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猫又姫の居候生活  作者: makimaku
14/20

雨音神社 再び

やってきたのは街を一望できる常根山。地元を一望でき、町おこしの一環として展望台が10年ほど前に作られたが、日の利用者がどれくらいなのかは地元民でも知らない。正樹自身もここへ来たのは数回程度で、この施設のおかげで街が潤ったと思う町民もいないだろう。

「さ、さみい・・・。」

 すっかり夜になり、両腕をさする正樹。

「我慢しな。帰りは運んでやるから。」

「それで、俺は何すればいいんだ?」

「説明しただろ?妖気の探知に関しては、お前の能力は優れている。この町全体を見回して、妖気を感じた場所を教えろ。」

「いや、それは聞いたけど・・・。ここから?」

 山の上から夜景を見下ろす。別の機会で訪れていたなら『綺麗ね』とでも言っていただろう。

「そうだ。あんた、昨日私が近づいている事に気付いていただろ?しかも大分遠くから。それが出来るならこれくらい朝飯前だ。」

「そんな、決めつけなくても。第一、上空何て飛んでれば変に思うし・・・。」

「いいからやるんだ。」

 正樹の意見を聞かない菊花。言われるまま、展望台の手すりに手を掛け、街を凝視する。そしてゆっくりと目を瞑り、意識を集中する。

「・・・・・。」

 『パリパリ・・』と意識の中で弱い刺激を感じる。麻姫の妖気、鳴女と婆様、雨音の妖気、そしてすぐ後ろでは菊花の妖気。この町に住む妖怪の妖気を感知する正樹。

「・・・結構いるな。」

「どうだい?何か不可解なところはあったかい?」

 緊張を解く正樹。そして、街を指さし、菊花の問いに答える。

「マキと婆様の住んでいるところを除くと、感知できるのは数か所。あそこの辺り・・とあそこ。」

「ほら、地図を使いな。」

 地図を差し出し、いくつかの印をつける。大まかな場所ではあるが、そんなに間違っては無いと思う。

「・・ここか。どれ。」

 目を閉じ、集中する菊花。千里眼で正樹が印した場所を見る。

『・・・・。』

(こいつは違う。ただの低級妖怪。・・・なら、こっち。これも違う。)

 1つ2つと潰していく。正樹の印した場所には、確かに妖怪がいた。だが、どれも名の無い低級妖怪ばかりで成果は上げられない。

(?・・ここは。)

 ある場所で菊花の動きが止まる。そこは川沿いに建てられた古びた神社。誰かが居るわけではない。だが、妙な違和感を覚える。

「地図を見せな。」

 正樹から地図をもらい、さっきの場所と照らし合わせる。

「この近く・・・これか、雨音神社。」

「雨音神社?なにかあったの?」

「いないんだよ。誰も。」

「そりゃ、こんな時間だし。」

「違う。妖怪もいないんだ。なのに妖気を感知するって、変だと思わないかい?」

「・・・そこって雨音ちゃんが眠っていた場所だよ。その時の妖気が残ってたとか?」

「そんなもん、すぐに消えちまうだろ。とにかく調べてみる必要があるか。」

(ほかに手がかりが無い以上、ここを探すしかないか。)

 しばらく考え込む菊花。正樹の印した場所には確かに妖気の原因があった。だとすると、ここにも何かしらの原因があると推測する。

「よし、ありがと。やってみて良かったよ。」


「ただいま。」

「うむ。遅かったのう。菊花に拉致られたとか聞いたが。」

 ソファにくつろぎながらテレビを見る麻姫。やつれた顔の正樹を見て、それなりに何かあったと察する。

「まあ・・ね。」

 冷蔵庫に向かい、ジュースをコップに注ぐ。先ほど体験した恐怖が頭から離れない。山の上で『背中に乗りな』と言われ、自分をオンブすると突然、菊花は上空へと浮き上がった。その時、下を見たのがいけなかったのだろう。あまりの高さに縮こまり、着いたときには全身から力が抜けて数分間立つことが出来なかった。

「どこへ行ってきた?」

「えっと・・。」


「・・ほう。雨音の居た神社になにかあると。」

「ああ。なんか引っかかるらしくって。」

「それにしてもお主に協力を要請するとはのう。感知に関しては余程優秀らしいのう。菊花が認めるなど、珍しいことじゃ。」

「初めてやったよ。山の上から見下ろして妖気を探すなんてやり方。」

「実際に目の前に映した方がやりやすいからのう。地図を前にして思い浮かべるやり方や、今日やったように一望できる場所からのやり方など、様々じゃ。まあ、町全体を調べるとなると、そのやり方が一番適しておるであろう。」

「なるほど。遮るものを無くし、思い浮かべると良いのか。」

「それよりも興味があるのう。行ってみぬか?」

「『行ってみる』ってもしや・・・。」


・・・1時間後。麻姫と正樹は雨音神社の入り口に居た。細い道が下へと続き、数メートル先が見えない。

「久しぶりじゃのう。ここに来るのも。」

 耳を澄ますと聞こえる川の音。夜の自然と言うのは結構怖いところがある。闇に覆われ、夜風が強い山の上とは違った寒さが肌に触れる。

「どうじゃ?正樹、妖気は感じるか?」

「・・・感じる。」

「ふむ。どうやらお主の感知はかなり優れておるらしいのう。妾も確かに感じるが、これを遠くから感知したとは。」

「でも変だよ。この妖気。」

「うむ・・。」

「なんか、妖怪から漏れているとかじゃなくて、農薬の様に散布している感じがする。この下一帯を弱い妖気が包んでいる。」

 正樹の言葉に頷く麻姫。二人が感じた異様な妖気。それは個人の物ではなく、広範囲に張り巡らされたもの。

「これも妖術の一つじゃ。侵入者を探知する警報か。それとも体に害を及ぼす毒か。行ってみなければ分からん。」

「毒って感じはしないけど。どちらかと言うと癒される感じがする。それより・・・行くの?」

「当たり前。」

 『ふふん』と鼻で正樹を笑う。鳥居をくぐり、神社へ続く道を歩く麻姫。そして、薄い妖気の中へと入る。

「・・・体に害を及ぼす物では無いな。正樹の言った通り、どうやら攻撃に使う術ではないらしい。それに妖気が張り巡らされてると言う事は、この場所はどうやら当たりらしいな。」

 妖怪が居ると確信した麻姫は髪飾りを妖刀に変え、大薙刀を構える。

「お客さんか・・。どうやらやる気らしいな。」

 賽銭箱の前に腰掛け、笑いながらこちらを見る中年の男。外見からすると、おそらく40歳前後だろうか。古風な紺色の着流しを身に纏い、それよりも異様なのは右手に持った身の丈ほどの長い棒。

「お主、妖怪か?ここで何をしておる。」

「おいおい、来たのはそっちだろ?」

 へらへらと笑いながら男は立ち上がる。

「妖気を張っていれば、それに気付いた奴は足を運ぶだろう。お前らは俺らの罠に見事引っかかったわけだ。」

(『俺ら?』)

 男の言葉に疑問を持つ正樹。目の前に居るのは男一人。だが、男は『俺ら』と口に述べた。それはつまり、他に協力者がいると言う事。

(言葉のあやだろうか?もしかしたらこの場にもう一人いるのかも。)

 失言に気付いた様子もなく、男は言葉を続ける。

「この妖気に気付いたってことは並みの妖怪では無いな?特に男の方。内部に馬鹿でけえ妖気をもってやがる。てめえか?『池村正樹』って男は?」

「え?」

「貴様、なぜその名を知っておる?」

 正樹と麻姫に緊張が走る。動揺する二人を見て笑みを浮かべる男。

「その顔。何か知っているな?もしや、そこの少年が池村正樹か。」

「こちらの質問に答えよ!なぜ正樹の名を知っておる?」

 薙刀を構え、怒鳴り声をあげる麻姫。迫力に怯む様子もなく、ヘラヘラと笑う男。

「うるせえな。俺の名は教えてやる。俺の名は浮乃。それ以上先は、俺を倒してからにしな!!」

 突進し、突きを繰り出す。高速の一撃だったが、距離が遠かったことから麻姫に見切られ、躱される。

「あめえ!!」

「!!」

 躱したと同時に棒を返し、次の一撃が放たれる。間髪いれない攻撃だったため、棒が麻姫の顔面を捉えた。

『バシィイ!!』

「ぐっ!!」

 間合いを取ろうと後ろに跳ぶ麻姫。同時に一撃を繰り出すが浮乃の棒に防がれる。『キィン!!』と金属同士がぶつかったような音を残し、再び硬直する浮乃と麻姫。

「へえ・・やるじゃねえか。」

「クソッ。」

 鼻血をふき取り、血の混じったタンを吐き出す。

「せっかちな奴じゃ。こちらの名を教えておらぬというのに。妾の名を教えてやろう。我が名は麻姫。正樹に害を与えようとする奴は、妾が許さぬ!!」

「へえ・・。おもしれえ。砂魔奈!!」

 突然、闇に向かい大声を上げる男。浮乃の声と同時に周囲に異変が起こる。霧が固まり光沢をもつ黒い膜が辺りを囲む。

「これは・・妖術。」

「お前ら逃げれねえぜ。この中に閉じ込められたが最後、俺たちの許可なく出ていくことはできねえ。ガラスみたいだろ?だが傷一つ付けることはできねえぜ。」

 ドーム状の膜に囲まれ、完全に逃げ場がない。膜に近寄り薙刀を振るう麻姫。

「妖気を帯びておるならば、妾の一撃で!!」

 妖気を絶つ斬撃。麻姫の目論み通り薙刀の刃は膜を切り裂く。だが、一瞬でもとに戻り、再び元の状態へと戻る。

「・・・なんじゃこれは。まるで水を切っているかの様じゃ。」

「無駄だ。この霧すべてが砂魔奈の妖術。何をしたか知らねえが、たとえ傷を付けたとしてもこの霧が一瞬で傷を修復してしまう。分かっただろ?お前らに逃げ場はねえ。」

「く・・・。」

(完全に閉じ込められた・・。)

 男が言うように逃げる術がない。ならばとるべき方法は一つ。距離を詰めてくる男に対し、薙刀を構え、攻撃の意思を見せる。

「そうこなくっちゃ。おもしれえ。やっとやる気になったか。」

 再び突進し、攻撃を仕掛ける男。だが、先に仕掛けたのは麻姫。男が間合いに入った瞬間、斬撃を繰り出す。その一撃を棒で防ぎ、攻撃を仕掛けようとするが、浮乃の思惑どおりは行かず、続けて柄での攻撃が繰り出される。

「ちっ・・。」

(はええ。棒術とよく似てやがる。こいつは余計に負けるわけにはいかねえな。)

『キィン!!キィン!!!』

 あたりに金属音が響く。一本の棒と一本の薙刀。クルクルと自分の得物を操り攻撃を仕掛けるが、お互いに一歩も引かず五分の展開が繰り広げられる。

『カキィィイイイン!!』

「やるじゃねえか。」

 大きな音と共に離れる二人。そして、距離を取ると同時に笑みを見せる男。

「お主もな・・・。」

(隙を見せればやられる。薙刀によく似た武術ゆえ、まるで自分を相手に戦っておる様じゃ。あの棒も妖気を張り強化しておるため、傷一つ付けることが出来ぬ。)

 息を整え、自分のリズムで動く男。麻姫の間合いを測り、再び距離を詰めようとする。

「さて、様子見はここまでだ。楽しみたいところだが、勝負を付けさせてもらうぜ。」

「!!」

 周りの霧が彼に集まり、浮乃の妖気が膨れ上がる。

「どういう事じゃ?霧が力を与えておるのか?」

 突然の現象に動揺する麻姫。明らかに霧が原因で浮乃の妖力が増した。本来、妖気は指紋と同じように一人一人違うため、他人の妖気を増幅させる事は出来ない。だが、霧は浮乃の妖気を増幅させた。

(こやつの術か?)

 術らしい術を見せない男。浮乃の術である可能性も存在する。だが、男の言葉はそれを否定していた。『この霧すべてが砂魔奈の妖術だ』。浮乃が口にした時から気になっていた言葉。つまり、浮乃とは違う他者の存在。

(もう一人いる。だが、気配が感じられない。隠れているのか?)

 他者の存在を警戒しながら身構える麻姫。

「軽いねえ・・・体が軽い。悪いな嬢ちゃん。あんたも相当の手練れだと思うが、相手が悪かったな。決めさせてもらうぜ。」

 麻姫の間合いに飛び込む浮乃。同時に斬撃を繰り出す。再び金属音が響き渡る。だが、その数は先ほどよりは少ない。

『バチィ!!』

「ぐっ!!」

『キィン!!キイイン!』

浮乃の攻撃をいくつか食らう麻姫。対処できなかった攻撃が彼女の体を捉える。

『ぼこぉ・・』

「ぐぶっ・・」

 鈍い衝撃が腹部に伝わる。突きが腹にめり込み、ゆっくりとダメージが広がる。

「がはっ!!」

「マキっ!!」

 麻姫の名を呼ぶ正樹。倒れ込みながらも必死に起き上がろうとする麻姫だったが、今の一撃が足に伝わり、うまく立つことが出来ない。窮地に追い込まれた麻姫を見て焦る正樹。だが、彼では浮乃に勝つ事は出来ない。

「なにか、俺に何かできることは・・・。」

(俺が優れてるのは『感知』する事くらい・・。だが、そんな能力がいま、何の役に立つ。男一人にやられてるってのに。)

『男一人?』その瞬間、正樹の頭に一つの疑問が生まれる。男の言動は何度ももう一人の存在を示唆していた。そして、『この霧すべてが砂魔奈の妖術』とも。だが、閉じ込められるまで周辺に男以外の妖気を感じなかった。ならば『砂魔奈』という妖怪はどこに居る?

 疑問が答えに結びつく。

「マキッ!!もう一人は霧だ!!」

「!?」

「その霧が本体なんだ!!そいつ以外に妖気は感じられない。」

「っ!!小僧。」

 正樹の言葉に動揺する浮乃。

「なるほど・・と言う事は、お主。妖怪では無いな。」

 自分の推測と正樹の出した答えを結びつける。妖怪ならば妖気を他の妖怪に分けることはできない。だが、妖気を持ちながら分け与える方法が一つある。それは・・。

「傀儡か。」

「・・正解。俺と砂魔奈は人形さ。ある人物に作られた人形。」

 『傀儡』。つまり、操り人形。術者によってつま先から頭まですべてを作られた存在。当然、核も術者が用意する。

「おそらく同じ人物が核を作ったのだろう。それ故、妖気が同じと言う事か。」

「なかなか頭が働く奴らだ。よく見抜いたな。」

「術を見ていればわかることだ。最初から嘘は言ってなかったわけか。」

「嘘?何のことだ?」

「・・・気付いてなかったのか?お主、先ほどからベラベラと砂魔奈とか言う奴の存在を喋っておったが。」

「何!?」

 自分のセリフを思い返すが心当たりが全くない。

「・・・だが、お前らに逃げ場がないのは事実。この状態で打開策があるのか?」

 再び口元を緩ませ余裕の表情を見せる浮乃。彼が言うように閉じ込められ、逃げ場はない。

「逃げることも助けを呼ぶことも出来ねえ。この術の中でお前らに逃げ場はない。」

 霧を吸収し、妖気を吸収する浮乃。まともに戦っても不利、妖気を断っても効果なし。彼が言うように追い込まれていることは麻姫も感じていた。

(・・この神社で戦う奴とは相性が悪いようじゃな。こんな強敵と会おうとは)

 奥歯を噛み薙刀を構える麻姫。一撃を与える可能性に賭ける。

「・・そうかな?」

 浮乃に恐怖しながらも言葉を投げかける正樹。その瞬間。

『パキィッ!!』

「!?」

「あの結界、妖気は通らなくても電波は通すみたいだな。」

 音を立て、結界の一部が破壊される。結界を壊したのは無機質な黒い球体。そして、亀裂が広がり一瞬で結界が消滅する。

「やれやれ・・。初めてのメールが応援要請とはね。しっかりしな、馬鹿姫。」

「き、菊花。」

「何もんだ?てめえ。砂魔奈の結界を壊すなんて。」

「私かい?私の名は菊花。あんた、何があってこいつらを襲う?この町に何の用だ?吐かないなら痛い目見るよ。」

 菊花の周囲に幾つもの黒い球体が現れる。妖気を帯びたその球体は菊花を守るようにプカプカと漂いながら彼女の指示を待つ。

「菊花!その霧を何とかしろ!!そいつがその男に力を与えておる。」

「霧?・・なるほど、妖気を帯びてやがる。こいつは千里眼だけじゃ分からないはずだ。正樹の感知はこいつに反応してたのか。理由は知らねえが、こいつを消し去ればいいんだな?」

 球体を放り投げる菊花。球体が霧を吸い込み始め、周囲に充満していた霧が晴れる。

「な!?」

吸い込まれていく霧を見て焦る浮乃。徐々に場の妖気も薄れていく。

「焦ってるね。余程この霧が重要らしいな。私の術は甘くないよ。この程度の妖気ならばすぐに消し去ってやるよ。」

「く・・戻れ、砂魔奈!!」

 霧が一か所に集まり、少女に姿を変える。

「はあ・・はあ・・・はあ・・。」

 菊花に妖気を吸い取られ、発汗し、息を切らす少女。雨音と同じくらいだろうか。霧の正体が少女だった事に驚く正樹。

「・・・女の子?」

「正体を見せたな。これだけ疲労しておれば、奴に妖気を提供することも出来まい。」

「さて、どうする?こっちは逃がす気も無いけどね。」

「くっ!!」

(この女、何者だ?簡単に砂魔奈の結界を破るとは並みの妖怪ではない。)

「観念しな。大人しく投降すれば多少の怪我で勘弁してやるよ。」

「ふざけんな!!」

 棒を握りしめ突進する男。菊花を囲む球体が動きを止め、男に放たれる。

『ドゴオオォォオン!!』

「ぐうっ!!」

 爆風が巻き起こる。直撃こそ回避したが、地面に打ち付けられ全身を強く打つ男。

「麻姫!!妖気を断ちな。」

「し、しまっ・・。」

 男の背後で薙刀を振り上げる麻姫。菊花の命令に従い、薙刀を振り下ろす。

「がはっ!!」

 妖気を断たれ、苦しむ男。核を掠めたことにより、一時的に体の自由がきかなくなる。

「く・・くそっ・・。」

 糸の切れた人形のように力無く地面に突っ伏す男。体に力を入れようとするが、小刻みに震えるだけで動くことはできない。

「安心しろ。一時的なものじゃ。じゃが、しばらくは動けぬがな!!」

『ザシュッ!!』

「ガアアアアアッ!!」

 念の為、もう一撃入れる麻姫。パタリと倒れ、完全に動かなくなる。

「さて・・。これで一見落着か。」

「なーにが一件落着だ。てめえ、勝手に動いただろ。」

 麻姫に詰め寄る菊花。危機を招いたこともそうだが、上の命令を無視し、麻姫が勝手に雨音神社に来たことが許せない。

「い、いや。ただの散歩じゃ。偶然じゃ偶然。」

「嘘を吐くならもっとまともな嘘を言いやがれ!!ったく。」

 麻姫に呆れながら視線を移す菊花。その先に居るのは震えあがる少女。

「ひっ・・。」

「怯えてるね。・・・さすがにそうか。安心しな。抵抗しないなら危害は加えない。」

『ザシュッ!!』

「!?」

 物音が聞こえ、一同の視線が一か所に集まる。

「・・・・。」

 そこに居たのは首を切られ、絶命する浮乃とその横で佇む一人の男。和服姿で右手に日本刀を握り、じっと浮乃を見つめている。日本刀の刃先からは浮乃の体から噴き出した緑色の溶液と同じものが付着していた。

「誰だ!?」

 菊花の言葉に反応し、ゆっくりと視線を向ける男。

「・・・・・。」

「喋る気は無いのかい?」

(何者だこいつ。全く気配を感じなかった。)

「こやつも人形か?」

「いや・・まったく妖気を感じない。」

 男からは妖気を感じない。だが、誰一人男の存在に気付かなかったことから、只の人間ではないことが分かる。

「・・・こいつ。」

(仲間ならば首をはねたりはしない。ならば敵か?そうでなければ・・・。)

 長く伸びた鼻筋に生気の無い氷のような目。行動から男が冷酷であることは明らか。菊花の背筋に冷たい汗が流れる。

『ダッ!!』

「!!来る。」

 身構える菊花。球体を放ち、男に攻撃を仕掛ける。爆発が起こり、瞬く間に辺りが煙に包まれる。

 繰り出される球体を避け、被弾することなく接近する男。瞬く間に距離を詰め、日本刀で菊花に切りかかる。

「速い!!くそっ!!」

 焦りながら着物のえりの内側に手を入れ、何かを取り出し抵抗しようとした瞬間、男の進路が変わる。その先に居たのは。

「!!」

 男の狙いは砂魔奈だった。菊花の後ろに居る少女に向かい走り続ける男。その時。

『ズンッ・・・』

「!?」

 男の体が重くなる。全身が鉄の塊にでもなったかの様な感覚。下半身がその重みと運動に耐えられず地面に倒れる男。

「あぶねえ・・・。おい、ガキ。こっちに来な。」

「う、うん・・・。」

 恐る恐る菊花の後ろに回る砂魔奈。

「・・・妖刀か。」

 菊花の手に握られた短刀に目を向ける男。

「正解。初めて声を発したね。私の術は遠距離専門。当然相手も近寄ろうとする。だけどそれが罠さ。こいつは妖気を送れば範囲内の重力を変えることが可能。この場においてあんたの周囲だけ何十倍もの重力を掛けた。」

「く・・ぐ・・・。」

 重力に抵抗し、立ち上がる男。ゆっくりと妖刀の範囲から抜け出し、警戒する菊花を睨む。

「・・・・。」

「無口な男だね。女に嫌われるよ。」

 再び球体を生み出し、漂わせる菊花。男の目的が少女だと知り、彼女の護衛に努める。

「・・ここは引こう。」

 ぽつりと声を漏らし、崖に向かい走りだす男。一回、二回と足を掛け、20メートルはあろう崖を飛び越え姿を消す。

「消えたか・・。」

男が居なくなり皆の緊張が解ける。菊花に近寄り声を掛ける麻姫。

「あやつ何者じゃ?妖気を全く感じなかったが。」

「分からん。それよりも・・・この子だね。」

 後ろにいる少女に目を向ける。少女は絶命した浮乃のもとへ歩み寄り、腰を下ろす。

「う・・うき・・の・・。」

 必死に涙を堪えようとするが感情が治まらない。裾で目をこすり、涙をふき取るが静まることは無い。

「あのむくろはどうする?」

「人形なんだろ?すでに溶け出して溶液に戻りつつある。放っておいても問題は無い。いったん、婆様に報告したほうがいいだろ。おい正樹!あいつから何か感じなかったか?」

「何かって?」

 菊花の言葉の意味が分からない正樹。

「私はあいつから妖気を感じなかった。お前はどうだった?」

「俺も妖気は感じなかった。だけど、なにか変な物は感じた・・。」

「変な物?」

「う、うん・・。なんて言うんだろ。あいつが殺意をもって動いていた時に、微かに漏れた気配。それがマキや菊花から感じる妖気とは別で・・その。雨音ちゃんに少し似ていた。」

「雨音に?と言う事はもしやあいつの正体は・・・。」

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