花子と里山、二人だけの世界(後編)
「そしてあなたは… あなたは… そう諦めて、私との関係を先輩と後輩という枠に押し込めた… そのときのあなたのやさしい笑顔が、私にはそれほど酷なものはなくて、私こそ、完全に諦められたって、そう悟って… それからどうしようもないくらいに落ち込んで… ご飯も喉を通らなくなって… 夜も眠れなくなって… 仕事でもミスが多くなって…」
「遠くから見ていて、俺は辛かったよ。神山さんの顔から魂が抜けたようになって、笑顔も消えて… 諦めたことで正解だと思っていた自分が間違いだったんじゃないかって… 君の性格を、女らしいその性格を、ちっともわかってやれなかった俺の責任なんじゃないかって… そう、思った…」
「そして里山さんはまた、私に話しかけた… 『二人だけで話がしたい』と…」
「うん…」
「そして私は… 馬鹿な私は… また話しかけられたことに舞い上がって… 『忙しい』なんて、忙しくもないのに言って…」
「うん、俺はそれからしばらくして会社を辞めていった…」
「あなたのことが気になっていながら… 好きでいながら… あなたが会社を辞めようとしている気配にまったく気付かなくって…」
「上司以外に話していなかったから」
「私は、結局あなたのことを真剣に考えようとしていなかった。自分が、あなたに好かれることばかり考えて… 好きだといってくれないあなたを恨んだりもして… 最低です…」
「そんなことはないよ。相手の気持ちが手に取るようにわかることなんてないんだ。それがたとえ恋人であっても… だから、泣かなくていいよ… そんなの、普通なんだから… たとえ、そのとき分かり合えなくても、いまこうして、お互いの気持ちを確かめ合えている… 時間は掛かったけど、いまこうやって、気持ちが通じていることが大事なんだ… 神山さん… 俺は、君のことが好きです。もう、恋人になれるとか、なれないとか、別に気になる人がいるとか、いないとか、生きているとか、死んでいるとか、そんなの一切関係なく… 素直に… 自分の気持ちはむかしから、そして今も好きでいます。それが、俺が君に伝えたい一番のことです」
「私も… 私も… あなたのことが好きです… 嘘でも、冗談でもなく… もう付き合えないとか、そういうのも関係なく… あなたの… 真っ直ぐで優しい気持ちが好きです… ずっと素直になれなくて… 本当に、ごめんなさい…」
「うん… 大丈夫… 俺はもう、そんなのはとっくのむかしに許しているよ… 許していながら、それを受け止めてやれなかった俺が馬鹿だっただけ… その証拠に、素直になれない君を、かわいいとも思っていたんだから」
「…ありがとう、嬉しいです… 救われた気がします…」
「神山さん… 抱きしめても、いい?」
「…うん」
「冷たい、体だね… 本当に、死んでしまったんだね」
「…うん」
「でも、体の真ん中辺りが、気のせいか、暖かく感じる…」
「…うん」
「俺はもう、毎日君の幸せを祈るのをやめるよ。もう、その必要もなくなった気がするから…」
「うん… 私も… どうして幽霊になってしまったのか、いまこうしていて、わかった気がする… 私の勝手なエゴのせいかと思っていたけど…」
「うん… 半分は、俺のエゴのせいだよ」
続きます




