雨音神社2
「なるほど。目前の敵は一人では無いらしい・・。協力しての攻撃か?それとも、操られておるのか・・・。」
「グルルルウウッッ・・・ガアアッッ!!」
再び麻姫に襲いかかる子供。妖気を漲らせ、打撃を仕掛ける。
「無駄じゃ!!!」
体を捻らせ、峰打ちを繰り出そうとする。その時、背後からもう一つの攻撃が迫っている事に麻姫は気付く。
「ガハッ!!」
凄まじい速度で水が襲いかかる。逃れる事が出来ず、麻姫の背中に激痛が走る。突然の攻撃に対処できず、体勢を崩す麻姫。それを子供は逃さない。
「グガアアアア!!!」
「しまっ・・。」
『ドゴッ!!』
麻姫の腹部に拳がめり込む。体内で骨が折れる音がし、同時に広がる衝撃がヤバイ物である事を伝える。
「ぐがあっっ!!」
衝撃に耐え切れず、吹き飛ばされる麻姫。立つ事も出来ず、地面に倒れ込む。
「がはっ!!・・ゲホッゲホッ!!」
呼吸が乱れ、戦いの最中でありながら動くことが出来ない。自分の意思を体が実行できない。
「フーッ・・フーッ・・」
息を整えながら、麻姫にゆっくりと近づく子供。腹部に与えた一撃が決定的であった事から勝利を確信する。
「姫ええええっ!!!」
叫びながら崖から下りてくる鳴女。帯刀し、麻姫の危機を見て焦る。
「このっ!!」
斬撃を繰り出す鳴女。だが、その刃は肌を傷付ける事無く、方向を変えて滑り落ちて行く。
「なっ!?」
「グガアアッッ!!」
反撃の一撃。それを避け、素早く倒れ込む麻姫の元へと駆け寄る鳴女。
「奇怪な術を使う。姫っ!大丈夫ですか?」
「だ、だいじょうぶに・・・見えるか?・・ゲホッ!!」
「腹ですか?手をどけて下さい。」
ダメージを受けた場所に手を当てる鳴女。白い光が発生し、麻姫の傷を癒す。
「さすがに時間がありません。ですが多少は・・・。それにしてもあの子供、何者なのですか?刀が通用しません。」
「刃物が効かぬ・・。ゲホッ・・。峰打ちや打撃に効果はあるが・・・。」
「奇怪な・・。それに、妖気量が凄いですね。並みの妖怪ではありません。名のある妖怪だと思われますが・・・。」
警戒しながら近づく子供。敵が二人に増えた事からか、慎重になっている事が分かる。
「ウガアアッ!!」
「くっ!」
治癒を中断し、子供に立ち向かう鳴女。
「刃が通じない・・。ならば、峰打ちか平打ちで対処するしか無い!!」
「鳴女!仮面を狙え!!」
後ろからの麻姫の声。刹那、戸惑いながらも攻撃先を子供の仮面に切り替える。鳴女の刀を避け、拒絶する様に距離を取る子供。
「そいつの仮面には別の生物が憑りついておる!!仮面を破壊しろ!」
「別の生物?」
仮面を凝視する鳴女。子供から感じる強大な妖気。だが、微量ながら猿面からも妖気が発せられている事に気付く。
「確かに・・・。ただの面では無いと言う事か。」
「麻姫!!」
「正樹!馬鹿者、何故来た!ここは危険じゃ。」
心配しながら麻姫に駆け寄る正樹。
「なんだよこれ。木が折れまくってる・・。あいつがやったのか?」
金色に輝く長髪に現代では見られない服装。目の前の子どもが『妖怪』だと言う事は正樹にも分かった。
「木?そうじゃ鳴女!気を付けろ!!」
突然危険を呼びかける麻姫。背後から聞こえる焦りの混じった声に、麻姫が何か重大な事を伝えようとしていると察する鳴女。
「?」
「そいつは『神術』を使う!!」
「神術!?」
耳を疑う鳴女。だが、確かにそう聞こえた。『妖気を漲らせる子供が神術を使うはずが無い。』普通ならばそう思うだろう。だが、麻姫が必死に警告している事から、その言葉を否定できない。
攻撃を仕掛けられず、躊躇する中、鳴女に襲いかかる子供。
「くっ!」
刃を返し、峰打ちを繰り出す鳴女。刀に恐れる事無く、拳で受け止める子供。強力な打撃に鳴女の手は大きく跳ね上がる。隙が生まれ、がら空きとなった胴体に素早く攻撃を仕掛けようとする子供。
「舐めるな!!」
身を翻し、体勢を崩しながらも蹴りを放つ鳴女。子供の頭部を狙ったその蹴りは、金色の前髪を少し揺らしただけで、空振ってしまう。
『バキッ!!』
「!?」
鳴女の脇腹に衝撃が走る。瞬間、真横に吹き飛ばされ、地面に叩き付けられる鳴女。
「ガハッ!!ぐ・・ぐうう・・・。」
(な、何が起こった?)
理由も分からず、困惑する。
「水溜り・・。」
ぽつりと呟く正樹。豪雨でもあったかの様にびしょ濡れの一帯。地面に出来た水溜りの水が生物の様に動き出し、急に鳴女に襲いかかった。
「く・・・。」
(妖気に気を取られ、神術まで気が回らなかったか・・。)
昏倒する鳴女。受けたダメージが大きいことに麻姫は気付く。
「ガハッ!!ゲホッゲホッ!!」
(無警戒の脇腹をやられた・・。あ、足が・・・。)
ガクガクと震え、ダメージが足に出る中、何とか立とうとする鳴女。隙を見せている事を知りながらも、子供の攻撃に備える。だが・・・。
「!?」
子供が歩く先は自分では無く、麻姫の方だった。すでに敵では無いと思われたのか、子供は鳴女に見向きもせずに麻姫の元へと歩き出す。
「いかん!正樹、逃げろ!!」
「逃げろったって・・。」
「心配するな!奴はここから出られぬ。そこの坂を上れば・・・。」
麻姫が心配する中、子供は走り出し、こちらに襲いかかる。
「!!」
その先は麻姫では無く正樹。ダメージを受けていない彼に狙いを定め、拳に妖気を集め、強力な一撃を打ち下ろす。
「うわあああ!!!」
叫び声と共に大袈裟に避ける正樹。幸い、拳は空振り回避には成功する。
「正樹!!」
「く、くそっ!!」
子供の標的は変わらない。再び右腕を引き、拳を正樹に振り下ろそうとする。その瞬間!
『バチィ!!』
「グガアアアアアアアアア!!!!」
「!?」
悲鳴が辺りに響き渡る。だが、悲鳴を上げたのは子供の方だった。何が起こったのか分からず呆然とする麻姫。
「な、何が・・。」
ドサリと地面に倒れ、苦しみ出す。そして、正樹はチャンスとばかりに再び子供に近寄る。
「ガッ!!!」
再び子供が声を上げた瞬間、体から力が抜け、ぐったりと動かなくなる。
「な、何をしたのじゃ?」
「スタンガンですよ。姉貴の護身用の。」
「すたん・・がん?」
正樹の右手に握られた黒い物体。初めて見る道具を不思議そうに見つめる麻姫。
「えっとですね・・・。小さなカミナリを発生させる機械ですかね。こういう風に。」
『バチバチッ』
「お、おお!凄いのう。『えれきてる』とか言う奴か?」
正樹に近づき、手を伸ばす麻姫。
「あ・・・。」
『バチィ!!』
「痛ってええええ!!!」
「・・・なんで触ろうとするんですか。」
手を振り、痛みを散らそうとする麻姫。身を持って威力を味わい、子供が倒れた理由を知る。
「くうう・・・。これは効くのう。この子供、気絶しておるのか?」
「いえ・・。効果により筋肉が動かないだけです。声はしてるでしょ?」
微かに聞こえる小さな呻き声。だが、それが子供の声か、仮面の声かは分からない。
「ほう・・。まあ、どちらにせよ絶好のチャンスではある訳か。」
子供に近づき、大薙刀を高く掲げる麻姫。
「ちょっ・・。まさか、殺す気じゃ?子供ですよ。」
「心配するな。こやつは殺さぬ。仕留めるのはこっちじゃ。」
大薙刀を振り下ろす麻姫。一閃し、子供の顔を刃が通り抜ける。同時に猿面にヒビが入り、その隙間から紫煙が勢いよく放出される。
「グオオオオオオオオオッッッ!!!!」
「な、なんだ?」
「やはりな・・・。元凶はこっちであったか。」
猿面のヒビが広がり、真っ二つに割れて地面に落ちる。露わになった子供の顔。
「女の子・・・。」
気絶をしているのか寝ているのか。仮面の下の顔は、さっきまで襲いかかってきた人間とは思えない位、安らかな表情をしていた。
「息はしておるな。呼吸も乱れておらぬ。寝ているだけか。・・・まったく。分からぬ事だらけじゃ。妖術と神術を同時に操り、しかも妖気の量は超が付くほど一流と来ておる。この様な化け物、見たことが無い。」
小さく寝息を立て、眠る少女。そのギャップに呆れ、麻姫は大きく溜息を吐く。
「姫様・・。大丈夫ですか?」
「おお、鳴女。すまなかったな。もう大丈夫じゃ。」
「いえ・・。それよりこの娘は?」
「分からぬ・・・。流石にこのままには出来ぬ。一度、連れて行くか。」