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おそろい  作者: 加代
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恋は妄信

 私と梨緒のことを歌っているような曲を発見した。

 二人一緒にいれば、この現状に光を見いだせる。強くなれる。

 そう思わせてくれる歌。

 梨緒との出会いくらい、衝撃的な歌。

 弦楽器とピアノのハーモニーが、心に沁みる。

 歌声の力強さが耳に心地いい。

 これは絶対、梨緒にも教えたい。


******************


 午後一時。「渡したいものがあるんだけどこれから会えない?」とユウにLINEを送ってから、一時間は経過している。何時まで寝ているかわからないから気を遣って昼頃に送ったのに、既読すらつかない。まだ寝ているのか、それとも出かけているのか。

 久々に帰ってきたのだし友達と出かけた可能性は大いにあり得るな、と思って、既読がつくまでは何も送らずに待つことにした。

 まず最初に「誕生日おめでとう」を送るべきだったという後悔は、今は置いておく。こういうのは、あまり送りすぎても敬遠されるのだ。


 昨夜つくりすぎたフィナンシェを一つ口にして、まあまあうまくいったな、と頷いた。

 ラッピングはシンプルに透明な袋に入れ、桜色のリボンをかけた。小さな二つ折りのメッセージカードには、「ずっと前から好きでした。付き合ってください。」とチャコールグレーのペンで書き、お気に入りのマスキングテープで包みの裏側にぺたりと貼った。


 透明な袋がくしゃくしゃにならないよう慎重にテーブルに置き、意味もなくマフラーの包みと並べる。

 マフラーの方は爽やかさを重視して、白系の包装紙と淡い水色のリボンを選んだ。

 パステルカラーで統一された二つのプレゼントは、眺めているだけで幸福感がこみ上げ、これから渡すことを考えるといても立ってもいられない複雑な、しかしあたたかな気持ちになった。


 まだ洗い物をしていなかったのを思い出し、携帯のマナーモードを解除してキッチンに向かう。

 父は単身赴任、母も多忙で、幼い頃から家事を任されることが多かった。

 初めて任された家事は洗い物だった。

 私に任せることを前提に食器を揃えたのか、陶器の食器は少なかった。今でも食器棚には割れ物はほとんど並んでいない。数少ない割れ物は、新婚旅行で奮発して買ったという綺麗なティーセットと、私が勝手に百均で買ってきた白い皿数枚、茶碗、そして梨緒とおそろいのマグカップくらいだ。


 泡が飛ばないよう、エプロンを身につけ、洗い物を始めた。

 洗い物歴十五年にもなるとなかなか手際がいいんじゃないか、と稀に自画自賛したくなる。

 洗い物をする度、幼稚園で「鈴ちゃんはいいお嫁さんになれるね」と言われたことをセットで思い出す。

 いつもはただの可愛い思い出としてそっと胸に仕舞い直すけれど、今日は違った。

 お嫁さん。丸く、柔らかい響きの言葉。

 いいお嫁さんか、と思わず呟いてしまい、誰も家にはいないというのにきょろきょろと周りを見回した。ふう、と安堵のため息をつき、改めて「お嫁さん」と自分がウエディングドレスを着た姿を想像しながら声に出してみる。

 お嫁さんになるとしたらそれはユウのお嫁さん以外私の中ではありえないし、年齢的にはそろそろなしでもないので、いよいよ想像がリアルになってくる。

 プロポーズの言葉は、住む部屋の間取りは、このエプロンをつけて料理をつくって、でも肉じゃがだけはユウの方が上手だよな、と色々妄想して、まずは今日の告白だろう、と自分を奮い立たせた。


 洗い物を終えると私は、お気に入りの紅茶を淹れた。

 一口飲むと花畑の香りと恋の味が体中に広がって、妄想とも相まって心がすっかり満たされる。

 まだ返事は来ていない。こんな大事なときに、と思ってしまうのをどうにか押しとどめて、もう一口。

 携帯をチェックしないなんて、よくあることだ。もし友達と出かけているなら尚更見ないだろうし、そうだとしたらあまり携帯を気にしてほしくない気もする。

 友達を大切にする優しい人。そう思っておくのが精神衛生上よろしいと判断して、少し焦げてしまったフィナンシェを口に放り込んだ。


 何時間経ったのか、気がつくと外は暗く、街灯がつき始めていた。誕生日パーティーで渡すことも一応考えはしたけれど、ユウのお母さんの前で渡すのは恥ずかしすぎて死んでしまうので、その前にできれば渡したかった。


 しかし結局、ユウはパーティーの五分前に返信を寄越した。

「ごめん、気づかなかった! プレゼントだったら後で受け取るわ」という返信に、続けて「いつものパーティーもうできるっぽいから準備できたら来て」と送ってきた。

 ただのプレゼントじゃないのに。

 二人っきりでいるときに渡したかったのに。

 伝えたいことだってあったのに。

 文句を言いたいところをぐっと堪えて、「了解」とだけ送った。

 そして、どうするか一瞬考えた後、私はマフラーだけを手にして家を出た。

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