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滅びゆく世界のキャタズノアール  作者: 北条トキタ
いざ、災厄が生まれし地へ
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第九十八話

「さて、海上では魔物ゴルグの相手をするにも、骨が折れる。もうじき黒い霧に覆われる外海へ突入するが、警戒は怠るなよ」


 海に揺られること一時間強。すでに俺達の肉眼で確認出来るほどの距離に、あの災厄の霧が、海全体を覆うように広がっていた。

 

「海にも魔物ゴルグは存在する。しかも海洋性の魔物ゴルグはすべからく巨体だ。浮力が働くので身体が制限なく、大きくなったためだろう。だが、その巨体故に陸に上がれないから、陸を襲うことはない。だから好き好んで海に出ることがなければ、本来は脅威になり得ない奴らだ」


 突入を前にして、俺は改めて船員である騎士団に説明するが、しかしこれから俺達は好き好んで、その場所へと突入しなくてはならない。

 陸での戦い以上に、死と隣り合わせの厳しい戦闘も危惧される航路となる。

 武器と船上バリスタの最終確認をする内、すぐさま黒い霧は目前へと迫った。


「さあ、覚悟を決めろ。入るぞ」


 そして……俺達が乗船する軍艦は一隻、また一隻と内部に突入していく。

 視界がブルースカイの海と空から、瞬く間に暗黒世界へと暗転していった。

 唯一の光源は、各軍艦に設置された大サイズの妖精鉱が照らす光のみ。


 ――ぐぅるるるぁぁあ……あああぁぁ……っ!!


 そんな状況であっても船を走らせつつある中、それほど遠くない場所であちらこちらから、魔物ゴルグ達の唸り声が聞こえてきた。

 通常ならば妖精鉱が放つ対魔の光で、魔物ゴルグ達は近づくことは出来ないはずだ。

 しかし今回の災厄の周期では少々、事情が違うことは、デルドラン王国へと向かった道中で嫌と言う程、味わっている。だから俺達が取った作戦は……。


 ――予定に従い、しばしして俺達の前方から、美しい旋律が聞こえてきた。


「始まったな。今、ノルンが俺達の艦隊の先頭で魔物ゴルグを退ける効果のある、歌を歌い始めたようだが、念のため敵の襲撃に備えておけ」


 俺は同じ軍艦内の黒騎士隊や騎士団に指示を出すと、船首の先にて妖精鉱が照らし出す、海上を注意を凝らしながら睨み付けた。

 先陣を切る軍艦にはノルンと、そして航海の防衛の要である、そのノルンを守るため、陛下が乗船しておられる。


「陛下、危険を承知の上で、引き受けて下さり、感謝します。そして、ノルン。お前にも俺達、全員の命綱を握らせるような、重い責任を背負わせてしまったな」


 先頭艦は先行する分、危険は最も大きいが、陛下なら何が来ても守り切れると判断し、故に俺はこれが最良の布陣だと、陛下に提案したのだ。

 警戒感を緩めていなかった俺達だったが、予想に反して特にトラブルはなく、外海を渡る航海は順調に進んでいった。


「何事もなくいってるね、今の所はだけどさ。君が立てた作戦が、上手くいったってことかな?」


 ヴァイツが甲板にて船首の先を見張り続ける、俺の背後から声をかけてきた。

 振り返ると、どうやら食事を運んで来ていたようだった。


「先は長いんだし、食事ぐらいは取っとかないと、体が持たないよ。いくら君が並外れた身体能力の持ち主だとしてもね」


「ああ、すまない。貰うことにしよう」


 俺とヴァイツは甲板に腰を下ろして、共に食事を取り始めた。

 メニューは保存の効く塩漬け肉、塩漬け魚、干し魚や、壊血病を防ぐための、生キャベツを塩漬けにして作る漬物「ザワークラウト」を瓶に詰めたものだ。


「……美味いな。だが、航海が長引けば、こうした食料も底を尽くだろう。魚を捕獲して生魚を調理することも、今後はやっていかねばならない。文献によれば、世界が黒い霧に覆われる前、北の大陸までの航路はひと月かかったそうだ。兵士達の士気を下げないためにも、彼らの腹は十分に満たしておかねばならないしな」


「うん、その辺りは抜かりはないよ。そういうことに長けた兵士もいる。それに航海中の食糧事情に精通した、コックも乗船してるしね。陛下が入念に集めた人材達だし、やっぱり優秀みたいだよ」


「そうか、さすがは陛下だな」


 黒騎士隊が行ってきた訓練は、あくまで黒い霧内での戦闘や舵取りだ。

 長期間に渡る航海というものの経験は俺達にはない。

 だからその辺は陛下が一手に引き受けて、必要な人材を集められたのだ。

 俺は陛下の手腕に舌を巻きながら、ヴァイツと向かう先の海上を眺めつつ、食事を続けた。

 そして食事を終えて、どれだけしただろうか。


 ――異変が訪れたのは、そんな時だった。


「船です! 所属不明の船が現れました、アラケア様! 左方の方角、肉眼で確認出来る距離です!」


 マストの見張り台から見張りをしていた船員の、緊急を知らせる悲鳴に近い叫びが聞こえた。

 俺達は弾かれたように武器を手に取って甲板内を移動すると、目標を確認出来る位置で、勢揃いした。


「……あれか。だが、あの姿は……」


 目標を視界に捉えた俺達は、思わず息を呑んだ。

 霧の中からここまで音もなく、姿を現したのは巨大なガレオン船だったのだ。

 しかしまるで災害にでもつかまったかのように、傷だらけだった。


「ゆ、幽霊船……ってことはないよね、アラケア」


「そんなものがいる訳ないだろう。昔、船乗り達に何らかの事情で捨てられた船だけが、今も海上を彷徨っているだけかもしれん。近づいてくる気配がないのなら、このまま無視してもいいだろう。だが、念のために警戒を怠ることなく、あの船を監視しておくんだ」


 俺は部下達に指示を出したが、巨大ガレオン船は俺達の艦隊に側面を向け、並行になって、俺達と同じ進行方向へと共に進みだした。

 さすがにこれは無人船の動きではないと気付いた俺は、ガレオン船の内部を確認するべく、乗り込む決意を決めた。


「軍艦をあのガレオン船に隣接させろ。俺とヴァイツで乗り移って中を調べる。だが、何が潜んでいるか分からん。俺達の留守の間はこの船を頼んだぞ」


 そう言って、ガレオン船へと近づこうと試みた時だった。

 突如、ガレオン船側の方から大きな音が鳴り響いた。

 それも一発だけではない。二発三発と続けて音がし、次の瞬間には俺達が乗る軍艦が大きな衝撃を受けて、激しく揺れ動いた。


「何かが当たった音だ! 被害状況を確認しろ、至急だ!」


 俺は檄を飛ばしながら、呼吸を整えると全身から黄金のオーラを溢れさせた。

 そして向上した動体視力で、飛来物の正体をたちどころに見破った。

 それは……。


 ――球形の、鉄の塊。


 次々と飛来してくるそれらを、俺は手にしたルーンアックスを振るうことで撃ち落としていった。

 そして次に俺は足に大きく力を込めて、力強く跳躍し、すでに二十数メートルまでの距離に迫っていたガレオン船へと飛び移った。


 ――だが、その敵船甲板にて、俺は目を疑った。


 驚いたことに、ガレオン船に乗船していたのは、生きた人間だったのだ。

 そして飛び移ってきた俺を見て、少なからず動揺が走っているようだった。


「驚いたな。何者だ、お前達は? 魔物ゴルグではないようだが、外海を航海する技術を持った人間がいたとはな。素性を明かせ、俺達も忙しい。無駄な抵抗をやめるなら、見逃してやってもいいぞ」


 俺は威圧するような目で、船員達を睨み付けたが、彼らは何か聞き覚えのない言語で話していたかと思うと、やがて武器を取って俺に襲い掛かってきた。


「そうか、愚策だな。お前達が取った行動は。敵対すると言うなら、俺は容赦しない。ましてここは外海。僅かな油断や躊躇は死に直結する。俺も非情にならせてもらうぞ」


 俺は殺気を隠すことなく、ルーンアックスを両手に構えて、飛びかかって来る彼らを薙ぎ払った。血飛沫を上げて崩れ落ちる彼らだったが、その肉体を断った感触から、俺は違和感を感じ取った。


「っ!? こいつら……普通の人間ではないな。かと言って魔物ゴルグでもない。何なんだ、こいつらは……」


 だが、それでも尚……俺は奴らと対峙した。

 正体が分からずとも、戦いから逃げる訳にはいかなかったからだ。

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