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滅びゆく世界のキャタズノアール  作者: 北条トキタ
いざ、災厄が生まれし地へ
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第百一話

 魔物ゴルグの体内に人が暮らしているのにも驚いたが、その人々からの歓迎ムードに俺は思わず面食らってしまった。

 だが、マクシムスは動揺したような様子もなく、落ち着いた表情で対応しており、俺はそのポーカーフェイスぶりに感心していた。


「町長のゲバルティスさん、と言いましたかねぇ? 私はマクシムス、そして隣にいる彼はアラケアと言います。歓迎して頂きありがたいのですが、我々はここへは旅の道中、たまたま辿り着いただけ。あまり長居はするつもりはないのですよ。見た所、ここには食料と水は豊富にあるようですから、旅に必要な分だけ私達にそれらを分けて頂くことは出来ませんかねぇ?」


 マクシムスは淡々と言ったが、恐らく彼らを信用していないのだろう。

 戦闘態勢を微塵も崩してはいない。すぐにでも攻撃を仕掛けられるよう、腕に装着した手甲を手でさすっている。

 だが、それは俺とて同じだった。

 

「はて、マクシムスさん? にアラケアさんですか。何やら男の方のようなお名前ですのう。ですが……お嬢さん。気の毒じゃが、この島に立ち入ったからには、外に出るのは諦めた方がいいですじゃ。何しろ、この島は入る分には容易ですが、出ようとすると強力な魔物ゴルグ達が行く手を阻み、脱出は困難を極めるのです」


 町長は俺達が向けている疑いに気付いてもいないのか、無防備な状態で俺達にその事実を告げた。もしそれが本当なら彼らはこの島から出ることが叶わず、やむなくこの島内部で暮らしていると言うことだろうか。


「俺達なら心配ない。自分の身を自分で守る術は心得ているからな。歓迎してくれたことは感謝するが、俺達はもう行かなくてはならない。島の海岸線で待たせている者達がいるんでな。だからまずはこの穴倉から上に向かう方法を知っているなら、教えて欲しい。水と食料は貴方達の負担になるようなら、無理にとは言わない。この島なら食料は自分でいくらでも調達することも出来そうだからな」


 すると町長はそこで僅かに驚いたようだったが、俺の問いに答えてくれた。


「上に出る方法なら、唯一と言っていい方法がありますじゃ。ですが、それには明日まで待たなくてはなりません。一晩、この町でお休みになったら、明朝、その場所へ案内しましょう。しかし貴方はお強そうですが、お隣のお嬢さんは戦えるのですかのう? 今までここから生きて出られた者など、皆無と言ってよいんですじゃぞ。女の身では……」


 町長は心配な様子で気は進まないとでも言いたげだったが、マクシムスは心底、興味がなさそうに溜息をつくと、素早い身のこなしであっさりと町長の背後に回る。

 そして手甲から飛び出した刃をその首元に突き付けた。


「心配は無用ですよ、町長。見ての通り私は戦い慣れている。貴方達が良からぬことを企んでいようと、このように返り討ちに出来ます。分かったなら、さっさと食料と寝床を用意しなさい。そして新鮮な人間の血液もです。私は人の生き血がなければ、生きられない体なのですからねぇ」


「……わ、分かりました! ……すぐに用意させましょう。お、おい、お主ら……この方達を空きの家に案内するんじゃ」


 町長の喉から絞り出すような声に、周囲に集まっていた者達は急いで指示に従った。

 しばらくして俺達は町の者達に案内されて、空き家にしては、まだまだ立派な佇まいの住宅へと通された。


「こちらです。食事も間もなくお持ちしますので、どうぞごゆっくり」


 それだけ言い残すと、彼らは俺達を残し去っていったが、何度もこちらをちらちらと振り向きながら、俺達に何かを言いたげな雰囲気だった。


「感心しないな、マクシムス。彼らは戦闘経験のない一般人だった。それを脅すような真似をするとは」


「生憎と、私は不必要な慣れ合いは好まない性格でしてねぇ。どうせ明日にはここを出るのです。そうなれば、彼らも私達をすぐに忘れて普段通りの生活に戻っていくでしょう」


 その返答に思わず言葉が出かけたが、元々この男は裏の世界で生きる人間。

 これがこの男の流儀なのだろうと思い直し、それ以上は俺も何も言わなかった。

 それから俺は住宅内の部屋を確認して回ったが、手入れがなされているようで、埃などはほとんど見当たらなかった。


「どうやら中々、良い家を提供されたようだな。余所者の俺達にここまでしてくれるとは、このような環境とはいえ、閉鎖的な村社会が根ざしている町と言う訳ではないようだ。それとも何か裏でもあるか……だな」


「ええ、可能性はありますねぇ。無償の親切など、あるものではありません。おや、噂をすれば、どうやらやって来たようですよ。恐らく食事を運んで来たのでしょうが、腹ごしらえをしてから、その辺りを探ってみるとしますか」


 マクシムスの読み通り、良い匂いがしてきたかと思うと、町長が直々に町の男数人を引き連れて、暖かい食事と飲料水を持ってこの家へと入って来た。


「先ほどは失礼しました。町の女達に作らせた食事ですじゃ。お口に合うか分かりませんが、どうぞ召し上がってくだされ」


 空腹を感じていた俺は、遠慮なくナイフとフォークを動かして料理を口へと運んだ。

 外海に投げ出されてから、満足に食事をとっていなかった俺の腹には出された肉料理は、満腹感を満たすには十分な量と味だった。

 だが、その食事の最中にマクシムスが町長を見据えながら、口火を切った。


「さて、それではそろそろ本題に入りませんかねぇ、町長。私達のような余所者に、貴方達は何を期待しているのです? 誰にでも分かりますよ、私達が破格の待遇を頂けていると言うことが。貴方達の狙いは何なのでしょうか? 隠し事はお互いにとって、メリットはないと思いますがねぇ?」


 その言葉にやや沈黙が流れたが、やがて町長が口を開き始めた。

 だが、その表情はこれまでの柔和のものから悲痛なものへと変わっていった。


「奴らを……退治して頂きたいのですじゃ。貴方達の腕を見込んで、あの悪魔のような略奪者を」


 俺はすぐに詳しく問い返そうとしたが、町長は悔しそうに涙を流し始めた。


「悪魔に魂を買われた者達。そして元は人間だった奴らですじゃ。奴らは定期的にこの町を襲撃し、この町から人を攫っていくのです。女、子供、老人に至るまで」


 そこまで聞いて、俺は真っ先に、思い当たった者達がいた。

 この島に辿り着く前に、俺達が戦っていた巨大ガレオン船に乗った連中を。

 だから俺は確信に近い気持ちで、そのことを町長に訊ねた。


「もしやそいつらはガレオン船に乗り、海を渡ろうとする者から略奪する耳慣れない異国の言語を話す者達なのか? 俺はそいつらに襲撃を受け、外海に投げ出されて、この島に辿り着いた。教えてくれ、あいつらは何だ? 悪魔に魂を買われたとはどういうことだ?」


 俺がすでに知っていたのが、意外と思ったのか町長が息を呑んだのを感じた。

 だが、それも一瞬のことで意を決したように、再び口を開いた。


「消えられない死した人間の亡霊ですじゃ。ここでは死した人間は皆、奴らのようになる、と言うことです。死に際の恐怖や憎しみと言った残滓は、骸を求め彷徨い続け……。そして……命を失った肉体を見つけると中に入り込み、生きる屍となるのです。そうして出来上がった奴らは人間の知性を持ち、更なる人の死を求めて殺戮を繰り返す……略奪者へと変貌するんですじゃ」


 俺は俺が戦っていた者達の正体を知り、思い出して嫌悪感を覚えた。

 道理で人の姿をしていながら、人間とは違った気配を醸し出していたわけだ。


「……アラケアさん、マクシムスさん。貴方達の強さを見込んで、お頼みします。どうか、奴らを倒してくだされ! 不完全な死を得た奴らから、私達を救って頂きたい! お礼ならいくらでもしましょう。ですから、お願い……申し上げますじゃ!」


 俺はその町長の心の底からの叫びに、ただ黙って頷くしかなかった。

 それは慈悲の心故だったのか、それともライゼルア家として、未だ未知未踏の災厄の仕組みを解明しようと言う探求心からだったのか、俺には分からなかった。

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