわ」


 魔女ベルセリアは微笑みつつ、俺を見据えて更に頭の中に直接、語り掛ける。


「今度の遠征は彼、十分に準備してきてたみたいで、貴方より先に上陸してきた彼らには、さすがの私も手を焼かされたわ。その時の口ぶりでは、せっかく貴方を買っているようだったのに、今のそんな腑抜けた顔を見たら、彼もずいぶん失望するでしょうね」


 グロウスが俺を? 奴の顔が俺の脳裏に思い起こされる。

 そして奴がかつて俺を完膚なきまでに倒してのけた、あの一部始終が浮かぶ。

 深い絶望と、しかしそれ以上に味わったかつてない屈辱を。

 ……すると、僅かながらではあるが、自然と手に力が戻り始めた。

 今、確かに俺を突き動かそうとしているのは、闘争心ではなく、恐怖心を越える強い怒りだった。


「そうか、奴がそんなことを。ならば……奴の喉笛にこの斧を突き付けるまで、こんな所で惨めに立ち止まっている訳には……いかないようだな」


「あら、少しは元気になったみたいね。その意気よ。さあ、躍りなさい。グロウスも貴方も、魔が支配するあの大陸にて息絶えることになるのだから」


 ベルセリアが言い終わる前に、もう俺の体は弾かれたように動き出していた。

 船を襲い、転覆させようと再び牙を剥いて仕掛けてきていた水竜を、俺はかっと目を見開くと、飛びかかり、ルーンアックスの一閃により、両断した。

 すると水竜の斬り離された部分が、飛沫となって力なく海面へと落ちていく。


「アラケアさん、どうやら普段の本調子に戻ったようですねぇ。安心しましたよ。ですが、あの水竜は斬撃で倒せる相手ではないようです。見なさい、あの流動する水の体は斬った所で、すぐに再生してしまいます」


「ああ、そのようだな。だが、ならば核となっているあの宝珠の欠片を破壊してしまえばいい。俺の新たな感覚は、すでにその位置を捉えている」


 元通りに形作られた水竜は船の上へと乗り出して来たが、俺は急所である黒光りに輝く宝珠の核を、正確に見据えて、そして甲板を駆けた。


「いくぞっ!! 奥義『光速分断波・螺旋衝覇』!!」


 しかし水竜は素早い動きでそれを回避した……と、奴自身思っただろう。

 だが、俺の感覚は奴の次なる動きをも予測し、海水で構成された水竜の胴回りへと迷うことなく、飛び込んでいた。


「……これでとどめだ!!」


 俺がルーンアックスを振るうと、光の波が俺を中心として爆発し、水竜を構成する流動する海水の体が弾け飛んだ。体中央の宝珠諸共、跡形もなく。


「ぎしゃあ……ぁぁあああっ!!!!」


 水竜は断末魔の叫びを上げると、宝珠を失った身でその体を維持することは出来なくなり、海面へと飛沫となって崩れ落ちていった。

 だが、俺の猛攻はそれだけでは終わらなかった。次なる目標に対し……俺は船体を蹴って海面に立つベルセリアに向かって、突進していた。


「ふふふ、粋がいいのね、坊や。それでいいわ。少し、遊んであげる」


 ベルセリアは手を翳すと、俺が振り下ろしたルーンアックスを掴んで受け止めた。

 一撃必殺の気迫だったが、それでも通じることはなかった。


「くっ……」


「死中に活を求めると言っても、無謀すぎるわね。今の一撃で決める覚悟だったんでしょうけど、しくじった後はこの海上でどうやって足場を確保する気だったの?」


 ベルセリアはルーンアックスを掴んだまま、俺を頭上高く持ち上げた。


「怒りで恐怖を克服したのはいいけど、それ故に行動が軽率になったわね。そんなでは大陸を生き残ることは出来ないわよ。グロウス達以外にも先に上陸した連中は、まだそれくらいは出来ていたと言うのに」


「陛下達が、すでに到着していたと言うのか。……そうか、それを聞けただけでも一安心だ。どうやら俺も急がねばならんと、分かっただけでもな!」


 俺は人差し指と中指を揃えて、天に向かって「クン」と突き出すと足元の影が大きく広がり、ベルセリアを包み込んでいった。

 そしてぎしぎしとベルセリアの体を、音を立てて握り潰し始める。

 俺はそんなベルセリアを強く蹴って、後方へと大きく飛び、海中に着水した俺は船の上に向かって叫んだ。


「くっ……生きた心地がしなかったな。マクシムス、ロープを降ろしてくれ! あれしきで倒せる生易しい相手ではない。反撃を受ける前にあの女を迂回して、北の大陸に向かう!」


「ええ、分かりました!」


 マクシムスがロープを降ろそうとする直前、甲板から巨大な黒い影が飛んだ。

 それはラグウェルだった。

 そしてそのまま海中に浸かった俺を掴んで飛翔し、甲板へと舞い戻った。


「……ほんと、無茶するよね、アラケアは。だけど悔しいけど、アラケアの言う通りに逃げるしかないみたいだ。あの魔女……強すぎる。今の僕らじゃ、三人がかりでも倒せる気がしないよ」


「……ああ。しかし、いずれは倒さねばならない相手になりそうだ。次に会う時までには俺達も更に腕を上げて、挑むしかないだろう」


 そのやり取りの最中、マクシムスが自ら面舵をとりながら口を挟んだ。


「迂回して、このまま北を目指します。あの魔女から目を離さないでください。あれほどの強大な存在、この船など容易く沈めることも可能でしょうから」


 海面に立つ魔女を迂回して船を進める俺達だったが、覇王影に包まれた魔女は不思議とこれ以上は何かを仕掛けるくることはなかった。

 その様子はあまりにも不気味であり、何らかの思惑を感じざるを得なかった。

 だが、そんな心配を余所に……。


 ――実に数日後……とうとう俺達は目的地へと辿り着くこととなった。


 北の大陸。

 呪いのような力が渦巻く大深穴アビスなる場所あると言う、災厄が生まれし地へと。

 俺達の船は静かに……そしてゆっくりと、海岸線へと近づいていった。

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