下
「さささ君さぁ、知りたくないかね? 君のその雨男体質の正体、そして、キツネの力の正体って奴をさ」
「更科? お前さん、どうして俺のキツネの変身能力の事を…」
「にししししっw 思えばさぁ、さささ君。あたし達も出会ってから、もう結構長いよねぇ」
「な、何だよ。いきなり。確かにお前とは小学校からの知り合いだから、こん中じゃダントツに付き合いは長いけど」
「うんうん。だよねぇ、良く分かってんじゃん」
不適に微笑む少女更科と、ただただ怪訝な表情を浮かべる事しか出来ないでいる青年。
「あの頃はさぁ、さささ君がその体質に気が付くかどうかくらいの時期だったよねぇ」
「まぁな。自分で言うのも何だか、この体質どうこうより昔から… 俺は友達が多い方じゃなかった。けど全く居なかったわけじゃないからな! お前さんも知ってるだろ?」
「イヒヒヒヒッw さささ君ってば昔から愛想が無かったから。でも、中学に上がってその体質が明らかになって… ネクタイ着用の学園にも関わらずそれをしない特別待遇。表向きはトラウマがあるからって事にしてたんだよね?」
「おかげで数少ない友達も散って行ったよ、その上陰湿なイジメ三昧。子供ってのは本当残酷だよなぁ。ピュアな分限度って奴をしらねーのさ」
「そのせいで余計捻くれた性格になっちゃって、眼つきまで最悪に仕上がってしまったと。だよねぇ?」
「確かにそうだが。ってか俺の昔話がさっきの話とどう繋がるんだよ」
幼馴染。
悪友。
腐れ縁。
付き合いがなまじ長い分、その関係性は固定されてしまい、次のステップに移行することが極めて難しいとされるのが前述した属性たちの特徴である。現に昨今のそれらの属性持ちキャラクター達の当て馬率の高さ、かませ犬率の高さといったら目を覆いたくなるような確率なのである。それらの属性大好きな者にとっては、大変嘆かわしい限りなのである。
ぶっちゃけ、このお話とは全く関係ない話なのであしからず。
では、続きをどうぞ。
「分かんないかなぁ。ま、鈍感なのがさささ君の取り柄だもんねぇ」
「あぁ? … 確かに、俺が苦しいときには何故かお前さんが隣に居ることが多かったよ。現にお前さんのノーテンキさに助けられたこともある。思えば、俺の雨男体質が判明してからはずっと更科と同じ学園どころか、ずっと同じクラスだったな…」
「うんうん、それで?」
「苦労を共にした男女って奴は、互いに妙な親近感を覚えちまうそうだが… だからなのか? お前さんと一緒に居ると騒がしいし、常に何かに巻き込まれちまうのも事実なんだが、その、前にも言ったが妙に落ち着くというか、妙に安らぐというか、安心するというか」
八方美人で無駄に節操無しの癖に鈍感。
青年の主人公補正は半端ないのである。だが、だからこそ、青年が青年たる由縁でもあるのだが。
とどのつまりそれは…。
「ふぁっ!? ち、違うよさささ君。あたしが言いたいのはそういうことじゃなくて! もうっ! なんでそんな恥ずかしいセリフをサラッと言えるんだよ君は!」
だから、こんなことになっちゃったんじゃないか…。
そう誰に向かって言うでもなく、小さく小さく呟いた少女更科は、青年にとっての決定打を与えるべく、再びその口を開く。
「さささ君がその体質を自覚するのと時を前後して、寂しい寂しいさささ君の前に現れたあたし。そしてそれ以降、君とは学園もクラスもずっと一緒…… その二つってさぁ、無関係だと思う?」
「更科、お前さん… まさか」
「そうだよ。あたしはさささ君の、その体質、《呪い》について最初から全部知ってる。その呪いの正体も知ってる。あたしは君の… 《監視役》なんだよ、さささ君」
『なん… だと… ?』
青年の全てを知る女、少女更科。
驚愕する一同。哂う更科。居眠りする法楽教師。やまない雨がないように、明けない夜がないように、物語は刻一刻とエンドロールに向けて走り出すようにして、疾風怒濤の後半へと続くのであるあるあーる!
◆
「なん… だと… ?」
「それはもういいから話を先に進めなさい五月雨君」
「あ、ハイ… ってか監視役ってどういう事だよ更科! お前さん、場合によっちゃ五体満足ってわけにはいかねーぜ?」
「あまり強い言葉を遣うなよ、さささ君。弱く見えるぞ? まぁ、元から弱いんだけどねぇ、さささ君は」
「ですよねー。って、納得できるか!」
勢い良く立ち上がろうにも、未だ椅子に縛られたままの青年は、せめてもとばかりにガタガタと縛られたまま動き回る。なんとも無意味で、盤上の紙相撲のようなシュールな光景である。
「さささ君さぁ、そもそもあたしの名前の《更科》ってどういう意味か知っているかね?」
「意味? 意味かどうかは知らんが、確か… 大手の老舗蕎麦屋のひとつにそんな名前のがあったような…」
「そうそう、その調子だよぉ。んでんで? 蕎麦といえば?」
「……………………… た ぬ き」
「はいさささ選手、だいせーーーかーーーーーいw ぶっちゃけ、更科って名前は偽名なのでしたw 偽名っていうか作戦ネーム?」
「更科、お前さん… 一体何者だ?」
「はいはいはーーーい、良くぞ聞いてくれました! そのセリフをどれだけ待ったことか」
ガタッ。
少女更科、改め、かつて青年の腐れ縁であった小さな少女は、目の前の円卓の上へと昇り、声高らかに宣言する。
「あたしはジョーカー。とある組織から… さささ君に課せられた《呪い》を見守るために派遣された工作員だよん♪ 鬼札は何にでも化けられる。けど、最後の最後までは残しちゃいけないんだよ、さささ君」
「呪い? やっぱり俺、本当に呪われてたってこと? ってか待て待て、更科! あ、いや、更科は偽名だっけ? じゃあ何て呼べば? あぁ、糞、一先ず更科(仮)!」
「(^q^)くおえうえーーーるえうおおお」
「お前さんの事じゃない、俺が良いって言うまで黙って座ってろキーテ」
「イエス、マイだーりん」
小さく溜息を付いた青年は。改めて少女更科(仮)に向き直り、冷静に、努めて冷静沈着に言う。
大丈夫! 青年はここから立て直せる奴だ! 青年ならきっと、答えを導き出せるはずだ!
「… ゴホン。まず言いたい事が一つ。更科、お前、良いのか? 大丈夫なのか?」
「? どういう意味かなぁ? さささ君」
「お前さんがどこの誰かは知らない。知っちゃいけない気もするし、きっと知ったところで俺には何も変えられなし、お前さんはお前さんだ。何も変わらない」
「それで?」
「お前さん、さっき工作員だとか行ったよな? 何故それをわざわざ俺達に、俺に明かした? 何故話しちまった! 何故だ? そんなことをしたら、お前さんはどうなる? 月並みな想像しか出来ないが、正体を明かした工作員に待つ運命なんて… あまりいい結末を予想できないぜ、俺は」
少女更科(仮)は、円卓を下り、両手でその小さな顔を覆いながら呟くようにして言う。
「………… こんな時でも、自分の心配より、ヒトの心配かよぅ…」
「い、言っておくが更科。俺は誰かの犠牲の元に成り立つ呪いからの《解放》なんて望んじゃいねーぞ? だから、その、べ、別におまえさんなんかのために言ってるんじゃない。あくまで俺の矜持の問題だ」
「さささ君さぁ、野郎のツンデレなんて百害あって一利なしだよ? それこそ、だーれも得しないんだからさぁ… でも、さささ君らしいよ、それって」
そう言って。少女は笑った。
いつものようなイヒヒヒッw でも にししししっw でもなく、少女は笑った。
それは、全てを諦めたことによる哂いだったのか、はたまた自身の任務からの解放感からの微笑みだったのか。今となっては、もう、知りようの無いことである。
「なんでさささ君に喋ったかって? そんなの…」
「な、なんだよ」
「そんなの… もう、ぜんぶ、ぜんぶ、ぜーーーーーーんぶ。なにもかも、すべてぜーーーーんぶ手遅れだからに、決まってんじゃん… さささ君の… ばーかぁ」
「ちょ、ちょっと待て更科! 手遅れって、その、さっき言ってた俺の呪いがどうとかってそれ……… ん? い、痛い? あれ? なにこれ、何か、急に、頭が、い、いたい? いた、いたたたたたたたたた!!!!!???」
「五月雨君!? ちょっとどうしたの五月雨君!!」
「サミー! チャックにアレはさんだデスか!?」
「んなわけあるかっ!!!!」
――― 突然ですが、皆様。
どうやら、ここでお別れの時間がやって来てしまったようです。
長い間、お付き合いしていただき、真に真に有難うございました。
拙い語り故、時折感情を抑えきれず、お見苦しい点も多々あったかとは存じます。
けれども、全ては青年のため。青年を案じての結果。何卒、ご容赦いただければ幸いです。
それでもどうか、どうか最後まで、青年の事を青年の未来を青年の青春を… 見守ってあげて頂きたい。
それが、《我》の最後の願いでもあります。
それでは皆様、風邪など引かぬよう。どうかお元気で ―――




