やるべきこと
「女、貴様一人で何が出来る。力の差が分からぬほど愚かではあるまい。」
「・・・気に入らんな。勝負中にも関わらず、その横柄な態度。」
「横柄?ふっ。おかしなことを。こんなもの勝負でもなんでもない。・・・余興だ。」
「ふざけるな!!」
その言葉でブチ切れる麻姫。薙刀を振りかざし、再び攻撃を仕掛ける。無駄な抵抗と思いながら老人が拳を強く握った瞬間。
『パキィ・・』
「!?」
ガラスが割れたような音。そして、同時に軽い衝撃が腹部を襲う。呆気にとられながら視線を腹部に向ける。水の牙が露出された核を一つ潰していた。突然の攻撃に法師の思考が止まる。
(何があった?老婆の術か?いや、違う。水の周りに張られた微かな気配・・。これは・・・神術。)
雨音と法師の視線が合う。そして、同時に切りかかる麻姫。法師の動きに隙ができ、麻姫は絶好の機会を得る。体に埋められた核を的確に狙い、青い核を破壊する。
『バキィ!!』
「しまっ・・。」
「まだだ!!」
素早く切り返し、腕に埋められた赤い核を破壊する。一瞬で3つの核を失い、法師の妖気量がガクンと落ちる。
(こいつが妖気を生み出している。これさえ壊せば法師は弱体化する!)
目視できる残りの核は2つ。法師の核が体内にあることを考えれば3つ。薙刀を持つ手に力が入る。体を反転させ、核を狙う麻姫。
「うおおおお!!」
「甘いわ!!」
斬撃を避け、法師の腕が麻姫の顔面を掴む。
「貴様の妖気、いただくぞ。」
「な!?」
体の力が抜けていく。体内の妖気が強制的に集められ、法師に掴まれた手へと吸い寄せられていく。
「あ・・あ・・・。」
(妖気の吸収?馬鹿な!他人の妖気を自分の物にするなどありえない・・・。)
「ふっ。不思議そうな顔をしているな。これはワシの妖術よ。他者の妖気を自分の妖気に変換し、体内へと吸収する。」
次第に麻姫の体が動かなくなる。やがて満足したのか彼女の体を投げ捨てる。
「ふう・・・。意外と妖気を持っておるではないか。足しにはなったな。さて、残りの戦力は。」
雨音に視線を向ける。動けない彼女を睨み、ゆっくりと近づく法師。そして、雨音は死を覚悟する。神術は使えるが、同じ手が二度も通じる相手とは思えない。必死に動こうとするが、立ち上がることも出来ず、再び崩れ落ちる。
「すでに立つ事すら出来ぬか。その様子では神術もまともに使えまい。なに、安心しろ。貴様の核は私の中で生き続ける。」
「法師・・待ってください。」
法師の前に現れた男。突然現れた男の背中を見て、何かを感じる雨音。
「なんだ?」
「この子を殺すのは・・やめていただけませんか?」
「ふ・・。私に意見するか。娘の命が惜しいと見える。」
(娘?)
その言葉に反応する雨音。自分の事を娘と言った。姿形の『娘』と言う事だろうか?それとも、血縁関係上での『娘』だろうか?疑問を感じながらも二人は会話を続ける。
「・・・そうです。見間違うはずがありません。この子は私の子。親として身を挺して守るのは当然の義務。」
「ワシの命令が聞けないのか?」
「・・・主には感謝しております。ですが・・。」
「ワシの命令が聞けぬのかと聞いておる!!」
「・・・はい。」
苛立った法師に対し、小さく頷く音神。
「なるほど。ワシにとっても予想外だったわ。よもや貴様の娘が生きていたとはな。だが、そんなことはどうでもいい。そこをどけ。どかぬならば貴様も潰す。」
威圧する法師。だが、音神も引かない。無言のまま鞘に収まった刀の柄に手を掛ける。
「勝ち目も無い状況で主に刃を向けるか。」
「私は賢い神ではないようで・・。」
そう言うとちらりと後ろの雨音に目を向ける音神。懐かしい顔と目が合い、雨音の思考が止まる。
「とと・・さま。」
「すまぬ・・・。」
漏らした言葉が雨音の耳に入る。アビシラの術とは違う、優しい顔。当時のままの微笑みを向けられ、自然と涙が流れる。再び前を見て、構えを取る音神。そして、その背中が離れていく。
金属音が2回響き、崩れ落ちる音神。背中が見えなくなり、雨音は泣くことしか出来ない。
「哀れな。娘の前で2度死ぬとは。」
音神を葬り、ゆっくりと雨音に近づく。雨音も神術を使おうとするが、満身創痍の体では思うように水が操れない。
「雨音!!」
「し、静かに。」
「?・・正樹。馬鹿、お主も逃げろ。」
妖気を消し、麻姫に駆け寄る正樹。
「ここに居ても意味がない。法師の狙いはお前だ。」
「意味・・確かに俺は戦えない・・・。だけど、一つだけやれることがある。」
「?・・何を言っておるのだ?」
真剣な表情。何かを覚悟し、実行しようとしている。それは伝わるが、何をしようとしているのか予想が出来ない麻姫。
「みんなが負けちゃ、俺はどこへ逃げても同じだ。それなら俺のやりたいことをやらせてくれよ。」
集中する正樹。消していた妖気を解放し、外へと漏れ始める。
「これは・・・。」
正樹の妖術を目の当たりにする麻姫。ちゃんと術として発動し、その雰囲気にのまれる。
「・・・いつの間に術を。」
「静かに・・・乱れるから。」
麻姫の体に妖気が流れ込んでくる。萎んだ浮き輪に空気を注入するかのように、体が徐々に張り出す。
「漲る・・・。」
「入り込むよ・・・。」
「なんだ?この妖気は。」
背後から妖気を感じる。そこに居たのは麻姫。だが、先ほどとは少し違う。
「貴様、いつの間に妖気を。」
「正樹が与えてくれた・・・。すごい・・体が充実している。」
術を使った正樹と麻姫の融合。お互いの核が同じだからこそ出来る妖術。
「・・・いつの間にこんな術を。まあ、それは後で聞くとして、まずはこいつか。」
法師の姿が小さく見える。先ほどまでの脅威が消え、自分の力が上回っていると確信する。
「まだ抵抗するか。如何なる手を持ってもワシを倒すことは出来ぬ。核の破壊さえ気を付ければ貴様なぞ・・」
『ザシュッ!!』
「!!」
風が法師の体を駆け抜ける。突風が体に当たったかと思った瞬間、麻姫の体が法師の目の前に現れる。薙刀を振り終え、微動だにしない麻姫。そして、次の瞬間。
『ぶしゅうう・・・・・』
「な・・・。」
法師の体から溶液が噴き出す。切られたことも麻姫の移動すらも気付かず、目視したのはすべてが終わった後。ゆっくりと崩れ落ち、法師の意識が薄れていく。
「そん・・・な・・・。」
「核なぞ狙わぬ。すでに妾の妖気は貴様なぞ上回っておる。」
ゆっくりと薙刀を振りかざし、法師にとどめを刺す。決定的な一撃となり、法師は意識を失う。絶命したのを見届け、立ち尽くす麻姫。妖気と共に正樹が自分の体へと入り込み、二つの体は一つへとなった。自分でも力を把握できていなく、手を見つめ確認する麻姫。
「なんとも強大な・・・。核が増えるとこうなるのか。」
正樹との融合。一つの体に核が二つ存在する。核の数では法師の方が上。その上で彼を圧倒出来たのは、正樹の核が別格だったからだろうか。それとも同じ妖気を生み出す核だったからだろうか。
「とにかく・・・。終わった。」
数時間後。満身創痍で三橋商店へと戻る。疲労しながらも、問題が残っているため、これからについて話し合う。
「なるほど。菊花が術を教えたのか。」
婆様の問いに菊花が答える。
「教えたと言っても、基礎は出来ていましたから。とはいえ一発で出来るとも思っていませんでしたし、当てにはしていませんでしたが。」
敗戦が濃厚だった状況から法師を倒した理由を確認する。同時に正樹と融合した麻姫の強さを思い知る。
「だが、あの力はあまり使いすぎない方が良い。一時的ならまだしも、長時間使うと抜け出せなく可能性がある。」
正樹と麻姫に目をやり、二人に釘を刺す婆様。その意見には麻姫も賛成で、力の大きさから、相応のリスクがあると考える。
「正直、法師が夢中になった理由も分かります。あやつは種類の違う核を体内に移植していましたが、わたしと正樹は同じ核を2つ体内に移植しました。それ故、妖気の量も格段に上がったのだと思われます。」
「うむ。融合する前、姫様は法師に妖気を抜かれ、空の状態だと言っておったな。それにもかかわらずあのような力を発揮するとは。私たちが思っている以上に強大なようじゃな。」
あれほどの強さを誇った法師を力で圧倒した事で、その力の凄まじさを実感する婆様。それ故、力の酷使は避けるべきだと判断する。
「倒した理由も分かった。さすがにあの山は元には戻せぬし、何らかの騒ぎは起きるであろうが仕方ない。それに・・・やることはまだ残っている。」
・・・次の日。三橋商店の朝。
砂魔奈が居なくなり、雨音が元気を無くしていないか気にしながら二人分の朝食を机に並べる婆様。やがて雨音も姿を見せ、朝食を食べる。しばらくして、婆様は雨音の変化に気付く。
「その耳に付けてるのは?」
雨音の耳に付いている装飾品に目をやる。
「これ?砂魔奈ちゃんの。こっちの傷が付いてるのが砂魔奈ちゃんなんだって。マキお姉ちゃんが教えてくれたの。」
右耳を指差し、イヤリングを見せる雨音。彼女がどういう思いで付けているかには触れない。ただ、『似合うね』と当たり障りのない言葉を述べ、にっこりと笑う。その言葉に対し、雨音も『うん』と微笑み、食事を続ける。
(この子も昨日だけで大変な目にあった。整理する時間は必要じゃろう。)
その頃、池村家。朝食を終え、テレビを見ながらくつろぐ麻姫。
「おーおー。やっておるやっておる。じゃが、扱いが小さいのう。死人が出ぬとあまり騒がぬのか?」
観ているのはニュース番組。昨日の常根山の惨状は、謎の山火事として取り上げられていた。だが、麻姫が言うように扱いは小さく、ほんの20秒ほどで次のニュースへと切り替わる。
「まったく。重大事件じゃったというのに。」
「はは。まあ、騒がれなくてよかったよ。それよりさ・・これからどうするつもり?」
「ん?妾にはやるべきことがある。家は留守にするが、菊花が来るであろう。護衛は心配するな。」
「そうじゃなくて・・さ。その・・。」
「・・お主もやるべきことがあるであろう?掃除したとはいえ、部屋は鳴女の血でベトベトじゃし、カーペットも捨てねばいかん。」
アビシラに襲撃され、部屋中が血で染まっていた。掃除したとはいえ、やることは山のように残っていた。
「あのカーペット捨てれるのかな?」
「さあのう。人間界のルールは妾には分からん。それは正樹に任せる。」
「分かっていてもやらないくせに。」
彼女が進んで掃除をする性格ではないことは嫌と言うほど知っている。テレビを見ながらダラダラとくつろぐ麻姫を見て、溜息を吐く正樹。
「鳴女も命は取り留めたとはいえ、しばらくは動かせぬ。看病を頼むぞ。」
「それは分かってる。朝食も残さず食べてたし、食欲はあるみたいで安心したよ。」
部屋に運んだ朝食も残さずに食べていた。体調に問題は無いのだろうが、さすがに昨日の今日で全快とはいかない。『傷口がまだ沁みる』とは言っていた。
「解決にはまだしばらくかかりそうじゃからな。正樹もそれは分かっているであろう?」
「まあ・・ね。」
『解決』。その言葉を聞き、口が重くなる正樹。法師は倒したが、まだやることが残っている。だが、それは正樹にとって踏み込みたくない領域だった。