女の恋心は奇妙奇天烈摩訶不思議(後編)
「いっそ私もついて行こうかしら」
藪から棒に美奈子がそう言うと、滋は素っ頓狂な顔をする。
「えっと、それはまた、どうして…」
「あら、相手も幽霊なんでしょ? 私も自分とは別の幽霊って見たことないし、幽霊同士で何か役に立つことだってあるかもしれないじゃない。それに、好きになった男のために何かしてやりたいって思うのは女のサガってものじゃない?」
真面目に喋って、でも最後の一言のみ恥ずかしいのか、声にしながらプイッと背を向けて、肩口から目尻の先でちらちらと滋を見る。
「えぇと… へぇ、そう…」
美奈子がいつから滋の何に惚れたのか、女の恋心は男には奇妙奇天烈。
「そうと決まれば善は急げ。さあ、行きましょう」
むんずと両手で右手を掴まれ引っ張られる。当の美奈子はまるでデート気分。そうかと思えば、手を触れられたことにまたしても恥ずかしがって、すぐに放す。何を思ったか、今度は滋の背後に回って彼を先に歩かせ、自分はいそいそと後についていこうとする。気が利く女なのか面倒臭い女なのか… それにしても随分と冷たい手をしていた。恥らったり喜んだり、いかにも生きた人間のように振る舞い、生きた人間以上にこの世を楽しんでいる彼女も、やはり死人だと、滋は改めて思い知らされる。そして、ふと、愛おしくなる。
トンネルを出ると、すでに日は沈みかかって夕焼け朱色の空。夕日に晒されても美奈子が蒸発するようなことはないが、無論薄っすらと透けているその体が生身を持って色艶よく見えるわけでもない。幽霊はどこでもどんな時間でも幽霊である。このまま歩いて行けば、通りすがりの人になんと思われるか。
「そのまま行くと、確実に人から指をさされて面倒なことになると思うんですけど、どうにかならないんですか?」
「どうにかって言われても、これが私だからねぇ。より薄ぼけることはできるけど、完全に消えることってできないのよ」
そう言うと、美奈子の体がさらに透ける。当たる光の角度次第では、じっくり凝視してもわかり辛くなる。
「普段、外に出て町の中を出歩くときはどうしているんですか?」
「こうやって、めいっぱい透けて、なるだけ人通りの少ないところを通って、それでも人がいるときは壁やら電柱に隠れながら歩いているわ。もしくはこうやって…」
そう言いながら美奈子は滋の背中に寄り添って、足並みを合わせて彼の体を隠れ蓑にする。
「なるほど、幽霊も色々と努力しているんですね」
「ああ、殿方の背中は温かい…」
「…僕は何だか寒気がするんですけど」
「ま、失礼ね。愛があればそれだけで温かいっていうのに。幽霊だと思って、人の気持ちを軽く見ないでよね」
「男の人には誰にでもそういうことを言っているんですか?」
試すように聞いてみると、
「まあ~ 本日一番の失礼ね。人を誰それ構わず心傾く軽薄な惚れ症だと思っているの? いやだわ、ほんと。私だって一応自分が幽霊だって自覚があるんだから、そんな私を見て、逃げ出したり、悪いときには気絶してしまう男とうまく付き合えると思うわけないじゃない。私の経験の中であなただけよ、私を目にして逃げなかったのは。あなただけに決まっているじゃない」
これまたはっきりと自分の気持ちを白状してくれる。彼女も己の返答がまるで告白とすぐに気づいて、その恥ずかしさに、ぱっと滋から離れ、急に近くの標識の細い支柱に隠れようとする。でも、隠れきれない。
「私、いま何か言わなかった? 変なこと言わなかった?」
滋は思う。恋の摩訶不思議は、第三者として見ている以上に、関わりあう当事者のほうが体感するものであると。
続きます