無恥な風邪
浮橋白雉は、その名の通り無知である。
「なあなあ、恋町って医者志望だったっけ?」
吐息が綺麗に映える凍て空の下、部活を終え、校門を出ると横から現れた彼はそんなことを訊いてきた。
「藪から棒にどうしたのよ」
「で、どっちなんだよ」
「厳密に言えば麻酔科医志望だけど、まあ医学部受験であることには間違いないね」
「ああうん、まあ……」
彼にしては珍しく歯切れの悪い返事をし、口元を覆っていたマフラーを少し降ろして軽く息を吐いた。今年は暖冬だらしいが、彼は例年と変わらずダッフルコートの下にトレーナーとセーターと言う重装備をしていた。対して、私はと言うとコートは疎かセーターすら着ていなかった。家と学校との距離が短い事や、部活で体が温まっていることもあり、大丈夫だろうと高を括っていたが、暖冬と言えどもやはり冬は冬で昇降口から出た時点ですでに体は震えていた。
「これさ、ダチの話なんだけどもね、ほら、三組の柴山のね」
「ああ、はい。で、柴山君がどうしたの?」
「最近体調が悪いんだと。で、原因が不明なもんだから治しようがなくて困っているんだ。頼む! 恋町! どうか柴山を救ってくれ!」
手を合わせて、頭を下げる彼。柴山君と仲がいいなんて噂を一度も聞いたことはないけども、最近そうなったのかもしれない。
「救えも何もまだ医者見習いにすらなっていない人に何ができるのかって話だけども、一応気になるから症状を教えてよ」
「動悸が止まらなかったり、ぼーっとして過ごすことも多くなったし、特定の物がはっきり見る事が出来なくなったし…………あ、あと、冬なのに変に暑くなることもあった!」
「妙に詳しいね」
「え、あ、まあ! 友人だからな!」
突然、しどろもどろになる彼。何一つとしておかしなことを訊いていないのに。
「暑さを感じるのは暖冬の所為だとしてもおかしいね。風邪を引いているんじゃないの?」
「でもさ、でもさ、動悸はまずくね? 寿命が縮んだりしねえのか?」
不安げな表情を見せる。高校生にしては聊か、知能が足りていないと言うか、幼さがあると言うか、見ていていじりたくなる。
そんな訳で私は軽く嘘を吐いてみた。
「んん…………程度に拠るけども、確かに寿命が縮みますね。最近じゃあ一週間動悸が止まらなくなって死んじゃった人が出たなんて聞くなあ」
「うああ……マジか」
うなだれる彼。友人を想ってとは言え、いささか大げさな気がしなくはないけども、ちょっとした悪戯が効いていて私の気分は良かった。
しかし、動悸が止まらないとか、ぼーっとしたり、寒い日なのに突然暑く感じるなんて、ただの風邪な気もするけど、ロマンチックな見方をするとまるで――
「ねえ、その特定の物って誰――」
「助けてくれ! 恋町! お前の所為で、俺死ぬかも!」
「へ?」
頭を抱えていた彼は私の肩を握って大きく揺らす。だけども、背後から頭をハンマーで殴られたかのような感覚は彼だけが原因だとしても、これだけが原因ではないようだ。
「お前を見ると動悸が止まらなくなるし、気付けばお前の事ばっかり考えるようになるし、お前とまともに目を合わせられないし……このままじゃ、死ぬ! 治療法とかないのか!」
「あう……うぅ……」
頭が前後に動く度に動悸がし始めたり、薄着にも拘らず体が火照るのを感じる。
ああどうしよう。
どうやら私も風邪をひいてしまったようだ。