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猫又姫の居候生活  作者: makimaku
10/20

鳴女の過去

両親の虐待により私は絶命した。季節が冬だったことから、食い扶持が不安になったのだろう。もともと母親は私の体を叩くことしかせず、父親は酒を飲むしか取り柄がない。あの日の夜もそう・・・。

 酒の入った父親が面倒臭そうに私を山奥へと連れ出した。雪が積もり、誰もいない雪山で私の衣服をはぎ取り、泣き叫ぶ私を蹴り飛ばす。小さな体は雪に埋もれ、顔を上げた時、私の右目に映った父親の背中を今でも覚えている。

不思議なことに私に憎しみの感情は無かった。ただ、『捨てられたんだ』と確信し、何も考えられずに冬の冷気と胸元まで積もった雪が私の体温を奪っていった。

 

上空から雪山を見下ろす婆様と天狗。

「ここか。イネのいる山と言うのは。それにしてもよく積もっておるのう。」

「はい。なんでも若い人妖を一匹保護したとか。」

 イネと言うのはこの雪山に住む雪女である。20日前、自分の住む山で『人妖を保護し、預かっている』という知らせを受け、この山へと向かった。

「人妖か。人が妖怪になるなどと・・。感情を高ぶらせたまま死んだか。それともこの世への未練が強かったのか。どちらにせよ、まともな精神状態では死んでおるまい。」

 人が妖怪になることを『人妖じんよう』と言う。感情を異常に高ぶらせたまま亡くなった人間が人妖になる。

「イネが保護しておるのならば、怒りの感情では無さそうじゃな。その場合は少々厄介じゃ。」

「分かりませんよ。雪女ですからね。氷漬けにしているかもしれません。」

 冗談のつもりで笑いながら話す天狗。場を和まそうとする発言に、『フッ』と小さく笑う婆様。

「『保護』と言っておるからな。その心配はないだろう。どれ、見えてきた。あの洞窟か。」

 雪山へと降り、イネの居る洞窟内へと入る。

「お待ちしておりました。婆様。」

「うむ。久しいのうイネ。春になれば戻ってくるのじゃろ?」

「はい。そのつもりです。どうぞ奥へ。」

 洞窟の奥へと案内される。

「・・・この子か。」

 洞窟の奥で暖を取る女の子。ぼろ布一枚を身にまとい、瞬きすることも無く生気の無い目で炎を見つめる。

「・・・ふむ。まだ幼いのに。」

「この時期です。人間どもが子を捨てるのは珍しいことではありません。」

「じゃが、人妖とはのう。きっかけの感情は分かるか?」

「見ての通りですよ。無心です。喜怒哀楽、どれも当てはまりません。しばらくは寝たきりで動こうともしませんでしたが。」

「放心状態か。それで人妖になるとはな。余程、心に衝撃を受けたか・・・。体は?」

「体はもうありません。彼女のすぐそばに転がっていたので埋めておきました。ただ・・。」

「ただ?」

「・・いえ。生前の体にいくつも生傷がありましたから。両親による虐待の跡だと・・。この子自身、左目が潰れていましたから。」

「・・・むごいのう。人妖となってその目も回復したか。」

 憤りを感じながら女の子に目を向ける。妖怪となった以上、人里には置いておけない。

(幸い、この子はおとなしい・・。)

「当初の予定通り、郷に連れて行くとするか。」

「お願いします。」

「ただ、この子が受け入れられるかどうか・・・。」

その後、婆様に『鳴女なきめ』と言う名を与えられ、妖怪の住む郷で暮らす事となる。両親から虐待された私には人間界に未練もなく、どこへ連れて行かれても別に何も思わなかった。ただ、妖怪たちも私を受け入れてはくれなかった。

7年後・・・

「ほら、あの子でしょ?元人間の妖怪って。」

「ああ。妖気に混じって匂ってくるだろ?肉の匂いが。」

「・・・・。」

(また言ってる・・。)

 自分を拒絶する声。『言葉なんて聞こえなければいいのに』。最近はそう思うことが多くなった。妖怪たちも自分に聞こえるように言っていることは分かっている。

(くだらない・・・。)

 その一言ですべてを流す。反抗すれば反抗するほどひどい目に合うのは分かっている。それは両親から嫌と言うほど教えてもらった。人妖になり立ての私と妖怪とでは喧嘩にすらならない。だけど、私には武器があった。


「すげえな。また一位かよ・・。」

「なんだよこれ、上位っていつも固定だよな。」

 私が唯一、同世代の妖怪を上回れる瞬間。張り出されたテスト結果を見てざわつく妖怪たち。

「上位は2位から6位が入れ替わるくらいか。上の壁が厚すぎる・・。」

「こいつって、人妖だろ?1位の鳴女って奴。人妖の癖に生意気な。」

「所詮学力に対してだけだろ。妖気の扱いに対しては屁みたいなもんだって話だぜ。」

「まあ、人妖だしな。所詮壊れた奴がなるもんだろ?」

 感情を高ぶらせたまま死んでいく人間が人妖になる。そのため、人妖は妖怪に『感情が不安定』、もしくは『どこかおかしい』と思われている。

「うぜえなこいつ。死んでくれればいいのに。」

「そうだよな。一回死んだならそのまま死んでればいいのにな。俺たちが人妖以下だって言われるのは癪に障るぜ。」


 授業前。自分の筆がなくなっていることに気付く鳴女。

「・・また。」

 何度目だろう。教室に置かれたゴミ箱を漁る。

「おい、なんだよ鳴女。腹でも減ってんのか?」

 一人の妖怪の発言に他の妖怪たちがゲラゲラと笑い声をあげる。

「あった・・。」

 筆を見つける。だが、すべて折られていてまともに使うことができない。

「良かった。毛先がまともならまだ使える。」

(迂闊だった。持ち歩かないとこの子達が壊されるのに・・。)

「・・・ごめんね。」

 折られた筆を拾い、席に着く。涙をこらえ、短くなった筆を軽く撫でる。

 

・・・同時刻。郷の一室。

「新しい姫君についてじゃが。」

「猫又の姫ですな。たしか、麻姫と言われましたか。」

 顎の下に蓄えた白髭を撫でる老人。その風貌よりも異様なのは後ろでメラメラと燃える炎。彼の名は『茂吉もきち』。この郷を統べる長老である。婆様と新しく迎える姫についての話をする。

「うむ。姫と言っても名前だけじゃ。形だけの忠誠。現にその娘は純粋な猫又ではなく人間から猫又になった女子だと聞く。」

「姫君を預かれば向こうも手を出せませんからな。早い話、人質です。しかし、こちらも姫君を預かるとなると丁重に迎えなければいけません。」

 炎を掌の上に乗せ、その輪郭を撫でる。そして指ではじき、雲の様にプカプカと空中を漂わせる。

「さて、そうなると侍女の人選じゃが・・。お絹(婆様の名前)、おぬしに任せて良いのじゃな?」

「ええ。逸材がおりますゆえ、問題は無いかと。」


「私が・・・姫君の侍女になるのですか?」

 婆様に呼び出され、いきなりの命令に驚く鳴女。

「うむ。そうじゃ。元が人間の姫君じゃからな。それを聞いてお主が適役かと思ってな。」

「そんな!私が社交的でないのは婆様も御存知でしょう?自分一人でも大変なのに姫君の世話だなんて・・・。」

「ふふっ。おぬしの頑張りは聞いておる。学力は一番が指定席らしいな。」

「ですが学力など、人妖である自分にとっては大した意味は・・。」

 そこから先は言わない。自分にとって唯一、妖怪たちを数字で上回ることができることに自尊心を持っていた。

「自分は戦に不向きと考えるか・・。どれ、掌を見せよ。」

「え?」

「掌を見せよといったのじゃ。難しいことは言っておらぬが?」

「は、はい・・。」

 言われた通りに両手を見せる。女子とは思えないごつごつとした

「・・・見事なタコじゃな。掌がこれでは足の裏はもっと凄いことになっておるじゃろう?学力だけに長けた者がこのような手になるはずがない。頑張りは体に反映される。」

「ですが、皆に勝てたことはありません・・・。」

「学力が一位ならば理由はわかるじゃろう?妖気が目覚めておらぬだけじゃ。」

「・・・・。」

 成長するに従い、妖気が体内から体外へと漏れ始める。そして、それをきっかけに体が覚醒し、妖気を扱える様になる。人妖ゆえ、他の妖怪に比べてさらに覚醒が遅いことは鳴女も分かっていた。

(妖気の覚醒はいずれ行われる。初潮の様に個人差があり、いつ起こるかも分からない。感情がきっかけになる例もあれば、疲労した時に十分な睡眠を行うと起こりやすいという説もある。)

「なに、妖気に関しては問題では無い。それより一足早いが出世じゃ。引き受けてくれるな?」

「・・・はい。」


「聞いた?あの人妖、今日が最後らしいよ。猫又の姫様の侍女になるんだって。」

「知ってるよ。知らない奴なんていないだろ。やっとあいつ居なくなるのか。清々するぜ。」

 いつもより多めの悪口が聞こえてくる。

(こっちだって清々するわよ。)

 風呂敷に筆記用具を入れ、帰路に就く鳴女。ここに来ることが無いと思うと、気が楽になる。いつも通る橋を渡りきったその時・・。

「おい、ちょっと待てよ。」

「え?」

 不意に呼び止められ、後ろを振り向く。そこに居たのは同じクラスのリーダー格の妖怪。

「キャア!!」

 橋の下へと連れられ、不意に押し倒される。

「誰も来ねえよ。周りに家屋が無いのはおめえも知ってるだろ?」

「な、なによ!何の用?」

 妖気を漲らせ、威圧するように鳴女に近づく妖怪。普段から率先していじめを仕掛けてくることも知っていた。

「おいおい、そんな事言うなよ。お前が居なくなって寂しいんだからよ。」

 ニヤニヤと笑いながら鳴女に近づく妖怪。その言葉が嘘だというのは明らか。

「近寄らないで!私はあんたが大っ嫌い!!私の私物を壊して、人を馬鹿にして、あんたと会わなくて済むと思うと清々するわ!!」

「おいおい、あんまりだな。せっかくだから最後に思い出を作ってやろうと思ってな。妖怪の俺様が人妖であるお前に一肌脱いでやろうってんだ。優しいだろ?」

「くっ・・!!」

「まあ、脱ぐのはお前だけどな!!」

 衣服に手をかけ、服を引きちぎる。妖気の違い、体格差から人に近い鳴女は彼に抵抗することが出来ない。

「おらっ!!静かにしろよ!無駄に勉強ができるのが気に入らねえんだ!!人妖なら人妖らしく俺たち以下でいろってんだ!!」

 男の口から出た言葉。皆と同じように鳴女を見下す発言。

(嫌・・嫌っ!!)

ビリビリと千切れていく衣服と露わになっていく鳴女の肌。涙を流しながら抵抗する鳴女。その時、男の行動に既視感を覚える。

それはかつて一番身近だった男の行動。雪山で行われた死と拒絶を意味する行為・・。

(こいつも同じ・・・私を物扱いしている・・・。)

 体の奥から湧き上がる憎悪。

『こいつを殺したい。』

「殺す・・・。」

「あ?」

 鳴女が呟いた一言に男の手が鈍る。

「殺す!!」

 鳴女と目があったその時、男の背筋に寒気が走る。崖から突き落とされたような恐怖。その原因に男は気付く。

「妖・・気?」

 鳴女の体から漏れる膨大な妖気。

「ウソだろ?お前、まだ扱えないんじゃ・・・。」

「殺す!!」

「っ!ふざけんな!扱えたからなんだってんだ!!妖気の扱いなら俺の方が・・」

『ズドン!!』

「ゴハッ!」

 男の腹部に衝撃が走る。鉛の球をぶつけられたかのような衝撃。その衝撃がゆっくりと腹部に伝わり、体中にダメージが伝わる。

「ばか・・・な・・。」

(俺も妖気を使ってるんだぞ・・。それなのにこんな衝撃・・・。)

 地面に両膝を着き、崩れ落ちる。そして。

『ベキッ!!』

 男の顔面を思いっきり蹴り飛ばす鳴女。ゴムマリの様に跳ね飛ばされ、男は完全に意識を失う。

「はあ・・はあ・・はあ・・・。こぶしを握った時に勝利を確認したわよ。」

 攻撃のためにこぶしを握った瞬間、妖気が右手に集まり、膨大な力となる。妖気の覚醒と共に、その強大さを知った。

「とどめ・・。」

 息を切らしながら男のもとへ向かう鳴女。

「もう止めよ。そいつは意識が無い。」

「誰?」

 振り向くが誰もいない。

「上じゃ。」

 橋の欄干に腰掛け、こちらを見下ろす一人の女。煌びやかな着物を身にまとい、自分とは位が違うことが分かる。

「誰?」

「誰とは失敬な。おぬしがこれから侍従する相手じゃ。」

 欄干から飛び降り、着地する。突然現れた女性に呆気にとられる鳴女。

「見事な妖気じゃな。妖気は扱えぬと聞いておったが。」

「侍従するって言ったわね。あなた・・もしや。」

 言葉を詰まらせる鳴女を見て、ニヤリと笑みを見せる女性。

「いかにも。妾が麻姫。」

「麻姫・・うそ?」

「ほんとじゃ。ほれ。」

 そういうと部分的に猫の耳を出す麻姫。猫だと証明されると、鳴女は血の気が引く。

「ひ、姫様!?も、申し訳ありません。乱暴なところを見せてしまい・・。」

 慌ててひざまずき、頭をさげる鳴女。

「よいよい。見ておれば悪いのはこやつの方じゃ。妾もおぬしの妖気が目覚めるのに気付かなかったら切り捨てておったところじゃ。それより何か着ろ。裸では寒かろう?」

「い、いえ・・服がありません。」

 自分がほぼ全裸であることに気付く。だが、代わりの服も無く、どうすることも出来ない。

「うむ・・あの男は体格が違うしのう。まあ、合ったとしても使いたくはないか。仕方ない。」

 そういうと着物の帯を解き出す麻姫。

「姫様!?その、何を?」

「何って、妾の服を着るが良い。服が無いのであろう?」

「で、ですが姫様は?」

「心配するな。」

 着物を脱ぎ終わると猫の姿に化ける麻姫。

「こうすれば問題は無い。」

「は、はあ・・・。」

 自分の物差しでは測りきれない破天荒な姫の性格に呆然とする鳴女。これが麻姫との初めての出会いだった。

 

「高瀬さん・・高瀬さん?」

「あ、はい。」

「どうしたんですか?ぼーっとして。」

 カッキーに呼ばれ、ハッとする鳴女。

「いえ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてまして・・・。」

「テスト、出来ましたよ。採点お願いします。」

「あ、はい。」

 カッキーからテストを手渡され、赤ペンを取り出し、答え合わせをする。

(あれからの姫様はほんとに酷かったですね。私に考える暇もなく暴れまわるし。)

 『クスッ』と思いだし笑いをする鳴女。

「何か面白いことでも思い出したんですか?」

「いえ・・。気にしないでください。ちょっと昔を思い出しただけです。それより、いい感じですよ。初めてのテストなのに大分、成長しましたね。この調子で頑張ってください。」

人が強い感情を持ったまま死ぬと人妖になります。ただ、死ぬ時の感情が強すぎるため他の感情があまりなく、精神にムラがあります。

放心状態のまま亡くなった鳴女が人妖になれたのは珍しいケースで、そのため感情にはあまり左右されませんでした。

人間の時からあまり感情を持たない鳴女でしたが、それを取り戻すことが出来たのは、やはり婆様と麻姫の存在でした。

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