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その感覚は恋心(後編)

「羨ましいか… 自分でもよくわからない。私は、それから彼女が外出するたびに私の体の一部を糸状に伸ばしてその後を追うようになった。彼女がどこに行き、どのようなものを見、どのような顔で、態度で過ごしているのか。その才能の秘密の片鱗を知ることができればと、そう思っての行動だった。だが、次第、これもまた不思議な感覚に見舞われた…」


「まるでストーカーだな。その新しい不思議な感覚っていうのも、要するに『恋』だろ?」


 先ほどから何度もおちょくって、敬意の欠片らも見せようとしない桐生だが、言うことは鋭い。弥生も滋も相槌を打つ。トンネルの幽霊本人はそれを認めない。


「『恋』? いや、違うな。彼女のことが気になって、彼女が別のところで寝泊りしないか、別の人間に心を許さないか、その相手は誰か、そういった辺りを知りたくなっただけだ。ろくでもない奴なら渡してはいけない、渡してなるものか、そう思ったに過ぎない」


「親心かしら?」


「いや、だから、そういうのを『恋』っていうんだけどね」


 それでも頑として認めない。自身の恋心を恋と認めず、二十年も姿を見せずに相手と面と向かわないのは、恋は恋でも子供の恋だと桐生は言い切る。


「おたくのように恋が初めてなんて奴には恋がどんなものかわからないのも頷ける。しかしだ、周りからそれが恋だと指摘されながらも、それでも認めないというのはいただけない。その恋が成就することだって絶対にない。一生埋没したままの片思いで終わるだけだね。恋をしたときはいろんな意味で最初は素直になったほうが絶対いいよ。気持ちを押し込めるのは、それからいろんな事情を考慮して、どうしても駄目だと思ったときだけだね」


 この男が恋の説教というのも似合わない。


「恋… だと? いや、断じて違う」


 どこまでもそうと認めないトンネルの幽霊も頑固である。では逆に恋の対象者とされている美奈子はどうかとそちらを見ると、特に動揺する様子もない。他人事のように聞いている。滋は、平然として照れる様子もない彼女を見て人知れず胸を撫で下ろす。


「美奈子さんは、どう思うよ?」


「う~ん、十中八九、恋ね」


 美奈子の口からそう言われれば、トンネルの幽霊も否定もできずに困惑する。


「だとしたら… だとしたら、どうするというんだ。この感情が恋だというなら、何を持って解決し、何を持って正解というんだ?」


「解決に正解といわれてもね。とことん素直じゃないな、おたく。自分はどうしたいんだよ。美奈子さんとどうなりたいんだよ」


 しかし、黙ってしまう。もともと無機質のトンネルの幽霊に、見事恋心が芽生えたとしても、そこから愛へと育む思考も才能もない。美奈子と一緒にいたい、美奈子をよからぬ男に盗られたくない、それがトンネルの幽霊の恋の全てである。


「どうしたいか… それは、お前たち、美奈子をたぶらかす連中をこの場で排除することだ!」


 そう叫んで、刺さる刀から抜け出そうと必死にもがく。桐生の刀は切断した腕とは逆の肩に突き刺さっているため、自分で抜こうにも手に力が入らず抜けない。歯を食いしばるトンネルの幽霊は、ついに覚悟を決めたか、肩口を自ら捨てるつもりで強引に体を引っ張って脱出を試みる。その度に硝煙のようなものが傷口より昇って、そして痛みに喘ぐ。それでもすぐに解放されるものでもない。少し休んでまた身を千切ろうとし、そしてまた休んで、再び挑戦する。滋は結界の構えを取るが…


 彼は思う。トンネルの幽霊が次第に可哀想になってきた、と。



続きます

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