青河ミズキは夜行バスで異世界にたどりついた
バスに乗り込んで早々、眠ってしまったらしかった。
窓際の座席に座っていたミズキは、陽光のまぶしさに目を覚ました。窓の外が明るい。外はどこかの町中を走っているみたいだ。
いつものベッドではなく、見慣れないバスの座席に座っている。昨晩の魔女との出会いは嘘ではなかったらしい。
結局このバスはなんなんだろう? どこへ向かうバスなんだろう?
バス前方を確認するが、どこにも運賃は書いていない。それどころかバスの内装がシンプル過ぎて、広告も路線図も見当たらない。運転手は……影になって見えないけれど、たぶん、いるのだろう。
「起きたみたいね」
後方から声がしたので振り向くと、魔女が最後部の座席に座っていた。
「よく眠れたかしら?」魔女は言った。
「よく眠れたも何も……身体のあちこちが痛いです。わたし、枕が変わると眠れない人なんですよ」
「その割には乗車するなり爆睡していたように見えたけど」
「気のせいです」
「ふうん……」魔女はミズキの隣座席にやってきて腰を下ろした。「なんか、あなたって、ちょっと新しいタイプの人ね」
「何を言っているのか分りませんが……」
「とりあえずあなたの疑問に思っていることに答えるわね。ズバリ、私の好きな動物はコアラよ」
「魔女さん。私、そんなことを聞きたがっているように見えたでしょうか……」
「大丈夫。安心しなさい。こっちの世界にもコアラはいるから」
論点がずれている気がした。
「……こっちの世界?」
「そうよ。M軸の世界にもL軸の世界と似たようなものがたくさんあるわ。科学技術だって十分に発達しているし、金融システムだって普通にあるのよ」
「あのう、M軸とかL軸とか……」
「ほらもう。わからないことだらけ。女子中学生くらいで正解だったわ。魔法学校に通わせればいいことだものね」
「できれば私にもわかるように……」
「L軸っていうのは昨晩まであなたが生きていた世界ね。で、M軸っていうのはあなたがいまいるこの世界。なんとなく気づいているかもしれないけれど、あなたの寝ている間にこのバス、異世界に来たのよ」
話がはやすぎて着いていけません。
「あら? あなた、その自覚がこれっぽちもなかった?」
「なんだかそんな気はしていなくもなかったのですけど……」
ひとまず窓の外を見た。普通の町並みだ。走っている道路は、だいぶ都会にみえる。アスファルトの道路があり、コンクリートのビルがある。午前七時くらいの淡い明るさ。
ただし、その空に、たびたび見慣れないものがよぎる。
ホウキにまたがった人たちがバイクくらいのスピードで飛んで行く。
本当に魔法の世界だ……。
「こちらの異世界というのは魔法が使えるのが当たり前なのでしょうか……?」
「そうね。成人するころにはひと通りの魔法を覚えるのがこちらの常識だわ」
「私は本当に異世界にやってきたのですね?」
「そうよ。あなたが寝てる間にね」
「元には戻れないのですか?」
「あら、戻りたいの?」
「いえその……特別に覚悟をしてきたわけでもなく、その、なんというか、衝動みたいなものだったので……」
「衝動。――素敵な言葉だわ。衝き動かされると書くのよ。いまから戻ってもいいけど、戻るのなら二度とこちらには戻れないわ」
「……戻りたいわけ、ではないんですけど、一日にこんなに変化が起きるなんて人生においてはじめてのことだったので……」
「そうね。社会主義国の崩壊だってこんなに唐突ではなかったわ。あれの場合は、予兆みたいなものはあったものね。でも、戻りたいわけではないのなら良かった。ちゃんと生活できるようにはしてあるから安心しなさい」
「生活……。魔女さん、わたし、どこで生活するんですか?」
「あなたみたいな他世界からの転移者を集めた、全寮制の魔法学校に入ってもらおうと思ってるの。それから、その、魔女さん、っていうのやめてもらえる? 魔法が使える女は全員魔女だから。こっちには魔女とかいっぱいいるからさ」
「学費とかは……」
「エトランゼは免除」
魔女は髪の毛をいじりながら言った。
「それと私は徳永ユナって言うの。ユナさんって呼んで」




