幕愛
幕愛「あめあめふれふれ」二人の断章
ちょっとだけ懐かしい、そんな昔話。
これはとある二人が小学生時代のお話です。
「おい、左雨! またお前のせいで雨が降ったんじゃねーのか? 折角の運動会なのに… がっかりさせるなよ」
「は? 何言ってくれちゃってるの? 何で俺のせいなの? 馬鹿なの? 死ぬの?」
「馬鹿って言った奴が馬鹿なんだよ! みんなもお前のせいだって思ってるから、オレがクラスを代表して言ってやってんだ! それくらい気づけよ、ばーーーーーーか」
「馬鹿はお前さんだ、ばーーーーーーーーか。俺の名前が左雨五月雨だから雨が降るって、お前、本当にそう思ってるのか? だったら雪が名前に入ってる奴がいれば夏でも雪が降るのかよ? 槍って文字が入ってる奴がいたら槍が降るのか? ばーーーか、ばーーーーーーか! お前の頭は幼稚園児かよ!」
「もう頭来た! こい、左雨。決闘だ!」
「望むところだ馬鹿学級委員長!」
………。
しとしとしと。
しとしとしと。
しとしとしと。
「うぅ、うううう。痛いよぉ。何も本気で殴る事無いのに、あの、馬鹿学級委員長」
「君… 馬鹿でしょ。ケンカ弱いくせにさぁ、どーしてそーやっていつもいつも」
「うぅぅ、うるさい! 見るな! 俺を見るな! 哀れむなっ!」
「哀れんでるじゃなくて単に呆れてるんだけどなー、あたし」
「うるさい! このブス! ぶーーーす!」
「なんだとコノヤロー! クラスメイトのよしみで、このあたしがほんのちょっとだけ心配してやったって言うのに! もう一回言って見ろ弱虫雨男!」
………。
しとしとしと。
しとしとしと。
しとしとしと。
「うぅ、うぇええええん。女にも負けたぁ。殴られたぁ」
「君さぁ… 本当に、ケンカ弱いんだねぇ。見た目も弱っちそうだけどさ。あたしよりチビだし。へ・た・れ」
「うっさいばーーーか! 糞女!」
「っとに。君ねぇ、もう少しさぁ、空気とか読めばさ、色々とイージーモードになると思うよ?」
「俺は、俺は誰の指図も受けない! がるるるるぅ」
「ふーん。馬鹿なやつ… あたしの嫌いなタイプだね、君は。むしろ大嫌いなタイプかもねぇー」
「こっちのセリフだ!」
………。
しとしとしと。
しとしとしと。
しとしとしと。
「いいかい? 晴嵐。お前はこの… 御先狐神社を継ぐ大切な跡取りなのよ? わたくし達には使命がある。命よりも、大切な使命が。他の人間とは根本な価値観が、生きる意味が違う… だからこそ、他の人間を誰一人信用してはいけない。良いわね?」
「はい。おばあさま。分かっています」
………。
しとしとしと。
しとしとしと。
しとしとしと。
「晴嵐、お前の初仕事よ。クラスの中で、お前が一番嫌いな男子、お前が一番最低だと思う男子を一人選んで… 境内まで連れてくる事。いいわね? 友達では駄目よ。お前が屑だと思う人物を選ぶの」
「あの、それはどういう意味が? あたしに何を?」
「晴嵐。あなたは何も考えない。言われた通り、行動するの。いいわね?」
「… はい。おばあさま」
………。
しとしとしと。
しとしとしと。
しとしとしと。
「左雨五月雨。おい、弱虫男」
「何だよチビブス! 俺になんのよーだ!」
「お前の方がチビの癖に。ふん、あたしと決闘しよう。決着をつけよう」
「お前さん、後悔することになるぜ! 場所は? 場所はどこでやる?」
「慌てるなよ弱虫男。場所はね…」
………。
しとしとしと。
しとしとしと。
しとしとしと。
「あの。おばあさま? 左雨は… あいつに、何をしたんですか?」
「晴嵐。お前はまだ知らなくても良いことなのよ。なに、心配せずとも死にはしない。ここに連れて来られた記憶すら、あの少年には残っていない筈だ」
「そう、ですか」
「多くを救うためには、時に犠牲を強いる事もある。これが御先狐家に課せられた宿命よ。けれどこれだけは覚えておきなさい、晴嵐。お前は、あの子の人生を… 狂わせてしまったの。それが、お前の責任。御先狐家の一員としてお前の背負う業よ。だからこそ、お前はあの子を見張り続ける義務があるの」
「あたしが、あいつを?」
………。
しとしとしと。
しとしとしと。
しとしとしと。
「何だよ、チビ女! 俺の後をつけてくるんじゃねーよ!」
「あたしの勝手でしょ? それとも、またあたしに殴られたいの?」
「ち、ちげーよ。俺は、俺はただ… 俺と一緒にいると… その、お前さんまで苛められるんじゃねーかと思ったから…」
「はぁ? あたしのためぇ? はん! 余計なお世話だってのっ!」
………。
しとしとしと。
しとしとしと。
しとしとしと。
「うぅ、うううう。痛いよぉ。あいつ、また本気で殴った、あの、くそ馬鹿学級委員長。また本気で俺を殴りやがった…」
「君、またケンカしたの? 弱っちぃくせに、馬鹿だねぇ。本当アホだねぇ… んでんで? 今度の原因はなにさ?」
「言わない! 絶対言わないぞ、俺は!」
「そんなボロクソになってさ、今更なに言ってんのよ? それとも、あたしにまで殴られたいのかな?」
「………… あいつら、お前さんの事まで… のけものにしよーとしてた、から」
「ぷっ。そんな理由なの? 君、やっぱり馬鹿だね。そんなの全然君の責任じゃないよ。あたしがいつもあいつらを信用してないだけ。その結果だもん。でも、まぁ、一応… あんがとっ! こんなあたしのためにそんな事するなんて、君はそーとー馬鹿だねっ!」
………。
しとしとしと。
しとしとしと。
しとしとしと。
「おばあさま。あいつは… あの左雨五月雨君は、これから一体どうなるのですか? あたしは、いつまであいつの監視をしなきゃならないんですか? あたしは… あいつと友達になっちゃ駄目なんですか?」
―― バシッ!!!!
「おばあ、さま? なんで、あたしをぶったの?」
「晴嵐。お前は… あの少年と友達になってはいけない。絶対に、絶対にだ。この先も一生、お前は、ただあの子を監視し、時には工作しなければならない。それが御先狐家の一員であるお前の責務であり、あの子の運命。何故お前にはそれが理解出来ない? もう、二度とこの話をすることを禁じます。いいですね?」
「……… はい、おばあさま」
………。
しとしとしと。
しとしとしと。
しとしとしと。
「今度は何だよ、お前さん。そんな暗い顔して」
「…… あたしは、君に… ごめん、やっぱりなんでもない」
「? それよりさー、お前さん。俺より強いんだろ? ケンカ教えてくれよ、ケンカ。二人でさー、あいつらぶっ倒そうぜ!」
「そんなセリフ、女のあたしに言うか普通? あたしの力なんてたかが知れてるし。限界もあると思うけどねぇ… ぷっ。まぁ、いっか。丁度あたしもさ、あたまん中、空っぽにして暴れたいと思ってたとこ!」
………。
しとしとしと。
しとしとしと。
しとしとしと。
「おらぁー、左雨くん! もっと拳に力を入れんかー! しゅぎょーはまだ始まったばっかりだぞっ!」
「も、も、もう、無理。お前さん、無茶苦茶スパルタじゃねーか」
「はぁ? こんな程度で音を上げちゃ。学級委員長どもには勝てないぞぉ! 踏ん張れ左雨! 男を見せろ!」
「……… オロロロロロ」
「うぎゃーー!? 何吐いてんだよ! 弱虫男!!」
………。
しとしとしと。
しとしとしと。
しとしとしと。
「うぅ、うううう。すんげー痛いよぉ。あいつら、またまた本気で殴った、あの、くそ馬鹿学級委員長ども。またまた本気で俺を殴りやがった…」
「グスン、あたしも殴られた。女の顔に傷をつけるなんてサイテーだね、あいつら。ボロ負けさ。でも、仕掛けたのはこっちが先だし。文句言わないの。君、男でしょ?」
「うん。俺、男だ。泣かないもん。けど、良かったかな」
「んー? 何がぁ?」
「お前さん… 何だか暗い顔してたから。浮かない顔してたから」
「…」
「まぁ、お前さんが何考えてるのか、俺は知らないけどさ」
「… うん」
「取り敢えず、笑っとけば良いんじゃねーのかな?」
「笑う? あたしが?」
「うん。笑っとけば大抵の事は何とかなるもんさ。それに、お前さん… 笑ってると、まぁまぁ可愛いぜ?」
「… ばぁーか! ににししししっ、イヒヒヒヒヒヒ!」
「変な笑い方だな、チビ女」
「君の方こそ、変な奴だな弱虫男」
「お前さんにだけは言われたくないっての… 良し! 今日から俺たちは《腐れ縁の悪友》だ!」
「? それって友達とは違うの?」
「違う! 全然違うっつーの。友達より、その、ずっとカッコイイ関係だな。なんつーの? もっと、こう、カッコイイ関係?」
「にししししっw おんなじじゃん。言い直しただけじゃん。でも、良いね。腐れ縁。ただの友達じゃないってところが、気にいった!」
―― それじゃ、俺達はこれから… 腐れ縁だ!
―― うん!!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「一言で言えば最悪。二言で言えば最悪な人生」
「んー。元気無いね、左雨くん」
「そりゃ、毎日毎日飽きもせずにターゲットにされりゃ、嫌でもこーなるっての。人と違うって事は… そんなにいけない事なのかねぇ」
「あのね、左雨くん。あたしも」
「やめとけよ、小学校の頃とは違う。お前さんに迷惑は掛けられないよ。中学に進学して早々、まさかこんな事態になるとはね」
「… うん。でも、君は何も悪くないじゃん」
「たかがネクタイ。されどネクタイ。はぶられる理由としちゃ十分すぎるぜ… いいか? お前さんは絶対に手を出すんじゃねーぞ。これは、俺の問題だ」
「…」
………。
しとしとしと。
しとしとしと。
しとしとしと。
「よえーしダセーくせに調子に乗ってるからこういう事になるんだぜ? 雨ちゃんよぉ」
「ヒャッヒャッヒャッ。いいねぇいいねぇ、相変わらずやる事がゲスいねぇ」
「だろ? この真冬の超さみー日にボコって体育館ソーコに放置。我ながらナイスアイディアだろ?」
「ヒャッヒャッヒャ。特別扱い君には特別個室をご用意ってか? いいねぇ」
「当然。鍵も掛けてやる。これから日が落ちて… 何かあったら大変だろ? 今夜は雨も降るらしーしよ。用心にこしたことはねーもんなぁ?」
「ヒャッヒャッヒャ。ゲスい! ゲスの極みだわ! お前、あの巨乳の保健室のセンセー絡みになると超こえーよな。この雨男、あのセンセーと随分仲いいもんなぁ。妬けちまうよな」
「うっせーわ。いいから帰ろうぜ」
「………」
………。
しとしとしと。
しとしとしと。
しとしとしと。
「でもびっくりしたよ。いきなり左雨くんがあたしンちの前で倒れてるんだもん。あのさ… 何があったの? にしししっ。まぁ、そんだけボロ雑巾にされてちゃ予想は出来るけど」
「…」
「でも、あたしンちなんて良く憶えてたね? 左雨くんがウチの神社に来たことってあったっけ?」
「…… 一度だけ、うろ覚えだけど」
「! ……… ふーん、そっか。まっ、一応今はさ、あたしの家族にも内緒で君を匿ってるから安心してよ。それより、本当に何があったのさ?」
「… 何人かに殴られた末に、体育館の倉庫に鍵かけられて縛られて放置」
「うわー。それさ、普通に事件だからね? ってか、縛られてた上に鍵掛かってたのに良く脱出出来たね、君」
「全くだぜ。なんつーか、俺も良く憶えてない」
「んー。ナニソレ」
「それがさ。途中、意識を失ったってか、寒さで眠っちまったんだよ。雨も降ってたしな。で、夢を見た。俺が… いや、笑うなよ?」
「君の今の姿以上に笑える話はそうそう無いよ?」
「そうか、それもそうだな。夢の中で俺は… 何故か《狐》だったんだ」
「!!? へ、へぇ。きつね。へぇ。それはそれは」
「あの倉庫、壁に修理されてない小さな穴あいてるだろ? その穴から脱出したんだ。狐の大きさなら、それが出来た。で、何故かお前さんちの神社を目指して走ってた。四速歩行でな」
「… それで、気が付いたときには、ウチの前で倒れてたの?」
「ああ」
「ああって君ね… 言いたい事は山のようにあるんだけどさ。まず、一言……… 君、もっとあたしを頼ってよ! 小学校の時もそーだったじゃん! 何一人でカッコつけてんの? 弱っちぃ癖に! まだあたしよりチビの癖に!」
「小学生のときより差は縮まったろ?」
「うっさい! 良いか良く聞け。今の君は、まともな一匹狼にもなれない… ただの一匹仔犬だ」
「お前さん、例え下手だな」
「だからうっさいっての! つまり、あたしが何を言いたいかっていうと… もっとあたしを頼って良いんだよ。君は一人じゃないって周りの連中が分かればさ、もしかしたら今の状況だって変わるかもしれない。なんなら君の呼び方も変えてやるよ。あだ名をつけてやる」
「やめろっての。言ったろ? これは俺の問題だ。お前さんは巻き込みたくない。俺は、卒業まで一人で耐えられる」
「左雨!」
「だってお前さんは…… 俺のたった一人の… 腐れ縁だからな」
これは、とある男女の遠い断章。
昔々の、誰かにとっての大切な… 思い出噺。
END




