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花子の昇天(前編)

「あれ、キスよ、キス!」


「いやん、ほんと、キスだわ」


「キスですね」


「キスだな」


 里山と花子を見守って、四者の興奮の度合いはそれぞれだが、目の前で接吻されて平気でいられる者はこの場にはおらず、顔がにやけたり、引きつったり、呆れたり、ときに赤面したりしている。しかし次の瞬間、花子の体がいつになく薄くなる。今にも消えそうになると、滋たち四人は、そして里山も、その異変にたちどころに眼を開く。


「ちょっと、花子さん、大丈夫?」


 花子は、それまで弥生たちが見たことのない穏やかで幸せそうな笑みを向ける。そのうち彼女の体が宙を浮き始めると、いよいよ成仏が始まる。天に召されるとは言うが、まさにその通りだと皆見とれてしまう。顔を上げながら誰一人余計な戯言を口にしない。花子の昇る先が夜だというのに薄明るくさえ見えてくる。


「すごい…」


 誰が言ったか、全員同じ気持ちである。出会ったときは根暗がそのまま服を着たような印象であった花子も、晴れやかな顔をして優しく微笑んでいれば、まるで聖女と見える。これが本来の彼女の美しさ、里山が好きになった花子の姿である。


「きれいだ」


 心底を震わされて滋が呟くと、美奈子も弥生も目に涙を浮かべながら頷いている。桐生はいつになく真剣に、目はやや物悲しそうに、口元は緩く微笑んで、昇る花子をじっと見つめている。里山は、驚きと悲しみと、そして嬉しさが入り混じった目で花子を見上げている。口元はきつく結んでいたが、滋のその一言を耳にするや、当の本人も意外なことに、その目から涙がどっと流れ出す。


「花子さ~ん、天国に行っても、元気でね~!」


 美奈子の声が大きく天へと響く。弥生も美奈子に続いて、


「花子さ~ん、色々とありがとう! 勉強になりました~! 天国に行っても、私たちのことを忘れないでね~!」


 上昇する花子はそれらの声に振り返り、ゆっくり手を振る。別れを惜しむでもない、この世に後悔があるでもない、満足した人間の顔である。


 出会いは公園。出会った際の印象は決して褒められたものではなかった。おぞましい体験もさせられたが、仕事柄、彼女の恋愛話に耳を傾け、その決着を今こうして見守って、滋も目頭が熱くなる。両手を天に翳して大きく振ってみせると、不覚にも涙が流れる。何か適当な言葉を掛ければよいが、それもできない。ああ、このまま花子は天に召されるのだと思ったとき、はて、それまで上昇していた彼女が、用事を思い出したように急に宙で止まって、身を反転、みるみる落下してくる。これにはその場の誰もが目を丸くする。着地すると美奈子に駆け寄って、


「美奈子さん、あなたに伝えたいことが」


「え? 私?」


「上から見ていて、あなたの背中から糸のようなものがずっと伸びているのが見えたの。いまも、私にはよく見えるわ。それが遠く私たちが住んでいた町のほうに伸びているの。おそらくトンネルのほうだと思うけれど、何か、あなたを『縛って』いるものと関係がある気がするの」


「え? そうなの? 私にはよく見えないけれど…」


 里山は勿論、UWの三人にもそれは見えない。


「美奈子さんも、何か答えが出るといいわね。それじゃ、皆さん、色々とお世話になりました。昇ったり戻ったり、面倒なお別れになってしまったけれど、これも私っぽいと思って、許してください」



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