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おそろい  作者: 加代
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恋は盛装

 今日は嬉しいことがあった。

 嬉しいことだけじゃないと思うし、多分一生覚えてるんだろうけど、書きたいから書いちゃう。

 ノート寄越せって言われて渡したら、汚いとか読めないとか言われて、恥ずかしくて悔しくて、勇気出して「返して」って言ったら、「いらねーよこんなの、ほんと役立たずだな」って言って、ノートを真っ二つにされた。

 ボーゼンとしちゃって、ノート見つめたまま動けなくなった。

 そしたら望月さんが来て、「どうしたの?」って言うもんだから、「自分でやった」って言った。

 見るからにそんなわけないのに。

 破られたに決まってるのに。

 そしたら、望月さんも同じようにノート破って。

「なんで?」って聞いたら、「だって、鈴ちゃんも自分でやったんでしょ?」って。

 だからって一緒に破る必要なんてないのに、私に好意的に歩み寄ってくれたのが嬉しすぎて、学校で初めて泣いてしまった。

 次の授業は一緒にサボった。サーティーワンとか、ゲーセンとか行ってみた。

 学校に連絡されないかちょっとどきどきしたけど、うちの高校の生徒なんて不良と馬鹿ばっかりだからか、全然誰も気にしなかったというか、無関心を装っているみたいだった。

 関わり合いになりたくないんだろうな。

 私だって関わりたくない。

 それでも、望月さんさえいれば何も怖くない気がする。

 真っ暗だった学校生活に、ほんの少し、明るい陽が射した。


******************


 紗友里の背が高いことを完全に忘れていた。百五十六センチの私にとってのミモレ丈スカートは百七十五センチの紗友里だと膝丈になるし、流行りのオフショルダーは肩の張りが強調されてしまう。

「可愛い系は難しいね」

「そうなんだよ、だからいっつもこうなんの」

 そう言って紗友里ははあ、と大きなため息をついた。

 紗友里の今日の服装はスウェット地のパーカーに同じくスウェット地のパンツ。徹夜を見越してかいつにもまして楽な格好。

 紗友里は無頓着の部類に入ると思っていたけれど、話を聞いてみると、単に可愛いものは似合わないと思い込んでいるだけらしかった。

 紗友里はスポーツマン体型で、がっしりしている。高校時代はソフトボール部とスキー部で兼部していたらしい。

 しかし顔は可愛らしい部類に入るし、髪も手入れが行き届いている。普段から化粧をしないらしく、今日も日焼け止めと色つきのリップクリームをちょこっと塗っただけだと言う。それが幸いしてか、肌は綺麗だ。地がいいといっそうやる気が入る。顔は整ってるんだから何系だっていけるはずだと踏んで、最近買った服からも合うものを探してみることにした。


 一時間の検討の結果、買ったばかりのニットワンピースをおろすことにした。ニットなので伸縮性は申し分ないし、丈も短すぎない。肩幅の広さもオフタートルのおかげで幾分か軽減される。男性は白いニットワンピースが好きと相場が決まっているので、デートには最適。紗友里がモッズコートとぺったんこのパンプスくらいしか持っていないということを加味すると、これが一番だろう。我ながら完璧なコーディネートだ。

 せっかくだからと化粧とアクセサリーも服に合わせて選んでいると、紗友里は感心していた。

「さすが手際いいね」

「そう? いつもこんな感じだよ」

 中学高校時代に校則を守り続けていた反動からか、進学してからはファッションを楽しむようになった。化粧もミニスカートもピンクのカーディガンも、今は誰にも邪魔されることなく着ることができる。


 紗友里に化粧を施すと、見違えるほど、ではないものの、今時の女子大生風になった。

 しかし膝の少し上にぴったりと貼りついたワンピースの裾が気になるらしく、しきりに裾を手で撫ぜたり、脚をもぞもぞと動かしたりしている。

「なんか落ち着かないんだけど」

「慣れだよ慣れ。華の女子高生だったんでしょ紗友里も」

「そうだけどさ、高校生ってだけだよ。部活一筋で真っ黒だったし」

 そう言って紗友里は普段の癖からか脚を開こうとする。だめ、と私は制止し、脚を閉じさせた。紗友里はごめん、伸びちゃうもんね、と言って脚を閉じた。

「そうじゃなくて、女性として脚開いて座るのはアウトだよ、ましてやスカートでなんて」

「いいんだよ、あたしがガサツなことくらい相手もわかってるし。それに相手も服の趣味大概だしね」

 紗友里は大口を開けてけらけらと笑う。

「言ったっけ? 初デートのときの服。『褒められて伸びるタイプです』って書いてあるTシャツに『予習、復習、再履修』って書いてあるパーカーだったって話」

 思わず噴き出してしまった。ユウも同じパーカーを持っている。ユウの大学でネタとして流行っているらしく、部屋着やサークル用として着る人が多いという話を聞いたことがあった。まさか外で着る人がいるなんて。

「ユウも同じの持ってる!」

「もう笑っちゃうよね!」

「部屋以外で着るものじゃないでしょアレ!」

「でもね、最近少しはマシになったんだよ。Tシャツは無地になったし、カバンも買い換えたし」

 唯一おそろいなんだ、と言って紗友里はデニム地のリュックに視線を向けた。最近流行っているリュック。口が広く開いて使いやすいともっぱらの評判で、物を実用性で選ぶ紗友里がこれを選ぶのも頷けた。最近は街中でもよく見かけるもので、どんどん色違いが作られているらしく、雑貨屋の店頭には色とりどりのリュックが常に並んでいる。

 そういえばユウもこれの黒を持っていたな、とうっすら思い出した。私がユウとおそろいの黒を買って、紗友里たちとダブルデートしたら面白い集団になりそうだ、と妄想してみる。紗友里より少々背が低いという紗友里の彼氏は、どんな容姿をしているのだろう。

 服装はちょっと冴えない、平均身長の黒髪ストレート男子を想像して紗友里の隣に立たせると、なんとなくしっくりくるような感じがした。


 誕生日プレゼントは何にするの、と聞かれて、マフラーとフィナンシェ、と答えた。紗友里はフィナンシェ? と首を捻っていたので、マドレーヌみたいな焼き菓子の一種だと説明するととりあえずは納得したようだった。

 以前バレンタインデーにつくって渡したところ大好評だったので、それに手紙を付けて渡すつもりでいる。マフラーは気軽に使えるように既製品にした。手編み渡すんだと思ってた、と紗友里は驚いていたけれど、手編みは編むのが大変な割にずっしりと重くて巻きにくい、と何かで読んだため避けたのだった。


 デート用のコーディネートをすっかり選び終わったので、なんとなく気分で紅茶を淹れた。フラワーガーデンというフレーバーで、砂糖や甘味料は入っていないはずなのに、ほんのり甘い。ユウと一緒に飲むことが多いので、恋の味、と体が覚えている。ふわりと広がる花の香りは、幼少期に憧れた色とりどりの花畑を連想する。

 紗友里も気に入ったのか、一口飲んで、目を見開いた。

「いいね、これ」

「いいでしょ」

 紗友里に気に入ってもらえて、自分のことのように嬉しく、誇らしくなる。

「駅前の紅茶専門店で買ってんの」

「専門店か。行ったことないよそんなおしゃれなとこ」

 大学生の一人暮らしはそんなもんだろう。ユウも似たようなことを言っていた。

 ゲームが趣味のユウは紅茶よりも中古ゲームに手が伸びるらしく、月一の贅沢品、と言って紅茶を飲んでいる。

「ユウも似たようなこと言ってた」

「一人暮らしの学生はそういう趣味じゃない限り皆そんなもんだよ。あたしだったらその分定食屋で大盛り頼むもん」

 いかにも紗友里らしい、色気より食い気を地でいく返事に思わず笑ってしまった。この調子なら確かに、びっくりサンダーパフェも余裕で食べられるのかもしれない。


 夕方になると、紗友里はバイトがあると言って帰った。家賃と光熱費以上の生活費はバイトで賄わなければいけないらしい。そのわりには恋にサークルにと楽しそうで、これが世間一般で言うリア充というものなんだろうな、と思った。ただひたすらに、羨ましい。自分の好きなことをしているだけなのに、私より色々なものを手に入れている紗友里が、羨ましくて仕方ない。


 こういうとき、なんで私ばかり、と考えても仕方がないことは経験上わかっているつもりなので、まずはユウに会って気を紛らわそうと思い立ち、お手製の肉じゃがを受け取りに行くことにした。

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