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猫又姫の居候生活  作者: makimaku
2/20

雨音神社

・・・下校時。鞄に教科書を詰めながら隣のカッキーに話しかける。

「さて、どうする?カッキーはきょうも?」

「もちろん。」

 親指を突き立て、謎のアピールをするカッキー。

「はいはい・・。今週は付き合いが悪そうだな。」

「悪いな。女性を泣かせるわけにはいかないんだ。察してくれ。」

 それが画面内の女性であることには突っ込まない。

「・・・・・」

(彼の幸せを汚す様なマネは止めておこう。)

立ち上がり、カッキーが帰ろうとしたその時。

「池村君、一緒に帰りませんか?」

「あ・・た、高瀬さん。」

 一瞬、どちらの名前で呼べば良いか迷う正樹。そして、いきなり現れた彼女からの誘いに言葉が見つからない。

「高瀬さん?なんで正樹の奴を?」

 正樹を誘った事に困惑するカッキー。

「あら?いとこですから。それに帰り道も一緒ですので。」

 さらりと出て来た彼女の嘘に焦る正樹。

「いとこ?お前、そんな事、一言も言わなかったよな?」

 胸倉を掴み、カッキーの目が血走る。本気の殺意が伝わり、直視できずに自然と目が泳ぐ。

「あ、あの・・えっと・・。ごめん、言い出しにくかったっていうか・・その・・。」

「まあまあ。私も転校初日ですし、知っている人がいると落ち着きますから。」

 鳴女にとって、学校に通う理由は勉学や部活では無く正樹の護衛。それ故、登下校時にも注意を払うのは当然だった。

「お、おれも一緒に帰る!!な、正樹?一緒に帰るつもりだったもんな?」

(てめえ、昨日普通に帰ったろうが!!)

 友情に亀裂が入る。

「な?な?」

「私は別に構いませんが・・。」

「よし!じゃあ決まり。高瀬さん。この町の事、色々教えてあげるよ。」

「・・・・。」

(必死だな。こいつ。)


 帰り道、カッキーの口が止まる事は無かった。下手な鉄砲もなんとやらと言わんばかりに彼の口から放たれる薄い言葉。『何キロ先にはこんな施設がある』だとか、『そこで昔、こんな思い出があって』など、明日になれば忘れそうなほど、どうでもいい話が延々と語られた。

 その度、高瀬さんは笑顔で頷き、相槌を打つ。『こんな薄い話によく付き合えるな』と彼女の器量の良さに感心してしまう。やがて、自分の家の近くになり、カッキーと高瀬さんに挨拶をして二人と別れる。

『バイバイ』と手を振る彼女の横で、『邪魔者は居なくなったと』満面の笑みを浮かべるカッキーを見て、友情の亀裂がさらに広がる。

 

「ただいまー」

「おかえりー」

 居間の方から聞こえる『おかえり』の声。いつもの癖で出した声に対して返事が来たことに、少し驚いてしまう。

(そっか。一人じゃないんだっけ・・・。いつも一人の家に誰かが居るって言うのは変な気分だな。)

 寂しさから少し解放され、居間へと向かう。

「な、なんだこりゃ!!!」

 居間の扉を開け、絶叫する正樹。家を出る時に綺麗だったはずの部屋には漫画本が散らかり、お菓子の袋がいくつも開けられ、食い荒らされていた。

「おう、おかえり。どうした?そんなに驚いて。ああ、これか。中々うまいのう。奥の箱に冷えていた果実の絞り汁も中々美味いではないか。砂糖水か何かで希釈され、良い具合に味付けされておる。」

ジャージ姿で『もしゃもしゃ』とスナック菓子を食べる麻姫。寝転がりながら正樹の顔を見上げる。

「どうした?お主も食うか?」

「か・・か・・。」

「か?」

「片づけて下さい!!!!」

「うおっ。ビックリした。」

 突然の大声に驚く麻姫。

「なんじゃ。急に大声を出して。何を怒っておるのじゃ?」

「こんなものを見れば怒りもします。勝手に食い散らかして、足の踏み場も無いじゃないですか!!」

 怒られている理由が分からずにキョトンとする麻姫を余所に、彼の怒りは収まらない。

「だ、誰に向かって命令しておるのじゃ。妾は姫じゃぞ!」

「ここは俺の家です。姫の家ではありません。多少の自由は許しますが、これは限度を超えています!!」

「ぐっ・・・。黙って聞いておれば調子に乗り追って!!」



「あらあら。さっそく喧嘩かしら・・・。」

 正樹の家の玄関前で男女の言い争う声を聞き、中で何が起こっているのか察する鳴女。インターフォンを押そうとする手を止め、そっと扉を開け、中へと入る。


「身分をわきまえよ!恥を知れ!!」

「わきまえるのは姫様の方ですよ。」

「!!鳴女。」

 引き戸を開けて突然現れた鳴女を見て二人の口喧嘩が中断する。

「郷に入れば郷に従えと言うでしょう?姫様もその辺りはわきまえねばなりません。」

「そ、それは中国のことわざじゃ。ここでは適応外!!」

「子供の言い訳ですね。私たちの姫として、恥ずかしいと思わないのですか?あなたは里の代表でもあるのですよ。そのお方が人間界で厚顔無恥を晒されては里の恥です。」

 的確に麻姫の失態を突いてくる鳴女。反撃も出来ず、次第に口を閉じて行く麻姫。

「ぐ・・ぐ・・ぐ・・・。」

「どうしました?姫様。まだ何かあるのですか?」

「も、もう良い!!!不機嫌じゃ。」

「何処へ行くのですか?」

「散歩じゃ!付いてくるなよ!!」

 顔を赤くして外へと出かける麻姫。『バタン!』と玄関の扉を強く閉めた音が、居間まで聞こえる。

「い、良いんですか?」

「構いませんよ。夕暮れの風に吹かれて頭を冷やせば良いのです。姫様にも正樹様を守る義務がありますからね。流石にそれを放棄するとは思えませんが。・・・それよりも。」

「?」

「少し、片づけますか。」

 お菓子の残骸に崩れた単行本の山。テーブルの上に捨てられたバナナの皮に飲みかけのジュース。喧嘩の理由は説明されなくても明らかだった。


「悪い人では無いのですが、世間を知りませぬので。」

 片付けを終え、差し出された麦茶に口を付けてノドを潤す鳴女。

「腕は立つのですが、あの様に精神がまだ子供で。正樹様には御迷惑をお掛けすると思いますが・・・。」

 しみじみと愚痴をこぼす鳴女を見て、『この人も苦労してきたんだな』と気持ちを察する正樹。

「妖気の扱い方も姫様が教えれば良いのですが、このままでは普段の生活すらままなりません。」

「妖気の扱い方・・。そうだ、それを制御できないと、俺は狙われ続けるんでしょ?それを教えて欲しいのですが。」

 鳴女の一言に食いつく正樹。

「今のところは心配ありません。核は成長しきると、その妖気を外に放出します。昨日の牛鬼を呼び寄せた原因がそれです。ですが、その現象は一回だけ。その後は安定し、妖気は落ち着きを取り戻します。」

「じゃあ、そのままでも良いのでは?」

「そうもいきません。感情の起伏により、無意識のうちに外に漏れやすくなりますのでコントロールする方法は身に着けておかねばなりません。」

「感情の起伏・・・。」

「そう・・。姫様と暮らすなら、妖気の操作法より感情の操作法を鍛えた方がよろしいかも知れませんね。」



「まったく、ふざけおって。妾は姫じゃぞ。鳴女も鳴女で相変わらず口煩いし。里から出ればもっと自由に暮らせると思ったが、あの人間も鳴女と同じで妾を立てようともせぬ。」

 行くアテも無いまま、適当にうろつく麻姫。町中を外れ、民家も少なくなり、日も沈みかけていた。やがて、落ち着きを取り戻し、一息つこうと休憩できる場所を探す。すると・・・。

「あんな場所に鳥居が・・・。」

 道なりに歩いていると見えてくる古い鳥居。踏み固められただけの細い道が付けられ、崖の下へと続いていた。

「微弱ながら妙な妖気を感じる・・・。妖気を感じる以上、氏神ではあるまい。此処に住む妖怪か?」

 妖気を発している事から妖怪であることは明らか。だが、微妙に様子が違う。得体の知れない相手に警戒する麻姫。

「先は木々に遮られて分からぬが、どうやらこの下の川に繋がっている様じゃな。」

鳥居の隣に建てられた小さな石碑に目をやる麻姫。

「『雨音あまね神社』か。・・・少し興味があるな。時間潰しに探索するのも悪くない。」

 鳥居を潜り、先へと足を運ぶ麻姫。夕日を遮られ、薄暗くなった道を進む。斜面を下りて行くとすぐに広い空間へとたどり着く。川の水の音に支配され、その中に建てられた古ぼけた神社。放置されているといっても過言では無く、ろくに手入れもされていない。

「どうやらこの町の住人は信仰心が無いらしいな。それにしても、この様な場所があったとは・・・。さて、正体を見せよ。悪霊の類ならば容赦はせぬ。」

 髪留めを外し、大薙刀に変化させる。微弱な妖気は麻姫の妖気に反応する様に強くなっていた。

「・・・・。」

(この妖気量、並みの妖怪では無い。居場所は・・・上か!!)

 頭上を見上げた瞬間、闇に紛れ何かが落ちてくる。咄嗟に真横へ飛び、落下物を避ける麻姫。

『ズドンッ!!』

 大きな音を立て、地面がめり込む。体勢を立て直し、落下してきた場所を見る麻姫。そこに現れたのは・・・

「猿?いや、違う・・・。」

 金色の髪をなびかせ現れた小さな子供。目を奪われる様な髪とは対照的に麻で出来たみすぼらしい小袖を身に纏っている。

「現代人では無いな・・・。妖怪か。だが、異様なのは、その顔に付けられた仮面。」

 子供の顔に付けられている精巧に作られた仮面。猿をかたどった面を着け、麻姫を凝視する。

「不気味な子供じゃ。女か?男か?何故このような場所に・・。おいお主!!何者じゃ?」

「う・・うおおお・・・・。」

 麻姫の問いかけに呻き声を上げる子供。そして、身を低くし攻撃態勢に移る。

「こちらの声は聞こえずか。獣の様な子供じゃな・・・。」

 猿面のせいで表情が読めないが、その姿勢からこちらを敵視しているのは明らか。大薙刀を腰の高さに据え、構えを取る麻姫。

「来るか?」

『ドンッ!!』

 地面を蹴り飛ばし、突進する子供。その瞬間に妖気量が跳ね上がる!!

「なっ!?」

 


「!!」

「どうしました?」

「・・・なに、この妖気。」

「え?」

 凄まじい妖気を感じ、異変に気付く鳴女。遠く離れていながら感じ取れるその妖気量に寒気が走る。

「すいません・・ちょっと静かに・・・。」

 正樹を制止し、静かに妖気の実態を探る鳴女。

「・・・・」

(妖気が揺れている・・・。安定していないという事は戦っている可能性が高い。どこで?こんな奴と戦ったら、人目に付くのは必至。場所は・・・どうやら町外れの方ね。)

「・・・嫌な予感がする。」

 ぽつりと言葉を漏らす鳴女。その言葉を聞き、緊急事態である事を察する正樹。



「ぐうっ!!」

 斬撃を繰り出す麻姫。だが、刃は子供の肌に触れる事を拒絶し、滑るように流れて行く。

「どうなっておる?刃物が効かぬ!!」

 何度目だろう。決定的であろう一撃でも傷一つ与えられなかった。加えて、体に合わない相手の妖気量。打撃を繰り出すだけの単純な物ではあったが、その迫力に麻姫は焦りを感じていた。

「グオオオオオッッ!!!!」

 獣の様な咆哮。その攻撃には技も妖術も無い。ただひたすらに妖気を込めた拳で殴るだけの攻撃。だが、強大な妖気量から、当たれば致命傷となる事は必至だった。

「くそが!!舐めるでない!!」

『ザシュッ!!』

 妖気を絶つ一撃。

(肉体に効かぬならば妖気を攻める!!如何に強力な妖気と言えど、それを切断されては・・・。)

「グ・・・ガアアアアアッッ!!!!」

「な!?」

 一瞬、動きは止まるが再び怒号を上げる子供。そして、がら空きとなった麻姫の身体に拳を叩き付ける。

「しまっ・・。」

『ズドン!!!』

 直撃したのは右肩。砲丸玉でも投げつけられたかの様な重い衝撃が麻姫の身体にめり込む。

「があっ!!」

 痛みと共に吹き飛ばされる麻姫。

「フウ・・・フウーー・・・・」

 息を切らしながら倒れた麻姫に近づく子供。小さな外見とは違い、その強大な妖気に麻姫は恐怖する。

(こいつ・・・。強い。逃げるか?)

 幸い、吹き飛ばされたのは入口側。後ろの細い道を駆け上れば、逃げる事が出来るかも知れない。だが・・・。

(逃げ切れるだろうか・・。ましてやこいつを野放しにも出来ぬ。かと言って、悔しいが太刀打ちも出来ない。)

斬撃も妖気の切断も通用せず、攻撃方法が見当たらない。苦渋の選択ではあったが麻姫は決断する。

「逃げる!!」

 子供に背を向け、逃走を図る。身体能力で下回っている事から、逃げ切れる可能性は低い。だが、このまま戦うよりは可能性は高いと判断しての逃走。

「ウ・・ガアアア!!!」

「来たか!!」

 当然追いかけて来る子供。だが、ここで思わぬ事が起きる。

「ガ・・・ウウウウゥゥ・・・」

「?・・どうした?」

 数歩走り出し、すぐに足を止める子供。諦めたのか?だが、そういう感じもしない。

「なんだあいつ。悔しがってる様に見えるが。もしや、ここから出られないのか?」

 麻姫を睨みつけ、威嚇する子供。攻撃する意志がある事から、諦めたとは思えない。

「考えてみれば、これほどまでに強い妖怪がこの場所に留まり続けるなど可笑しな話。呪縛されておるのか?ならば、こちらにも余裕が出来る。」

再び攻撃する手段を考え始める麻姫だったが・・・。

「ガアアッッ!!!!」

「!!」

 子供が叫び声を上げると同時に、川の水が垂直に吹き上がる。そして・・・。

「ウガアアアアッッッ!!」

 子供の声に応えるように麻姫に襲いかかる川の水。操られて勢いを増し、鉄砲水の様な強さを持つ。

「む、無茶苦茶な奴じゃのう!!」

 高く飛び、攻撃を避ける。木々がなぎ倒され、攻撃の威力を物語っていた。

「この技、水に妖気が感じられぬ。この感じは・・・神術!!」

 襲いかかる水を避けながら麻姫は信じられない事に気付く。子供が始めて繰り出した技。内に大量の妖気を持っている事から当然、妖術を使う物かと思っていた。だが、実際に繰り出したのは、神が使う神術。

「どういう事じゃ?あやつ、妖怪なのか?神なのか?」

(妖気と同じように神には神気と言うものが存在する。何が起こっておる?妖気と神気を扱う者など、聞いたことが無い。)

 困惑しながらも水を避ける。だが、狭いこの場所ではそれも難しく、次第に追い詰められていく。

「グアアアアアッッッ!!!!」

「く・・・。」

(奴はここから離れられぬ。逃げきる事は可能であろうが・・。)

 子供を睨み、覚悟を決める。勝機があるわけでは無い。走り出し、再び向こうの舞台へと飛び込む麻姫。

「この!!」

『ドゴッ!!』

「グガアアッッ!!!」

 刃部の攻撃を諦め、峰打ちに切り替える。初めて攻撃がヒットし、子供の体が吹き飛ばされる。

「効きおった。やはり効かぬのは刃物か!」

「グ・・グウウウウ・・・。」

 体勢を立て直し、ダメージを見せない子供。戦意は喪失されておらず、再び麻姫に襲いかかる。

「ふ・・。面と言うのは便利なものよのう。顔色が分からぬわ。」

 薙刀を構え、攻撃に備える。襲いかかる子供の攻撃を捌きながら、再び峰打ちを繰り出す。

「薙刀の速さを甘く見るな!!」

 峰打ちを避けた子供に間髪を入れずに柄での攻撃が繰り出される。その速さに対応できず、子供の顔面を捉えようとしたその時!

「キシャアアア!!」

「!?」

 体を捻り、攻撃を避ける子供。地面に転がり、一撃を避ける。

「フーッ・・フーッ・・・。」

 息を切らし、麻姫を睨みつける。『攻撃を避ける』当然の行動。だが、その過剰な動きに麻姫は引っかかる。そして、もう一つ不可解な事があった・・。

「なんだ、今の。子供の声では無い。今のは・・・。」

 威嚇する声とは違う、もう一つの声。それは獣とは違う、別の生物の鳴き声。

「あの面か・・。」

 言葉の出所に気付く麻姫。猿面を凝視し、意志を持たぬ物体に生物が宿っていると判断する。


妖術と神術について。妖怪が使うのが妖術。神が使うのが神術なのですが術となる気が異なるのと、気の作られ方が違います。妖気の場合は体内の核が気を生み出すのに対し、神気の場合は体全体で作られるので核は存在しません。

麻姫の妖気を断つ攻撃がそれほど効果を見せなかったのは、少女の体内に妖気とは別に神気があったからと考えています。

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