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猫又姫の居候生活  作者: makimaku
13/20

崩れ出す日常

カランコロン・・時代遅れの下駄の音が聞こえる。暗い夜道を必死に走る。だが、どれだけ走ってもその音から逃げることが出来ない。

逃げる?なぜ?自分に危害を与える人間でなければ逃げる必要はない。本能が拒絶しているのだ。高い音が響くたびに体中を針で刺されたかのような錯覚に陥る。

この音の主は自分を狙っている。禍々しいまでの妖気。そして妖気から伝わる狂気。マキの物とも鳴女の物とも違う冷酷な妖気に俺は恐怖していた。姿は見えない。だが、自分を狙う妖気と止むことの無い下駄の音・・・。そしてその二つは徐々に自分を追い込んでいく・・・。

「や、やめろ・・・。」

 懇願する自分をあざ笑うかのようにゆっくりと妖気が近づく。どす黒い妖気の中心で『何か』がこちらを見ている。恐怖する人間を、よだれを垂らしながら楽しむ。知っている・・こいつは弱者を傷つけることを生きがいにしている。そして、俺はこいつの獲物。こいつにとっての玩具・・・。

「ああああああああああああああああああああ。」

 

「はあ・・はあ・・・・はあ・・。」

(くそっ!またこの夢だ。)

 大量の汗と心臓の鼓動。目覚めたことで我に返る正樹。酸素を体中に送り、暴れていた心臓は徐々に落ち着きを取り戻す。


「・・・どうした?」

「ん?」

「最近、朝の正樹は元気が無いな?食欲が無いのか?」

「・・・・。」

食欲が無い・・・確かに。悪夢を見るようになって3日。さすがに心に影響がでて、朝食を残すようになっていた。

「熱があるわけじゃないけど・・・変な夢を見てさ。」

「変な夢?」


・・・・・


「・・なるほどのう。それは予知夢かもしれぬのう。」

「予知夢?まさか・・。」

「普通の人間ならば流せるが、おぬしには妖気がある。そう簡単に流せるものではない。危険を察知し、精神が和らぐ睡眠時にそれを伝えておるのかもしれぬ。恐怖の正体は見ておらぬのか?」

「分からない・・なんか、怖い妖気と下駄の音。」

「その下駄の音が頭から離れないと?」

「うん・・・。追いかけてくるんだよ。カラン・・コロン・・と。」

「・・・・。」

(大分やられておるのう・・。)

「分かった。鳴女に注意するよう伝えておこう。妾も婆様に伝えておく。しばらく様子を見て、悪夢が続くようならばまた手を打とう。」


 授業中、ふと手の甲につけられた傷痕に目を向ける。小さいころ、マキに引っかかれてつけられた3本の傷。

(・・・あの時に『核』を植えつけられたんだっけ。)

 雨の降る日、雨宿りをしていた神社の軒下に隠れていた猫。その猫に触ろうとした瞬間、彼女の爪で引っかかれた。それ以来右手の甲には大きさを増した爪痕がどす黒く残ることとなる。

(できた時は気持ち悪かったっけ。さすがにもう見慣れたけど。)

 体と共に核が成長し、妖気が目覚める。そして、その妖気が原因で、正体不明の悪夢を見ることとなる。

(まだそれが原因とは限らないけど・・・。あの夢・・。)

 夢の内容を思い出す正樹。暗闇で逃げ惑う自分を見て、こちらを見る人の形をした『何か』。実体は見えないが、それがこちらの反応を楽しんでいるのは伝わった。そして、夢の終わりは決まって追い込まれる。

「下駄の音・・か。そういえば、あの後ってどうなるんだろう・・・。」


・・その頃、正樹の家。

「・・予知夢か。」

「そうです。何やら、3日ほど同じ夢を見ているようで。」

 正樹が見た夢を婆様に説明する麻姫。麻姫が婆様の家へ行こうと思ったが、婆様自身が正樹の家に訪ねる形となった。

(あの店、大丈夫かのう?居ても雨音一人じゃろうし・・・。)

 三橋商店の現状を危惧する麻姫。当の主は茶をすすりながら話を続ける。

「妖気も目覚めておる。何かしらの変化が見えても不思議ではない・・・。」

「偶然ならばそれで良いのですが、心の乱れが尋常ではありませんので。」

「ふむ・・・。警戒を強めるとしよう。」

「と、しますと?」

菊花きっかを招集する。」

「!!菊花をですか?」

「そうじゃ。あやつの妖術は見張りにはもってこいじゃからな。不服か?」

「いえ・・・。」

(あの性悪狐。あまり会いたくは無いのう・・。)

「原因が夢では私は何もできない。ですが麻姫。あなたになら出来ることがあるでしょう?」

「妾がですか?」

「そうです。少なくとも私よりはできるはずです。」

 にこりと笑い、再び茶を啜る婆様。その時。

『ピンポーン』

「すいません、宅配便です。」

「あ、はーい。」

 突然の呼び出しに玄関に向かう麻姫。

「あらあら。それでは私も帰るとしますか。」

 家中に響いたインターフォンをきっかけに、帰ろうとする婆様。

「あ、そうそう。午後から雨音ちゃんが遊びに来るかもしれませんから遊んであげてくださいね。」

「雨音がですか?まあ、よくある事ですけど。」

 そういうと麻姫と共に玄関に向かう婆様。

「では、お邪魔しました。」

「いえ。こちらもお構いできずに・・・。」

 扉を開き、帰宅する婆様。入れ違いで荷物を抱えた若い男性が入ってくる。

「すみません。こちらにサインをお願いします。」

「はい・・ここですね。」

 少し緊張しながらやり取りをする麻姫。そして『池村』と書き終り、お辞儀をした後、出ていく男性。無事に引き渡しを終えたことに安堵する麻姫。

「ふむ・・。妾も随分と人間のくらしに馴染んできたな。」

 渡された荷物を居間へ運びながら自分の成長に胸を張る。

「差出人は・・・『池村いけむら 文子ふみこ』。なにやら古風な名前じゃのう。」

 どれどれ・・と段ボールに張られたガムテープを剥がし、勝手に中を漁る麻姫。クッション代わりに入れられた新聞紙を避け、中に入れられた品物を取り出す。

「米・・と醤油か。あとはお菓子・・。どうやら送り主は正樹の身内の様じゃな。む?これは、なんじゃ?」

 瓶詰にされた琥珀色の液体。下の方には謎の沈殿物が・・・。同じような瓶が、一本、二本と出てくる。

「合計で3本か。なんじゃこれ?」

 さすがに爆発することは無いだろうと、フタを開ける麻姫。それと同時に、今まで嗅いだことの無い、良い匂いが鼻を刺激する。

「むっ!!」

 一瞬で匂いの虜となり、瓶に口を付ける麻姫。ペロペロと猫の様に液体を舐め、少しずつノドへと運ぶ。

「う、うんめええええええええ!!」

 誰もいない室内で叫びながら液体の美味さに感動する。この世の物とは思えない味わい、香り、体中が液体に出会えたことを喜んでいる。

「なんじゃこれ?このような飲み物があろうとは・・。」

 台所からコップを持ってきてなみなみに注ぐ。再び液体に口を付け、至福を味わう麻姫。

「素晴らしい飲み物じゃ・・。人間とはこの様な飲み物を生み出したのか・・・。恐るべし。」

 謎の液体に感動しながらノドに流し込む。


・・・数時間後。

『ピンポーン』

 インターフォンを押しながら首を傾げる雨音。婆様が『遊びに行く事を伝えておいた』と話していた事から、雨音が来るのは伝わっているはずだった。

「・・・留守じゃないよね?ごめんくださーい!!」

 返事は無い。だが、中で物音がする。『ドタン!バタン!』と大きな音を立てながら扉の近くまで来たかと思うと、ゆっくりと開いた扉から手が伸び、雨音を中へと連れ込む。

「きゃあああ!!!」

 叫び声をあげる雨音。扉が閉まり、再び静寂が生まれる。


「さてと・・帰るか。」

 席から立ち上がり、帰ろうとする。カッキーがバイトのため、いつもの3人ではなく鳴女と2人での下校。その時、突然携帯が震える。

「ん?なんだ?」

 麻姫からの着信だった。画面を見て、首を傾げる正樹。

(携帯電話に興味がなく、滅多にメールも入れてこないマキが電話をかけてくるなんて。『帰りに買い物に行く』って言ったからな。『お菓子でも買ってきてくれ』とかいう内容だろ。)

大した用事じゃないと思いながら電話を取る。すると・・。

「おにいちゃん・・・たすけて・・・。」

「!・・・だれ?雨音ちゃん?」

 掠れた声で静かにメッセージを送る雨音。誰かに聞こえないように小さな声で助けを求めている。

「なに!どうしたの?」

「早く帰ってきて・・・。このままじゃ・・きゃあっ!!!」

『ガサガサッ・・ゴソッ!!・・プツッ・・・ツー・・ツー・・』

 謎の物音と共に電話が切れる。いたずらとは思えない異常な事態に正樹の体に寒気が走る。

「どうしました?」

 血の気の引いた正樹を見て、何かがあった事に気付く鳴女。

「・・・雨音ちゃんが、『助けて』って。」

「雨音ちゃんが?」

「俺の家で何か起きているみたいで・・。夢の話しましたよね?」

「はい。確か、悪夢でうなされるとか。」

「・・・嫌な予感がします。急いで向かいましょう!!」

 教室を飛び出し、二人で正樹の家へと向かう。悪夢の事もあり、正樹の頭には嫌な予感しかしなかった。あの時のどす黒い妖気が払拭できず、脳裏を過る。


「はあ・・はあ・・。」

 息を切らし、家の前まで辿り着く。何も変わった様子はない。扉は閉ざされ、人っ子一人いなく、騒ぎが起きた様子もない。

「・・・カギは開いてるな。」

 ドアノブを回し、中へと入る二人。玄関に散らばった雨音の小さい靴を見て、ここで何かが起きたことを察する。

「雨音ちゃんが靴を並べないなんて考えられません。おそらく、ここで襲われたのかと。」

「散らばり方が異常ですね。乱暴にされたのかも・・。」

 鳴女の意見に頷く正樹。確かに、いつも雨音が来ている時は小さな靴が綺麗に置かれていた。それが今日は玄関に散らばっていた。念の為、鳴女は妖刀を取り出す。正樹を自分の後ろに下げ、先頭に立ち、居間へと向かう。

「・・・・。」

 沈黙の中、緊張が二人を襲う。悪夢が頭から離れない正樹。だが、今のところ夢で見た恐ろしい妖気も感じないし、下駄の音も聞こえない。

(いつも通りの気配・・。雨音が襲われたとなると、マキは?)

 麻姫の無事を懸念する。人間に負ける女ではないが、相手が妖怪となると・・。固唾を飲み、引き戸に手を掛ける鳴女。そして意を決し、中へと踏み込む。

「そこまでです!!」

「!・・・・お姉ちゃん。」

 泣きそうな顔で鳴女を見つめる雨音と目が合う。その瞬間、鳴女の体から力が抜ける。

「雨音ちゃん・・と姫様。無事・・なんですか?」

 刀を下し、二人を見つめる鳴女。一応の無事に安堵するが、その異様な光景に何があったのかが分からない。

「どうしまし・・うわっ!!」

 床の上でこちらを見つめる雨音。そして、雨音の体に抱きつきながら眠る麻姫。なにより異様なのは、二人とも、下着姿だったことだ。衣服は部屋中に散在し、その光景に目を疑う。

「んんー・・・。あまねえ~・・・。」

 甘えた声で雨音の頭を押さえつけ、自分の体にこすり付ける麻姫。

「んんー!!んんんっっ!!」

「酒、酒臭いよおお!!」

「酒?」

 その言葉を聞き、テーブルの上に置かれた瓶に目をやる正樹。

「離れなさい!!姫様!!」

 ナメクジの様に地に這いつくばり、こちらに気付く様子もない麻姫。数分後、何とか雨音を引き剥がし、救出するに成功する。

「お姉ちゃん!!」

 泣きながら鳴女に抱きつく雨音。雨音の頭を撫で、気持ちを落ち着かせる。

「どうやらこれが原因みたいですね。」

 琥珀色の液体が入った瓶を鳴女に差し出す正樹。

「なんです?それ。」

「またたび酒ですよ。うちの婆ちゃん特製の。姉貴が好きだから自家製酒を送ってくるんです。」

「そういえば、お姉さまがいらっしゃいましたね。」

「まあ、帰ってきませんけど。」

 どっかの男とよろしくやってる姉貴がこの家に帰ってくることはほとんど無い。ただ、姉貴が出て行ったことを自分以外は知らず、仕送りにはいつも姉貴が好きなものが入っている。

「猫にまたたびって言いますからね。見事にこの瓶だけ減ってます。」

 他の果実酒も開けた形跡はあるが、減ってはいない。明らかにこれだけ気に入ったのだろう。

「まったく、人騒がせな・・・。」

 怒る気力もなく、脱力する鳴女。呆れながら幸せそうに眠る麻姫に目を向ける。

「まあ、無事で何よりです。あとは片づけておきますよ。」


・・・2時間後。

「き、きもちわりいい・・・・。」

 目を覚まし、ソファに横たわる麻姫。体に掛けた毛布を握りしめ、寒さを堪えようとする。

「何度も言うけど、飲み方違うからね。あれは割って飲むもの。原液のまま飲む方がおかしい。」

「うう・・恐ろしい飲み物じゃ。毒と分かっていても体が欲してしまう。あの香と味には麻薬のような魅力がある。」

「そんなに凄いのか、これ。」

 猫への依存性の高さを思い知る。姉は『酔い覚ましに飲む酒』とか訳の分からないことを言っていたが・・。

「まったく。雨音ちゃんに会ったら謝っておきなよ。」

「うむ・・。悪いことをしたのう。断片的ではあるが覚えておる。体が熱くなって、楽しくなり、服を脱いだところを雨音に注意されたんじゃっけ。それで、思わず『お前も脱げえええ!!』とか言って引ん剥いた様な気がする。」

「・・・絶対あやまっておけよ。」


 酒でくたばった麻姫を置いて、夕飯の買い出しに行く正樹。近所のスーパーで食材を買い、再び岐路に就く。

 買い物袋を両手に持ち、夜道を歩く正樹。すっかりと日は暮れ、街灯が灯り、夜道を照らす。

「すっかり暗くなっちまったな。」

 昼間の暑さは無くなり夜の寒さが肌を刺激する。いつもより遅めの夕飯になりそうだと思って夜道を歩いていると、奇妙な違和感にふと足を止める。

「・・・これ、妖気?」

 遠くで感じる微妙な気配。近くには存在していないが、麻姫、鳴女、婆様・・この町の妖怪とは違う別の妖気を感じ取る。

「遠い・・。だけど近づいてる。」


「・・・へえ、この距離から感知できるんだ。なかなかやるじゃないか。」

 闇に紛れて上空を飛ぶ一人の女性。正樹が自分の存在を把握したことに気付く。

「人間だと侮っていたが、傍受の能力は妖怪と比べてもかなり上だね。これは会うのが楽しみだよ。」

 

「・・近い。」

 上空で感じた妖気がもの凄い速さで地上に落下した。おそらく妖気の主が地上に降りたのだろう。妖気が再び移動をはじめ、自分の方へと近づいてくる。

「くっ・・。」

 慌てて走り出す正樹。自分の近くで行動を変えたことから狙われている可能性が高い。不安を覚えながら誰もいない夜道を走る。

「はあ・・はあ・・くそっ!!」

(さすがに妖怪と人間とじゃ体力が違うのか・・・。せめて妖気を体にサポートできれば速く走れるのに。)

 距離を詰められ、徐々に追い込まれていく。そして、正樹の耳にあの音が聞こえる。

『カラ・・コロ・・』

「!!」

 綺麗な音が闇夜に響く。騒音ではなく楽器の様に心に沁みる乾いた音。『カラコロカラコロ』とアスファルトの地面を蹴り飛ばしながらこちらに近づいてくる。

「下駄!?」

 時代外れの下駄の音。そして、その音が次第にリズムを変える。

『カラン・・コロン・・・』

 夢で聞いた音だった。下駄の音に怯える正樹。同時に『なぜリズムを変えたのか』に気付く。

「くそっ・・。」

 足が震え心臓が高鳴る。肉体も精神も披露し、いつの間にか走ることを止めていた。買い物袋からスポーツドリンクを取り出し、一気飲みする。

「逃げ切れねえ・・・。」

 そして、音の主が姿を見せる。黒いマントに身を包み、ゆっくりと正樹に近づく。

「誰だ!!」

「ふっ。吠えることしかできないか。どうやら腕には自信が無いらしいな。」

 心を見透かされていた。虚勢を張った言葉は柳に風と受け流される。

「なに、挨拶と思ってな。」

「挨拶?」

「私は『菊花きっか』。狐の妖怪だ。」

「きっ・・か?」

 マントを外し、現れたのは白装束に身を包んだ女の子。ゴムで結んだ長い髪が夜風に吹かれ、なびいていた。屈託のない笑顔を見せ、女性は言葉を続ける。

「そう。婆様からお主を護るよう言われてな。よろしく頼むぞ。」


『ガチャッ』

「ただいま。」

 玄関の方で声がする。微かに頭を動かし、再びソファに頭をうずめる麻姫。

(ああ、正樹が帰ってきたか。)

 気持ちが悪い・・・。酒が抜けきらず、胃袋に鉛を入れられたかのような気分だった。足音が近づき、『ガラガラ』と部屋の引き戸が開く。

「あそこに居るのが麻姫で・・・。」

「?」

(誰かおるのか?)

 自分以外の誰かに話す正樹。不思議に思い、ゆっくりとソファに埋め込んだ顔を正樹の方へと向ける。その瞬間。

『ぎゅむ・・』

 何者かの足の裏が麻姫の顔面に押し付けられた。

「よう馬鹿姫。」

「そ、その声は・・・。」

 聞き覚えのある声。忘れようと思っても忘れられるわけがない。

「貴様、菊花か。」

「『貴様』じゃねえよ。いい身分だな。主も守らず家で睡眠とは。聞いたところによると酒をかっくらってたそうじゃねえか。」

 グリグリと足の裏を動かし、麻姫の顔にこすり付ける。その攻撃から顔を動かし、なんとか逃げようとする麻姫。

「私が敵だったらどうするつもりだ?護衛はお前の仕事だろ?」

「ぬ・・・ぬうう・・。この性悪狐が・・・。」

「ったく。婆様も甘いな。人間一人守るのに妖怪3人も護衛に回すなんて。そんなにこの人間が大事かね。」

 後ろにいる正樹をチラ見する菊花。その間も麻姫への攻撃を止めない。

「ちょっ・・ちょっと待て・・・き、きもちわるい・・・。」

 そう言い残し、ヨロヨロと立ち上がり、トイレへと向かう麻姫。

「お、おえええええ・・・・。」

「・・・ほんとにどうしてこいつを護衛に使ったかな。」


・・次の日。本当に挨拶だけだったようで、あの後すぐに菊花は三橋商店へと向かった。

「まったく、昨日はひどい目にあった。あのようなところを菊花に見られるとは・・。」

 怒りながらトーストにマーガリンを塗る麻姫。二日酔いとか言っていたが、食欲はあるらしく2枚目のトーストを口に運ぶ。

「あの人も妖怪なんでしょ?狐の妖怪とか言ってたけど。」

「ん?ああ、あいつは天狐じゃ。」

「天狐?」

「そう。1000年生きた狐がなると言われておる。人間の姿をしておるが、化けておるだけじゃ。『九尾の狐』と言うであろう?あやつ自身も本体は9本の尾があってな。妖気の大きい狐の証拠じゃ。実力はあるが性格が悪くて妾とは性格が合わぬ。」

「性格ねえ・・。マキと似てる気がするけど。」

「はあ?どこが!?あんな性悪と一緒にされるなど、侮辱もいいところじゃ。昨日の行動を見たであろう?思い出しただけで腹が立ってきたわ。」

 ムシャムシャと堅い肉でも噛み千切るかの様にトーストを食べる麻姫。余程頭にきてるのだろう。ここまで怒りを露わにする彼女も珍しい。


「ふん。あの馬鹿姫。自業自得だってのに悪口ばかり言いやがって。」

 千里眼で正樹と麻姫のやり取りを見る天狐。

「私がここに呼ばれた理由に気付いてんのかね?気付かなかったらほんとに馬鹿だ。」

 天狐には『千里眼』という妖術がある。それは文字通り、千里先を見通すことが出来る妖術。読唇術と合わせて使うことで、遠くにいる人間の会話も読める。

「やれやれ・・・これから苦労しそうだね。」


「大丈夫でしょうか?菊花様と姫様は相性が良いとは思えませんが。」

 婆様と会話する鳴女。茶を啜りながら小さく溜息を吐き、その質問に答える婆様。

「この町を監視するには菊花の千里眼は最適。あやつ以外に代わりはおらん。」

「それはそうですが・・・。」

「二人もそれなりに大人。余程近寄らぬ限りは大丈夫じゃろう。正樹の夢が解決するまでは居てもらうつもりじゃ。」

「うー・・・ん。」

 婆様の答えに首を傾げて唸る鳴女。あの二人と言えば、喧嘩していた記憶しかない。菊花から聞いた話では、『酒にやられてダウンした麻姫に呆れた』との事だった。

(特別、仲が悪いわけではないと思うのですが、お互いが反発しあっているのが問題ですね。)

「鳴女、そろそろ学校に行く時間じゃないのかい?」

「え?あ、いけない。」

 テレビに表示された時間を見て、いつもの時間を過ぎていた事に気付く。

「それでは、行ってきます。」

「ああ。お前も気を付けるんだよ。何が起こるか分からないからね。」

「はい。」


「へえ。じゃあ、この状況も見られている可能性があるんですね。」

 教室で昨日の事を鳴女に報告する正樹。

「そうですね。天狐は高位の妖怪ですから。千里眼も凄いですが、妖気もなかなかのものです。こんなに心強いことはありませんよ。」

「うーん・・ただ、監視されているというのは怖いな。」

「気にすることはありません。その辺は分かっていますから興味本位でプライバシーを覗くような愚行はしないと思います。」

「・・・・・。」

(どこかで聞いたセリフだな。)

 ふと、その愚行をしたどこかの姫を思い出す。

「菊花様と姫様を『似た者同士』と言われましたが、違うところが一つあります。菊花様は上の指示に対し、非常に忠実です。姫様にはそれが無く、命令無視の常習。そこが喧嘩をする理由の一つではないでしょうか。」

「へえ・・・。」

「それより夢は見なかったのですか?」

「夢?ああ、今日は見てないんですよ。」

 久々に寝起きが良かったことから食欲もあり、麻姫にもそのことを突っ込まれた。『それなら菊花をさっさと郷に帰せ』と言っていたが・・・。

(なんだったんだろ?菊花の事を予言してたのかな?)

 現に追い込まれたし、下駄の音もした。あの夢が外れていた訳ではない。

「そこで途切れたのなら、そうかもしれませんね。断定はできませんが。」

「なになに?何の話?」

 二人の会話にカッキーが加わる。聞かれてはいけない話のため、少しずつ話題を変え、やがていつもの世間話になる。


 闇に覆われた異質な空間。その空間に存在する廃ビル。暗い室内をランタンの光だけが照らす。

浮乃うきの、法師様は?」

「出かけたよ。アビシラと行くところがあるんだとよ。」

「・・・わたし、あの人嫌い。」

 膝を抱えてパイプ椅子に座る少女。名を『砂魔奈さまな』と言う。

「そんな事言うなよ。協力はしてくれてるんだ。法師様も言ってるだろ?『仲間』だって。」

「・・・・。」

 浮乃の言葉に対し、無言の砂魔奈。彼女がアビシラを嫌っているのは知っていた。ぽつぽつと白髪が混じった頭を軽く掻き、憤りを紛らわす。

「法師様もなんだってあんな気が狂った奴と組むんだろ?」

「砂魔奈!」

「浮乃、気付いてる?アイツの目。異常だよ。少なくとも私の事を仲間とは思っていない。餌か何かだと思ってる。」

 思い出すだけで寒気がする。初めて会った時、まるで腹を空かせた獣が餌を前にしたかのように私を見ていた。

『よろしく』と言ったその表情には仲良くしようなんて気持ちは含まれていない。餌と出会えた喜びだけが砂魔奈には伝わった。

「・・・その話は何度も聞いた。俺が守ってやる。大丈夫、俺と砂魔奈は一心同体だろ?」

 彼の言葉に嘘は無い。砂魔奈も彼を一番信頼しているし、浮乃も砂魔奈を護ることしか考えていない。彼女の小さな背中に手を当てる。

「あいつが手を出してくることは無いよ。その時は俺が許さねえ。」

「うん・・・。」



 だだっ広い境内。子供の遊び場となるこの場所も、平日の昼間は無人となる。そこに現れた初老の男と色白の若い女。

「目的の物は見つかったかい?」

「ああ。おかげさまでな。」

 石碑の下を掘り起し、べっ甲色の小さな壺を手にする男。

「便利なもんだね。何年も前に死んだ奴を生き返らせるなんてさ。」

「言っておくが簡単な作業ではないぞ。何年も地道な作業を繰り返し、入れ物となる人形を作成する。そうしてやっとここまで辿り着ける。」

「分かってるよ。だが、それでも私から見れば凄い能力さ。人形法師の名は伊達じゃないね。」

「・・・名か。そんなもの、私には必要ない。外界との関係なぞ、当の昔に絶っておる。」

 ツボを黒い鞄に入れ、掘り起こした穴を埋める男。無造作に置かれた石の上に腰掛け、女は法師の背中を見つめる。

「ふっ。妖怪とも人間とも馴れ合わない男が今回私と協力するとはね。」

「なにがおかしい?」

「おかしいさ。人形法師と言えば妖怪達の間でも生きているか死んでいるかも分からない人物。誰とも接触しない妖怪が、私に協力を要請する。・・・そんなに手に入れたいのかい?標的の獲物は。」

「・・・説明はした筈だ。」

「わかってる。こっちも商売だ。久々に妖怪と一戦やれそうだからね。血が躍るよ。そうそう、あんたの獲物、なかなかやるよ。私の存在に気付いているからね。夢の中でいい表情を見せてくれる。」

「何度も夢を見せる必要はないだろ?」

「怒るなよ。大したことじゃないだろ?制約通りには仕事をしている。こっちも楽しみながら仕事をしたいんでね。」

「ちっ。」

 舌打ちをして女のわがままに目をつぶる。『アビシラ』。思うように操れない女であることは分かっていた。一応、こちらの要求通りの仕事はしてくれる。だが、縛られることの無い性格から、余計な事までやりやがる。

「他の奴らは好きにしろ。だが、人間の男だけは連れてこい。人間の核は貴重だからな。」

「そんなに手に入れたいものかね?所詮、人間だろ?妖怪の方が優れているんじゃないのかい?」

「それは違う。人妖のお前なら分かるだろ?妖気と人間は非常に相性が良い。現にお前も妖怪の中ではかなり上位だと聞く。」

「ふ・・ありがとよ。」

「ただ、人間が妖気に目覚めるには絶命する必要がある。あの男にはそれが無い。そして、その核は猫又の姫の物だと言うではないか。その核、是非とも手に入れる必要がある。」

「へえ。研究者にはそんなに魅力的なものなのかい。私には分からないね。」

「要は『こだわり』だよ。人の価値観など様々。お前の趣味を私は理解できない。そして、その逆もそう。・・・さて、無駄話はここまでだ。お前には期待している。」


 学校からの帰り道をいつもの3人で歩く。世間話と言うのは不思議なもので、話題が尽きることが無い。

「よう。」

「!・・菊花。」

 いきなり現れた菊花を見て硬直する正樹と鳴女。

「ん?なんだ、知り合いか?」

「悪いな鳴女、こいつちょっと連れてくぜ。」

「あ!え?」

 驚きの声を上げ、戸惑う鳴女。正樹も訳が分からず強引に連れ去られる。取り残される鳴女とカッキー。一瞬の出来事に呆然とする。

「・・・知り合い?」

「ええ・・ちょっと。」


「なんだよ。訳くらい話せよ。」

「話しながらでいいだろ?お前の力が必要なんだ。ちょっと付き合え。」

 正樹の手を引っ張りながら歩く菊花。

「付き合うってどこへ?」

「常根山。」

「は?」

この章でとりあえず完結となります。正樹が見る悪夢、そして協力者の菊花や得体のしれない敵。話はまだ続きますが、もうしばらくお付き合いください。

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