演技上の接吻、でも…(後編)
滋がそっと右手を翳せば、美奈子も左手を翳し、幽霊には触れられないとのルールを吹っ飛ばして手と手が触れ合う。二人の顔が近づいて、笑みを抑えきれずにいた美奈子もいよいよ真顔となる。いざ、接吻のとき。美奈子は目を瞑る。男の唇を受け入れようとする女の覚悟に滋は瞬間、圧倒される。怖気づいて、唇重なる手前で固まってしまう。美奈子は、ただ目を閉じて待つ。初めてのキスを、彼女なりに精一杯、上手く、楽しく、嬉しく、幸せなものにしようと努めている。男として、このときこそ誠意を見せられなくていつ見せるものか。できなければ男が廃る。改めて気持ちと体が彼女へと向えば、いままさに二人の唇が触れようとする。
「滋! 伏せろ!」
どっぷり美奈子の心に浸かって、敵のことも忘れていたが、まさに彼女の唇を奪おうとする滋目掛けて、天井より逆さに吊られて現れた鬼の顔をした化け物が拳を放つ。桐生の掛け声の甲斐あって難なく避けきった滋だが、振り回した腕の風圧の強さは先の一撃とは比べ物にならない。よほど頭にきているようで、空振った後も、殴りに掛かる。大振り故に間一髪それも避けると、この隙を突いて、敵の肩口めがけて桐生が得物を投げつける。見事串刺して、天井に磔にしてしまう。敵は必死にもがいても刀を抜くこともできず、壁に消えることもできなくなる。
「滋君、いまよ!」
滋は練り上げた結界を半球にして壁ごと巨大な怪物を閉じ込めてしまう。しばらく抗い続けるが、そいつはそのうち諦めて、歯軋りしながらUWの三人を睨みつける。
「よし、尋問だ。こいつが何者か、白状してもらうじゃないか」
「なら、あんた、とりあえず話しかけてみなさいよ」
「俺がか? こいつ、日本語がわかるかな?」
軽く咳払いをして話しかけようとすると、相手は唸り声を上げて威嚇する。
「相当に嫌われているわね。喋る前から喋るなってことかしら」
「おい、おたく、一体何者だ? 俺たちをいきなり攻撃してきて、それなりの理由ってものがあるんだろうな?」
しかし、唸り、吠えるばかりで応じないから滋に交代。無理だと言ってもやらされる。
「あの、あなたは、一体、誰なんですか? やっぱり、美奈子さんの…」
父と言い掛けて唾を飲む。が彼でも、吠えられるだけである。むしろ桐生の時より怒り具合が激しいくらい。
「弥生さん、お願いします」
「私? 嫌よ」
こうなれば美奈子しかいない。すると彼女も、
「私… 私がやるわ。いま、この人が何を叫んだか、私にはわかった気がするから…」
滋は思う。やはり彼女は凄い。見た目は小学生でも、さすが年上、色々な意味で惚れてしまいそうだ、と。
続きます