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おそろい  作者: 加代
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恋は玲瓏

今日は体育の後、放課後までずっと体育館倉庫に閉じ込められた。

 授業は1時間目の体育しか出ていない。

 誰も探してくれなかった。先生すらも。

 おなかがすきすぎて気持ち悪くなったし、のどもカラカラで、死にそうだった。

 もう少し暑い時期だったら熱中症になってたのかも。

 なんでこんな目にあわなきゃいけないんだろう。誰も助けてくれない。

 助けたら自分がいじめられるからしょうがないんだけど。

 明日は何をされるんだろう。

 怖くて眠れない。

 朝なんて来なければいい。


******************


 午前六時。

 つい数分前に徹夜で仕上げたレポートを、研究室のドアに備え付けられた回収ボックスに入れた。

 解放感で身体が軽くなり、思わずあくびをしながら伸びをする。外でするような仕草ではないけれど、こんな時間に提出しにくるような学生は私くらいのものだろうから気にしない。

 それにしてもこの教授は危機意識というものがまるでないのか、ただの段ボール箱を回収ボックスとして使っている。これでは他の人のレポートを読み放題なばかりか、盗み放題だ。

 そんなことを考えていると、ふと、他の人のレポートが気になってきた。いけないとは思いつつも、こっそりボックスの中を漁ってみる。

 今後の参考にするだけだからいいよね、と呟いて、ホチキスで留められた紙の束をいくつか引き抜いた。しかしぱらぱらとめくると、どれも自分のものと似たりよったりの内容の薄さで、これらを全部チェックするであろう教授に同情した。こんなの、どんぐりの背比べでしかない。

 その中で、これは、と思うレポートがあった。きちんと体裁が整った表紙には「早川鈴」と記名がされていた。やっぱりな、と思った。長らく箱に入っていたのか、他のものよりも下部分の丸まりグセが強い。


 鈴は、いつもなぜか課題を出されたその日に始めてしまう。私が手を付け始める頃には、大抵提出しているのだ。意識高い系も真っ青の意識の高さである。

 しかし、意識が高いとはいっても、いかにもなガリ勉タイプではない。むしろ派手なくらいだ。鎖骨まで伸ばした髪をきれいにゆるくワンカールさせ、流行りの服を着て、毎日違う靴を履いて、違うカバンを持ってくる。そのくせ講義では最前列に座って教授とまともに議論しているものだから、ギャップが大きい。

 そして鈴はよく喋る。特に恋の話が好きで、同じ話をいつまででもし続ける。

 まるで初恋を現在進行形で経験している女子中学生のようで、うざったいけれども微笑ましい。ただ、物心ついたころから好きだとか、前に彼女ができたときは死にたくなったとか、そんな話ばかり聞いていると、もう告白しちゃえよ、と言いたくなってしまう。


 ふわあ、と大きなあくびが勝手に出てくる。頭がふわふわしてきた。最近徹夜同然でレポートを仕上げることが多かったせいだろう。

 しかし今寝てしまったらきっと三限のテストに間に合わない。さすがに再々履修は笑えないので、時間を潰しつつ眠気を紛らわせるしかない。

 私の倍以上の文量がある鈴のレポートをぱらぱらとめくり、底の方にしまう。今真面目に全部読んだら寝てしまいそうだ。これ以上用事はないので、もはや何度目かわからない大あくびをしながら研究棟を後にした。


 冬の朝は空気が澄んでいて清々しい。学内を流れる小川が朝日を受けて輝いている。川が流れ込んだ先の池には、うっすらと氷が張っていた。

 やたらと広いこの池は冬になると表面が凍る。ただし人が乗れるほど厚い氷ではないので、毎年スケートを試みては落ちそうになる馬鹿な学生が後を絶たない。かくいう私も、去年試して池に足を突っ込みそうになったので、人のことは言えなかったりする。


 開店直後の売店でパンを買い、ベンチに腰掛けて本日の朝食。生クリームとブルーベリージャムの甘さが疲れた脳に心地よい。三限目のテストさえ乗り切れば明日から春休みだ。このテストもどうせノートの持ち込みが許可されているのだから、テスト勉強はしなくてもどうにかなる。


 それに手元には、土下座する勢いで頼み込んで借りた優等生のノートがある。鈴は去年難なく単位を取得したので、二つ返事で貸してくれた。私のものとは比べ物にならないくらい綺麗にまとめられていて、黒と赤の二色しか使っていないのに初見でもテストに挑めそうなわかりやすさ。何色も使ってぐちゃぐちゃにしてしまう私とは大違いだ。

 鈴に心の底から感心しながらも、眠気は治まる気配がなく、何度かみ殺しても次から次へとあくびが生まれてくる。

 このままだとテストには出られてもテスト中に寝てしまう。やっぱり一度どこかで寝てきた方がいいかもしれない。誰かにたたき起こしてもらえば、きっと起きられるだろう。


 大きく伸びをして、体をほぐすように動かしていると、弾んだ声が私を呼んだ。

「紗友里?」

 声の主は、鈴だった。

「あ、鈴、おはよ」

「おはよ!」

 今日も鈴は流行の服と思しき格好をしている。私にはわからないけれど、だぼっとしたコートも、ロングスカートなんだかズボンなんだかよくわからない形をしたズボンも、きっとハイセンスなのだろう。

「あれ、今日もっちーは?」

 もっちーというのは鈴といつも一緒にいる友人の望月梨緒のことで、「もちづき」という響きが可愛らしいのとなんとなく見た目と雰囲気がもちもちしているのとで、私はそう呼んでいる。

 なんでも、二人は高校からの友人らしい。私には、一口に「友人」というだけの関係には見えないのだけれど。

「あー、なんかレポート終わってないんだって」

「一限終わりだもんね期限。あたし徹夜で仕上げてさっき出してきたわ」

「さすが紗友里。私には無理だわ」

 超優等生の鈴にとって徹夜はありえないことらしく、この感覚はお互いわかりあえない。夜更かしは肌に悪いし、すぐにやって提出しないと落ち着かない、らしい。八月三十一日に泣きながら宿題を終わらせたことはないんだろうな、鈴は。女として、というか、人としての格が違う。

「ってかさ、聞いて! 昨日ユウがね!」

 鈴が話し出したタイミングで大あくびが出た。間抜けな声で「あ、ごめん」と謝ると、「あ、うん、徹夜だもんね」と、あまり気にしていない様子だった。

「三限テストでしょ? じゃあさ、眠気覚ましにスタバ行かない? 奢るから!」

 言いながら鈴は目をきらきらさせている。私があくびをしたことを気にしていない、というよりは、私が眠そうなことなど気にも留めていない、という感じだ。

 授業もテストももうないと言っていたから、話をするためだけに大学まで来たのだろう。いつも以上にご機嫌だ。なんだか微笑ましくて可愛らしい。

 コーヒーを飲みながら話を聞いていれば眠くはならないだろうと思い、了承することにした。まあ単純に、何か進展があったであろう恋の話を聞きたいというのもあるのだけれど。


 何だかんだ言って、鈴の話を楽しみにしている自分がいる。これが野次馬根性というものだろうか。

 まあ野次馬でも何でも、話したい鈴と聞きたい私、利害は一致しているのだから、気にする必要はないと思うけれど。


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