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猫又姫の居候生活  作者: makimaku
9/20

馬と鹿

『ピンポーン』

「はーい。」

 玄関の扉を開けると、見知らぬ女性が立っていた。Tシャツにジーパンとラフな格好の女の子。年のころから言って18くらい?少し大人びて見える。

(奈々香の友達かしら?それにしては大きいし。まさか・・。)

「修平君、いますか?」

「修平の?ちょっと待ってください。」

「あ、高瀬さん。上がってください。部屋、2階です。」

 慌てる母親をよそに、後ろから鳴女を招き入れるカッキー。

「ちょっと、修平。誰なのこの子?」

「さっき言っただろ?勉強を教えてくれる友達。」

「初めまして。同じクラスの『高瀬たかせ 雛子ひなこ』です。申し訳ありませんが、これからしばらくお世話になると思います。」

 軽く頭を下げる鳴女に、つられて『いえいえ・・』と頭を下げるカッキーの母親。挨拶が終わると、そのまま息子の部屋へと向かう二人。

「あの子が・・・女の子を・・・。」

 呆然と見送った後、居間へと向かう母親。

「ちょっと大変よ!!お兄ちゃんが、修平が女の子を連れて来たわよ!!」

「え?まじで?あの兄貴が?」

 ソファーに寝そべっていた体を起こし、母親の話に食いつく妹。

「でも、兄貴の知り合いでしょ?まともな女は付き合わないでしょ。」

「そうでもないのよ。菜々香、あんたちょっとお茶菓子持ってくついでに見てきなさい。結構可愛いわよ。」


「・・・丸聞こえだっつうの。」

「ふふっ。」

 下でキャアキャアとはしゃぐ母親と妹。声の大きさから、会話の内容は筒抜けだった。

「すいません。失礼をして。悪気は・・無いと思います。」

「楽しい家族ですね。さて、それでは始めますか。」

 鞄を開き、勉強道具をテーブルに広げる鳴女。

「今日は初日ですからね。勉強の方向性を決めたいと思います。」

「方向性・・ですか?」

「はい。聞けばどれか一教科でも上回れば勝ちだそうで。これは大変有利です。全教科を伸ばすのではなく、絞って伸ばすのが得策かと。問題は何を伸ばすかです。前回の中間テストを見せていただけますか?」

「はい・・。」

 言われるまま、前回の中間テストを見せる。

「数学、4点。 現国、15点。 理科、13点。 社会、38点。 英語、7点。・・・なるほど。」

 真剣にカッキーの答案に目を通す鳴女。『なるほど』と言ったきり無言になる。

「・・・失礼ですが、柿本君は途中で考えることを諦めてませんか?」

「え?」

「ひどい答案に目が行きがちですが、それより空欄に何かを記入した形跡がありません。なんでも良いから記入すれば掠る可能性もあるのに。明らかに真面目に取り組んでいませんよね?」

「あ・・はい。まあ、ひどい点になるのは分かってますから。」

「うーん・・。」

 うなりながら再び無言になる鳴女。硬直し、頭の中で方向性を練る。

(どうやら教える前に真剣に取り組ませる必要がありますね。勉強に対し、拒否感を持っている。これをどう向き合わせていくかが課題となりそう・・・。)

「よし!」

「?」

 何かを決意したのか、声を上げる鳴女。

「大体の事は分かりました。削る教科は数学と英語です。」

「はあ・・。自分で言うのもなんですが、4点と7点ですからね。」

「点数もそうですが、暗記系に切り替えましょう。なにより、求められているのが日本語の答えですから、取り組みやすいかと思われます。」

「そういうもんなんですか?」

「もちろん簡単にはいきません。言っておきますが、私はサポートするだけ。すべては柿本君の頑張り次第です。」


 カリカリと筆音が響く。まずは、以前宿題で出た現国の課題を繰り返してすることになった。しばらくして答案が出来、答え合わせをしていくことになる。

「ぺけ・・ぺけ・・・ぺけ・・。」

 口に出しながらペンで跳ねられていく答え。その様子を無言で見守るカッキー。

「11点。うーん・・もう少しできると思ったのですが。」

「いやー難しいですよ。これ。」

「答えを教えると同時に意味も理解しなければいけませんね。たとえば、この読みの問題の答え。『彙報いほう』と言う意味ですが・・・どれ。」

 立ち上がり、部屋の本棚から国語辞典を取り出そうとする鳴女。

「あ、ああ!!!」

「?・・なんですか、声を荒げて?」

 急に取り乱すカッキー。鳴女が分厚い辞典のカバーに手をかけ、本を取り出そうとしたその時。

『ドサッ・・』

「う・・。」

 鳴女の手に落ちた本。それはカバー通りの辞典ではなく、同じサイズの如何わしい本、数冊。

「へえ・・こんな小型サイズのものがあるのですね。」

 低い声でゆっくりとカッキーの顔を見る。にっこりと微笑みかけてはいるが、その目に殺意が込められていることから身の危険を感じるカッキー。

「い、いえ・・その。」

「本体はどこですか?購入した時にこの本が収められていた訳ではないでしょう?」

「いや・・でも、その本も自分に知識をくれる大事な本ですし・・・。」

「答えになっていませんが?」

今の発言が火に油を注いでしまったことに気付くカッキー。だが、すでに遅かった。

「そういえば、気になっていたんですよね。この部屋の隅に置かれたランドセル。」

 部屋の隅に無造作に置かれたランドセル。小学生のころに使っていた物だった。6年をカッキーと共に過ごした相棒に近寄る鳴女。

「あ・・ちょっと!!」

 慌てるカッキーを余所にランドセルに手をかけ、中を開く鳴女。

『ドサドサドサ・・・・』

 彼女がランドセルを逆さにすると中から十冊を超える大量のエロ本が出てきた。不快感を露わにしながら鳴女は呟く。

「勉強道具を持ち運ぶカバンにこんなものを入れるなんて・・・。」

「い、いや。でもエロ本を見るのは男としての本能と言いますか・・・。」

「そんなことを言っているわけではありません!!!」


 鳴女の怒鳴り声は一階まで響き、母親と妹のいる居間にまで届く。

「ん!?なに?口論してるの?」

「菜々香、あなたやっぱり見てきなさいよ。」


「いいですか、こういう本を見る事に対して怒っているわけではありません!!勉強に拘るものを粗末に扱うことに怒っているのです!!」

 鳴女の怒りは収まらない。赤い顔をして、本気の怒りをカッキーにぶつける。ここまで鳴女が怒っている姿を見たことは無く、次第に無言になるカッキー。

「・・・とりあえず、本体はどこですか?」

「え?」

「辞典です。カバー通りに入れてあげないと、辞書がかわいそうでしょ?」

「あ、はい・・。」

(かわいそう?)

 その言葉を疑問に思いながら、机の中からちゃんとした辞書を出し、鳴女に渡す。

「まったく・・。言葉の意味はもういいです。疲れましたよ。」

 座布団に座る鳴女。萎縮してしまったカッキーを見つめ、溜息を吐く。


 勉強が終わり、玄関先で鳴女を見送るカッキー。母親と妹も顔を出し、見送りに参加する。

「高瀬さん。ありがとうね。」

 鳴女に感謝する母親。『いえいえ』と返事をして、ドアノブに手を掛ける。

「あの・・高瀬さん。」

「ん?」

「すいませんでした。」

「・・・・?」

 突然、カッキーの口から出てきた謝罪の意味が分からず言葉を失う鳴女。だが、一日を振り返り、すぐにその意味に気付く。

「・・いいですか。道具には道具の使い方があります。それを粗末に扱ったりするのはいけない事です。役目を終えた道具に対し再利用するのは良いことですが、あんな使い方は学問に対する冒涜です。」

「あ・・はい。」

「・・もういいですよ。それより、今日やったことを忘れないように復習しておいてください。明日来たら、最初にテストしますからね。それじゃあ、おやすみなさい。」

 そう言い残し、一礼して玄関を出ていく鳴女。

「あんた、あの子に何したの?」

「ん?いや、ちょっとね。」

 母親の言葉に対し、適当な返事をするカッキー。

「それにしてもしっかりした子ね。あんなこと言える子、いないわよ。『学問に対する冒涜』ですって。・・・本当にあなた何したの?」

「もういいだろ。反省してんだから。」

「どっちにしろ、お兄ちゃんには合わないんじゃない?性格が全く真逆じゃん。」

「うるさいな。」

 妹のセリフから逃げるように部屋へと戻るカッキー。

「今からテスト対策なんて・・・。次のテストは期待していいのかしら?」

「さあね。テストよりも高瀬さんって子の方が私は気になるけど。あの兄貴があんな子と付き合えるなんて思えないけど。」

 

 次の日。

「へえ。じゃあ、勉強始めたのか。」

「まあな。まだ一日目だけど。」

 休み時間に正樹と駄弁るカッキー。正樹もカッキーが学校以外で教科書を開いた事が信じられない。普段の授業も大抵は、寝るか隠れてゲームをするかの2択である。

「続きそうか?」

「ん?わかんね。まだ一日だしな。とりあえず今は頑張って続けるよ。」

 『まだ一日』と言いながらも、少し充実した様子で言葉を返すカッキー。その口調から昨日の勉強は嫌なものではなかったのだと正樹は察する。その時。

「ん?」

 呆れたような表情を浮かべながらこちらを見る中西と目が合う。お互い、教室の入り口と出口に席があるため、距離はあるがその目はこちらに向けられていた。

(なんだ?あいつ。こっちを見て。)

「でさ。しばらくは一緒に遊べなくなるけど、それは仕方ないよな。・・・って、おい!」

「あ、ああ。悪い悪い。」

 たまたま視界に入っているだけかと思い、視線を逸らし、再びカッキーに目を向ける。

「まあ、勝負だし仕方ないよ。とりあえず頑張れよ。簡単にはいかないだろうけど。」

「勉強ねえ。うちの学校が進学校じゃないのが救いだな。」

「それなら俺たち、入学もできないだろ。」

「違いねえ。」

『ハハハ』と笑いながら、いつも通りの一日が終わる。


「・・・ってことがあってさ。」

 いつも通り夕食時に麻姫と会話を楽しむ正樹。焼き魚を箸で開きながら今日の出来事を報告する。

「では今日も鳴女と勉強か。感心じゃな。」

「あ、高瀬さんと言えばさ。昨日、かなり怒られたらしいよ。なんか、ランドセルや辞書のカバーにエロ本隠してたら見つかって凄く怒られたとか。」

「馬鹿じゃな。」

「うん。」

「その話も馬鹿じゃが、鳴女にそんなとこを見つかるのも馬鹿じゃ。」

「どういう事?」

 話の意味が分からず質問をする。味噌汁をすすったのち、正樹の問いに麻姫は答える。

「差別と言うのは妖怪の世界にもあってな。鳴女も昔はその対象じゃった。」

「いじめられていたって事?」

「早い話、そうなるな。ただ、あやつの偉いところはそれを実力でねじ伏せたところじゃ。実力と言っても力だけではない。勉学もじゃ。それこそ寝る間も惜しんでの努力じゃからな。その苦労は本人しか分からぬであろう。」

「へえ・・。」

(考えてみれば学校でも馴染んでるし。成績を見てもわかるけど、努力してるんだろうな。)

 鳴女の順応している理由に気付く。学校で見せる笑顔の裏で、人間界の文化と勉学を一生懸命、吸収しているのだろう。

「その中で勉強道具は一番身近な存在じゃからのう。妾も『粗末にするな』とよく叱られたわ。」

「なるほどね。それを注意されたのか。」

(叱られてきた割にはえらい散らかしようだけど・・・。)

 ふと、帰宅した時に散らかっている雑誌や食べかけのお菓子の事を思い出す。


「95点。やればできるじゃないですか。」

「どこです?どこ間違えました?」

「ふふっ・・。ほら、ここです。」

 間違えた個所を指さして教える鳴女。指された問題を見て、『ああっ』と悔しがるカッキー。

「もうこのテストは完璧ですね。では、次のテストに行きましょうか。」

「そりゃあ、何回もやれば覚えますよ。」

「でも、一昨日までは出来なかったでしょ?」

「・・そうですね。」

「現国はある程度の点は確保できるかもしれませんが、その先が難しいですからね。そのうち壁にぶち当たっていくと思います。中間テストは普段のプリントからいくつか採用されていましたから、これを抑えるのと抑えないのとでは雲泥の差です。」

「これから出題されてたのですか?全然知らなかった・・・。てっきり先生が1から作っているのかと・・・。」

「ほかの教科もありますからね。覚えることはいっぱいあります。時間は少ないくらいです。」

「うええ・・・。」

「文句を言わない。それまでサボっていたって事ですから、これくらいは覚悟しないと高得点は狙えませんよ。では、次は理科です。」


 次の日、学校。

「・・じゃあ、まだ続いているのか。」

「そりゃあ高瀬さんが訪ねてきてくれてるんだ。サボる理由がないだろ。」

 いつものようにカッキーと談笑する正樹。

「サボるとは思ってないけどさ。でも、カッキーが勉強なんて違和感がすげーから。」

「まあな。俺も変な気分だよ。家で教科書を広げるなんてこと、やった記憶がないし。」

「それでどうなんだ?手応え。勝てそうか?」

「おいおい、まだ2日目だぞ。そんな簡単に行くわけねえだろ。」

「!」

意外な反応だった。てっきり『まかせとけ!』と過剰な自信をひけらかしてくるかと正樹は思っていた。

(えらい冷静だな。現時点での課題の多さが見えてるって事かな?)

「?・・・なんだよ、いきなり黙ったりして。」

「いや。とりあえず期末まで時間があるんだし頑張れよ。一度気を抜くと癖になるからな。」

「まあな。俺もその辺は理解してるよ。今までにないくらい真面目に取り組んでるんだし。」

「どれくらい?」

「驚け。この2日、パソコンを起動させてない。」

「マジか!!!」

 

「早苗。ねえ、早苗。」

「・・・あ、ごめん。」

 美鈴の声で我に返る中西。

「もう、聞いてるの?」

「うん、聞いてたよ。ちょっとぼけーっとしてただけ。」

「まったく。何見てた・・・ああ、柿野君?テスト勝負するんだっけ?」

「うん・・って、別に見てないわよ!!」

 焦りながら否定する中西。その様子を見て苦笑いする美鈴。

「別に見てても問題ないでしょ。何、意識してんの?」

「・・・・・。」

 言葉が見つからず、ばつが悪そうにうなじを掻く中西。

「そういえば、柿野君と池村君、静かだね。まあ、いつも騒いでたのは柿野君の方だけど。」

「そうね。いつもこれくらい静かならいいんだけど。」

「勉強してるみたいだよ。二人の近くをすれ違う時、そんな会話ばっかりだもん。」

「あれからまだ2日よ。あてにならないって。第一、負ける気しないし。」

 背もたれに寄り掛かり、余裕の態度を見せる中西。実際、美鈴も彼女が負けるとは思えない。だが、一つ気になる噂があった。

「・・・でも、家庭教師がいるみたいだよ。」

「家庭教師?なにそれ?雇ったの?」

「ううん。それがね・・・。」

「?」

 周囲に人がいないことを確認し、声を潜めて話し始める美鈴。

「高瀬さん。」

「え?」

「転校生の高瀬さん。どうやら彼女が柿野君の家庭教師をやってるらしいの。」

「嘘?」

「ほんとよ。さっき言ってたもの。隠す気もないみたいだけど。それに柿野君の家に高瀬さんが通ってるのを見たって子もいるし。」

「・・・あの二人、出来てるの?」

「さあ。でも、勉強を教えてるのは事実みたい。高瀬さん、頭良いから。」

「まあ・・ね。」

(確かに高瀬さんは頭が良い。でも、本当にそれだけだろうか。仮に柿野君が彼女に家庭教師を依頼したとして、そんなことを承諾するとは思えない。それこそ二人が恋仲でもない限り・・・。)

「本人達は否定すると思うけどね。どっちにしろ柿野君の成績は上がると思うよ。」

「ふんっ!負ける気しないって言ってるでしょ。返り討ちにしてやるわよ。」



・・・その後、3日、4日と日が経ち、カッキーの勉強期間は1週間を超えた。

「ちょうど今日で1週間か。初めてじゃないか?こんなに勉強してるの。」

 教室でカッキーと駄弁る正樹。休むことなく勉強が続いていることを聞かされ、正直、驚いていた。

「そうだな。でも、高瀬さんには感謝してるよ。毎日来てくれるんだぜ?俺の方から出向くべきだと思うんだけど、『私が行きますよ。』って言って譲らないし。」

「へえ・・。」

(まあ、妖怪だしな。あんまり家に入れたくないだろうな。人間に勉強を教えに行く時点で三橋の婆ちゃんが何ていうか。それにしても毎日教えに行くなんて・・・。)

「このまま毎日やる気か?」

「いや、さすがに日曜は休みだ。ただ、『一人でも勉強はしておいてください』って言われてる。『いままで怠けてた分、短期間で詰め込むには相応の苦労は覚悟してください』ってさ。」

「まあ、正論だわな。」

 本人も理解しているらしく、『分かってるよ』と言いながら苦笑いする。ただ、この一週間、カッキーの口から『めんどくさい』や『嫌だ』などの拒否の言葉は聞いたことがない。

「・・へえ。勉強してるんだ。」

「ん?」

 カッキーの後ろでぽつりと声を漏らす中西。その声に反応し、後ろを振り向くカッキー。

「なんだよ。してたら悪いのかよ。」

 急に不機嫌な声になるカッキー。内心で『また突っかかってきやがって』と不快感を露わにする。中西もその気があったのか、表情を変えずに言葉を続ける。

「別に。ただ、やっても無駄なのにと思って。」

「なんだと?」

「だって、柿野君が私に勝てるわけ無いじゃない。そんな簡単に成績が上がったら苦労しないわよ。」

「だから、今やってるんだろうが。」

「無駄だって言ってるのよ。淫らなゲームと別れを惜しんでいた方が利口だと思うけど?」

 中西の口は止まらない。その言葉を受け、カッキーも次第に抑えが利かなくなってくる。

「馬鹿なんだから勉強なんて似合わないマネしない方がいいわよ。あなたのためを思って言ってるのよ。『馬鹿なんだから勉強なんて止めなさい』って。」

「おい中西、さっきから言い過ぎだぞ。」

 たまらず正樹も口を割り込む。だが、その時。

『バンッ!!』

「!!?」

 突然起きた大きな音。その音の発生源に教室中の視線が釘付けになる。机を両手で叩きつけ、立ち上がり硬直する鳴女。つかつかと歩きながら中西に近寄る。

「高瀬さん?な、なによ。」

「・・中西さん。さっきから聞いていれば口が過ぎるんじゃありません?」

 日ごろの彼女から想像もつかないような冷たい声。その声に中西もカッキーも血の気が引く。

「べ、別に高瀬さんに言ってないでしょ?」

「あなたの口が過ぎると言っているのです。『馬鹿』『馬鹿』と連呼して余程、人を見下すのがお好きな様ですね。」

 嫌悪感をむき出しにして中西を敵視する鳴女。普段とは違う鳴女の雰囲気に戸惑いながらも、同時に馬鹿にされたことへの怒りが込み上げてくる。

「馬鹿にするんじゃないわよ!!」

 怒鳴りながら右手を大きく振り上げる。感情に任せて平手を振り下ろし、怒りのすべてをぶつけようとする。

『バチィ!!』

「!!」

 中西が振り下ろした手は鳴女には届かず、彼女の右腕をカッキーの手が払い落とす。

「・・やめろ。」

怒りに満ちた表情を中西に向けるカッキー。拒絶を意味する一言が彼女の心を突き刺す。

「う・・・な、なによ!!」

 自分の存在を否定された気がして行き場を失う中西。その場に居ることが出来ず、走りながら教室を飛び出す。呆気にとられる生徒たち。だが、中西が居なくなったことで徐々に動きを取り戻す。

「・・ったく。なんだよ、アイツ。」

 中西が出て行った扉を見つめ、緊張を解くカッキー。


「・・・・っ!!」

(なんなのよ!なんなのよっ!!馬鹿にして!馬鹿にして!!)

「早苗!?」

 廊下で美鈴とすれ違う。異変に気付いた美鈴が中西の後を追う。

「ちょっと、どうしたのよ。」

「着いてこないで!!」

「あんた泣いてない?」

「泣いてない!!」

 人気のない場所を探して走り続ける中西。その足は体育館裏でやっと止まる。

「はあ・・はあ・・なによ、何かあったの?訳くらい話してくれてもいいでしょ?」

「・・・・。」

 息を切らして中西に近寄る。美鈴が心配していることを理解し、教室での出来事を話し始める。


・・・・・


「・・なるほど。それはあんたが悪いわ。」

「う、うん。」

 美鈴に言われると反論できない。

「なんでそんな突っかかる真似したのよ。人を見下すなんて、あんたが一番嫌ってる行為でしょうが!」

「そ、そうだけど・・・。その・・止まらなくて・・。」

「一度言ったら止まらないって事?一度言うのが間違いなの。なんでそう柿野君に突っかかるのよ。別に柿野君が騒いでいた訳じゃないんでしょ?」

小さい体に似合わず、自分の非をズバズバと的確についてくる。『なぜそんなことを言うの?』と言われると中西自信にも分からず、言葉に詰まる。

「でも、そこで高瀬さんが出てこなくてもいいじゃない?やっぱりそういう仲ってこと?」

「そんなことはどうでもいいの。問題なのは早苗の発言。・・・まったく、あんたらしくもないわよ。どうしちゃったのよ。柿野君が気になるの?」

「別にそういうわけじゃ・・・。」

「とにかく、柿野君たちに謝ること。私も付き合うからさ。」

「う、うん・・。」

 美鈴の言葉に小さく頷く中西。

「でも、すぐじゃなくていい?」

「なんで?」

「その・・格好悪いし。」

「・・・めんどくさい。」

 呆れて不満を漏らす美鈴。結局、次の授業をすっぽかし、保健室で1時間を過ごす中西。


 ・・その夜。カッキーの部屋。カリカリと筆音だけが響き、勉強以外の会話をすることなく時間が過ぎていった。

「・・・ここ、間違ってますよ。凡ミスです。」

「あ、ほんとだ。」

「こういうミスが響いてきますからね。1点だって無駄にはできません。」

 一言二言の会話を終え、テストの採点を終える。次のテストを用意するため、カバンに入れたプリントを探す鳴女。

「あの・・一つ聞いていいですか?」

「なんですか?」

「あの時、どうしてあんなに怒ったんですか?」

「あの時とは・・今日の事ですか?」

「そうです。中西の事。」

「・・・・」

 お互いが黙り、少し沈黙が生まれる。そして、鳴女が口を開く。

「・・・『馬鹿にする』といった行為が嫌いなだけです。それじゃあ答えになりませんか?」

「・・いえ。」

「もう一つ付け足しておきます。『頑張っている人に対して』見下す行為が嫌いなだけです。」

「え?」

「『馬鹿』という言葉を作った人を恨みます。大抵、その言葉を発する人間は、自分に向けられると過剰に反応するものです。なのに何故、その言葉を人に向けるのでしょうね?」

「そ、そうですね・・・。」

(質問との意味が違う気が・・・。)

 自分の質問とは違う答えに戸惑うカッキー。ただ、その言葉から鳴女の過去にいじめられた様な過去があると、なんとなくだが伝わる。そう思うとそれ以上、踏み込むことはできなかった。

「・・・少し無駄話が過ぎましたね。さて、次のテストに行きますか。」

 気持ちを切り替えるようににっこりと笑い隣に用意していた新しいテストをカッキーの前に差し出す。

「時間は限られていますからね。無駄にはできません。」

「はい。」

そして再び沈黙が生まれ、筆音だけが室内に響く。新しいテストに取り組みながら、鳴女の過去を垣間見たような気がした。

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