砂魔奈と法師
その後、三橋商店に向かい婆様に報告する。
「ふむ。・・雨音に似た気配か。つまり『神』の可能性があると。」
「非常に俊敏な男でした。剣は交えていませんが、動きを見る限り心得はある人物だと推測されます。」
「その人物も気になりますが、それよりも気になるのはやはり・・・。」
「・・・。」
「そろそろ話してもらおうか。お主が何故あそこに居たのかを。」
うつむいた顔を上げ、皆を見回す砂魔奈。最早、彼女に逃げる気は無い。
「・・・理由は簡単だよ。あそこに妖気を張り巡らせておけば知能の高い妖怪が引っかかる。場所的に人気の少ない場所だったし多少暴れても気付かれないでしょ?」
「そこに引っかかったのが麻姫と正樹。結果的には菊花の援護があったが、下手すれば菊花一人で相手にしていたと言う事か。妖気を断つ姫様と妖狐の菊花。どちらかが欠けておれば状況は変わっていたかもしれんな。では次の質問。お主らの親玉は誰じゃ?」
婆様の質問に無言の砂魔奈。数秒間の沈黙の後、言葉を発する。
「・・・分からない。私たちは『法師様』と呼んでいる。いつから呼び出した何て覚えていない。気が付いた時から法師様と・・・。」
「法師様!?」
「どうしました婆様?」
その単語に過剰な反応を見せた婆様を不思議そうに見つめる菊花。
「いや、なんでもない。・・・その『法師様』はどこにいる?おそらく周辺に潜んでいるだろ?」
婆様の言葉に首を振る砂魔奈。
「分からない。」
「分からない?お主たち、今までどこに潜んでいた?」
砂魔奈の答えを疑う麻姫。
「潜んでいたのは古い建物。私と浮乃はそこで作られ、そこを根城にしていた。外界に出たのはつい最近。ちなみに建物へは簡単に入れないよ。この世界に無いから。」
「この世界に無い?どういうことだ?」
「そのままの意味だよ。法師の術。この世界の空間を切り取り、法師の作りだした他の空間へと移す。私たちは人間達が使っていた建物を根城にしていたの。」
「作り出した空間?亜空間とかいう奴か?」
漫画で得た知識を喋る麻姫。言っている意味が分からず首を傾げる砂魔奈。
「よくわからないけど、法師は他人との触れ合いを嫌っている。人間とも妖怪とも共存する気は全くない。」
「では、なぜ妖怪をおびき寄せた?触れ合いたくなければ、わざわざ妖怪を呼び寄せなくともよかろう。」
疑問を投げかける婆様。
「・・・そこの男が原因だよ。」
「俺?」
「あんただろ?『池村正樹』って男は。法師が手に入れたがっていたよ。妖怪の核を植えつけられた人間。その核は強大な妖気を生み出すそうじゃないか。」
「・・・少し語弊があるな。方法こそ伝えられているが成功したものがおらん。それが成功したとなると興味を持っても不思議ではない。伝承通りならば、その力は『無限』と大袈裟に書かれておるからな。じゃが、どこから情報が漏れた?」
法師がかなり詳しくこちらの情報を把握していると推測する婆様。
「そこまでは知らないよ。ただ、協力者は居る。『アビシラ』って色の白い女さ。危険な匂いに包まれた、いけ好かない奴だ。」
「えらく嫌っておるのう。仲間ではないのか?」
「仲間?はっ!よしてくれよ。気持ちが悪い。あんな奴と仲間なんて悪い冗談だ。」
嫌悪感を露わにする砂魔奈。余程嫌いなのか口調が荒くなる。
「人妖だからね。狂ってるのは仕方ないが腕は確からしい。妖怪と接しない法師が協力するなんて初めての事だから。」
「人妖・・・。」
「・・・・。」
『人妖』と言う言葉に反応する鳴女。ちらりと鳴女の顔を見て彼女が『人妖』という単語を意識した事に気付く麻姫。話題を逸らそうと再び質問をする。
「それで、残りの人数は?法師とアビシラ、それと突然襲ってきたあの男だけか?」
「・・・あの男は分からない。私も見たことが無い。私と浮乃以外に傀儡は居ない筈だけど。」
「新たに作った可能性は?」
「それはある。だけど、新たな協力者では無いと思う。気難しい人だから簡単に誰かと組むとは思えない。」
「なるほど・・・。しかし、砂魔奈と言ったか、お主、隠しもせずによく喋るのう。」
ここまで砂魔奈に疑わしい発言は無い。すべてを鵜呑みにして良いかは分からないが、少なくとも罠に嵌める気はなさそうだ。
「別に・・。私は法師に対しても忠誠心は無い。私が好きなのは浮乃だけ・・・。」
その言葉が嘘でないことは分かる。彼女にとって浮乃だけが心を許せる存在だったのだろう。
「・・・・。」
(おそらく浮乃の命を奪ったあの男に対しては殺意を持っているだろう。法師を義理立てする意味は無いと言う事か。それにしても、『人形』に『法師』・・。まさか向こうからやって来るとはな。)
「ただいま。」
扉を開け、菊花が現れる。鳴女のジュースを飲み、喉を潤す。
「ふーっ。回収してきたよ。ほら、こいつが本体。そして溶液。」
緑色の溶液が入った小瓶をテーブルの上に置く菊花。
「なんじゃ?これは。」
「あいつの体に埋められた本体とそれを形成する溶液だよ。流派によって中身が違うから調べれば分かるだろ?こっちはほら、お前にやるよ。」
手に持っていた金属を砂魔奈に手渡す。それを受け取った砂魔奈の表情が変わる。
「これ・・・。」
手渡されたのは小さなイヤリング。
「解けた溶液から出て来たんだ。お前にも同じものが埋め込まれてるんだろ?考えてみれば妖気を共有していたんだ。媒体も同じものでなければおかしいもんな。」
「あの・・・」
「ん?」
「ありが・・とう。」
「い、いいって。仕事なんだし。ついでだよ、ついで。」
「なんじゃ菊花。お主、照れておるのか?人に感謝されることは少ないからな。まあ、無理も無いか。」
「んだとてめえ!!」
「よさんか二人とも!!」
二人を一喝する婆様。声に驚き、動きを止める麻姫と菊花。
「まったく・・・。とりあえず事情は分かった。正直、謎が多すぎる。敵の正体はこちらで調べてみよう。菊花、お主は街を見張れ。何かあったらすぐに知らせるように。決して深追いはするな。」
「はい・・。」
「鳴女と姫様は正樹の護衛を。学校はしばらく休んだ方が良かろう。」
「家はどうします?本名がバレてるならば、あの家には住めないと思いますが。」
「うむ・・かと言ってここ以外にあても無い。周辺に民家の少ないこの家よりもマンションで暮らした方が良かろう。鳴女を正樹の家に住まわせ、護衛を強化する。良いな?」
「はい・・。」
「話はここまでだ。各自、気を付けるように。連絡は怠るなよ。」
1時間後、正樹たちは帰宅し、室内には婆様と菊花が残る。
「砂魔奈は?」
「泣き疲れたのでしょう。2階の部屋で寝ています。それより婆様。法師の正体ですが・・・。」
「うむ。おそらくは『人形法師』の仕業じゃろう。我々、妖怪の間でも知る者は少ないがな。生死も不明な男だが、まさか正樹の核を狙うとは。」
「『人形法師』と言う名も他人が付けた通り名だとお聞きします。その姿を見た者は数少ないと言われていますが。」
「私も半信半疑だ。だが、この男が絡んでいる可能性は高い。こっちの溶液を調べてみてじゃな。」
「・・・・。」
その時、かすかに怒りに満ちた顔を浮かべた婆様を鳴女は逃さなかった。『二人の間に何かある』。そう感じていた。
「へえ・・。こいつがあんたの新しい作品かい。」
「ああ。自信作だ。剣に長けていて中々の戦力になる。」
「・・・・・。」
華奢な体に生気の無い目。こちらに対して興味も疑念も抱いていないのだろう。溜息を吐き、視線を法師に向けるアビシラ。
「人形を作るのも大事だけど、そろそろこっちも動いていいかい?体が鈍って仕方ないよ。」
「言っておくがこいつはただの人形ではない。『蘇生傀儡』と言って死者を蘇らせる高度な術だ。」
「と言う事は、あれかい?この前、採掘した男がこれかい?何百年も前に死んだ神を蘇らせるとは、やるねえ。」
男の全身をジロジロと見つめ、その出来に感心するアビシラ。
「遺骨が手に入ったのでな。骨が本体の記憶を覚えているのでそれを引き出し、妖気とは別の核を形成する。そこから脳を再現できれば、後は簡単なものだ。」
「へえ・・。さらりと言っているが凄い術なんだろ?惜しいねえ。こんなこと出来る妖怪なんて見たことも無いよ。今からでも妖怪達と仲良くしたらどうだい?」
「・・・他人と接するのは好きではない。」
「ふっ・・。まあ、無理にとは言わないけどね。それより浮乃が死んだんだろ?殺したのはこいつらしいが。」
親指で男を指すアビシラ。それに対し、男は沈黙を続ける。
「情報が漏れるのを防ぎたかったのでな。聞いたところによると砂魔奈は逃したらしい。あいつが黙秘するとは考えられない。いくつかの情報は流れているだろう。」
「この場所も?」
「心配するな。行き来は浮乃に任せていた。奴らがこの場所にたどり着くことは無い。」
「砂魔奈はどうする?放っておくのかい?」
「殺せるなら殺せ。奴は浮乃と居てこそ力が発揮される。浮乃が居ない今、あいつはただのガキだ。」
「・・・了解。さて、私もそろそろ動くよ。戦力は削っておいた方がいいだろ?」
「好きにしろ。くれぐれも男は殺すなよ。」
「分かってる。契約は覚えてるよ。」
そう言い残し、部屋を後にするアビシラ。乾いた唇をベロで拭いながら頭の中で妄想し、笑みを浮かべる。
「・・・楽しみだねえ。」
・・・次の日。
「・・・・。」
教室に並べられた机と椅子。それぞれいつも通りに生徒が使っている中、主を失った席が2つ。誰もいない空席を見ながら物思いにふけるカッキー。
「正樹と高瀬さん、どうしたんだろ?偶然かな?」
仲の良い二人が同じ日に欠席。特に中学から皆勤の正樹が休むなんて珍しいことだった。心の中で『まあいいか』と結論付け、普段とは少し物足りない一日を過ごす。
「『護衛しろ』と言われたが、何もしないのも苦痛じゃのう。」
「お前、いつも寝てるだろ。」
定位置のソファに寝転がり、ダラダラと漫画を読む麻姫。
「調査から外れてますから私たちは基本やることがありません。ですが姫様、いつもこんな格好で暮らしているのですか?」
『ドキッ・・』
鳴女に言われ、鼓動が早くなる。しばらく一緒に暮らしていなかったため、口煩さを忘れていた。
「そ、そんなことは無い。ちょっと飯を食って体が満たされたからくつろいでおるだけじゃ。」
「そういう意味ではないのですが。・・まあ、今はそんなことを言っている場合じゃありませんか。」
溜息を吐き、麻姫に呆れる鳴女。
「とにかく危機感は持ってください。敵が上品に玄関から来るとは限りません。」
「分かっておる。」
そういうと再び読みかけのマンガに手を伸ばす麻姫。ダラダラとする彼女を見て再び呆れながら溜息を吐く。
「ただいま。」
疲れた声を吐きながら三橋商店に入る菊花。
「おかえり。早かったね。向こうで休んで来ればよかったのに。」
瓶詰の溶液を届けるため、郷へと戻った菊花。その足を飛ばし、僅か10時間で戻ってきた。
「日が昇ってしまうと目立ちますから。それにしても人間の文化は栄えましたね。昔はこんなに光は無かったのに、今は夜でも眩しくてしょうがない。あ、そうそう婆様。溶液ですが、どこの流派にも当てはまらないらしいですよ。」
「・・・早いね。もう解析されたのかい?」
「いえ。色が当てはまらないらしいです。緑を使う流派は存在しないとか。大抵は妖気の混じった紫に近い色が多いのですが、あのような濃い緑は見たことが無いらしいです。解析班も『仕事を別にしても気になる』と興味津々でした。」
「うむ。となると、法師の可能性が高くなるな。」
「・・・おそらくは。」
「ご苦労。奥の部屋に布団があるからゆっくり休みなさい。」
「すみません。そうさせてもらいます。」
疲れた様子で奥の部屋へと向かう菊花。その背中を見送ったのち、再び考え込む婆様。
「・・・人形法師。なぜ正樹の事を知っている。」
人形を作る者として、正樹の核に興味を持つのは分かる。だが、なぜ奴が正樹に核があることを知った?自分で見つけたのか?それとも・・・。
(情報が漏れた?)
可能性を探る。もともと一部の妖怪しか知らないため、郷でも重鎮しか知らない情報。それが、外界との関わりを絶った人形法師に伝わることがおかしい。
「・・・・。」
(可能性としては鳴女と正樹の会話を聞いたものがおる。もしくは姫様がベラベラと喋った。いや、いくら姫様でも人間に妖怪の話をするほどマヌケではない。とすると、前者の可能性が高い。・・・つまり、正樹の近くに居る奴が犯人。)
状況を見直し、疑問が生まれる。それを消していき、最後に一つの仮説が残る。
「学校に戻れと?」
携帯で婆様と電話する鳴女。
「そう。仮説ではあるが、お前たちの通う学校に法師と繋がっているスパイが居る可能性がある。姫様も連れて行くが良い。妖術が役立つであろう。」
「姫様も?」
「言っておくが、『連れて行く』と言っても人間の姿ではない。猫の姿で遠い場所から生徒の心を探れ。」
「そんな無茶な・・。」
「すまぬが時間が無い。多少の無茶は受け入れてくれ。明日の護衛は菊花を向かわせる。」
「・・・はい。」
電話を切り、考え込む鳴女。確かに正樹の情報が人形法師に伝わるのはおかしい。だが、敵がいつ攻めてくるかも分からない中で護衛を手薄にして『学校に行け』と言うのも危険だ。
(せめて、何らかの成果を出さなければ。)
「・・・頼むぞ、鳴女。」
受話器を元に戻し、深刻な様子の婆様。そこに雨音が姿を見せる。
「おばあちゃん、お腹すいた。」
「おお、すまぬな雨音ちゃん。」
雨音の声で我に返る婆様。壁掛け時計に目をやると、いつもの食事時間に近づいていた事に気付く。
「いかんいかん。夕食の準備が遅れたな。もうちょっと掛かるから我慢しとくれ。」
「もう。砂魔奈ちゃんもいるんだからね。お腹すいたよね?」
「私は別に・・・。」
雨音の問いかけに対し、どうすればいいか分からず困った様子の砂魔奈。
「ふふ・・。砂魔奈ちゃんも雨音に連れまわされ疲れたじゃろう?もう少し待っておれ。お婆ちゃんがおいしいご飯を作ってやるからな。」
力こぶを作り、『まかせろ』とアピールする婆様。
「それまでは居間で遊んでなさい。」
「はーい。行こ?砂魔奈ちゃん。」
「う、うん・・。」
手を繋ぎ、居間へと向かう二人。屈託のない笑顔を見て少し癒される婆様。
「どれ、夕飯を作るとするか。」
・・・次の日。学校に戻り授業を受ける鳴女。いつも通りの生活ではあるが、昨日の婆様の言葉が払拭できないでいる。
『学校にスパイがいる。』
(この学校に法師と繋がっている人物が・・・。確かに人との接触を嫌う人物が池村様の核を知っていることはおかしい。協力者がいるとは思うが、本当にこの学校に?)
ペンが進まず、真っ白なままのノート。ふと視線をノートから窓の外へと向け、麻姫の事を心配する。
「頼みますよ。姫様。」
・・・その頃、麻姫は。
「授業が始まると、ほとんどの生徒が一か所に集まっておる。学校と言うのはまとめて調べるには都合の良い場所じゃな。」
誰もいない屋上で静かに目を閉じる麻姫。意識を下の階に居る生徒に集中する。
(多少、離れておるからな。調べるのは少し苦労するかもしれぬが仕方ない。)
微量の妖気を対象の教室に張り巡らせる。妖怪ですら気づくかどうかの僅かなもの。それを生徒一人ずつの体に接触させる。
(この妖気は妾の体と同じ。生徒の体内に入り込んだ瞬間に大抵の事は読み取れる。それに、妖気が触れた瞬間に反応を見せる者もおるやもしれぬ。)
地味な作業を続ける麻姫。順番に続けていくが、成果は出ない。2限目の授業が終わり、一息つく。
「ふーっ・・。こう妖術を使い続けるのも骨が折れるのう。」
家から持参した麦茶の入ったペットボトルに口を付ける。初夏と言うにはあまりにも暑い日差しが集中力を奪っていく。
「むう・・。もう少しもって来れば良かったか?一応、あと一本あるが・・・。それにしても授業中じゃと言うのに、授業と向き合っておらぬ生徒ばかりじゃのう。特に男子はエロい事しか考えておらぬ。授業中におっ立ておって。心を探るだけで妊娠しそうじゃ。」
真面目に授業を聞いていない生徒に呆れる麻姫。そして、3限目の始まりを告げるチャイムが鳴り響く。
「お、始まったか。さて、続きをやるかのう・・。」
両手を上げ、ノビをする。そして再び地道な作業が始まる。
一方、池村家。代わりに護衛に来た菊花と談笑する正樹。
「あいつ、真面目にやってるかねえ。集中力が無いから。」
冷えた麦茶を飲みながら麻姫の心配をする菊花。護衛とは言っても一緒に居るだけで、菊花の仕事もたまに千里眼で街を観察する程度。はっきり言って暇である。
「そんなに気になるなら千里眼でみたら?」
「別にそこまでじゃねえよ。さすがに任務を放って遊ぶほど・・・。」
そこで口を止める菊花。最後の言葉がどうしても言い切れず黙り込む。
「・・・『馬鹿じゃない』とも言い切れないと。」
「あ・・ああ。」
正樹が代弁する。
「千里眼では心の中までは見れない。あいつしか出来ない術だからね。あいつに任せるしかないんだけど。」
「それでも凄い能力だと思うけど。妖術ってのは本当に凄いな。俺も頑張れば何か使えたりするのか?」
「・・・使えるとは思うが時間が足りないね。私が千里眼を覚えたのも天狐になってからだ。狐が1000年経ってようやく天狐になることが出来る。易々と覚えられる代物じゃない。」
「1000年!?そんなにかかるの?」
「妖気を得るのに時間が掛かるんだ。他の生物が今の正樹にたどり着くのだって300年はかかるよ。」
「寿命が足りねえ・・・。」
「ふふっ・・。でもそこからは妖気の扱い方だから難しくも無いけどね。それに戦力となるには妖術だけじゃ無理。やはり体術も無いと。」
「う・・うん。」
考えを読まれていたか、気の抜けた返事をする正樹。戦力とは言わないまでも自分の身を守るために役立たせようと考えていた。護衛を付けられ、守られ続けるのも情けない話である。
「まあ、正樹は巻き添え食らってんだ。無理に妖術を覚えようとせずに逃げることを考えな。男だから戦いたいのも分かるが敵の狙いはあんたの核なんだから。」
「その核なんだけど、取り出すのってさ・・・。」
「法師があんたの安全を考えるとは思えないね。体内にある物を取り出すんだ。死を意味すると考えた方がいいだろう。」
「・・・・。」
予想はしていたがこうもはっきり言われると次の言葉が出てこない。引いてしまった正樹を見て小さく笑う菊花。
「ふふっ。だから下手に戦うんじゃなくてあんたの能力を生かしな。あんたの感知は私たちを上回っているんだから。基礎の能力だけど、それだけでも十分・・。」
「・・どうした?」
何かを言いかけ、黙り込む菊花。そして、不敵な笑みで正樹を見つめ、言葉を発する。
「ねえ、基礎的な術を覚えてみる気はない?」
「・・・掘り起こされた後がある。やはり菊花達が会ったのはこいつか。」
婆様が訪れたのは音神神社。三橋商店のすぐ近くにありながら、あまり来たことは無かった。そこで何者かが石碑の周辺を掘り起こした形跡を見つけた。
「・・音神の墓。やはり法師が使ったのはこれか。『剣術』『神』と来れば外すことは出来ぬからな。人形使いならば死霊魔術に長けていても不思議ではない。法師となれば尚更か。」
『ジャリ・・』
「!?」
人の気配を感じ、振り返る婆様。そこに居たのは一人の中年男性。黒いジャージを履き、白のTシャツと、ラフな格好で現れた男は婆様に一瞬目を向けた後、拝殿前に吊るされた鈴を鳴らし始める。
「・・・・。」
突然現れた参拝客。警戒しながら場を離れようとする婆様。『パンッパンッ』と拍手を2回して、願掛けをする男。そして、男はゆっくりと顔を上げる。
「良い神社ですね。」
婆様に顔を向け、男は呟く。
「・・・そうですね。」
突然話しかけられ、差し障りのない返事をする婆様。
「私が生きていた頃はこの様な神社を立てるのも大仕事でしたから。時代は変わりましたな。」
「お主・・。」
容姿とは結びつかない言葉。口元を微かに緩ませ、男は言葉を続ける。
「今日の目的は参拝です。私の為に神社を立ててくれたと言うのでね。せっかくですから見て回ろうと思いまして。」
「そなたは剣術に長けていると聞く。丸腰の今ならこちらに分があると思うが?」
「試してみますか?」
二人の間に冷たい空気が生まれる。しばらくの沈黙の後、息を吐き警戒を解く婆様。
「やめよう・・。どうやら嘘はなさそうだ。」
(ここまで堂々とされると戦う気力が失せる・・というより、実際に自信はあるのであろう。少なくとも人が駆けつけるまでは生き残る自信があると言う事か。)
「・・・そうですか。では、私はこれで。まだ行くところがありますので。」
婆様に頭を下げた後、鳥居の方へと向かう。
「雨音神社か?」
ピタリと足を止め、背を向けたままの男。
「・・・あそこには娘の亡骸が眠っていると聞きますので、供養にと。」
「墓参りには良い天気だ。娘さんも喜ぶだろう。だが、あそこまでは少し遠い。夏とは言え日が暮れるのはあっという間だ。早めに行くと良い。」
「・・・そうですね。私には時間がありませんので。それでは。」
そう言い残し、神社を後にする。一人取り残される婆様。男が吐いた一言が胸に沁みる。
「・・・『時間が無い』か。所詮、死者は死者。体を手に入れても偽りにすぎぬ。しっかりとした記憶を持ちながら、それでも生を与えられたことに対して忠義を尽くすのか。」
「ういー。ただいまー。」
適当な挨拶をしながら部屋へと入る麻姫。愛しかったソファに体を預け、来ていた上着を脱ぎ捨てる。
「おかえり。どうだった?学校は。」
「ん?平和なもんじゃぞ。さすがにあの人数を調べるのは疲れたわ。」
「それで・・どうだった?」
二度目の『どうだった?』。一度目の答えが満足行くものじゃなかったと察する麻姫。不安げな正樹の顔から、聞きたかった答えに気付く。
「・・安心しろ。カッキーは敵ではない。エロい事しか考えておらんだわ。」
「ははっ・・・。」
その言葉を聞き少し安心する。
「正樹のクラスからは誰も出なかった。それにしても男子と言うのは性に対する興味が半端無いのう。4人に一人が発情しておったわ。」
「まあ高校生だし。・・・『クラスからは』?」
麻姫の言葉が引っかかる。自分のクラスからは誰も出なかった。という事は・・・。
「2人、妖気に反応した生徒がおってな。一人は・・・ほれ、あの剣道娘。」
「日々川先輩?」
「そう。以前、妖気を覚えたからな。反応してもおかしくは無い。」
「じゃあ、もう一人は?」
「・・・沢渡 綾。」
『ピンポーン』
インターフォンに呼び出され、玄関を開ける正樹。そこに居たのは。
「よお。」
ビニール袋を手に下げ、学生服姿で訪れたカッキー。
「元気そうだな。バイト帰りだからさ。ちょっと寄ってみた。これ、おみやげ。風邪だと思ったから揚げ物は少なめ。あんまり気の利いたものは入ってないけど少しなら食えるだろ?」
袋を正樹に渡し、照れを隠す様に鼻の下をこするカッキー。
「ありがと・・・。」
「気にするなよ。学校に顔出さないから寄っただけだし。体調の方はどうだ?」
「うん。大丈夫。まだ完治はしてないけど、もう暫くしたら行けるから。」
「そうか・・・インフルか何かか?」
「え?ま、まあな。まだちょっとつらくってさ。」
「そうか・・・。高瀬さんもこの前、休んでさ。流行ってんのかな?大丈夫ならそれでいいんだけど。」
そう言うと帰ろうとするカッキー。それを見た正樹が反射的に呼び止める。
「あ、あのさ。カッキー。」
「ん?」
「その・・・。綾の様子はどうだ?」
「綾?ああ、沢渡か。どうした?」
「い、いや。別に。ただ聞いただけ。」
「『どうだ』も何も、クラスも違うのに知ってるわけないだろ。部活に勤しんでいるんじゃね?」
「だよな・・・。」
「・・・気になるのか?」
「い、いや・・聞いただけ。」
「・・そうか。まあ、元気になったら顔出せよ。無理しなくていいからさ。じゃあな。」
「ああ・・ありがとな。」
傀儡について。浮乃と砂魔奈は別々の体でありながら核は二個で一つの品だったため、信頼関係が強く、妖気も共用できたという設定です。ちなみに砂魔奈のモデルは妖怪の「ザントマン」です。「マン」と言う事から普通は男だと思いますが、元から少女を起用する予定だったので自然と今の形になりました。




