少女の幽霊はフレンドリー(前編)
念じれば触れられる… 人の思いは生死を超えてなおまだ繋がれるとでも言うべきか、どれほどの情念があればそれを可能とするのか、滋としても興味がある。幽霊を相手にする立場であるUWの隊員からすれば厄介極まりない話でもあろう、簡単に敵に回すべきでもないだろう、「あちら側」の住人を相手にする際と同じように、武力で圧するのではなく、まずは話し合いによって解決を図ることが望ましいだろう。考えようによっては面倒だが、興味が勝って、桐生のように毛嫌いすることもない。少なくとも目の前の少女の幽霊に関しては、もはや恐怖もなく、子供らしいわがままを言う妹のように見える。三人の姉がいる彼は、このような妹が欲しいと思ったこともしばしばあってか、好き勝手言われたり、叩かれたりしても、怒りもさほど湧いてこない。
「ところで、いつからこのトンネルで幽霊をやっているんですか?」
「まあ! 女に歳を聞くなんて不躾ね。もっと気を遣いないさいよ」
「いえ、歳じゃなくて、ここいる年数です」
「ふん、それも変わらないわ。でも、まあ、二十年近くかしら。見た目は永遠の九歳だけど」
どうやら幽霊は死んだその時分より形は変わらないらしい。が、精神年齢は重ねていくようで、彼女が妙に大人びた言い回しをする理由もそこにある。生きていれば自分よりも十近く歳が上だと知った後では、妹のようだと思っていたものも、姉のようだと変わってくる。それでも実際に姉が三人もいればそれはそれで慣れたもので、あしらい方も心得ているから返って親しみやすい。姉のような妹というのも悪くはないと思ったとか。
「ということは二十九歳ですね」
「あんた、デリカシーないわよ」
「でも、どうしてこんなところで二十年も幽霊をやっているんですか? え~と、名前は…」
「美奈子よ。どうしてって言われても、知りたいのは私のほうよ。死んだら成仏するっていうのが普通じゃない。でも、私にはその成仏の仕方がわからないのよ。確かに二十年前、私はこの場所で死んでしまったけど、別にこの場所にしがみついていたいと思っているわけでもないのよね。この世に未練がある人は成仏できないで魂がこの世に残るって話だけど、それも自分で言うのもアレだけど、特別に未練があるってわけでもないのよね。強いて未練をあげれば、白馬に跨った王子様と恋に落ちてお嫁に行けなかったことくらいよ。結婚もできず、いいえ、恋もできずに死んだことが心残りなだけよ。でも、一般的に考えて、そんなことで幽霊になるのかしら?」
「何か、死因に関係があるんですかね? こんなことを聞くのはいけないことかもしれないけど、何故、二十年前、九歳の若さで、しかもこんなところで死んでしまったんですか?」
美奈子という幽霊は難しい顔をしてしばらく滋の質問の答えを思い出そうとするが、なかなかそれに辿り着かない。あまり覚えていないらしく、車ではねられたような、誰かに連れてこられたような、何々のようなと、断片的で曖昧なことを口にする。それらが正確な記憶なのか、それとも後から手に入れた知識が作った自分の空想なのかも判別に難い。自分の苗字すらよく思い出せないと言う。
「不思議よね。苗字なんて、私が生きている時の記憶で一番当たり前のようなものなのに覚えてないのよ。家族だって、お父さんがいたような、お母さんはいたのかな? いまいち覚えていないのよ。幽霊になった当初からそんなこと気にもならなかったし、冷静に考えて、自分に親がいてもおかしくないと気付いたときも、だからといって悲しくなることもなかったのよね。今もそうよ。ほんと、何でだろうね?」
「何ででしょうね。僕も専門家じゃないので詳しくはわからないです。でも、こうやって話を続けていると、もしかしたら何かわかってくるかもしれないとは思いますけどね」
「えぇ? ほんと? 前向きな台詞を言って、私を励まそうとしているだけなんじゃないの?」
訝しく見つめながら、美奈子の口元は嬉しそうである。
「そうかもしれませんけど… でも、僕にとってはこれも仕事だと思っていますから」
「仕事って… そういえば、あなたは何者なのよ。名前も聞いていなかったわね」