表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
滅びゆく世界のキャタズノアール  作者: 北条トキタ
いざ、災厄が生まれし地へ
103/160

第百話

「黒い霧に覆われたとしても、すべての動植物が死に絶える訳ではありません。独自の生態系が作られ、生き延びるものもある。おっと、黒い霧の専門家である貴方は、すでにご存じのことですかねぇ。ですから、食料の調達に向かわせたのですが、すでに数時間も連絡がない。恐らく彼らの身に何かがあったと見ていいでしょう」


 マクシムスは俺の横を歩きながら、俺達が置かれている状況を説明してくれた。

 だが、孤島に立ち入ってからというもの、何者かに見張られているような、そんな視線を感じて仕方がなかった。


「……どうやら、見られているな。気付いているか、マクシムス? だが、周囲に何か生物がいるかのような気配はまったく感じない。奇妙な感覚だ、何かがいるのは確かなのに、姿がどこにも見当たらないとは」


「ええ、しかも視線に混じって殺気も向けられています。私達に友好的ではない何者かから、ずっと監視を受けているようです。であらば……ここは一つ、こちらから仕掛けてみますかねぇ」


 そう言うとマクシムスは手の平を天に翳し、黒い球形の火炎を形作った。

 そして鬱蒼とした孤島の中心から広がる樹林に向かって、投げ放つと、着弾した黒球はあっという間に火災となり、燃え広がっていった。


「よくもまあ、こんなことを躊躇もなく。大胆な男だな、マクシムス。だが、悪手ではない。何かがいるなら、これで何らかの尻尾を見せるはずだ」


「ええ、姿を見せないと言うなら、燻り出すまでです。さて、では後は相手側はどう動き出すか……。私達はその出方をここで、じっくりと窺うとしましょう」


 森林火災は風に煽られて、焼損面積はどんどん広がり飲み込んでいく。

 だが、その時……俺達の目を疑うような出来事が起きた。

 孤島の中心部から天まで届くほどの水流が噴き出したかと思うと、雨のように降り注ぎ、燃え上がった森林火災は鎮火し始めていったのだ。


「ほう、これはこれは予想外の反応です。誰の仕業ですかねぇ? ですが、これではっきりとしました。この孤島には私達以外に何者かがいると言うことが」


「では行ってみるか、マクシムス。この島の中心へと」


 マクシムスは俺の問いにこくりと頷くと、未だ火が僅かに燻っている木々を抜け、島の中心部へと歩を進めていった。

 視線は相変わらず感じるが、一先ず俺達はそれを無視することに決めた。

 そして上陸した時から、僅かに香っていた、鼻を包んでくる甘い蜜のような匂いが中心部へいくほど強くなっていった。


「気付いているか、マクシムス。この孤島には食料が豊富にあるようだ。野生の動物や、木々が実らせる果実が。黒い霧にはまだ未知が多いが、内部にこんな場所があったとは俺にとっても新しい発見だ。この環境でなら、人間が生きていくことも可能かもしれない」


「それはライゼルア家の使命と言うやつですかねぇ? ですが、貴方も手放しで喜べるものではないと、分かっているのでしょう? 私に言わせれば、この孤島は胡散臭すぎる。ここまで好条件の島が黒い霧に浸食された地にある訳がない。必ず何らかの秘密があるはずです。それもこのまま奥へ向かえば、自然と明らかになるでしょう」


 中心部へと向かい始めて、どれくらいになるだろうか。

 俺とマクシムスは妖精鉱の光を頼りに、ひたすら奥へと進んでいったが、魔物ゴルグの気配などはまるでなく、進むにあたって障害は何一つなかった。

 そしてとうとう辿り着いた、孤島の中心部と思わしき場所には、ぽっかりと大きな穴が広がっていた。


「ここが終点のようだな。しかし何なのだ、この穴は。底が見えない程、深い」


 だが、俺が訝しむように穴の底を覗いていた、その時。

 マクシムスが地面から何かを拾ったかと思うと、俺に声をかけてきた。


「見なさい、アラケアさん。これを」


 マクシムスが手にしていたのは腕だった。それも人間の腕。

 何かに食い千切られたかのように、綺麗ではない切断面から血が滴っていた。


「この黒い着衣から考えて、これは私の部下のものでしょう。しかもまだ新しいですねぇ。であれば……部下を殺した何者かは、まだこの近くにいる可能性が高い」


 その言葉で俺達の間に、緊迫した空気が流れた。

 周囲の気配を探ってみるが、やはり何もいない。だが、その時だった。


 ――突如、地面が揺れ動いた。


 それも島全体が揺れ動いているかのような、途轍もなく大きな地震が俺達を襲い、転倒しないよう、バランスを保つのに意識を集中させた。

 だが、俺達は信じられないものを目の当たりにすることとなった。

 島の海岸線が、ツボミが閉じるかのように、持ちあがり始めていたのだ。


「どういうことだ! まるで島が動いているようだ!」


 俺は叫んでいたが、常識では考えられない出来事が、更に続いた。

 俺達の背後から、大きく息を吸い込むような、息吹の音が聞こえたのだ。

 だが、その音の発生源はすぐに分かった。先ほどの巨大な穴からだった。

 そこで俺はようやく気付く。この孤島が何であったかを。


「まさか……この島自体が……!」


「ええ、どうやら巨大な海洋性の魔物ゴルグのようですねぇ。私達は誘い込まれていたのです。島の豊富な食料を餌に、獲物が中心までやってくるのを」


 地面の傾斜が大きくなり、俺達は次第に巨大な穴へと落下し始めていった。

 それでも地面の突起物に掴まることで、抗おうとするが、穴からの途轍もない吸引力の強さに俺達は為す術もなく、僅かの浮遊感を感じた後……。


 ――とうとう穴の中へと引きずり込まれた。


 だが、俺達は落下してからの一部始終を、目を見開き、眼に焼き付けていた。

 中に広がっていたのは、下が湖となっている空洞のような所であり、俺達はそこへと落下すると、水の中に深く沈んだ後に、やがて水面から顔を出した。


「無事か、マクシムス?」


「ええ、私なら何ともありません。しかしここは……」


 そこはかなりの広さがある空洞であったが、信じられないことに、人の手が入った建造物が何軒も建っていたのだ。それも町と言っても良い規模である。


「このような場所に町ですか。何とも予想外ですが、試しに行ってみますかねぇ、アラケアさん」


「ああ、明らかに人の気配がする。ゴーストタウンと言う訳ではなさそうだからな」


 俺達は湖を泳ぎ、陸場にある町を目指していったが、透き通るように澄んだこの湖の水に驚きを隠しきれなかった。

 実際、喉の渇きを感じていた俺は一口飲んでみたが、若干、甘みのある水にこの環境なら人が住むのも可能かもしれないと、そう思わせるものがあった。


 ――そして……。


 やがて町らしき場所から、人々が幾人も集まって現れ出した。

 遠目からだったが、俺達と何ら変わらない紛れもない人間のようだった。

 どうやら俺達のことを、物珍し気に眺めている様子だ。


「……やはり人がいるようだ。友好的であればいいがな」


「まあ、それも行ってみれば分かりますよ、アラケアさん」


 警戒感を抱きながら、用心を怠ることなく、陸場へと上陸した俺達だったが、そんな俺達を待ち受けていたのは、交戦の意思ではなく……。


「ようこそ、私は町長のゲバルティスですじゃ。我々は新しいお仲間の貴方達を歓迎しますぞ、お兄さん、それにお嬢さん。この町の名はゴゴタウン。ここまでの道中、さぞお疲れでしょう。まずは食事をとって、ゆっくりと休まれるといい」


 まったくの意外。人々は歓声を以って、俺達を出迎えてくれたのだった。

 その予想すらしていなかった、人々の大歓迎ムードに、俺達は拍子抜けし、動揺を隠しきることが出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ