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猫又姫の居候生活  作者: makimaku
4/20

鳴女の苦難

「・・婆様は何時ごろ戻られるのだ?」

「さあ・・。明日の昼ごろには戻られると思うのですが・・・。」

 三橋商店に着き、布団を敷いて子供を寝かす鳴女。三橋の婆ちゃんの姿はそこには無く、留守となっていた。

「里の会合ですから。日が悪かったですね。」

「まったく。大した話もせぬのにわざわざ呼び出しおって。緊急時の事も少しは考えて欲しい物じゃな。」

「まあまあ。メールはしておきましたので、連絡があるかも知れません。場合によっては早く帰ってくるかも知れませんよ。」

 麻姫をなだめる鳴女。二人のやり取りを余所に、何事も無いかの様に気持ち良さそうに眠る少女。

「幸せそうに寝ておるな・・・。元はと言えば、こやつのせいじゃと言うのに。いっそ、叩き起こすか?」

「寝かせておきましょう。それより、申し訳ありませんが明日は学校に行けそうにありません。護衛も出来そうにありませんので、正樹様も明日は自宅で待機された方がよろしいかと・・・。」

「え?・・いや、心配しなくていいよ。流石にそれだけで学校は休めないから。」

「ですが、万が一の事態になった場合・・・。」

「心配症じゃのう。鳴女は。」

 心配する鳴女とは対照的に楽観的な二人。実際、襲われる危険は少ないだろう。だが、妖気の扱いを分からない正樹が、何かの事故で妖怪を呼び寄せる可能性は有る。その場合、連絡を受けてもすぐに駆けつける事は出来ない。少なくとも対処できる人物が必要。

「姫様が留守番をしてくれるなら別ですが、逆にそっちの方が心配ですし・・・。」

「おい!」

 容赦ない言葉を投げつける鳴女。

「ったく・・。そんなに心配なら午後からでも行けば良かろう。妾達はそろそろ帰るぞ。」


・・次の日

 朝礼が終わり、いつもの様に一日が始まる。昨日、鳴女が言っていたように彼女は姿を見せなかった。先生の話では『風邪で熱が出たため、病院に行ってから来る』との事だ。

(無理して来なくても・・・)と内心で思いながらも自分の為の行動と思うと彼女の行動を無下にはできなかった。


・・・その頃。三橋商店。

「制服が・・・無い。まさか・・・。」

 昨日着ていた制服一式が部屋から無くなっていた。動かした覚えが無いことから、自分以外の誰かが動かしたのだろう。

(『誰が?』昨日、この店に来たのは正樹様と姫様と下の階で眠る少女。少女は未だに目を覚まさない。婆様は留守中。正樹様にしても出会って2日の女性に対し、そんな変態行為はしないだろう。)

「まさか・・・。」

 確信に近い最悪な答え。


「簡単な事じゃ。鳴女が行けぬと言うのなら、妾が行けば良いのではないか。いざとなったら黒猫になれば問題ないしのう。」

 朝方、鳴女の部屋に忍び込み見事に制服を無断で借りる事に成功。初めての学校に興奮しつつ、校舎内を探索する。

「それにしても、誰も居らぬのう。一階は使われておらぬのか?」

 予備知識で何百人の人間が勉学に励む場だとは知っていた。だが、何百人どころか廊下には人っ子一人居ない。

「ううむ・・・。あまり人目に付きたくは無かったが、ここまで人がおらぬと反対に不気味じゃのう。こんな大きな窓ガラスを幾つも貼り追って。外から丸見えではないか。見回りも居らぬし、警備が薄くないか?」

 辺りを見回し、誰かに見られていないか警戒する。ここまで大きな建造物に入った事が無く、麻姫のテンションが再び上がる。

「凄いのう。上に行ってみたいが、まずは一階からじゃの。外から見えた、あのでかい建物は何じゃろう?」

体育館に興味を持つ麻姫。廊下を歩き、探索を続けようとしたその時。

『キーン!コーン!!カーン!コーン・・』

「ぬおっ!?」

 学校中に響き渡るチャイム。突然の大きな音に驚く麻姫。

「な、なんじゃ?一体、どこから?見つかったのか?」

『キーンコーンカーンコーン』

「??・・・あの箱か?壊した方が良いか?」

 壁に貼り付けられたスピーカーを見て、音の出所である事に気付く。部外者である自分の存在を知らせているのかも知れない・・・。そう考え、スピーカーを壊す事を考える。だが・・。

「・・・鳴女には迷惑は掛けられぬしのう。仕方ない、ここは止めておこう。」

 チャイムを気に留めながらも体育館へと向かう麻姫。

「で、でけえ・・・。」

 照明を反射し、煌めく板張りの床。本気でジャンプしても届かないであろう高い天井。その大きな施設に感動しながら呆然とする。

「す、すごいのう・・・。これは何のためにあるのじゃ?道場か?演説台の様な物もあるが。」

 床に書かれた線や壁に貼り付けられたカゴ。バスケなんて知らない彼女にとってバスケットゴールを見るのも初めて。とりあえず奥に見える部屋へと歩く麻姫。

「女子更衣室・・。ここは着替え部屋か。どれどれ・・。ふむ。素っ気ない部屋じゃのう。何も無いではないか。」

 椅子ひとつ無く、着替える為だけの部屋。大して興味も湧かず出ようとするが・・。

「・・!?」

 ガヤガヤと聞こえる人の声。『やばい』と思いながら恐る恐る扉の隙間から体育館を見る麻姫。ぞろぞろと人が入ってきて、逃げ場が無い事に気付く。

「まずい!完全に逃げ場が無い。どうする?」

 入ってくるのは女子ばかり。ここが使われるのは明らか。隠れる場所を必死に探す麻姫。

「どこか・・・どこか無いか?」


「・・でさ。部活に入る気は無いんだって。」

「それは別にいいんじゃないの?個人の自由だし。」

「でも、高瀬さん。頭は良いらしいよ。聞いた話だけど。」

 世間話をしながら入ってくる女生徒達。その声を聞きながら、息を潜める麻姫。

(何故、姫である妾が掃除用具入れの中に入らなければならぬのじゃ・・・。)

 ホコリ臭く、独特の臭気が立ちこむ中、黒猫姿で中の様子を伺う。

「男子は凄いアピールしてるよね。良いわね。注目される子は。」

「そうよね。転校生で注目されてるだけじゃないの。ちょっと顔が良いだけであんなに食い付いちゃってさ。馬鹿みたい。」

「まあまあ・・・。」

 愚痴の止まらない二人と愚痴を聞き続ける女の子。潜んでいる場所との距離が近いことから自然と会話が入ってくる。

(おーおー。女と言うのは何時の時代も怖いもんじゃのう。悪口を言っただけ自分の評価が下がるとも気付かずに。言うなら本人に言うべきじゃろう。)


「そうだ、あの子、池村君のいとこでしょ?」

「え?嘘!?正樹の?」

(正樹?)

 異性にも関わらず下の名前で呼ぶ女の子。その呼び名に違和感を覚える。

「彩、見た事無い?」

「知らないわよ。お姉さんなら何度も見てるけど。」

「まあ、いくら幼なじみでもいとこまでは知らないわよね。彩、ちょっと池村君から高瀬さんについて詳しく聞いて来てよ。」

「あのね。確かに幼なじみだけど正樹とは最近、話しても無いんだから聞ける訳無いでしょ。大体、違うクラスの事をそんなに気にしてどうするの?」

(・・・ふむ。あの子は彩と言うのか。『幼なじみ』ねえ・・。帰ったら正樹に聞いてみるか。)

 彼女の素性が明らかになり、興味を持つ麻姫。その時!

「きゃあ!!」

「?」

 一人の女生徒が声を上げる。全員が振り向き、その子に視線が集まる。

「あーあ。結奈、お茶こぼしてる。」

「あなたねえ。ちゃんと拭いときなさいよ。」

 どうやら女の子がお茶の入ったペットボトルを床に落としたらしい。慌てて拾い上げる女の子と、それを見守る女友達。

「ティッシュティッシュ!!」

「足りないわよ。雑巾があるでしょ。・・・まったく。ちょっと待ってて。」

 ロッカーに向かってくる女の子を見て、ヤバイと肝を冷やす麻姫。

「に、逃げ場は・・・。うう・・。」

 狭い空間から逃げる事が出来ず、焦る麻姫。右にも左にも逃げる場所が無い。

『ガチャッ』

「えっと・・・。あったあった。ほら、これで拭きなさい。」

「あ、ありがとう。」

 手渡された雑巾で床を拭く女の子。やがて着替え終わった女生徒達が一人、二人と居なくなり更衣室は無人となる。

「・・・まったく。」

 ロッカーの中から出てくる麻姫。使い古されたモップの下に隠れ、なんとか難を逃れる事に成功した。

「く・・くさい。ひどい目にあった・・。何故、妾がこんな目に・・・。」

 ホコリまみれになり、一目散に窓から外へと逃げ出す。


 昼休み。弁当を食べ終え、教室でゆっくりとする正樹。至福の時間が訪れ、眠気が彼を襲う。

「平和だなあ・・・。」

「なーにが『平和だなあ』だ。俺は憂鬱だよ。」

「人の眠りを妨げるなよ。至福の時間だってのに。お前だってあんまり寝てないんだろ?今のうちに寝とけよ。」

「心配無用。次の授業は山本だからな。寝ていても怒られねえよ。」

「『寝ない』って選択肢は無いのか。学生の本分を何だと思っているんだ。」

「お前だって優秀な学生じゃないだろ。」

「ですが今の柿野君の発言はいただけませんね。」

 背後から聞こえる声。

「おはようございます。」

 二人の視線に対し、ぺこりと小さく頭を下げて挨拶する鳴女。

「高瀬さん。風邪はいいんですか?」

「ええ。ちょっと転校で疲れまして。それが原因かも知れません。お薬も飲んだし、大丈夫ですよ。それより池村君。・・・ちょっといいかしら?」

「え?おれ?」

「そうです。ちょっと・・・。」

 彼女に言われるまま、後を着いて行く。彼女が足を止めたのは教室から離れた人気の無いエリア。

「え?麻姫が学校に来てる?」

「・・まだ言い切れませんが。私が居ない間、変わった事はありませんでしたか?」

「いや、特には。考え過ぎじゃないですか?」

「だと良いのですが・・。目立つことは避けないといけないのに、まったく・・・。」

 眉間にしわを寄せ、麻姫を心配する鳴女。

「妖気で調べたりとかは出来ないんですか?昨日、駆けつけた時の様に・・。」

「あれは例外です。調べるなんて物じゃ無く、『見つけてくれ』と言っている様な物でしたから。お昼時だからお腹を空かせて帰ってくれるとありがたいのですが。」

「はは・・。子供じゃないんだから。」

「子供の方がマシですよ。昔からそうなんですから。」


「腹が減ったのう・・・。そろそろ帰るか。」

 学校を一通り見学して、満足する麻姫。校舎の方は、あまり見る物も無く、残りの時間は屋上で寝て過ごしていた。

 校舎内を歩く麻姫。来た時とは違い、自由な時間を過ごす生徒たちの姿が見受けられる。

「あの大きな音は、時を知らす物なのじゃな。警報かと思ったが、壊さなくて良かった。最後に正樹の姿でもと思ったが、こう多くては分からぬのう。」

 制服姿の麻姫を見て、部外者だと思う生徒は居なかった。堂々と廊下を歩く麻姫。最初に見た体育館に顔を出し、ドッジをしたりバスケをしたりと食後の運動に汗を流す生徒達。

「ほう。球技が盛んなのじゃな。あんなに思いっきり球を当てて、痛くはないのかのう。」

 体育館の入り口で生徒たちの姿を見つめる麻姫。

『パシーン!!』

「?・・この音は。」

 廊下の奥から聞こえる乾いた音。聞き覚えのある音に興味を持ち、音がした方へと歩く。

「そういえば、こっち側は来てないのう。何かあるのか?」

 鉄製の引き戸の前で足を止める。重量のある扉を開け、中を覗く麻姫。中は剣道場らしく防具を身に付けた一人の生徒が打ち込み台を相手に必死で稽古をしていた。

「ほう。剣か。」

『パシーン!!』

 大きな音が室内に響く。そして、その音に引き付けられ、麻姫が室内へと足を踏み込む。

「感心感心。」

 上履き(無断拝借したもの)を脱ぎ、道場内へと入る麻姫。

「誰ですか?あなた。部員以外が勝手に入って来てはいけません。」

「その声、女か。尚更感心じゃのう。」

「人の話を聞いているのですか!?」

 悪びれた様子も無く自分の話を聞こうともしない。いきなり現れた部外者に苛立つ女生徒。

「ほう。中々、武具が整っておるのう。現代に生まれた人間が羨ましい。」

「なんなの?あなた。入部希望者?だったら放課後に来てくれないかしら?」

 竹刀を手に取り、造りを真剣に見る麻姫。その無礼な行動に腹が立ってくる。

「ちょっと、勝手に触らないで。」

「なに、一人での稽古も良いが、どうせなら二人の方が良かろう。相手をしてやろうと思ってな。」

「・・・何様なのよ。あなた。」

「この防具を借りて良いか?」

 防具を手に取り、身に着け始める麻姫。

「いいわけないでしょ。」

「辞めた人間の物であろう?」

「!・・なんでそれを。」

 麻姫が手に取った防具。持ち主はつい最近、部を止めたばかりで現在は所有者が居なかった。

「どこまで失礼なの、あなたは?いいわ、相手をしてあげる。一回だけよ。」

(少々痛い目見ないと分からない様ね。その伸びた鼻を折らせてもらうわ。)

「う・・・。くっさ。これ、かぶらなくても良いか?」

「何言ってんの。危ないから使いなさい。」

 渋々と防具を身に着ける麻姫。そして、軽く礼をした後に向かい合う二人。竹刀を前に差し出し、間合いを取る両者。そして、小刻みに竹刀を揺らし、女生徒が近づく。

「ほう・・。」

(虚実か。じゃが、無駄な動きが多い。)

 攻撃を仕掛けようとする女生徒の誘いに乗らず、小さく竹刀を揺らし、打ち込む気配を見せない麻姫。

「・・・。」

(仕掛ける気は無いみたいね。私の動きを見ている様・・。ならば!!)

 右足の指に力を入れ、一気に踏み込む女生徒。フェイントの中から放たれる一撃。

『パシーン!!』

「!!」

 乾いた音と共に頭に衝撃が走る。打たれたのは女生徒の方だった。動き出した瞬間、麻姫が攻撃を仕掛け、女生徒の頭を捉えた。

「え・・・。」

 一瞬の出来事に呆然とする。今まで何度も打たれた事はあるが、これほど完璧に打たれた覚えは無い。目の前の女性、勿論その動きは集中して見ていた。『動く気が無い』『仕掛ける意思は無い』そう思い彼女は動いた。だが、一瞬でその考えは裏切られた。

「な、なにが・・・。」

「どうした?もう一度やるか?」

「ぐ・・・。」


「!!・・・池村君。ちょっと・・。」

「え?」

 教室で再び談笑をする正樹、カッキー、鳴女の3人。そんな中、鳴女が表情を変え、再び正樹を教室外へと連れ出す。

「またか?なんか隠し事でもあんのか?」

 再び教室を出る二人。こそこそしている様で少し気分の悪いカッキー。


「はあ・・はあ・・はあ・・・。」

「流石にもう諦めたか?」

「くっ・・。馬鹿にするな!!」

『スパァン!!』

 面を打とうと動いた瞬間、抜き胴を食らう女生徒。

「っ!!」

(まただ・・・。あいつの手の平で踊らされている。まるで私の考えを読んでいる様な・・。)

 動こうとした瞬間、的確に返される。一度ならず二度三度と続く同じ結果に女生徒の心は砕かれる寸前だった。

(初めて経験者と試合した時以来よ。こんなの・・・。レベルが違いすぎる・・。)

「さて、そろそろ良いか。妾はもう満足じゃ。」

「ま、まだだ!私は満足していない。」

「・・・あのなあ。力の差は分かったであろう?これ以上続けても無駄じゃ。」

「無駄・・だと?馬鹿にするな!!」

『パシィッッ!!』

 面を当てられ、女生徒の動きが止まる。

「・・同じセリフを吐き負って。冷静を欠き過ぎじゃ。面倒臭い女じゃのう。戦場ならすぐに死んでおるわ。」

「ぐ・・・く・・・。」

 床に両膝を着き、ガクリと崩れ落ちる女生徒。彼女の心が折れた瞬間だった。

「うっ・・うっ・・・。」

 自然と涙が込み上げてくる。いきなり現れた無礼な女にまったく太刀打ち出来ず、彼女のプライドは打ち砕かれた。

「余程負けたことが無いと見える。別に負けることは恥では無い。だが、学ばぬ事は恥じゃ。今一度、精進するが良い。」

「その言葉、そっくりそのまま姫様にお返ししますよ。」

「げ・・・。」

 聞き慣れた嫌味な口調に反応し、後ろを振り向く麻姫。ニコニコと笑顔を浮かべ近寄る鳴女を見て、彼女の心が凍る。

「一体、何をしているのでしょうか?学校に来るなど聞いておりませぬが。」

「いや・・その・・・ま、正樹まで。」

 鳴女の後ろで苦笑いを浮かべる正樹。

「あれ?あれってもしかして・・・。」

 涙が溢れるのを堪え、すすり泣く一人の女性。剣道場・・女性・・この時間。正樹の頭に一人の人物が思い浮かぶが、気まずさからその先の言葉を抑え込む。

「帰りなさい。説教はそれからです。」

「は・・はい。」

 殺意が込められた言葉。それ以上の説明は要らなかった。


「・・まったく。姫様にも困ったものです。」

 帰り道、鳴女と二人で帰る正樹。二人になった瞬間、愚痴を漏らす鳴女。

「まあまあ・・。それよりも剣道場に居た子。あれって部長の日々川先輩じゃないですか?」

「ひびかわせんぱい?」

「そう。『日々ひびかわ 美雪みゆき』先輩。剣道部の副部長ですよ。確か、全国大会でも入賞したとか。」

「そうなんですか?それは悪いことをしましたね。流石に姫様と人間では分が悪すぎます。」

「そんなに強いんですか?」

「年季が違いますよ。並みの人間では敵わないでしょう。ましてや姫様の性格。手加減すらしません。・・いや、剣に関わって来た人物ならば手加減する方が失礼でしょうが。」

「やりすぎる傾向があると・・・。」

「ですね。」

 日々川先輩と戦った時、微妙に妖気が漏れ、それを感知した鳴女。内心で先輩に感謝すると同時に、申し訳ない気持ちが生まれる。

「あの人・・泣いてましたからね。」

「それはあまり触れないでおきましょう。まったく、姫様は。」

 正樹の家へ着き、ドアを開けるなり麻姫を呼ぶ鳴女。

「姫様っっ!!!」

 居間へと乗り込むと、ヒタイを床に付け、土下座する麻姫が居た。

「あなたの土下座は見飽きました。どういうつもりですか?人の制服を盗み、学校にまで乗り込んで。」

『ドゴォッ』

「ぐふうっ!!」

 土下座する麻姫の脇腹に蹴りを入れる鳴女。その衝撃に耐えきれず麻姫は態勢を崩す。

「どうしました?あなたの謝罪は蹴り一発食らっただけで終わるのですか?」

「う・・う・・・。」

「・・うわ。」

(『鬼』だ。鬼がいる・・・・。) 

 冷酷な鳴女の行動を目の当たりにして正樹の背筋に寒気が走る。

「いや・・正樹の護衛と思い・・。」

「護衛?言ってる意味が分かりません。ならば昨日の時点で言えば良いのではないのですか?明らかに単独行動ですよね?」

 止まらない麻姫への怒り。考えていたであろう言い訳を次々と破壊していく鳴女の姿を無言で見つめる正樹。

「・・・・。」

(ああ、よっぽど頭に来てるんだな・・・。)

 説教は20分程続き、やがて収まりを見せる。こってりと絞られた麻姫は日々川先輩の様に涙を浮かべ、今にも泣きだしそうだった。

「演技は止めて下さい。あなたがそんな生き物でないことは分かっていますから。」

 溜め息を吐き、ウーロン茶を飲む鳴女。余程のどが渇いていたらしく、ゴクゴクと流し込み、コップはすぐに空になる。

「ふーっ・・。昨日あんな事があったばかりだと言うのに・・余計な仕事を増やさないでください。」

「そういえば、昨日のあの子、どうなったんですか?」

「!・・・そうだった。姫様のゴタゴタで忘れていました。婆様に『姫様を連れて来い』と言われていたのでした。」

「婆様?」

「三橋のお婆ちゃんの事ですよ。私たちは『婆様』と呼んでいます。」

「へえ・・。」

(駄菓子を買い、たむろしていた店のお婆ちゃんがそんな呼ばれ方をしていたなんて。)

 意外な呼び名に内心で驚く正樹。

「申し訳ありませんが深夜1時ごろに三橋商店に来てください。」

「深夜1時!?どうしてそんな遅くに?」

「あの子が寝静まった時でないと意味がありませんので。それと、『金猿』についても調べておいて下さい。」

「金猿?金猿ってうちの町にある、アレですか?」

「そうです。」


 鳴女が帰り、麻姫と二人になる。プライドがズタズタになった麻姫も、空腹が満たされた事により、大分機嫌が直っていた。その後、金猿について調べるため、正樹の部屋に集まる。

「・・・それなら聞いておる。妾の術を使うのじゃ。」

「術?」

「そう。妖術じゃ。心と記憶を読むことが出来る。あの子は強い妖気を持っておるからのう。眠りについた時でないと見ることが出来ぬ。」

「心と記憶?それってかなり凄い能力じゃ・・・って、ちょっと待て。俺の記憶も読んだりしたのか?」

「心配するな。人間位なら念じれば読み取れるが妖怪は妖気が邪魔をして直接触れないと読み取れぬ。正樹も妖気が強いのでな。簡単には読めぬのじゃよ。それに、妾も人としてのマナーはわきまえておる。」

「マナーねえ・・。それじゃ、日々川先輩と戦った時は?」

「使っておらぬ。あの場はあくまで実力での勝負。そんな事、するはずが無かろう。それより金猿の話じゃ。金猿とはなんじゃ?」

「ああ、ちょっと待ってて。『金猿』っと・・・。」

 慣れた手つきでパソコンのキーボードをいじる正樹。

「なんじゃ?その変わったテレビは。」

「パソコンだよ。調べものするにはこいつが一番。あったあった。」

 金猿とはうちの地域に伝わるおとぎ話である。話自体はあまり知らないが、デフォルメされたキャラが作られ町おこしに使われているので住人には結構知られている。

「ほら、出て来た。こいつだよ。『金猿くん』」

「ほう。こいつが金猿か。」

 出て来たのは二頭身の丸っこい猿。言っちゃ悪いが、萌えも可愛らしさも狙っておらず、非常に中途半端な出来となっている。

「さて、肝心の物語は・・・どれどれ。」

 開いたのは町のホームページ。金猿についてのページを開く。

「・・・金猿。昔々、田畑を荒らす悪い妖怪がいました。黄金の毛を生やしていた事から、その妖怪は『金猿』と呼ばれ、田畑を荒らしたり村人に危害を加えたりとやりたい放題。村人はその妖怪に困り、この町の氏神である音神様に相談しました。・・・まあ、よくある話だな。」

 どこにでも転がってそうな昔話。そんな印象だった。

「剣の達人である『音神おとがみ様』は自慢の剣で金猿に挑みます。ですが、その剣は金猿に触れた瞬間、横へと滑り、傷一つ付けることが出来ません。・・・これって。」

 口にした瞬間、正樹の背筋が凍る。刀の効かない妖怪。自然と昨日の女の子が思い出される。

「正樹・・続きを。」

 麻姫も同じ考えだろう。言われるがまま、再び画面の文章を読む。

「あ、ああ。えっと・・・自慢の剣が効かず、音神様は金猿にやられてしまい、大怪我を負います。それを悲しんだ一人娘、『雨音あまね姫』は必死に音神様を看病します。ですが、彼女の想いも虚しく音神様は息を引き取ります。悲しみの末、雨音姫は金猿を退治しようと決意します。水を操る術を使う彼女は、大雨の夜、村人たちと共に金猿討伐へと向かいます。刃物を使わない雨音姫の術の前では金猿も抵抗することが出来ません。そして雨音姫は金猿を退治し、見事に音神様の仇を打ち、村に再び平和が訪れました。・・で、終わりかな。」

 ホームページの文章はここで終わっている。一見、普通の昔話。だが、気になるところが幾つもあった。

「水を操る・・。剣を滑らす・・・。」

 ぽつりと麻姫が呟く。深刻な顔でパソコンのモニターを見つめ、何度も文章を見直す。

「やっぱり、気になるのはここだよね。」

 昨日の少女の特徴が書かれている。ここを見逃すわけにはいかない。水を操る雨音姫。そして刃物を滑らす金猿。

「どういう訳じゃ?容姿を見るに、昨日の少女。雨音姫と考えれば良いのか?」

「でも、金猿の特徴は?刃物が効かなかったんだろ?おまけに金髪。」

「うむ・・。じゃが、猿面を付けていただけであって、容姿は少女そのもの。神術を使ったならば・・いや、そうなると妖気の説明がつかぬ。んんんん・・・。分からぬ!!」

「とにかく三橋の婆ちゃんの所に行ってみようか。」


 ・・・午前1時。

「さて、皆集まったか。」

 三橋商店に着き、居間へと案内される。一同、テーブルの前に座り婆様に注目する。

「私が留守の間に色々あったみたいだね。」

「はい。婆様、あの子は何者ですか?」

 婆様の目を見つめ、真剣に訪ねる麻姫。目を合わせることを嫌い、一度視線を外す婆様。小さく溜息を吐いた後、麻姫の視線を受け止める。

「姫様・・・。私の言っている事件とはあの子だけではありませぬ。」

「え?」

「・・・鳴女の制服を盗み、学校へ行ったようで。」

「!!い、いえ、その・・・。」

 心臓が止まりそうになる。目が泳ぎ、視線を合わせることが出来ない。

「まったく、妖怪が生きて行くのが難しい現代で勝手な行動は困ります。ましてや、学校などと人数の多い場所に勝手に乗り込むなど何かあったらどうするおつもりで?」

「そ、その場合は逃げれば何とでも・・。」

『ギロッ』

「!」

 殺意が込められた視線を受け、麻姫の頬を冷たい汗が流れる。

「それが困ると言うのです。妖気でいくら勝っても、人間の築き上げた文化を侮ってはいけません。妖術よりも厄介な物なのですから。いいですか!大体姫様は昔から・・」

「あ、あの。婆様。あまり大声を出されては雨音ちゃんが・・・。」

「!・・・コホン。」

 鳴女の言葉を聞き、知らないうちに声を荒げていた事に気付く。

「まあ、その話は後にしましょう。姫様、今から行う事は分かっていますね?」

「は、はい。妖術を使うのですね?」

「そうです。姫様の術で記憶を調べていただきます。あの子がどうして神でありながら妖気を持っているか・・。その答えがあるはずです。」

「あの子って神なんですか?」

 婆様に質問する正樹。それは麻姫も疑問に思っていた。その疑問に鳴女が答える。

「ええ・・。あれから目を覚ましたので話をしたのですが。彼女の名は『雨音あまね』。自分の事を神だと言っていました。」

「ならば妖気についても聞けば良かろう。」

「それが出来るなら姫様を呼びはせぬ。本人にも分からぬと・・。それに、心を閉ざしておるのじゃ。どうも昔の事は話したく無い様でな。」

「私達ともあまり話そうともしなくて・・。目を覚まして知らない家では無理も無いとは思うのですが。」

 説明を聞きながら茶を啜る麻姫。『ズズズ・・』と音を立てる飲み方を見て、一言言いたそうな婆様と鳴女。

「馴染むには時間が必要かのう。取り乱す様な子では無くて安心したが。・・どれ、その子の記憶を見てみるか。」


 正樹と共に雨音の眠る部屋へと向かう麻姫。

「なんで俺まで?」

「妖気が足りぬかも知れぬ。言ったであろう?お主の妖気は妾の核を元に作られておる。核は取り出せぬが妖気は妾と同じ。貯蔵庫として役には立つ。」

「なんか嫌な言い方だな・・。俺は電池かよ。」

「文句を言うな。それにお主に雨音とやらの記憶を見せる事も可能。まあ、見ておれ。」

 部屋の前に着き、襖を開けて室内へと入る。部屋の中央で寝息を立ててぐっすりと眠る雨音。艶やかで目を奪われる金色の髪。そして幼い寝顔と、中に強大な妖気を秘めているとは思えない。

「うーむ。髪の毛は金色、そして妖気も確かにある。じゃが、この子は自分の事を『神』だと言っている。」

「考えるのは後。起きたら駄目なんだろ?」

「まあ、そう急かすな。正樹、右手を出せ。」

「え?」

 言われた通り右手を差し出す。その手を握り、自分の体に妖気を漲らせる麻姫。彼女の体から漏れた光に呼応する様に正樹の右手の跡が光り出す。

「あ・・。」

「声を出すなよ。気付かれるのでな。それと、目を閉じておれ。どれ、この子の記憶・・一体どんなものか。」

 妖気を纏った左手を雨音の額に当てる。目を閉じ、集中する麻姫。彼女の内部に入り込み、記憶を探り出す。

「・・・・。」

ここで麻姫と鳴女の妖術が明らかになります。人の心を読み取る麻姫と傷を治す鳴女。麻姫の術は少し変化でき、物質からも残留思念を読むことが可能です。妖気を断つのは薙刀の能力で、所持者が何年も能力を思い描き、持ち続けることで能力に目覚めると言った代物です。

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