美奈子の能力(後編)
「ううん、ごめん。根拠なんて、そんな大それたものはないんだ。でも、花子さんのときといい、いまのトンネルのあの人といい、私に触れられた幽霊は怒りを静めてくれるの。トンネルのあの人が最後に言ったことも、間違ってもないの。私自身にもその自覚があるのよ。慢心だとか、そういったものじゃなくて、何だろう、そこに運命を感じるの… 二十年前に私が車に撥ねられて死んでしまったことにたいした意味はない。でも、それによって私の才能が目覚めたと… ちょうど、あなた方が普通の人とは違った才能を身につけているのと同じように…」
「死んで目覚めた能力… 幽霊になって発揮される才能… そんなことが、でも本当にあるのかしら? あったとしたら、それじゃ美奈子さんは、その才能を生かすために今後も成仏することなく幽霊であることを続けると、そういう運命であると、そういうことになるの?」
「うん、多分。運命… 運命か、自分で言っておきながら何だけど、運命っていうと、ちょっと重いし、暗い感じがするわね。もうそんな言葉は使わないようにしようかしら。結局私が言いたいことなんて、無理に成仏しなくても、このまま幽霊でいるのもいいかなって、そう強く思えたって、そういうことだから。成仏することだけが幸せじゃないっていうことみたいだし。ああ、でも、普通の人の場合は幽霊でいるより成仏したほうがいいのかもしれないけど、私の場合はちょっと違うんだって…」
桐生も嘴を挟んで、
「ま、人とは違った才能を持っていると、人とは違った苦労も多いけど、人とは違った楽しみもあるからね」
「もし成仏したいと思ったら、そのときは誠司さんにお願いしてその武器で切ってもらえばいいものね」
「うん? ああ、いつでも言ってくれれば働きに来るよ。トンネルのあいつには完全に恨まれそうだけど」
「うん、ありがと」
「美奈子さん、これからこのトンネルで、さっきのあの人と一緒に暮らしていくんですか?」
滋も遅れて口を開く。その声に張りはない。
「うん、いままでどおり、ここを塒にして、ここを中心にあっちこっち動くと思う」
「そう… ですか」
「あら、滋さん、もしかしてやきもち? なんだったら滋さんの家にお邪魔になってもいいのよ?」
「え? いや、それは…」
滋は嫉妬に怯えて思わず天井を見上げてしまう。
「冗談よ。それに私、本当に色々と見て回ってみたいと思っているから。いっそ旅にでも出ようかと思っているくらい。もっと色んなものを見て、色んな人と会って… 生きている人とはなかなか会話はできないけれど、でも、広く歩き回りたいから」
「それも、自分の才能のためですか?」
「うん。でも、半分はただの好奇心。いつ成仏させられてもいいように楽しんでおきたいの。意外と、楽しみすぎちゃって成仏してしまったりしてね、ハハハ」
外見どおり子供らしく笑う。滋もつられてニコニコとするが、胸の裏では一抹の寂しさがある。
彼女を「縛って」いるものが「運命」なら、桐生の刀のような人為的なものでなければ彼女が天に召されることはない。その旅も永遠と繰り返され、彼女の人格はその度に大きくなっていくであろう。その才能と運命を明るく楽しく受け止めている彼女は強い。親しくなった女性の自立を目の当たりにして、自分こそもっとしっかり強くならなければならないと反省するのは、やはりそれなりに彼女に気があったからかと、滋は思うのであった。
続きます




