机上の決戦・・・そして終結
学校の玄関で内履きに履き替えようとする正樹。その時、思わぬ人物から声を掛けられる。
「あの・・・。」
「?」
そこに居たのは中西と名張。仲の良い二人が一緒に居るのは別に不思議なことではない。ただ、自分に用事があるのは珍しいことだった。
「ごめん池村君。ここじゃ目立つからさ。ちょっと来てくれない?」
背の小さい名張が申し訳なさそうに話す。言われるまま二人に隅へと誘導される。
「なんか用?」
「うん、ちょっとね。ほら、早苗。」
「あ、あの・・昨日はごめんなさい。」
名張に促され、深々と頭を下げる中西。『昨日』と言う言葉で謝罪の理由を知る。
「ああ、あれか。俺はいいよ。別に。」
「ごめんなさい。その・・止まらなくて。」
「いいって。それよりカッキーと高瀬さんに謝ってくれよ。」
「実は高瀬さんにはもう謝ったんだ。あの人、学校に来るの早いから。」
「なるほど。待ち伏せしてたのか。それで、なんて?」
「『人を馬鹿にするのは感心できません』ってさ。許してくれたけど釘は刺された。意外と厳しいね。高瀬さん。」
頬を掻きながら苦笑いする名張。
「それならいいんじゃない?まあ、カッキーも許してくれると思うけど。反省してるなら俺から言う事は何も無いよ。」
そういうとその場を後にする正樹。そして、それから数分後、登校してきたカッキーが玄関に姿を見せる。正樹と同じように隅に連れられ、謝罪する中西。正樹が言うようにカッキーは許してくれた。そして。
「俺はいいよ。それで、高瀬さんはなんて?」
「高瀬さん・・は許してくれたけど・・・。」
口ごもりながら話す中西。
「高瀬さんが許したならそれで良いよ。俺は別にそんな気にしてないし。昨日は俺よりも高瀬さんの方が怒ってたからさ。」
「・・・うん。」
「それじゃあ、この件はこれで終わり。授業、始まるぞ。」
言い終わると教室へと向かうカッキー。その場に残される二人。
「早苗、行こうか?」
「・・・うん。ねえ、美鈴。あの二人って付き合ってるのかな?なんか・・違うよね?」
「さあ。ただ、柿野君が高瀬さんを意識してる気はするね。でも、高瀬さんが怒ったのは柿野君に勉強を教えてるからじゃないの?頑張りを否定されれば教えてる方もムカつくでしょ?」
「それはそうだけど・・・。」
「どっちにしろあんたが気にするのは昨日の事。反省してるならこの件は終わり。池村君も言ってたでしょ?もうやっちゃダメよ?」
「分かってる。」
「じゃあ、終わり。教室に行こ?」
・・・テスト10日前。ちょっとした事件が起きた。
「うおおおおっ!!!」
教壇の前で絶叫し、テストを受け取るカッキー。教室中の視線を集めるカッキーを余所に笑みを見せる松野先生。
前回、社会の簡単なテストが行われた。その答案が、今日返ってきたのである。
「柿野は今回頑張ったな。お前、現国の小テストも良かったらしいぞ。職員室で宇川先生が驚いていたからな。期末まであと10日だ。本番でも頑張れよ!」
普段、男子生徒に対して怒ることしかしない松野がここまで上機嫌なのは珍しい。
「おい、一体何点だったんだ?」
席に返ってきたカッキーに声を掛ける正樹。宝石でも扱うかのように、丁寧に答案を正樹に渡すカッキー。
「ほれ。」
「うおおおおおおおっ!!!」
カッキーと同じように思わず絶叫する正樹。
『79点』
「ウソだろ??お前がこんな点を取るなんて!!」
「俺だって信じられねえよ。ただ、手応えはあったんだ。学校のテストで50点なんて超えないと思ってた・・・。信じられるか?半分以上が当たってるんだぜ?小学生以来だぞ、こんな点数!!」
座席についてもテンションが下がらないカッキー。
「もともと社会は得意な方だったけど、それでもこんなに上がるなんて・・・。」
「そうだな。あと1点で80だぞ。惜しかったな。」
普段、50点を超えることのないカッキーがあっさりと80点近くの高得点。他の教科でも同じような効果が期待され、勝利を期待してしまう。カッキー自信も興奮し、ニヤニヤが止まらない。
(カッキー、ほんとに勝つんじゃないか?)
その日の夜。カッキーの部屋で勉強する二人。
「成果が出ていますね。今日のテストも良かったですし。」
あの後、直後の休み時間に鳴女に報告に行ったカッキー。嬉しそうに答案を見せ、喜ぶ半面、間違えた個所への後悔も口にしていた。
「ただ、もうひと伸び欲しいですね。中西さんも優秀な生徒ですし、前回以上に上げてくると思われます。ある程度の点数をとれるようになったら、その先が難しいですよ。獲得できる点数が少なくなってきますから。釘を刺しておきますが、これで気を抜かないようにしてください。」
「はい・・。」
「・・とはいえ、柿野君、頑張ってますね。短期間でここまで伸びるなんて。」
頬を緩ませ、笑顔を見せる鳴女。
「あの、高瀬さん。」
「はい?」
「ありがとうございます。俺、いままで勉強に関しては目を向けたことも無かったし、頑張ろうともしなかった。一桁の点数をとっても何も思わなくて、正直、数日経てばテストの点数なんて忘れてました。」
「それはそれで良いと思いますよ。そんな人間、たくさんいますし。よく言う言葉ですが、テストの点数がすべてじゃありませんから。」
「いえ。俺みたいな馬鹿にここまで付き合ってくれたことに感謝しています。本当にありがとうございます。」
感謝の言葉を述べ、頭を下げるカッキー。自分一人ではここまで勉強に向き合うことができなかった。おそらく、途中で投げ出して教科書を手に取ることもしなくなっていたであろう。
「あまりかしこまらないで下さい。それと、自分を『馬鹿』と言わないように。まあ、感謝の言葉だけはいただいておきます。」
人差し指で頬をポリポリと掻き、気まずい表情を浮かべる鳴女。
「そうですね・・。柿野君も頑張っている事ですし、この勝負に勝つ事が出来たら、私から何か、ご褒美を上げましょうか。」
「え?」
「あまり期待はしないでくださいね。お金もありませんし、高価なものは買えませんが。」
「い、いえ・・・。」
思わぬ展開に呆然とするカッキー。
「さて、では勉強を続けますか。残り時間は少ないですよ。」
「は、はい。」
日曜日。正樹の家で麻姫とお茶を楽しむ鳴女。
「そういえば、どうじゃ?カッキーの様子は?かなり点数を上げたらしいな。」
「ええ。柿野君、真面目ですよ。成果は出ていますね。」
嬉しそうに麻姫に報告する鳴女。お茶菓子のセンベイをかじりながら、勉強が順調であることを報告する。
「なるほど、勝算ありか。その様子じゃとお主も嫌なわけではない様じゃな。」
「・・・そうですね。彼の成長っぷりを見るのは楽しいです。私との勉強以外でもちゃんと復習している様で、次の日にはさらに伸びていますからね。そこは姫様も見習ってほしいです。」
「勉強は性に合わぬ。やはり体を動かす方が好きじゃ。薙刀ならば深夜に屋上で振っておるぞ。」
「まったく・・・。昔から変わっていませんね。」
「そういう鳴女は大分変ったがのう。会ったばかりのころはあまり笑わぬ女じゃったが。」
「!・・そうですね。姫様が物事を考える時間をくれませんでしたから。」
「ならば、妾のおかげか。そこは感謝するが良い。」
「ええ、感謝していますよ。」
「・・・・。」
「どうしました?」
「いや、まさか本当に感謝されるとは。おぬし、本当に変わったのう。」
「ふふ・・。感謝していますよ。本当に。」
・・・数時間後、帰宅して麻姫から鳴女が来ていたことを聞かされる正樹。出しっぱなしのティーカップ2つを見てその形跡を確認する。
「へえ・・。高瀬さん、来てたんだ。」
「うむ。なかなか充実している様じゃったぞ。あの様な笑顔を見るのは久しぶりじゃ。」
「あ、それはカッキーも同じかも。ちょっと会ってきたんだけどさ。会話の内容がちょっと変わった気がする。いつもは娯楽がメインなのに、ちょくちょくテストの事とか聞いてくるし。師弟関係が築かれてるのかな?」
「いや、ペットに『お手』を仕込む感覚じゃろう。」
「お前、酷いこと言うな・・・。」
その日の夜、カッキーの家。今日の勉強が終わり、玄関で鳴女を見送るカッキー。軽く靴のつま先をトントンと打ちつけ、靴をはめ込む鳴女。
「さて、それではちゃんと復習しておいてくださいね。」
「はい。」
「それじゃあ、また学校で。」
にこやかな笑顔を見せ、軽く手を振り玄関を後にする。バタンとドアが閉まり、部屋へと戻ろうとするカッキー。
「さて、続きをやるか・・。」
階段をタンタンと音を立てて上り、部屋の扉が開閉する音が響く。
「続くね。兄貴の勉強。」
「そうね・・。テスト、もうすぐでしょ?」
居間で話し合う妹と母親。いつまで続くかと思っていた二人だったが、2日目、3日目と今日まで続いていることから、カッキーが本気であることはもう理解していた。
「すぐに終わると思ったけど。今まで勉強なんてしなかったから。」
「ほんとよね。いつ寝てるか分からないもの。菜々香、あなたも高瀬さんに教えてもらったら?」
「え?まあ、あんな綺麗な人なら私も一回習ってみようかな・・・。」
「そうよね。外見から言って修平と釣り合う子じゃないのに。」
「あ、でも兄貴の外見はそんなに悪くないよ。内面が糞なだけで。」
「・・・菜々香の場合は学力よりもまずは品性かしらね。」
時間は過ぎテスト当日。いつも通りの朝礼が終わり一限目を告げるチャイムが鳴る。皆、テスト直前と言う事で、どこかソワソワしていた。教科書を広げる生徒もいれば、覚悟を決めたのか、それとも諦めたのか何もしない生徒もいる。そんな中で、おそらく異常に緊張している生徒が一人。
「だ・・大丈夫。今まで頑張ってきたんだ・・・。」
震えながらノートを見直すカッキー。
「おい、大丈夫か?目が泳いでるぞ。」
「し、心臓を吐き出してしまいたい・・。暴れてつらい・・・・。」
「・・・・。」
こんな緊張したカッキーを見たことがない。テスト前、緊張とは無縁だった男が一番緊張している。
「大丈夫ですよ。そんなに緊張しないでください。」
「た、高瀬さん・・・。」
あまりの状況に見かねてカッキーに話しかける鳴女。
「私が保障しますよ。あなたの頑張りを一番近くで見て来たんですから。」
「は、はい。」
両こぶしを胸の前で握り、『気合を入れて』とポーズをとる鳴女。その仕草につられ、同じポーズをとるカッキー。その時。
『ガラガラ・・・』
生徒の視線が入り口に集まる。『処刑執行の時間』。そう思う生徒も何人かいるだろう。
一限目、社会。
先生が抱えていたプリントを机の上に置き、テスト前の緊張感が生まれる。『規律、礼』といつもの作業が終わり、先生から答案用紙を受け取った前列の人間が後ろの席の人間に手渡す。
「・・・・。」
(大丈夫。私も勉強してるんだし。負けないわよ。)
いつも以上に気合を入れているのは中西も同じだった。自分の起こした失態とは別に、勝負をしている以上、負けたくはない。ましてや罰ゲームで何をされるか分からない。
(柿野君が点数を上げているのは知ってる。とは言え、90点以上取ればさすがに追いつけないでしょう。全教科を鍛えるのはさすがに無理。おそらく絞ってくる。とすると、点数を上げた現国と社会は外せない。)
騒ぎ過ぎたことが命取りとなった。点数を上げた現国と社会を強化し、今回の期末に挑んだ中西。当然、このテストもマークしていた。
「見てなさい。勝つのは私。」
後ろの席の正樹に手渡した後、テストと向き合うカッキー。固唾を飲み、汗がにじんだ指でシャープペンを握る。
(始まった・・・。)
テストでこれほど緊張したことは無い。鳴女との成果が試される。
(あいつが何点取ろうが関係ない。満点取れば勝ち確だ。)
かつてないほどペンが走る。いつも真っ白だった答案は文字で埋まっていく。
「見てろよ。勝つのは俺だ!!」
その後も次々と別の教科が行われ、長かった期末テストも終わりを迎える。次の週にはテストが返却され、対象のテストは週末にすべて返却された。そして・・・。
・・いよいよ結果発表。二つの机を合わせ一同が集まる。一方にはカッキー、正樹、鳴女が。そしてもう一方には中西と名張が。
「いいか、負けた方が勝った方の言う事を聞く。それは分かってるな。」
「・・・分かってるわよ。さっさと始めなさい。」
毅然とした態度で挑むカッキーと中西。成績は優秀であるが、カッキーが成績を上げているのを知っているため、油断はできない。
(期末前に小テストが行われて良かった。まさかあんなに成績を上げてくるとは思わなかったわ。5教科どれか一つでも負ければ私の負け。でも、隙は無いわ。)
勉強期間があったとはいえ、5教科を勉強したにしては伸びが大きい。現国、社会が確定しているため、勉強の対象はせいぜいあと一つだと中西は読む。
「では、始めます。まずは英語。」
お互いが言われたテストを手に取り、提示する。
カッキー 22点
中西 85点
「まずは中西の勝ちか。」
微妙に成績が上がっているとはいえ、その差は歴然。
「ふー。」
(やはり絞ってきたわね。結果にムラがありそうね。)
「・・・・。」
テスト結果に動じないカッキー。正直、英語は捨てていた。微妙に成績が上がったのもいつもよりまともにノートを取っていた産物に過ぎない。
「さて・・では次、社会。」
(来た!!)
以前、松野がべた褒めしていたことからこれは対象の教科。鳴女に言われるままプリントに手を掛ける。
「では、それぞれ提示してください。」
カッキー 100点
中西 97点
「・・・・は?」
空気が凍る。カッキーのテストに書かれた3ケタの数字。
「100・・・?満点って事?」
「嘘だろ?10点じゃなくて?」
名張と正樹が呆気にとられる。答案用紙に書かれた汚い文字。その文字の上にはすべて赤ペンで○が書かれていた。
「う、うそ・・・。」
同じく呆然とする中西。その後、カッキーの答案を取り上げ、自分の答えと照らし合わせる。
「うそよ!!どこか・・どこかに抜けがあるはず!!ありえないわよ。満点なんて!!」
正樹と名張も答案を見るが、中西と全く同じ答えが並ぶだけ。大抵の答えは一緒で採点ミスは見当たらない。
「じゃあ、中西が間違えた場所は?」
中西の答案に一つだけ付けられたペケのマーク。点数、3点の問題。
『アメリカ合衆国とカナダの国境線は直線になっている。その理由を答えなさい。』
中西 ×『この線に沿って大きな山があるため』
カッキー ○『緯線を利用している』
「これは柿野君が正解ですね。」
「ほかの答えは全く一緒・・・。」
「うそ・・うそよ・・・。」
結果を受け入れられない中西。余程悔しかったのか、彼女の体が震えだす。
「テスト中、何度も見直して手応えはあったよ。俺だってこれが戻ってきた時にどれだけ口にしたかったことか。100点なんて縁がないものだと思ったから。」
今回の勝負のために正樹にも鳴女にも結果を言わなかった。そのため、この場に居る全員がこの答案に驚いている。
「つ、次は?他のテスト、見せなさいよ!!」
「そ、そうだよ。お前、他の教科はどうなんだ?」
こうなると他の教科が気になる。残りの科目は理科、数学、現国。
理科
中西 87
カッキー 95
数学
中西 96
カッキー 37
現国
中西 93
カッキー 95
「す、すげえ・・・。理科と現国が共に95点かよ。数学も結構上がってるし。」
「柿野君、凄い・・。3教科を重点に勉強したってことだよね?それにしても、こんなに上がるものなの?」
名張と一緒に驚く正樹。僅差ではあるが勉強したであろう科目で中西にはどれも勝利している。
「言っておくけど、すげえ頑張ったんだからな。それこそ寝る間を惜しんで教科書の隅まで暗記して。」
「いや、元の点数を知ってる分、余計に驚くよ。」
「どうだ?中西、とりあえず勝負は俺の勝ちだ。」
勝利条件は『どれか一つでも上回れば勝利。』結果、3科目で上回ったカッキーの完全な勝利。
「う、う・・。」
「中西?」
「うわああああん!!!!」
声を荒げ、泣き出す。突然の事態に皆が呆気にとられる。
「美鈴ぅぅううう!!」
「おーおー、よしよし。」
しゃがみ込むように名張の胸に飛び込む中西。突然な彼女の行動を冷静に優しく受け止める名張。そのまま子供の様に泣きじゃくる。
「ごめんね。この子、こう見えて結構弱いのよ。昔からなんだけどね。」
「そういや幼馴染みだっけ。」
「うん。心が粉々に砕けるようなことがあったらこうなるのよ。大きくなるに従って少なくはなってたんだけど、さすがに今回は耐えきれなかったか。」
背中をさすり、子供をあやすように早苗を落ち着かせる。
「ひっく・・ひっく・・。」
美鈴に甘え、少し落ち着いた様子を見せる中西。『やれやれ』と小さく溜息を吐き、各々が顔を見回す。
「どうしましょうかねえ・・。」
「まあ、俺としてはテストに勝てたから言う事は無いよ。」
「犯すんじゃないの?」
「ば、馬鹿。」
「・・・なんですか?『犯す』って。」
鳴女が『犯す』の一言に反応する。
「まあ、さすがにそれは無いが勝負だしな。それなりに何か・・・そうだ!!」
罰ゲームを模索し、何かを思いつくカッキー。
「俺のおすすめエロゲを一本クリアするってのはどうだ?」
「カッキーのおすすめ?」
「そう、もともとエロゲが発端で起きた問題なんだし、中西がその良さを分かってくれれば多少は歩み寄れるんじゃないか?」
「なるほど。」
カッキーの割には悪くない提案だった。ジャンルもいろいろあることだし、感動系でもプレイしてもらえれば考えが変わるかも知れない。
「悪くないな。」
「だろ?」
「よくわかりませんが決定権は柿野君にありますし、それは止めません。ただ、やりすぎないようにお願いしますよ。」
鳴女もカッキーの提案を承諾する。さて、当の本人は・・・。
「・・だってさ。どう、早苗?」
「ぐすっ・・。うん、負けたんだしそれはやるよ・・・。」
涙ながらに罰ゲームを受け入れる。多少落ち着いたのか、もう嗚咽はしていない。
「じゃあ、決まりだな。もうこれでこの件は終わり。」
「言っておきますが学校で大騒ぎすぎるのは罰ゲームに関係なく控えてくださいね。風紀を乱すのはどうかと思います。」
「わ、わかってますよ。」
釘を刺され、最後まで鳴女に頭の上がらないカッキー。そして、その帰り道。
正樹と別れ、帰り道を歩く。感謝の言葉を伝えるカッキーと、それを受け入れながらもカッキーの頑張りを褒める鳴女。そして、世間話になり何かを見つけた鳴女がふと足を止める。
「どうしました?」
「あれ。自販機。ご褒美に何か買ってあげます。前に言ったでしょ?『勝負に勝てたら何か買ってあげる』って。」
「ああ!」
今日のテンションですっかり忘れていた。自販機に向かい、硬貨を入れる鳴女。商品の下のランプが点灯し、カッキーにどれか押すように促す。
「どうぞ。」
「はい・・えっと・・・炭酸はいいや。これかな。」
昔から販売されているスポーツドリンクを押す。ガコンと音を立てて少々乱暴に缶が投下された。しゃがみながら下の取り出し口を探るカッキー。冷やされた缶を取りだし、立ち上がろうとしたその時。
「柿野君。」
「はい?」
鳴女に呼ばれ、振り向いたその時。
『ちゅっ』
「!!」
鳴女の唇が自分の頬に触れる。彼女の顔が記憶に無いほど近づいた瞬間、自分の頬にやわらかい物が当たる。
「な・・な・・?」
言葉が出てこない。呆然としたまま唇が当てられた付近をさする。
「ご褒美って言いましたよね?ジュースだけでさすがに悪いから・・・。」
狼狽するカッキーをいたずらっぽく微笑みながら見つめる。そして、立ち上がり、照れを隠すように後ろを向く。
「い、言っておきますが恋愛感情ではありませんからね。あくまでご褒美です。・・・まあ、柿野君が喜んでくれるかはわかりませんが・・。迷惑でしたら・・その・・ごめんなさい。」
「い、いえ・・うれしい・・です。」
「そ、そうですか。それは・・・良かったです。」
互いに言葉が見つからず、沈黙が続く。
「・・・帰りますか?」
「・・・そうですね。」
夕焼けに照らされ二人の影が伸びる。会話が減って少し気まずくはなったが、再び家への道を歩き出す。
・・・後日。
「ほら、じゃあクリアしろよ。」
「・・・わかったわよ。」
中身の見えない白いCDケースを受け取る中西。罰ゲームのエロゲを受け取り、自席へと戻ろうとする。
「一週間あれば終わるからな。ちゃんと感想聞かせろよ。」
「はいはい・・。」
「ったく。」
関わりたくないのか、愛想なく席へと戻る。
「クリアしてきますかね?中西さん。」
「まあ、時間がかかる作品もありますから。」
「大丈夫だろ。そんなに長くないし、一週間あれば十分に終わるさ。」
クリアを不安視する鳴女と正樹とは対照的に、中西がやりきることに自信を持つカッキー。
「何てゲーム貸したんだ?」
「ん?ああ、『魔法少女コノカ』」
「!!お、おまえ・・。」
「あ、いいですね。私の下宿先にも小さな女の子が居るのですが、魔法少女のアニメを一緒にみますよ。女の子ならやりやすいかも・・・。」
「違う・・・。」
「え?」
ポツリと正樹が呟く。それは小さい子供が見るために作られた『魔法少女』。ステッキを振り回したりかわいい動物がいたりと、幅広い世代に支持される。だが、今回の場合は『エロゲ』である。当然、目的と定義が違ってくる。
「・・・・。」
一人、中西を気の毒に思う正樹。
そして、その夜・・・。
『グチョッ・・ジュルジュル・・・』
「く・・・な、なんなのよ。これ・・・。」
PCから流れる卑猥な音。画面の中で乱れるフリフリな服を着た女の子。巨大なナマコが四肢に絡み、彼女の自由を奪う。
「こんなものが良いの?アイツ・・・。」
泣きながらディスプレイを見つめる。こんな状況であるにも関わらず律儀にも一文字一文字に目を通しながら罰ゲームを受け入れる中西。外に漏れないようにヘッドホンをしているが、その分、余計に音が良く聞こえるため心が砕けそうになる。
「柿野・・柿野・・絶対許さない・・」
心に屈辱が刻まれる。最悪な罰ゲームを受け入れ、心を凌辱されている気がした。
「早苗!!何度言えばわかるの?お風呂に入りなさい!!」
「あっ」
扉が開き、母親と目が合う。
「・・なにそれ?」
「ち、違うの・・違うの・・・い、いやあああああああああああああああっっ」
・・・次の日、目を赤くした中西が公衆の面前でカッキーをグーパンしたことはちょっとした話題になった。




