決戦
チラシの裏に絵を描く雨音。鳴女も同じように絵を描く。正樹たちが調査に行って丁度1時間。やることも無いため、雨音と一緒に遊んでいた。その時。
『ガチャッ』
「?」
突然、玄関の扉が開く。足音が近づき、居間の引き戸が開く。
「・・・・・。」
無言で佇む麻姫。それを見て、溜息を吐く鳴女。
「なんだ、姫様でしたか。帰ってきたら『ただいま』くらい言ったらどうですか。礼儀がなっていませんよ。」
「・・・・。」
「父様?」
「え?」
雨音の言葉に反応し、振り向く鳴女。『父親』。聞き間違いではない。たしかに雨音はそう言った。どこに父親が?目の前に居るのは麻姫一人・・・。
「父親って言いましたよね?」
鳴女が雨音に聞き返したその時。
『ドスッ!!』
「!?」
「ヒヒッ。」
胸部に何かが突き刺さる。鮮血が噴き出し、全身の力が抜ける。
「なに・・お・・。」
「ごめんね。ザコに要は無くてね。さっさと死んでくれないかい?」
鳴女の体から刀を引き抜き、再び体に突き刺す。子供が雪だるまを傘で刺すかの様に躊躇の無い動き。その度に鳴女の体から血が噴き出し、動きが鈍くなっていく。そして動かなくなった彼女を満足そうに見つめ、視線を雨音に移す。
惨劇を目の当たりにし、硬直する雨音。何が起こったか理解できない。突然、死んだはずの父親が現れ、鳴女を刺した。そして、父親は姿を変える。
「久しぶり雨音ちゃん。・・・逢いたかったよ。」
「・・・その顔、昨日の。」
『プルルルル・・・プルルルル・・・』
「くそっ!くそっ!!何故出ない!?」
止まない呼び出し音。電話の主に繋がらず苛立つ麻姫。最悪な事態が頭を過る。一向に繋がる気配がないため一旦、通話を切る。
(鳴女がこんなに早くやられるとは思えない。決戦中と考えた方が良いか?)
『ピリリリ!!』
「!?」
麻姫の携帯が突然鳴り出す。その相手は・・・。
「菊花!?もしもし。」
「麻姫!!家に早く帰ってこい!鳴女が!鳴女が!!奴は私が追う!だから早く!」
慌てて要件だけを伝えようとする菊花。麻姫も聞き返すが詳細は伝わらない。ただ、鳴女がやられ、雨音が連れ去られたという事だけは伝わった。
(馬鹿な!・こんな短時間で鳴女がやられるとは。)
菊花が嘘を言っているとは思えない。焦燥しながら通話を切る。そして・・。
「雨音が連れ去られ、鳴女がやられた。」
「!!」
「正樹・・・すまんが。」
「先に行って。危ないんでしょ?」
麻姫の気持ちに気付く。自分と一緒だと家まで時間がかかりすぎる。だが、一人ならば大して時間を掛けずに帰ることが出来る。
「自転車もふもとに置いてあるしさ。大丈夫。妖気の扱いは覚えたんだ。何かあったら隠れるよ。」
「・・・すまぬ。妾は飛べぬのでな。」
「いいって。」
そう言うと下山し、一目散に家へと向かう麻姫。残された正樹も下山し、家へと向かう。
「あの女。向かったのは常根山ではない。やはり出入り口が数カ所存在する。」
アビシラを追いながら千里眼で監視する菊花。そして、アビシラが足を止めたのは雑木林の中。手元は見えないが、こちらの世界と法師が作り出した世界を結ぶ糸があるのだろう。そして、妖気を放出したらしく、空間を繋ぐ穴が開く。
「・・・やはり。そうなっていたか。」
あっという間に穴は縮まり、アビシラは姿を消す。
「逃しはしないよ。」
・・・その頃。高速で移動して自宅に着く麻姫。玄関の扉を開け、居間へと向かう。
「鳴女!!うっ・・・。」
惨劇の跡。血が飛び散り、赤く染まった室内。壁に背中を預け、苦笑いを浮かべる鳴女。
「・・・姫さま。」
「喋るでない!!無理をするな。」
「・・・今日ほど自分の能力に感謝したことはありませんよ。ぐ・・。」
発光する手で傷口を抑える鳴女。刺されながらも核への攻撃は逃れ、治癒の妖術を使いながらギリギリのところで難を逃れることに成功した。
「大丈夫です・・・情報は伝えないと。危険な女で不思議な術を使います。見る者によって姿を変える・・。」
「見る者によって姿を変える?どういう事だ?」
「・・わかりません。最初、私にはその女が姫様に見えました。ですが、雨音ちゃんにはその女が父親に見えた様で・・・。」
「どういう事じゃ?それに、なぜその女が雨音の父親を知っておる。」
「・・・おそらく惑わせる術かと。その者が姿を変えるのではなく、こちらに幻覚を見せるのだと思われます。・・・でないと説明が付きません。」
「・・よくやった。それだけで十分じゃ。後は休んでおれ。」
その言葉を聞き、安心したのか鳴女の表情が微かに緩む。
「姫さま・・。」
「なんじゃ?」
「人妖とは、あれほど狂気に満ちた者なのでしょうか?あの女、私を刺すのに躊躇いも殺意もありませんでした。それこそ道端の石でも蹴り飛ばす様に・・・。」
「・・・心配するな。お主とその女は違う。」
人妖という共通点から自分にも異常な性格が潜んでいると思っているのだろうか?鳴女の質問に対し、自分なりの答えを掛ける麻姫。
「治癒に専念しておれ。それに関しては妾にはどうすることも出来ん。」
「はい・・姫様も行ってください。菊花様が敵を追っているのでしょう?」
「む・・。じゃが。」
「私の事は心配しなくてもいいです。手負いの妖怪一匹を狙いもしないでしょう。それよりも雨音ちゃんを。・・・あいつは危険です。ここで逃すと二度と会えなくなる・・。そんな気がするんです。」
「・・・分かった。雨音の事は心配するな。必ずみんなで戻ってくる。」
「・・・無い!!無い!!嘘だろ!?」
辺りを見回す菊花。アビシラが消えた地点に着いたが、常根山で見つけたような糸が見つからない。
「どこかにあるはずだ。空間を繋いでいる物が・・・。これくらいなら妖気も感知できるはず・・・。」
前回見失ったときとは違い、千里眼で凝視していた。だが、消えた場所には妖気の残りも空間に残された糸も見つからない。
「ふひひ・・。うるさいコバエがうろついていたからね。入り口さえ塞げば入ってこれまい。」
邪魔者の追跡から逃れ、笑うアビシラ。菊花の追跡に気付き、空間を繋ぐ細い糸を残さずに廃墟に戻ってきた。
「お楽しみはこれから。次は邪魔させないよ。」
肩に担いだ雨音を満足そうに見つめ、これから行う行為を想像し、体の疼きが止まらない。
「・・・駄目だ。気付かれたのか?クソッ!!こうなったら・・・。」
空間を繋いでいる場所はここだけではない。この場所を諦め、常根山の山中にあるもう一つの入り口へと向かう。
・・数分後、常根山の上空。展望台に続く一本道で妖気を感じる菊花。
「この妖気は・・・。」
地上に降り、妖気の持ち主に近づく。
「婆様。」
「・・・菊花か。」
「何故、この様な場所に?」
「麻姫から報告を受けてな。鳴女がやられたそうだな。」
いつもとは違う冷たい声。状況を把握し、婆様が危機感を持っている事に気付く。
「はい・・。雨音が連れて行かれまして・・。現在、追跡中です。」
「鳴女の事は心配するな。姫様の報告では命に別状はないらしい。」
「そうですか。それは良かった。」
「向こうに乗り込むのだろ?ならばワシも行こう。」
「婆様が?危険ですよ。」
「お主ばかりに危険なことばかりさせては茂吉に怒られるのでな。」
木をかき分けながら道なき道へと歩き出す。婆様のすぐ後ろを歩く菊花。そして二人が目的地の中間まで来たその時。
「!!・・来たか。」
「これは、妖気。しかも異常な・・・。」
突然現れた気配。一方は妖気とは違う気配。そしてもう一方は・・・。
「この妖気、おかしいです。大きさもそうですが、何かがおかしい・・・。」
妖気を察知した菊花は、今までの妖怪に感じたことの無い違和感を覚えていた。うろたえる菊花を余所に、走り出す婆様。慌ててその背中を追いかける。
「!!」
「・・・おやおや。意外と早く見つかったな。まさかここまで嗅ぎつけているとは。」
酒の匂いを漂わせた一人の老人。その隣に居るのは雨音神社で会った男。婆様と菊花に気付き、構えを取る音神。対照的に法師と思われる老人は危機感も無く、ただ笑うだけ。
「婆様・・・。」
「落ち着け。ここでやってはあまりに目立ちすぎる。菊花、この周辺を隔離しろ。」
「はい。」
頷くと黒い球を一つ生み出す菊花。その玉が大きくなり、周辺を包む。突然の妖術に怯む様子も見せない老人。
「・・法師。」
「うろたえるな。あの女はこの場所を隔離しようとしておる。どうやら本気でぶつかるつもりらしい。音神、この周辺が灰となるぞ。」
菊花が使ったのは老人が人間界の廃墟を隔離したのと同じ術だった。人間界の一部を切り取り、別の次元に移動する。大規模な術でないため時間は制限されているが、人間界に害は少ない。
「娘、相当の術者と見受ける。そこのババアも匹敵する術者であろう。」
「ふん!ジジイにババア呼ばわりされたくないね。菊花、全力だ。先を考えるな。」
「はい!」
『全力』と言う意味を理解する菊花。相手の実力を見据えての発言に、出し惜しみは出来ない。力を開放し、その正体を見せる。
「ほう・・・妖狐か。なかなかの妖気。尻尾がひい・・ふう・・みい・・・・9本。ならば天狐だな。滅多に見れぬ妖怪だ。」
「・・・あの女。天狐だったのか。妖怪の中ではかなり上位。まさかそのような妖怪と相見えることになろうとはな。」
「久しぶりだねえ。この姿は。もっとも、この姿を見せたからにはあんたらを生かしておく気は無いが。」
獣と姿を変えた菊花。9本の尾をゆらゆらと動かし体中に妖気を漲らせる。
「・・・行くぞ菊花!!」
「はい!!」
先に仕掛けたのは婆様。刀を振りかざし、法師に一太刀見舞う。だが、刃先が触れる刹那、妖刀を取り出した法師が真一文字に婆様の体を切り裂く。
『ザシュッ!!』
「!!」
だが、法師に手ごたえは伝わらない。切り裂かれたのは着物だけ。真っ二つに切り裂いた体は即座に吸着し、再び一つの体に戻る。
「甘い!!」
『ズバッ!!』
「ぐ!!」
腹部の皮を切り裂き、老人の体から緑色の液体が噴き出す。
(逃さん!!)
そのまま傷口めがけて蹴りを入れる。華奢な体からは想像できない重い蹴りを受け、激痛が体に走る。
「くうっ!!」
反り返りながら衝撃に耐える法師。距離を確保するため、一度間を取る。
一方の菊花。婆様が法師に走った瞬間に音神を標的にして接近戦を仕掛ける。音神の間合いに恐れることなく突き進み、音神が繰り出した一撃を右前脚で弾く。
『キィィイン!!』
金属音が鳴り響いた瞬間、爪をむき出しにして攻撃を仕掛ける。音神も素早く反応するが避けきれず鋭利な爪が胸部を掠める。
「ぐっ・・・。おのれ!!」
再び攻撃を仕掛ける音神だったが、そこには菊花の姿は無く、すでに間合いの外へと逃げていた。
「・・・遅いね。そんなんじゃ私に触れることすらできないよ。」
黒い球が菊花を囲う。人間の姿の時とは比べ物にならない妖気が込められた球。その姿と妖気に押される音神。
「狐め。」
「言っても無駄だと思うが一応聞いておこう。降伏するなら命は助けてやるよ。どうだい?」
「舐めるなよ。」
「・・・だと思った。」
「私が神だと言う事を忘れてもらっては困る。何故、剣で有名なのかを見せてやろう。」
神経を集中し、深呼吸をする音神。彼の雰囲気が変わり、大きく吸い込んだ息をゆっくりと吐き出す。
「神術を使うのは久しぶりだな。いくぞ!!」
「!!」
右足を強く踏み込み、一気に距離を詰める音神。
(速い!!)
彼の動きに驚く菊花。振り下ろした切っ先を避けようとするが顔の皮膚を切り裂き、出血する。
『キィン!キィン!!』
完璧には防ぎきれず、いくつかの攻撃が菊花の体を掠める。
「ふざけるな!!」
黒球を地面にたたきつけ、目くらましに使う。なんとか距離を取り、音神の動きを整理する。
(今のが音神の術か・・・。推測するに体のサポートを強めるだけの単純な物。だけど、単純なだけに性質が悪いね。難なく私が接近戦を許すなんて。)
「なかなかやるねえ。さすがは神と言ったところか。」
「・・・褒め言葉と受け取っておこう。お互い時間は無い。決着を付けよう。」
納刀する音神。踏み込む構えをみせたまま、動かない。
「乗るか乗らないかは任せるが?」
「・・・上等。こっちも早く婆様の助太刀に行きたいんでね。」
音神の誘いに乗る菊花。『グルルル・・』と喉を鳴らし、音神に近づく。そして、ギリギリの間合いで歩みを止め、動きを止める。
『・・・・。』
お互いが一撃で決めようと殺気立つ。10秒、20秒と時間が流れるが集中する二人にとっては何倍もの時間に感じる。そして・・。
『!!』
同時に襲いかかる。音神が抜刀し、素早く斬撃を繰り出す。対する菊花は音神に飛びつき、その牙を突き立てようとする。音神の剣が菊花の体を捉え、そして菊花の牙もまた音神の体を捉えていた。菊花の飛びつきに耐え切れず音神の体が崩れ、地面に倒れる。
「ぐう・・ぐうううう・・・。」
うなり声をあげながら音神を押し倒した菊花。音神の肩を引きちぎり、その肉を吐き出す。
「ぺっ!!勝負・・ありだな。」
「ああ・・。」
音神の斬撃は菊花の体を捉えた。だが、直撃したのは根本のため、力が伝わらず致命傷を負わせることが出来なかった。
「悔いはない・・やれ。」
「そうさせてもらうよ。」
黒球を右手に集め、音神の腹部に叩きつける。『ズンッ』と衝撃が走ると同時に黒球が音神の体内に侵入する。
「ぐう!!・・がっ。」
呻き声を上げた瞬間、音神の意識が消える。体から力が抜け、動かなくなる。
「少し寝てな。私の役目はあんたを倒すことであって殺す事じゃない。戦いの邪魔をしなければ無理に殺すこともしないさ。」
「こいつ、雨女か。」
剣を交えながら、法師は婆様の正体を見抜く。いくら斬ってもダメージが無い。水を斬っている様に手応えが無く、そして切断した部分は再び元へと戻る。
「平和を好む雨女が剣を持つとは、時代は変わったな。」
「ふざけたことを。平和を乱す貴様に生き方を問われるとはな。」
婆様の太刀をかわし、間合いから離れる法師。その時、音神を倒した菊花が婆様の助太刀に入る。
「婆様!!」
「音神はやられたか。まあいい。それより老婆、私の事を知っているのか?お前からはどうも私怨を感じる。」
任務とは違い、時折感情を露わにすることがある。剣を交わしながら、任務以外の感情を感じ取る法師。
「・・・母上の仇だ。お前は覚えているか?雨女から核を抜いたことを。」
「母上?ああ、あったな。お前、あの女の娘か。」
「貴様が実験に利用している核は妖怪の物。私の母親を実験材料に用いた事、忘れはせぬ。」
「健気な。亡くなられた母親の恨みを今はらすか。ならば、会わせてやろうその母親に。」
上着を脱ぎ、上半身を見せる法師。華奢な体に埋め込まれた幾つもの宝石のような物体を見て凍りつく婆様。
「これは・・・。」
「分かるか?ほら、これだ。脇腹に埋め込まれたこの青い結晶がお前の母親だ。くっくっく。安心しろ。貴様の母親の一部は今でも私の体で生きておる。」
「貴様・・・。」
「優れた核を移植することによって私は永遠の命を手に入れた。そして、強さも。だが、それでも満足することは出来ない。何故だかわかるか?完璧ではないからだよ。興味と言うのは不思議なものでな。この年になっても尽きることは無い。」
「貴様の興味の為に私の母は犠牲になったというのか?」
「ふふ・・。そう怒るな。何においても礎と言うものがあるのだよ。」
「ふざけるな!!貴様の欲の為に犠牲になった母の仇!今はらさせてもらう。」
「やってみるが良い。できればの話だがな。二人まとめて相手してやろう。」
『ズン・・』
足に違和感を覚え、視線を足元へと向ける菊花と婆様。
「貴様らにだけ、ぬかるみを作った。地味な術だと思うだろうが効果はでかい。足の自由を奪われては動きも鈍るだろう。おまけだ。」
そういうと二人の体が鈍りの様に重くなる。説明しなくてもわかる。これは・・・。
「重力を操作したのか。」
「御名答。この状況でどう戦う?」
「伊達に玩具にはしていないな。取り入れた核の術を使っておるのか。」
術を使う度にぼんやりと対象の核が光り出す。
「それほどの知識と技術を持ちながら自分のためだけにしか使わぬとは・・。妖怪達と身を寄せれば相応の地位に立てたものを・・。」
「煩わしいのだよ。地位は与えてくれても研究を制限される。私が欲しいのは地位ではなく、もっと単純な事だ。『自分の興味を満たしてくれるかどうか』。縛られてはそれもできない。」
「その結果がこれか・・。」
「否定したければするが良い。母親の様に取り込んでやろうか?そこの狐も天狐ならば使えそうだ。」
言い終わると同時に指を鳴らす法師。その瞬間、辺りに霧が立ち込める。
「これは・・砂魔奈の術?」
「ふ・・。逆だ。あいつの術は妖気を与えるが、こちらは妖気を抜く。さあどうする?このまま喋っているだけでも貴様らは不利になっていく。」
徐々に弱らせていく術なのだろう。霧に触れ、僅かに力が抜ける。
(長引けばそれだけこちらが不利。今までの妖怪とは全然違う・・。)
一人でいくつもの術を使う法師。その戦い方に菊花は圧倒される。
「敵を討ちたいのだろ?かかってくるがいい。」
「正樹!!」
「麻姫?」
家へと向かう途中の上り坂で麻姫と会う。
「鳴女さんは?」
「手ひどくやられた。じゃが、命に別状はない。」
今までの事を正樹に伝える麻姫。雨音がさらわれた事、菊花がアビシラを追っている事、そして婆様が協力している事。
「じゃあ、今からどこに行くんだ?」
「妾か?また常根山に戻るつもりじゃ。あそこから空間がつながっておるのでな。」
「・・・だからさっき変な感じがしたのか。」
「変な感じ?」
菊花の妖術の事だった。妖気が膨れ上がった瞬間、風船のように弾けて反応が消えた。
「・・・なんだそれは?」
「分からない。でも、あそこに誰かが居たって事は、菊花か婆様じゃないの?」
「正樹も来い!ちょっと案内しろ。」
「え?おい!」
自転車を放置し、麻姫の背中に乗せられる。風の様に早く走り、あっと言う間に常根山のふもとへと着く。
「はあ・・はあ・・・ふう。やはり人を背負うと早くは走れぬのう。ちょっと疲れた。」
「ほら。」
鞄から飲みかけのスポーツドリンクを手渡す。それをグビグビと喉に流し込み、渇きを癒す麻姫。木々が生い茂る山道を歩き、空間を繋ぐ糸がある場所まで歩く。だが。
「なにこれ・・・。」
山に入ってすぐ。目を疑う光景が広がる。そこにあったのは巨大なクレーター。何かによって削り取られたかの様な異様な光景を前に呆然とする正樹。
「・・・これは妖術じゃな。」
「妖術?」
そういうと巨大なクレーターの中へと飛び込む麻姫。彼女を追いかけ、正樹もクレーターの中へと飛び込む。
「見てみろ、断面の土。削ったという代物では無い。巨大な石はそのままに、見事にくり貫かれておる。」
「確かに・・。」
一見、円状に見えるが、よく見ると凸凹で大きな岩などが露出していた。
「空間転移じゃ。これを使えるのは、おそらく菊花か。」
「菊花さんが?何故?」
「おそらく、何者かを閉じ込めた。・・そして、そうしなければいけない理由があったか。」
「理由って?たとえば?」
「・・・本気を出さなければいけない状況に陥った。」
「え?どういうこと?」
「菊花の人間の姿は仮の姿。天狐に戻った時、その妖気は跳ね上がる。そうなれば嫌でも人目に付く。」
「この状況を作っておいて人目に付くのを気にしてるって事?」
巨大なクレーターを見渡す正樹。本気を出した菊花がどんな戦いをするのか想像できない。
「菊花が戦っておるのは事実じゃ。相手はアビシラかもしれんし、法師かもしれん。どちらにせよここには長居せんほうがよかろう。」
「ガアアッッ!!」
『ドゴオオオオオン!!!!』
妖気の球を法師に向けて放つ菊花。その度、爆風が起こり、木々がなぎ倒される。幾度の攻撃で山火事が起こり、周辺はメラメラと燃え上がる。
「ぐるるるるる・・・。」
「ふっ。確かに火力は特出しておるが、戦い方が荒いな。遠距離の攻撃ではワシに当てることはできん。」
空中に浮き、菊花を見下ろす法師。霧による術も作用し、激しく疲労する。
「戦わなくとも我らの妖気は消耗する。少なくともこの霧は払わなくてはならん。菊花、後はお主に任せる。」
「婆様!?」
言い終わると同時に婆様は液体に姿を変える。それがはじけ飛び、辺りに雨が降り出す。
『ザアアアアア・・・・・』
「・・なんだ?この雨は?」
強く降り注ぐ雨。その雨は山火事を沈下し、立ち込めていた霧を消失させる。そして・・・。
「傷が・・癒えてくる。」
傷口に染み込んだ雨が傷つき、疲労した菊花の体を癒す。
「あの雨女の術か。ふっ!無駄な抵抗を。」
「・・・無駄かどうかは我々を倒してから言え!!」
菊花の術は黒球を操り攻撃をすることです。攻撃方法が幅広く、様々な術に変化します。菊花の妖気が膨大なため出来る術ですが便利さを優先しているため、専門の同じ術者と会った場合、力は同等とは言えません。