墓参り(エピローグ)
一週間。恋の終わりを受け入れるには短いか長いか。いつの間にか恋心を抱いていたと気付いたときにはすでに相手は自分を置いて次の旅路へ、一人残されて恋愛の不可思議さ、奥深さを考えさせられる佐久間滋には、いや、まだまだ時が足りない。平塚弥生の誘いで桐生誠司とあの神山花子の墓参りに出向いたのはいいが、その道中でも鬱々として、弥生には煙たがられる。
「晴れないわねぇ、あんたの顔。天気はこんなにいいっていうのに」
「う~ん、そう?」
こんなやり取りの中、花も買って、調べ上げた花子の墓の前に着くと、そこに先客がある。花子が想い寄せて、最後の最後で想いを通わせた里山守が墓の前で屈み込みながら目を閉じて合掌している。しばらく祈り続けるその背後でUWの三人は黙って見守る。祈り尽くして、スッと立ち上がって、ようやく里山も三人に気がつく。
「おお、びっくりしましたよ」
「来ていたんですね」
「その節は手紙で墓の場所を知らせていただきありがとうございます。昨日に届いて、昨日も参って、恥ずかしながら今日もここにいますよ」
里山は照れながら笑う。その謙遜を見るに、まだ残り香のように未練はあろうが、気持ちの整理はついていると思われる。少なくとも晴れない滋よりかは随分とましで。弥生も桐生も心配はない。
「さすがにやさしいですね」
「ハハハ、やめてください。そんなたいした人間じゃないですよ、自分は。ところで、あの小学生の幽霊の子はどうしたんですか? やはり、成仏されたのですか?」
「いえ、あの子は、美奈子さんは、いま旅に出ていますよ。成仏もしていません」
弥生は、花子が成仏した後、美奈子や自分たちに何があったかを話す。不可思議な運命の話は能力者でもない普通の人間には難しいかと思われたが、優しく包容力のある里山は美奈子の選んだ道を厳しいと思いながら、それでも尊重すると理解を示す。
「そうですか、旅ですか。いいものですね。自分も時間が許されるなら一回旅に出てみたいものですよ」
「ですよね。ほら、あんたも少しは見習いなさいよ。家の中で一人で考えていたって気持ちは晴れないわよ」
「う~ん、考えとく」
「滋君、どうかしたんですか?」
「実はですね…」
弥生の偏見でもって滋の心情を説明するが、概ね間違っていないから、滋としても嫌になる。
「君ら二人はいいよ、弥生さんは対幽霊の交渉の経験値が増えて、いいスキルアップになったわけだし。誠司も、自分の得物でも幽霊に通用するってわかったわけだし。僕は今回の件で何か変われたのか、それが一番疑問で…」
「暗いわね。まあ、確かに私はいい経験させてもらったけど」
「俺も、これで弱点がなくなったって感じだな。いやぁ、素晴らしい。でも、お前だって一応の成長はあるんじゃないの? 結界で色々と遊べることがわかったし。もっと自分にいいように考えればいいんじゃないの」
「そうそう、あんただって幽霊と関わったっていう経験ができたじゃない。この業界でもなかなかできるもんじゃないわよ。しかも、まだ入って数ヶ月の新人で。恵まれていると思わないと。まあ、半分以上は取り憑かれたようなものだったけど、それも一つの貴重な経験よ」
慰めてくれているようで、でもどこか腹の底では冷ややかに笑っているようで… 滋は今にも出そうになった溜息を呑み込んで里山と向き合う。
「里山さんは、前に言っていた新しい恋というか、そういうものはもう探し始めているんですか?」
「私ですか? ええ、一応。まだまだ百パーセントの意識をそちらに向けるという感じではないですけどね。まだまだ半分くらいの自分は後ろを振り返って、実際にこうやって墓を前にしています。でも、それでいいと思っています。無理はしたくないので。少しずつ気持ちの大半を前へ向けていって、限りなく百パーセントに近い状態にできれば…」
「いつ、百パーセントになるんですか?」
「さあ、それは… 多分、実際に百パーセントになるなんてことはありえないと思います。数パーセントは、どんなにそのときが幸せでも、ここに来る気持ちを持っていると思います。自分の過去に嘘をつけるほど自分も器用じゃないですし。何より、後ろを振り返るからこそ、前を向けることってありますからね」
「う~ん、なかなかいいことを言う。最後の一言はまるでヴァイスの能力みたいだけど」
桐生がポツリと呟けば、弥生が聞き拾って、
「それはどういう意味よ」
「あいつと闘うとわかるんだけど。まあ、また今度教えてやるよ」
「もったいぶってないで、いま教えないさいよ」
そのままいつもの口喧嘩を始めるので、滋はいよいよ溜息をつく。
「滋君、美奈子さんはまた帰ってくるじゃないですか。今の自分に自信がなければ、次ぎ会うときまでに何かまた一つでも変わっていればいいと思いますよ」
想った人ともう死ぬまで会えなくなってしまった人の、その助言は聞く耳によれば心に痛い。が、もどかしく、じめじめとしたこのときの滋の心には一条の光にもなる。
「僕は、里山さんのその感性が羨ましいです」
<了>