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雨男、その尾を濡らす  作者: 汐多硫黄
降水確率1% 「雨男と運命論者」
2/9


「さて。どうしたものか…」 


 法楽教師と別れ、残り少ない昼休みを享受すべく物憂げに教室へと戻る最中、青年はおぼろげに考える。ぶっちゃけ、どうしたもんかと。

 彼は友達が多くない。

 否。彼は友達が少ない。

 否否。彼は友達が居ない。


 ごほん。

 つまりそれは、青年にはまだ無限の可能性があるということなのだ!!!

 … 多分。


 何はともあれ、昼休みの残り時間は少ない。眼つきと纏う雰囲気は怖いが不良ではない彼は、真面目に教室へと戻る事にするのであった。


「よっ、さささ君。結構時間ギリギリだったねぇ。どだった?」

「どーだこーだもねぇですよっての…。そうだなぁ、一言で言えば人生。二言で言えば、俺は今、中々どうして人生の分岐点にいるのかもしれないってこと」

「ん? んん? んー。なにソレなにソレ! にっししし、面白そうだねぇ。イヒヒヒッ、ねぇねぇさささ君や、ちょっとその話、更科さん家のお嬢さんに詳しく教えてみなさいな」

 青年は直感した。この女にだけは話してはならないと。全身全霊を持って今すぐ話を逸らすべきだと。

「ああ、実は… なんて、言うわけないでしょ。お前さんに喋ったところで、百害あって一利なしだな」

「ブーブー! 冷たい事言うなよぉ、さささくぅ~ん。あたしと君との仲じゃ~ん。君の唯一のお・と・も・だ・ちからの可愛いお願いだよん」

「いや、そんなお・も・て・な・しみたいな言い方されても絶対いやだからな。ってかお前さんが俺の友達? お前さん馬鹿言っちゃいけねぇよ。俺の知る限り友達という奴は勝手に人の弁当を食ったりしないはずだが?」 

「なんだよぉー。昔からの付き合いジャンよぉー。んー、ふーんだ、良いもーんだ。そっちがその気ならもうさささ君の事なんて助けてあげないもーん。い・ろ・い・ろ・と♪」 

 奇縁、悪縁も縁のうち。例えそれが腐れ縁であろうと、縁は縁であり。青年にとって彼女がどういう存在なのかといえば。

「!?………マジデソレダケハカンベンシテクダサイ」

 思わずカタコト&涙目で懇願するレベルの青年にとっての生命線… なのかもしれない。

 

 青年の名誉のため、少しだけ話を脱線させよう。


 彼らの在籍する星彗学園は、某県にある公立学園である。数年前まで女学園だったものの、近年共学化されたという歴史を持ち、その名残から今も尚女性比率の高い学園なのであるある。具体的に言えば、その男女比率1:5。一クラス30人。男5人に対し女25人。女三人寄れば姦しいなんて諺がある。ではでは、25人なら?

 ただでさえ肩身の狭い男子生徒にあって、そんな男子生徒からも孤立する青年。


 いつ発令されるか分からない破滅の呪文バル… 

もとい《ハイ、フタリヒトクミツクッテー》。

 

 腐れ縁でも縁は縁。青年にとっての彼女とは、正にそんな関係なのである… この説明で青年の名誉が回復出来たとは思えないが。まぁ、そこは気にせず話を戻そう。世の中とは、無常と理不尽で出来ているのであーる。


「うぉっほん。ごほん。げふん。まぁ……俺は常々思っていたのですよな。更科には世話になっていると」

「イヒヒヒw あたし、さささ君のそーゆー素直なところって好きだよん。にっしししw んで?」

「ああそう。そりゃ有難すぎて涙が出てくるね。ま、俺もお前さんと居ると何故か落ち着くよ」

「ぶはっ!? え? え? なに、いきなり!? どったの!?」

「イヤ。なんつーかこう、お前さんのノーテンキな性格を見ていると俺もまだここに居ていいんだと思えてくるからな… ってか聞いてる?」

「ハヒッ!? あ、うん。もち聞いてるよ。んでんで?」

「ああ。実はな…」


          ◆


 青年は歩く。

 とある場所へと、脇目もふらずまっすぐに。ひたむきに。迷い無く。

 それは、5限目の授業を終え、本日も残すところ6限目のみとなった間の休み時間の出来事であった。


「5限目までは耐えたってのに。俺の根性無し…。そういや、更科のやつもいつの間にか居なくなっちまったし」 

 雨。それが彼に与える影響は、どうやら意外なところにも現れてしまうようで。彼のその見た目に全くそぐわない持病、貧血は、雨のたびに彼の貧弱な体力を蝕むのであった。 

「まぁ、保健室で適当に寝てりゃ適当に復活する。つくづく忌々しい適当な体だぜ、本当」 

 何時ものようにふらつく足取りで校舎1Fの隅にある保健室へと辿りついた青年は、慣れた手つきで扉に手を掛ける。

「ちわっス。今日もあれがあれな日なんでベッド借りますぜ」

 反応は無し。担当の保険医は長期休職中。かって知ったる我が家の如く、特に気にする様子も無くいつものようにベッドへと近づき、仰向けにバタンキューと倒れる青年。

「俺の尊敬する偉大なるカメハメハ大王はこう言っていた。雨が降ったらお休みで、と」

 仕切られたカーテンとカーテン。当然のようにいつものように、誰も居ないと高を括って口をついた青年のそんなセリフは、意外なところからその波紋を生む。

とある偉人は言った、出会いは引力。犬も歩けばなんとやら、と。


 さてはて。一人目の彼女は… 青年にとっての晴女と成り得るか否か。


「カメハメハ大王… ハワイ語でどういう意味か知っている?」

 仕切られたカーテン越し。青年の二つ隣のベッドから返って来るある筈の無いレスポンス。

 あえて言おう。青年は焦っていた。むしろびびっていた。

「ヴえ!? あ、いや、え、その…」

「はい時間切れ。正解は、ハワイ語で《孤独な人》よ。良かったわね、一つおりこうさんになれて」

「あ、はい」

 何とも間の抜けた返事を返す青年を意に介さず、少女はおもむろにカーテンを開け、その姿を青年の下へと曝すのであった。

「ノーネクタイ。不遜な眼つき。漂う負のオーラ。間違いない… 君が噂の、左雨五月雨君ね?」

 青年より遥かに小さな、そんな体格差を諸共せず右側に結ったサイドテールを振り乱し、鋭い目つきで眼をつける。真新しい《風紀委員》の腕章がチャーミングな威圧感漂うこの少女。 

「おう。いかにも」

 先ほどのしどろもどろな返答とは打って変わって。相手が自分よりも体格の小さい女性だと知った途端、急に強気に出る青年。

 青年よ、それは人としてあまりにもあまりにもじゃないか?

「左雨君。私と出会ってしまったその運命に歓喜なさい」

「運命? はぁ?」

「風紀の乱れを修整するのが私の運命。きっとあなたを《更生》させて見せるんだから。一、風紀委員長としてね!」


          ◆


「んで、いつまで後をついて来るつもりだ?」


 放課後。

 スポーツに学業に様々な青春を謳歌する生徒達を尻目に、いつものように逃げるようにそそくさと教室を後にした青年を待ち受けていた人物… それは勿論。


「いつまでも、よ。言った筈でしょう? あなたを更正させる運命だって」

「うへぇ、本気かよ。それに更正って言われてもナァ。俺、別段不良ってわけじゃないぞ」

「… そんな眼つきしているのに?」

「眼つきはどうにもならんさ。あえてお前さん風に言わせるなら、運命が俺にそうさせたって事」

 意訳すると、長年続いたぼっち生活の賜物、なのであーる。

「そう。なら一先ずその目つきについては保留ね。運命なら従うほかないわ。運命なら」

「一言で言えば怖い。二言で言えば、お前のその運命って言葉に対する絶対的信頼感が怖い」

「ふん。人は誰しも、少なからず信仰心を持って生きているものよ」

「おいおい、聞いても無いのに話が若干きな臭い方向に進みだしたんだが?」 

「人は信じる事で様々な感情を制御しているのよ。宗教的信仰心。偶像崇拝。そうね、身近に例えるならば、あのアイドルが好きだーとか位ならあなたにもあるでしょ?」

「まぁ、それなら多少理解は出来る。俺は興味ないけどね」

「それと同じように。私は運命を信じている。様々な運命を愛している。運命に貴賎なし。それだけよ」 

 

 少女は、実に良い顔でそう言いきった。

 青年は、あっ、こいつ真面目すぎて螺子が何本か弾け跳んじまったタイプなんだと直感した。

 素数を数えて落ち着いちゃうタイプの人間なんだと実感した。

 頭の中にヤヴァイディスクがインしちゃってるんだと察した。


 それと共に青年は瞬時に思考を切り替えるのであった。

 いかにして相手をはぐらかすかごまかすか、ではなく。いかにして一秒でも早く解放されるかに。


「OK分かった。風紀委員長殿、あんたが何を信じようがどんな信念を持っている運命だろうが俺には関係ない。俺は逃げも隠れもしねーよ。俺はあくまで俺だ。勝手にしてくれ」

「ふん。一筋縄では行かないって事ね。何て苦行、なんという過酷な運命なのっ! あぁっ… センキュー神様!」

「……… お前さんの運命とやらの中に、既に俺の更正って項目が書き加えられちまってる現状ってやつが本気で恐ろしくなってきたよ」

 類は友を呼ぶ。良かったじゃないか、青年。

 それに彼女が青年にとっての晴女である可能性もあるのである。

さぁ、頑張りどころだぞ青年!

「ま、まぁ。何にせよ勝手について来るのは構わない」 

「グッド、良い心掛けね。それで、これは今どこに向っているのかしらん? 確か情報によると左雨君は帰宅部の運命だった筈」

「情報って何だよ情報って。それに言っただろ? 後をつけるのは構わないが、あんたがどんな信念をもっていようが関係ないって。まぁ、ちょっとした人探しだよ、人探し」

「ふーん。いいわ、それならそれで私も勝手にさせてもらう。歩きながらでも質問は出来る運命だわ運命」

「もう運命が語尾みたいになっちゃってるよこの人。お前さん、絶対占いとか大好きだろ? 謂れのないB型ディスりとかしてるタイプだろ? まぁ、それであんたの気が済むなら好きなだけどうぞ」

「グッド。それじゃ一つ目。あなた、ネクタイをしていないみたいだけれど。服装の乱れは心の乱れよ、左雨君」

 少女のそんな質問に対し、その歩みをピタリと止める青年。 

「学園側には許可を貰っている。嘘だと思うなら誰でもいい、教師連中に聞いてみればいいさ」

「ええそうね。噂では中学時代からずっとそういう運命だったと聞いている運命よ」

「どんな噂が広まってるのかは知らないが。だったらこの話はこれで終わりだな」

 青年は実に嫌そうな顔で彼女から眼を背け、その歩みを再開させる。少女もおいて行かれまいと、その後に続く。

「… それじゃ次の質問。とある情報筋によると… あなたは極度の雨男体質らしいけれど。それって本当なの?」

「!」

 再びその歩みを止め、今度は正面から少女の顔を睨みつけるように凝視する青年。

「ふ、ふん! そんな怖い顔で睨んでも無駄なんだから! 私は運命の追究のためなら圧力には決して屈しない運命だもの!」

 ところがどっこい。

 この場合実際にびびっているのは、内心、心底震え上がっているのは青年の方であったりする。念のために注釈しておくならば、彼はがんをつけているというよりも、唯単に驚きのあまり瞳孔が開ききって表情が固まってしまっているだけの状態なのである。つまり、青年のチキンハートがなせる業なのであーる。

「だ、だ、だ、だ、だ、誰、誰が、誰から、聞いた?」

「情報提供者は明かせないわ」

 青年は考える。この学園には、中学時代の知り合いは殆どいないはずだと。そのためにわざわざこんな県外の学園へ進学を果たしたのだから、と。なれば、一人ずつ消去法で考えていけば自ずと答えは出るはずであると。そして、成年の知る限り、この学園内において青年のそんな特殊な体質を知る人物はたったの二人だけ。

 まず一人目。中学時代の恩師であり彼の理解者である保険医の、その双子の姉であり担任である法楽教師。

 そしてもう一人が……


「さぁあああらしぃいいなぁあああああああ!!!!」


 青年と少女のほんの十メートル先、廊下の曲がり角からズバリタイミングよくぬぬっと現れた人物、それは、唯一青年と出身中学を同じくする、いわば彼の素性を知る唯一の同級、彼にとっての腐れ縁。


「あっ、やべ。見つかっちった。やっぴょーさささ君。こんなところで偶然だねぇ」

 青年による放課後の楽しい楽しいお散歩は、彼女を見つけるためのもの。さぁ、どう出る青年!

「偶然!? 聞いて呆れるぜ更科。どー考えてもお前さんだろ? この風紀委員長殿に俺の情報を売りやがったのは!」

「酷い、さささ君がそんな風にあたしのことを見ていたなんて… ヨヨヨヨヨ」

 青年の迫力と剣幕に圧倒され、両手で顔を覆いその場でしゃがみ込んでしまう件の少女。

おいおい、青年。いたいけな少女を泣かせるなんて最低だぞ!

「そもそもお前さんか先生かの二択だ。お前さんは昔から迷惑極まりないトリックスターな性格で、先生はめんどくさがり屋。どっちがやったか何て、答えは明白だろ? … そして嘘泣きは即刻やめろ」

「テヘペロ♪ だってぇーー、さささ君は晴女を探してるんだろぉ? 出会いのチャンスは多い方がいいと思って。あたしなりの親切心っていうのかなぁ? にしっしししw」

「単に愉しんでるだけの言い間違いだろ? 人様を売るような真似しやがって」

「売るなんて誤解だヨォ。あたし、お金は貰ってないモン。でも、さささ君がそこまで言うなら…今度からはきちんと貰うようにするよ!」

「反省のカケラもねーなおい!?」

 と、ここで、そこまで傍観を決め込んでいた風紀委員長の少女が、口を挟むのである。

「ねぇ、更科さんの事はもうばれちゃった運命みたいだからいいのだけれど、さっきから《晴女》だとか、出会いってのはどういう事? どういう運命なの?」

「あー、そう言えば風紀委員長ちゃんにはそこまでは説明して無かったっけねぇ。にしっしししw 実はねぇ、さささ君ってば晴女を」

「ちょ、おま、やめろ!? あばよ更科、また明日な!」


 今度こそ本当に冗談じゃなく面倒な事になりそうだ。そう瞬時に判断した青年は、咄嗟に風紀委員長の少女の、その小さな手を掴んでその場から逃避行を図るのであった。


「…ツーンだ! さささ君の… ばーかっ」


          ◆


「それで、いつまで手を握っているつもり? 左雨君。運命的に考えて、あなた、手汗が凄いわよ」

 ノンストップで駆け抜けて、気がつけば校舎の外。

「うぉわい!??? っと、その、ご、め、す、スミマセンデス」

 やはり、どこまでもチキンな青年は飛び跳ねるようにして、彼女に言われるがまますぐさまその片手を解放する。

 だが青年、グッジョブだ! 放課後で成り行きとは言え、校舎の中を女性と二人で手を繋いで走るというなんとも青春臭いイベントを一つこなしたのだから。

「仮にも風紀委員長であるこの私に廊下を走らせるなんて、あなた、中々命知らずな運命のようね。これはもう、とことん私が納得するまで解放は無いわよ、左雨君」

「あ… そっスか」

 先ほどまで彼女の手を握っていた片手をじっと見つめ、その温もりを反芻しながら青年は改めて考える。更科女史による罠だったとはいえ、これも出会いといえば確かに出会いだと。現に、こうして手まで繋いでしまった。そして何より、青年にとってお誂え向きにも、少女は青年を更正させようとしてくれている。これって、ひょっとすると早くもひょっとするんじゃないかと。


 とはいえ、そんなノリみたいな勢いでこんな簡単に、自分のこの先の《運命》を決めてしまっていいのかという迷い。何とも言えない歯がゆさと、淡い期待の入り混じった惑いの感情。


 良かったじゃないか青年、迷いこそ青春の醍醐味だぞ!!


 だが、同時に青年は恐れていた。

 勿論、自身のその体質についてだ。誰かと本当の意味での信頼関係を築くには、己の中に重大な秘密を抱えたままというわけにはいかない。そう、《秘密》を抱えたままでは。


「ん? 雨、降って来たわね… 神様の糞ったれ!!」

「いやいや。いきなりどうした委員長殿。まさか傘忘れたのか? 今日の降水確率は80%だぜ? ましてや今は梅雨時だ。折りたたみの一本くらいは常に忍ばせておくべきだろ?」

「違うわよ。今日は残りの20%に掛けてみたい運命だったの」

「お前さん…… 変わってるな」

「左雨君。それ、あなたにだけは言われたくないわん」

「でスよね」


 珍妙な空気が流れる中、青年は自身のカバンをごそごそと探り始めるのであった。


「まぁ。忘れたにしろ、よう分からんM気質にせよ。これを使ってくれ、風紀委員長殿」 

 青年はカバンから取り出した水玉模様の小さな折り畳み傘を少女に手渡す。

「へぇ。見た目に反して中々良い心掛けね」 

「見た目は放っておけって言っただろ。黙って受け取って使えばいいんだ。それに、別にお前さんのために貸すんじゃない」

「一応言っておくけど、男のツンデレは全人類誰一人として得しない運命よ?」

「末恐ろしい事言うなっ! いつも何本か持ち歩くのが癖になってるだけだっつーの!」

「…… 左雨君、それって、雨男である自分のせいで急に雨が降るかもしれないから? 雨が降って困ってる人に貸すためにわざわざ?」

「…」

 青年は質問に答える代わりに、自らもカバンから黒の折りたたみ傘を取り出し手際良く広げていき、その少々赤みが差した顔を隠すのであった。

「あなた、噂の人物像とは大分違うのね。私、風紀委員長になって最初の大仕事だと思って覚悟していたのだけれど」

 青年から傘を受け取りながら、少女がそう告げる。

 ぉおお、良いぞ! 良いじゃないか! その調子だ青年! 今が攻め時だぞ!

「お前が何を信じようと結構だが。人は自分の信じたいものしか信じない、見たいものしか見えない。都合の良い真実だけを盲信するもんさ。だからこそ、誰にどう思われていようと、俺は気にしない事にしている」

「そうね。あなたが言うと一段と説得力があるわ」

「俺をあまり買いかぶらない方が良い。所詮はただの良心の呵責程度の罪滅ぼしなんだからな…… 因みに、合羽も持ってきてるからそっちがよければ遠慮なく言ってくれ。色はピンクと青がある」

「ふふっ。でも普通、迷信程度の雨男って称号のためにそこまでするかしらん?」

 引いてる? 

 これはちょっと引いてるか? 少女がかなり怪しみだしたぞ。どうする? どうするんだせいねーーん!

 そして雨脚は強くなる一方だぞ。このまま家まで直線コースなのか? このまま土手の川沿いを進めばお家に一直線だぞ、せいねーーーん!

「でもね、私も風紀委員長として……」

 そう言ってスタタタタっと唐突に前方へと走り出した少女。傘で顔を隠していた為、青年には見えていなかったが、二人の前方には、なんともはや、おあつらえ向きに、まるでTVドラマのワンシーンのように、ダンボールに入れられ雨に濡れる捨て仔犬が一匹。 


 おぉっ、この展開は…?


「せめてこれくらいなら、しても良いと思わない?」

 そう言って自らの水玉模様の傘をそっと震える仔犬のダンボールに差し立てる少女。

「いや、お前さんよぉ、人の傘を勝手に又貸したぁ良い度胸じゃねーか。それでも本当に風紀委員長かよ」

 せいねえええええええん! そこじゃない。

今言うべきところはそこじゃないだろぉおおおお!

「まぁ… 俺も、お前さんと同じ事しようとしてたから手間が省けたけどな」

「あら。それは奇遇な運命ね」

 

いええええええっす!! グッジョブだぞ青年!!


「見てよ、左雨君。この仔、雨に濡れてこんなに震えているわ。可哀想に」

「だったら風紀委員長殿が飼えば良いだろ? なんて、そうそう上手くいかねーのがこの手の話のオチだよな」

「ペットの禁止のマンションじゃなければ私だって助けたいわよ。ねぇ、左雨君あなたの…」

 

 あなたの家はどう? 少女がそう言い掛けたとき、それは起こった。起こってしまった。

 そもそも仔犬は人間の手によって、一度捨てられてしまった身である。

 とどのつまり、そんな仔犬は少女に抱き上げられた瞬間に、暴れ出したのである。

 だからこそ、これは決して少女のせいでも、ましてや仔犬のせいでもない。

勿論、悪いのはこの仔犬を捨てた人間であり、次に悪いのは雨が降っている事。

そして、その次に悪かったのが、この場所である。道路と増水し氾濫しかけた川との間の土手。そんな場所であった。

 

少女の手から暴れ離れた仔犬は、そのまま道路とは反対側の川へと落ち飲み込まれていく。誰のせいでもない、重力の働きにしたがって。 


「嘘!? そ、そんな、私」

 茫然自失状態で川へと飲み込まれた子犬の姿をただただ見つめる少女、対して、青年のとった行動は?

「風紀委員長! お前さん、泳ぎは得意か?」

「わ、私? その、えっと」

「委員長!! 落ち着け。で、どっちだ? 得意か? 苦手か?」

「私、その、運動全般苦手で」

「そうか、奇遇な運命だな。俺もこんなガタイしてて運動は苦手だし死ぬほど嫌いだよ。体力も無い。その上カナヅチだ」


 それじゃあ、仕方ないよな。

 そう呟いた青年は傘を投げ捨て、ある場所に向う。

 どこに向うかって? そんなのは勿論決まっている。


上着だけを脱ぎ捨てた青年は、そう… 川へと飛び込んだのだ。

 死ぬんじゃないぞ! 青年!


「ば、馬鹿!! 何やってんのよ! あなた今、自分でカナヅチだって言ったじゃない!」


 そんな言葉を尻目に。青年の姿はあっという間にブクブクと水面へと沈んでいく。先に落ちた仔犬の姿も既に見えない。

 後に残されたのは、もはや傘を差す事自体忘れ全身がずぶ濡れ、その場でひたすらにへたり座り込んでしまう少女の姿のみ。


 

 静寂だけがその場を包み込み、もはや、雨音さえ彼女の耳には入ってこない。


 

 しと

  しと

   しと

    しと。



 少女の涙雨だけが流れ続ける時間。実際のところはほんの2,3分の出来事。けれど、少女にとっては何時間にも思えた永遠の時間。

 ようやく現状を理解し、事の重大さに気がつき我に返った少女が、誰かに助けを求めようと立ち上がった瞬間―。



「ぷっはああああああああああ!!!! あー、しんどい、糞っ、間一髪だったぜ」 



 そう、青年は生還した。無事、川の底から、件の仔犬を連れて!  

「左雨君! 良かった! 私、てっきり」

 そう言って土手を降り、一人と一匹へと近づこうとする少女。だが…

「左雨君、さ…」


 ザ・ワールド。時は止まる。 

瞬間、少女の顔は凍りついてしまう。

青年も仔犬も無事だった。にも関わらず、少女はまるで時間が止まってしまったかのように微動だにせず止まってしまう。

 

 やまない雨がないように。明けない夜がないように。事態は刻一刻と変貌を遂げる。

 さぁ、準備はいいかな?

 宜しい。


 それでは、時は再び動き出す。



「左、雨… 君? は、どこに? え? どうして、こんなところに? あの、でも、今確かに声は… 」


 訂正しよう。土手を降りた少女の前には一人と一匹……… ではなく。一匹と、一匹。

 ずぶ濡れの仔犬とずぶ濡れの《キツネ》が一匹。



「風紀委員長殿。まずは落ち着いて欲しい。勘違いしないでほしいのは、俺はれっきとした人間だ」

 少女の目の前の見事な狐色した大きなキツネは、ふるふると全身を震わせその身についた水を弾き飛ばしながら言う。

「ここまで説得力のない言葉を聴いたのは生まれて初めてよ、私。確かに、目つきだけは相変わらず左雨君のそれだけれど」

「知ってるか? 委員長殿。キタキツネは、泳ぎがすこぶる上手なんだぜ」

「ここは北海道じゃないし、そもそも喋るキツネがただのキタキツネとは思えないのだけれど」

「まぁ… そうだな」

 

 ボン★


 という何ともスットンキョーな音を立てて、諦めたかのように突如として狐から元の人間の姿へと戻った青年。

 あわわわ。

これはどうなる? どうするんだ青年!?

「まぁ。こういう事だ」

「どういうことなのかさっぱり理解できないわ。まさかこれも学園は承知済みなの?」

「んなわけないだろ? ま、お前さんは風紀委員長だ。教師連中にでも学園長にでも好きなだけ報告してくれ」

 青年はずぶ濡れの体で立ち上がると、小脇に件の仔犬を抱えて土手の上へと歩き出す。

「いずれにしても、風紀委員長殿も今日のところはとっとと帰ったほうがいいぜ。お前さんもびしょ濡れだし、こんな事で風邪引いてもツマランだろ?」

「ねぇ、左雨君…… 私って、そんなに堅物に見えるかしら?」

 青年の後ろ姿を追うようにして少女もまた立ち上がり、その背中に語りかける。

「いんや。堅物とは言わないが、一応立場が立場だからな。ま、安心しろよ。お前さんの運命とやらには、これ以上俺は二度と介入をしない」

 スタスタと自宅へと向かう青年と無言でその後をつける少女。

「どーすっかねぇ、これから。中退は間逃れないよなぁ…。中退どころか政府の実験台にでもされかねんぜ。ヤヴェな。いや、待て待て。そうなったら両親に何て言い訳すりゃいいんだ?」

「… ちなさいよ」

「でもなぁ。今時中退じゃ将来がなぁ」

「待ちなさいって言ってんのよ! 左雨五月雨!」

 降りしきる雨の中、少女は叫んだ。力の限り。

「私の運命に… あなたは既に介入してしまっているの。言ったでしょう? 私はあなたを更生させて見せるって。風紀委員長に二言はないわ。人様にこれだけ心配かけるなんて、そんなの……更生が必要に決まってるじゃない!」


 それに。

 そういい結んだ少女は、最高の笑顔とともにこう告げた。


「あなた、言ったわよね。占い好きだろ? って。そうよ。その通りよ。私は占いも大好きよ」

 

 そう告げた少女は、最後にちょっとだけ恥ずかしそうに片手の防水スマホを掲げる。

 そこに表示されていたのは占いサイトの画面。



 《― 今日のあなたは、狐につままれるでしょう♪ 自分自身の目で、運命を最後まできちんと見極めてね!》




           ◆ ◆ ◆




 かくして出会った青年と少女。

 二人の関係はこれからどうなっていくのか? そもそも、青年に平穏な日々は再び訪れるのか? 何より、青年にとっての晴れ女は本当に現れるのか?


 頑張れ青年! 青春は待ってくれないぞ! 気になる続きは第二話へと続く。


 いざ、明日へ向かってキャッチザレインボー!


 ……それでは、お後が宜しいようで。




END

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