演技上の接吻、でも…(前編)
大根役者では結局上手くいかない。敵も呆れて一瞬殺気が消えたくらいである。失敗を失敗と認められるだけまだいいが、
「よし、なら作戦変更。滋、お前がやれ。敵が出てきたところを俺が得物で串刺しにして動きを止めるから」
「え? 僕が? やだよ、僕だって演技とか嘘とか苦手なんだから。学芸会とかでも台詞のあるものなんて一度もやったことないんだから」
「うん、確かにお前のその一見して気弱な性格は役者向きじゃない。キャスティングをしていた人たちは間違いのない目をしている。でも、攻撃をしようとするから演技になるんだろ? ここはちょっと趣向を変える。お前、どうやら彼女のことを結構気に掛けているようだからな、恋仲になりなさい。この場でいちゃいちゃしてやれば、敵も本当に美奈子さんに気があるなら出てくるだろ」
滋の顔は真っ赤になる。
「な… 何を言っているんだよ。こんな緊迫した場面で、不謹慎な」
「たんにべたべたするのもアレだし、やっぱりキスだな、キス。花子さんがそうされていたように、彼女をそっと抱きしめて重ねる唇。これだろ」
「ば… 馬鹿なことを言わないでよ。弥生さん、何とか言ってあげてよ」
ところが弥生は真顔で、
「それ、私も見たい」
彼女もまた仕事よりも目先の楽しみに興じてしまう癖があるようだ。
「だ… 第一、美奈子さんの気持ちだって考えないと…」
これもまた愚見であることは滋自身がよく承知している。嬉し、恥ずかし、顔を背けながら頬を赤く染めている美奈子を見れば一目瞭然。
「美奈子さんは、ねぇ、このとおりなんだし、OKなんじゃない」
「よし、決まりだな。お前も顔はほとんど女の子だけど、一応男なら、男としてこういうものはビシッと決めな」
まるですでに恋人同士の二人というような話。滋の狼狽を汲み取る者など一人もいない。接吻シーンを期待する、見ようによってはイヤらしい笑顔の桐生と弥生。芝居を、もはや本気の恋の勝負どころのように、恥ずかしさを乗り越えて強い意思を完成させ、爽やかながら気合の入った顔をする美奈子。そのどれにも根負けして、抵抗虚しく流れに飲み込まれてしまう。
「わ… わかったよ、やるよ。やりますよ。でも、フリだからね!」
渋々引き受けたように見せているが、きっと内心まんざらでもない。背を向けて待つ美奈子にずんずんと近づいて、その名を呼び、正面を向かせると、出陣する兵卒の如き真剣な面持ちで彼女を見つめる。当の美奈子はこれが演技だと知っていながら、そんな滋にうっとり見とれてしまう。彼女のみならず、周りの誰もが、滋の表情に嘘を見受けられない。
「滋… さん」
「美奈子… さん」




