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その感覚は恋心(前編)

 桐生のサディスティックな意地悪によってトンネルの化け物が自白するところでは、「トンネルの幽霊」だ、とのこと。トンネルが作られてから何十年と経ったある日、突然自我に目覚め、さらには霧のような白い体を手に入れて、ここを通る人々や動物、車の流れを目にし、会話を耳にするようになったそうである。何が原因で自分のような存在が生まれたのかは本人も不明。自分が何者でどこから来たのか、深く長く考えた時期もあったという。答えを見つけるため人間というものをじっくり観察するようになり、このトンネルも人間の手によって作られたことを知って、自分のルーツを理解する。しかし、本来、無機質は意思を持たないもの。自分のようなトンネルがどうして意思を持っているのか、また疑問を抱いてしまう。彼は、自分のような存在は実に特殊で稀であると、ある事件をきっかけに気付く。それが、このトンネル内で起きた、美奈子が死んだ車との衝突事故であった。


 トンネルの幽霊の話では、車に撥ねられた美奈子の体は数メートルと飛ばされ、地面に頭から落ちたそうである。頭蓋骨の半分が陥没し、肉体はその時点で死んだらしい。が、ボロボロになった体から幽霊としての美奈子が浮き上がり、病院に搬送される自分の肉体を幽霊の彼女が眺めていたそうである。美奈子に確認すると、彼女にはそのときの記憶がない。


「私は思った。人間というものはなんと脆いものなのだと。人間が作り出した我々トンネルや車、その他無機質のほうがよほど頑丈であると。同時に、幽霊となった彼女を見て、生命ある肉体を持たずして、意思のみが一人歩きするということを理解した。つまり、私もそれなのだと。生き物は死ぬとどうやら魂というものが天に召されるそうだ。ところが、彼女にはそれがなかった。私は彼女をしばらく観察していた。迷子のようにこのトンネルの中を右に左に行き来して、時折、行き交う車を眺めながら、そのうち自分の存在に誰もまったく気付いてくれないことを彼女は知った。道の真ん中に突っ立っても気付いてくれない、また車に撥ねられようとしてもすり抜けてしまう。寂しさからか、突然泣き出したものだ。泣くことに飽きた頃、自分が死んでしまったことをようやく理解するが、それでも彼女が天に昇るようなことはなかった。両親もいない、友達もいない、そんな彼女だが、自分が死んだと理解してからは、何故か急にあっけらかんとするようになった。このトンネルが居心地いいのか、ここを塒のように使って、私と同じように生きた人間を観察するようになった。そのうちこのトンネルが完全に使われなくなると、トンネルを出て、外にも遊びに行くようになった。そして、また寝るときはここに戻ってくる… 私は彼女に自分と近いもの、いや、自分と同じものを見たような気がした。だが、それは決して同じものでもなかった。彼女の明るさは、私などが逆立ちしても真似できるものでもなかった。自分が何者なのか悩もうともせず、親や友達がいないからといって心萎れることもしない。その強さは何なのか、強さの秘密は何なのか。やはりこれが元人間と無機質の違いというものなのか。そう私は考えた。深く深く考えて、答えが見つからない自分に苦しんだ。そのうち私は彼女のことを、観察というよりは憧れの目で見るようになった。その感覚は自分でも不思議なものだった」


「明るくいられる、その才能が羨ましいってことですか?」


 相手が無機質でも毅然と喋る相手には滋は敬語を使ってしまう。



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