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雨男、その尾を濡らす  作者: 汐多硫黄
降水確率3% 「雨男と憂鬱な雨の日の魔女審判」
8/9

解決編


解決編




 自殺頭痛という病気がある。正式名称は群発頭痛。

 頭痛発作は数日に1回。そして、1日あたりの頻度は30分から数時間感覚で何度も何度も。頭痛は常に決まった片側に出現し、その余りの痛さに、思わずピストルで頭を打ち抜いて突発的に自殺を図ってしまう事がある。故に自殺頭痛。

 幸いにも、《俺》は自殺頭痛を患っているわけじゃない。自殺頭痛どころか、偏頭痛だってありゃしない。


 俺にあるのはそう… もはや矯正不可の眼つきと、捻じ曲がった性格。極度の雨男体質、そして雨降時限定の狐への変身能力。


 けれど不思議なんだ。先ほどまで俺は、とてもつもない、これまで経験したことの無いような頭痛に襲われ、そして収束した。

 喪失に痛みが《付き物》のように。イヤ、違うな。まるで《憑き物》が落ちたように…。


 俺の中から何かが失われ、俺は…… とうとう、解放された。解放されちまったんだ。


 だからこそ。

 あまりの痛みに数秒間意識を失った後、改めて命とキーテの手により揺り起こされた俺の目の前に《こんなとんでもない光景》が広がっていたとしても。俺は、さほど驚きはしなかったんだ。




「《我》は天帝の妖狐。《青年》こと、左雨五月雨に憑きし天帝の九色の妖狐が一尾である」




「な、な、ななな、なんなのこれ!? き、狐? でも五月雨君じゃない。しかも、これ、なんと言うか五月雨君が変身した時と違って、神々しいわ…」

「ほぉら、ね? やっぱりもう遅かったじゃん。あーあぁ」

「狐。俺の中から? 呪いの正体って、こいつ、なのか? 意味分からないってばよ!」

「ホカゲになるッテバヨ!」


 本当は女性に言ってあげるべきセリフなのだろうが、この時の俺は痛感してた。何だか初めて会った気がしない、と。むしろ懐かしささえ覚える妙な感情が俺の中を満たす。例えるならば、長年の戦友とやっと対面出来たような… イヤ、自分でも矛盾したことを言ってるってのは理解しているんだがね。


「にししっw ここまで来ちゃえばもう隠す意味無いから言っちゃうけどさぁ、《御先狐晴嵐》… それがあたしの本当の名前」

「オサキ? マジかよ、お前さん…」

「ねぇ、《オサキ》ってなに? さっぱり理解出来ないのは、私の知能指数が可笑しいのかしらん? それとも私の運命度が足りない? 五月雨君に理解できて私に理解出来ないなんて死ぬほど悔しいのだけれど」

 そう言いつつも、縛られていた俺を椅子から解放してくれる命。けれど、彼女が知らないのも無理の無い話だ。

 何故かって? だってそれは…

「オサキはグンマーに伝わる民間伝承だよ、命。あれ? 言ってなかったっけ? 俺、この県出身じゃないって。俺と更科… いや、御先狐はグンマー出身なんだよな。ま、それは一旦おいておくとしてだ」

「県外出身者とは知っていたけれど。まさかあなたが秘境グンマー出身だったとは… だったらその眼つきも納得ね」 

「サラッとひどいことを言うなよ。上毛カルタとからっ風が黙っちゃいねーぜ?」

「ローカルネタは良いからさっさと続けなさい、このグンマー」


 何だか露骨に態度が変わった気がするが、命の俺に対する態度は大体いつもこんな感じだったので気にしないことにする。

 ってか気にしたら負けだと思うんだ。


「んじゃ、続きはモノホンのオサキ師であるあたしが説明してあげるよぉ~。あのね、オサキって言葉には二つの意味があるの。一つは《あいつ》、あの狐様自身のこと。もう一つはその《狐》を代々管理する人間達の事。で、この場合問題なのは勿論前者だよねぇ~」

 前者。

 つまりあの妖狐の事。最初に口を開いて以降、まるで俺達が現状を理解するのをじっと待っているかのように、今はただただ円卓の上に恭しく鎮座している。

「オサキってのは元々《九尾の狐》… の尻尾だったモノなんだよねぇ。ずーっとずーっと昔、九尾が退治されて、その魂が尻尾と同じ九つの魂に分断されたんだ。ある魂はそのまま黄泉送りになったり。ある魂はあたしンちの神社みたいにご神体に憑けらていたり。ぶっちゃけ、今どれくらいの数の魂が残っているかは分からない。けど、紛れも無くあのオサキは、九尾のうちの一尾だよ」

「… 凄く気になったのだけれど。それと五月雨君がどう関係してくるの? 今ひとつ関係性が見えてこないのだけれど。その狐が美少女になって運命的に出会うとかなら1000本買うわ。そのエロゲ」

 風紀委員長のくせしてエロゲなんてやってんのかよ、命の奴… 知りたくなかった情報、いや、むしろアリ? ってこの期に及んで何を言ってるんだ俺は。

「詳細は省くけど… あたしンちのご神体が破壊された。で、あのオサキの憑く場所が無くなった。で、急いで代わりのご神体を見つけなきゃいけなかった… それが歩くご神体こと、さささ君なのでした、以上。イヒヒヒヒッw 哂っちゃうよね!」

「ハッハッハ~。で済むかよ! いやいやいや、待て待て待て。どうしてそもそも俺なんだよ! もっとあるだろう… あるだろ!」

「ん? ん~。都合が良かったから、かなぁ。って言うか、あのご神体は一品モノだったし、物に狐を憑けるっていう技術は、もうロストテクノロジーで全く同じ方法は無理だったんだよねぇ。だからこそ、今も現存するやり方を行使するしかなかった。それには、さささ君っていう人間が都合が良かったんだよ。相性とか、ぼっちなとことか」

 ここまで来てまだ俺のぼっちステータス大活躍ですか。そうですか。だが、俺は負けない。これくらいじゃ落ち込めない。誰かに負けるなとずっと応援されていた気がするから。ってか、俺、いつそんなもんを憑けられたんだろ。全く記憶に無いんだが?

「五月雨君。あなたのぼっち属性もここまで来るともう大したものね。尊敬するわ」

「とてもじゃないが尊敬するって顔してないけどな… ん? けど、許可無く勝手に俺の体を使いやがったわりに、この狐様はどうしてまた復活して出て来ちまったんだ? 俺、何かやらかした?」

 

 俺は、そんな飛び切り素朴な疑問を御先狐に屈託無くぶつけた。だが、当の彼女はだんまりを決め込むばかり。ってか、だんまりどころか、若干顔が赤いような? むしろ頬を膨らませて俺を睨んでるような…?

 

 え? なにこれ怖い。やっぱり俺なんかやらかした?


「― もう良かろう。青年よ、成り行き上、長年貴殿という等身大の人間を見守ってきたが… 聊か度が過ぎる」

 そんな妖狐の言葉に対し、何故かうんうんと頷いてみせる三人の女性軍団。

 は、はは、はははは。

「青年に施された術は、決して完璧ではなかった…。貴殿の首に何かが巻きつくと雨が降る事、狐への変身能力は、その術の隙間から貴殿へと我の力が流れ出た結果だな。首に、という部分は我が管狐の魂を起源とする名残であろう。つまり、人間の首に巻きつくことでその者に取り憑くのさ。現に、青年に対してもそうやって取り憑いたのだからな。そして、元々九尾は天候を操る存在。我はその中でも雨を司る一尾である。俗に言う《狐の嫁入り》の儀を管理するのが我の仕事。偶然とはいえ、元々雨男気質気味であった青年の体質は、我との相性が頗る良かったと言える」


 おいおいおいおい。おいおいおいおいおい。おーーーーーーーーーーい。


 長年俺が抱えてきた問題の原因って奴が殆ど一気に氷解されちまったよ。ってか、俺、殆ど悪く無いじゃん! あぁ、いや、そもそも俺がぼっちだからこそご神体に選ばれたんだっけ、ってかやっぱり俺って、元々素でも雨男気質だったのね… サーセン。

 けど、まだだ。まだ解決されてない問題が一つある。そんな思いまでして俺に封印された狐様が、どうしてこのタイミングで、今になって再び封印がとけちまったのか?

 だが、そんな最後の疑問も、件の狐様自身によってあっさりと、暴露されることとなる。


「《青年が、異性に心から愛され、必要とされる事》それが… 我が復活する条件。貴殿の呪いが解呪される条件なのだよ、青年」



 は?



 はあ?



 はあああああああああああああああああああああ?



「え、お、あ? お、え? は? う、あ?」

「青年、まずは落ち着け。そういうといころだぞ、我が感じた貴殿の問題点は」

「え、あぁ… サーセン… もしも、もしも俺の考えが間違いで無ければ、それってまさか、この三人の誰かが… 俺の事を?」

 す、す、好きって事、か? 

 俺はその言葉を最後まで口にすることが出来なかった。口にしてしまった途端、それが現実のものとなって、彼女らとの関係が本当に、永続的に、修正不可能に変わってしまうような気がしたから。

 直接彼女らに尋ねる、そんなことが出来るはずもなく。そんな俺が変わりにとった行動、それは彼女らの方角をチラリと盗み見る事程度だった。あぁ、俺の意気地なし。

 

 まずはキーテ。そもそも彼女の場合、好意どころか婚意まで俺にドストレートにぶつけて来たほどの人物だ。けど、意外だったのは単に俺を儀式のためだけに必要ってわけじゃなく… きちんと一人の異性として好んでいてくれていたという点だ。まぁ、その、なんだ。悪い気はしないな。うん。だからこそ、可能性はあると思う。


 お次は命。風紀委員長としての彼女の責務が、正義感が、俺の更生を推し進めている原動力だとばかり思っていた。けど、実際はどうだろう。俺の中の何が彼女にお眼鏡に適ったのかは分からない。だが彼女の運命と俺の運命が、それこそ運命的に混線しちまったってことなのだろう。俺には過ぎた女性だと思う。本当に。やっぱり可能性はある… のかな?


 最後は更科… ではなく御先狐。正直言って一番不可解だ。今でも不可解だ。彼女が俺のことを好き? 三人の中では一番確率的には低いんじゃないかと思う。そもそも彼女は俺をはめた側の人間だ。そんな感情を抱く人物が、俺に狐を憑かせようなどとは思わないだろう… ずっと俺を見守るうちに俺の事をうっかり好きになってしまった? ないない、そんなラノベのような展開、あるわけないだろ?


「な、なぁ。オサキ様、俺は…」



 確信を得たくて。

 俺がそう声を掛けようとした瞬間、とある意外な人物が介入を果たす。それはまさしく、終焉に向けたときの声。



「う~い。てめーら、そこまでよっ、とな。先生が惰眠を貪っている間に… 随分と面白ぇことになってんじゃねーか。先生おっどろきぃ、だぜ」


「先生? あのですね、これはですねその」

 俺のその慌てふためいていた様子がよほど可笑しかったのだろう。先生は、その飾り気の無い黒ぶちめがねを妖しく光らせ、一度だけくいっと押し上げた後、半笑いで手をひらひらさせ… 気だるそうに言う。

「あ~、はいはい。全部ちゃんとわーってるっての。左雨、あんま先生を舐めんなよ? 先生はただの万年日照り女じゃねーぞってんだよ。あ、自分で万年日照りって言っちまったぜ」

 そう言って、先生は… 黒のロングスカートのベルトから… ぺらっぺらの日本刀を勢い良く引き抜いた。ってか仕込刀!?

「ま、つまりはこーゆーわけだな。かくいう先生もグンマー出身でね。教師は副業。本業はこっち」

 試し切りとばかりに、円卓の椅子のうちに使われていない一脚をスパリと両断してみせる法楽先生。

「見ての通り、殺し屋だな。うん。妖怪専門の… だが」

「先生、いつも黒い服ばっかりだと思ったら、そういうことかよ。それ、殺した相手への喪服的な意味だったのか…」

「いや、完全に中ニ的趣味だったけど… でもそれカッコイイな~、それ頂くぜ左雨。喪服の殺し屋… アリだな」

 中ニ病もこじらせるとここまで来てしまうのか。恐ろしい、末恐ろしいアラサーだ。


「ってなわけで~。こっからは先生のお仕事ですよぉーってことで………… テメーら全員、今すぐ教室から消えなッ。仕事の邪魔だぜッ」



『!!!?』



 先生の雰囲気が変わった。圧倒的に、絶望的に。俺には良く分かる。あれは、あの目は… グンマー県民特有の… 《やるときは、やっちゃうぞ!》っていう本気の眼だ。


「ちょ、ちょ、ちょっとタンマ。待ってくださいよ先生! まだこいつが悪いやつって決まったわけじゃないでしょ! いきなり切り殺すなんてあんまりじゃ無いですか!」

「おいお~い、左雨。テメーにそんな自殺願望があったとは知らなかったぜ」

「俺も、先生にそんな裏の顔があるなんて知らなかったですよ?」

「先生だって乙女の端くれだぜ? 秘密の一つ二つあるってもんさ。だろ? とにかく、どけッ!!!」

「誰が乙女だよ… 三十路までまっしぐらの癖して。けど、やっぱり… どけないッ!!!」

 まさか、よりにもよって法楽先生と対立する日が来るなんて夢にも思わなかった。

 俺の恩師… の双子の姉であり、俺の担任。ってか、先生にこんな裏の顔があるってことは、あれか? 普通に考えればその双子の妹の方にも…? イヤ、考えるのは辞めよう。彼女達が俺の恩師であることに代わりは無いんだ。

 けど、だからこそ。俺は一歩も引けない。引いちゃいけない気がする。

 だが、件のオサキ様はそんな様子を目の当たりにしながらも極めて冷静で。変わらず円卓の上で狛犬の如くポーズを決めて微動だにしない。


「青年。それには及ばぬよ。そして法楽教師、まずは落ち着いていただきたい。我は、貴殿らになんら危害を加えるつもりは無いのだから」

 

 その様子はまるで、そう、まるで… 

 《覚悟を決めた者》の表情、そのもので…。


「へぇ? じゃあ一体全体どうするってんだ? それともこの期に及んで何か要求でもあるってのか? いいぜ、聞くだけならタダだ」

「貴殿の心遣い痛み入る。我が望むのはたった一つ。青年に、一つだけ問を投げかけたい。ただのそれだけだ。そして、その返答次第で我は… そのまま黄泉路に向かおうと思っている」

「あぁ? 質問だぁ? しかも返答次第で大人しく自首ってか? どーいう趣向だそりゃ?」

「なに、最初から理解されようなどとは毛頭思っておらぬ。あくまでも我、個人のけじめという奴だよ」

「どーやら、人間ん中にぶちこまれていたせいで、思考まで人間くさくなっちまったようだな、化狐。ふん。いいぜ、だったら許可してやる。けど、左雨の返答が気に食わない場合はどーすんだ? 暴れだすってか?」

「その場合は… 貴殿が斬ってもらって構わぬ。今更、我は逃げも隠れもせぬよ」

「オーケィ、上等だぜ… つーわけだ、左雨。いっちょこの狐ちゃん最後の願いを叶えてやってくれや… その顛末によっちゃ、テメーの今後一生の夢見を左右するかもしれねーがな」



 全てを納得し、自ら黄泉路に向かうか? 最後の最後で納得できないまま、先生に斬られてあの世へと旅立つのか?

 今更、あの世なんて本当にあるの? なんて馬鹿な質問は出来ない。ありえない体質を持った俺の前に、ありえない狐様と教師がいる時点で。

 納得は全てに優先する。

 俺の尊敬する偉大なるカメハメハ大王は、ここ一番の時こう言った…… カメハメ波ぁああー! と。


 … 良し、いっちょやってみっか!

 

「準備は、出来ました。いつでもドゾ」

 そんな俺に対し、表情一つ変えず眉一つ動かさず、尻尾の一つも動かさず。

 狐様がその口を開く。


「我、汝に問う…… 青春とは何か?」



 青春? 確かに。確かに先生の言うとおり、随分と人間くさいことを言う狐様だぜ…… けれど、何故か納得してしまう自分がいるのも事実。もしもコイツが、この狐様が、封印されて数年間俺の事を内部から見ていたとしたら? 俺の人生を見ていたらどうだろう。こんな俺の、ポンコツ人生を見ていたとしたら?



 それに対して俺は、どう応えてやれる? どうやって、彼を、狐様を… 終着点へと送り出してやることが出来る?

 ……… 違うだろ。

そうじゃないだろ、俺。

どうやってじゃない。そんなの決まってる。

 俺がずっとずっと感じていた感覚。

 確かに俺はぼっちだった。

 けど。

 本当はそうじゃなかった。

 そうじゃ無かったんだよ。

 どんなに辛くても、どんなに嫌な日でも。ずっとずっと、誰かに見守られている感覚がしていた。

 誰かにずっとずっと応援されている気がしていた。

 今なら分かるはずだ。

その正体が。

その意味が。

その言葉が。



「青春とは… 一言で言えば、雨上がりの虹を探す日々。二言で言えば… 『狐、その尾を濡らす』ならぬ…… 《雨男、その尾を濡らす》 って奴だ。お前と過ごした、この狐色した不可逆の日々そのものってわけだ。胸を張れ。前を向け。動かなければ、何もしなければ全ての可能性はゼロのまま…… だろ? 相棒」


……………… どうだ!?


「我、解を得たり……… 大きくなったな。《グッジョブだぞ》、青年!」

 そう言って、件の狐は、にっこりと笑った。

 これまで微動だにしなかった狐が、健やかに笑った。

「我の封印が解けた本当の意味。その答えを探すのは… これからの青年の仕事だ。貴殿一人でやり遂げなければならない大仕事だ。出来るな?」

「! …… おうッ!!」

俺は、腹の底からそう叫んだ。

 それは。

 これまでずっとずっとずっと何かから逃げ続け、何かのせいにし続けてきた俺が、生まれて初めて誓った約束だった。

「我は長く生きすぎたと思っていたが、最後の最後に良きものが見れた。これで、思い残すことなく黄泉路へと旅立てる… 世話になったな、青年」




 ―― 確かに。


 確かに最初は、この呪いから開放されるチャンスだと思っていた。黄泉路へと旅立つチャンスだと。

 我の前にあてがわれた拙い現代の呪い術と、それを背負いし鼻垂れ小僧。

 だたその実、ひたすらに不器用で。ひたすらに心根の優しい青年だった。ただ少し、他人との距離感を掴むのが下手な、そんな孤独な青年だった。青年の心に触れ、日々に触れ、気がつけば我は… 自分の目的のためではなく。単純に、そんな不器用な生き方しか出来ない青年のことを応援したくなっていた。

 人間の一生は短い。だか、だからこそ人は成長し、変わることが出来る。我は、その光が好きだった。九尾の片割れとして生まれ、何千年もの間仄暗い奥底へと幽閉されてきたこの我は… もしかすると、そんな青年のことが、青年を通じて見た人間のことが、羨ましかったのかもしれぬな。やれやれ。この我が感傷に浸るなど、一体… どこの誰に影響されたのだろうか?



「青年、覚えておくが良い。ぼっちと一匹狼は違う。貴殿はこれまでも、そしてこれからも… 独りではなかった」

 そう。何故なら俺には… 

「我の名はイヅナ。九尾が一尾《白》のイヅナだ。かつて永きに渡り… 何者にも染まる事のなかった《白》のイヅナだ」




 そんな言葉と共に… イヅナは消えた。


みんなの前から、俺の前から。


 それこそ、綺麗さっぱり。


 まるで、最初からなーんにも無かったかのように、綺麗に丸ごと。


 毛一本すら残さずに。


 同時にそれは。


 長い長い魔女審判の終わりを意味していたのだった。



「あぁ~あ、結局斬り損なっちまったぜ。でもまぁ、終わりよければ全て良し。ん? おいおい、妖怪のくせしやがって…… 随分味な真似してくれるじゃねぇのアイツ…」

「?」

 呆気に取られる俺達を尻目に、先生はかつかつと窓際まで赴き、キーテが空けてそのままになっていた窓から外を眺める。

「見ろよ、テメーら………… 《飴》だ。飴が降ってやがるぜ」



 それは誤変換でも何でもなくて。

今思えばきっと、イヅナなりの置き土産だったんだと思う。



「空から、飴が、降っている…」

「にししししっw ねぇねぇ、さささ君! あれって食べられるのかなぁ?」

「五月雨君、こういうの科学的にはなんて言うか知ってるかしらん?」

「…」

「《ファフロツキーズ》よ。別名、怪雨。記録によると、かつてはカエルや魚の雨が降ったこともあったそうよ。最も、雨の代わりに飴玉が降ってくるなんて駄洒落染みた人間くさい現象は、おそらく史上初めてでしょうけど… 良かったわね五月雨君、また一つおりこうさんになれて」

「フェ○チオスキーズ?」

「…」

「五月雨君。さっきから何一人で泣いてるのよ、あなた。それとも… 狐のための涙雨ってわけ?」

「うるしゃい…!」


 こうして。本当に、本当に長かった俺たちの円卓会議は終わった。

 けど、俺は知っていた。本当の始まりは… 本当の俺の青春は、きっとこれからなんだってことを。


 だろ? イヅナ。



END

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