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花子と里山、二人だけの世界(前編)

「神山さん。俺は一年以上も前から、それこそ君が前の会社にアルバイトとしてやってきた頃から、一目見て、可愛らしい子だと、自分の好みだと、そう思ってた。なかなか喋る機会もなくて、俺自身、仕事中は仕事のこと以外あまり喋らない性格だったから、それこそ世間話の一つもできなくて、でも、遠くから、近くから見ていて、何か喋ろう、何か喋ろうと、結構必死だった。感情があまり顔に出ないほうだとよくみんなに言われるくらいだから、ポーカーフェイスを作っていられたけど、内心はそんな自分に対する歯がゆさと、君が他の社員の男と仲良くなってしまいやしないかと焦ってしかたなかったんだ。憶えていると思うけど、俺、多分、君にはほんと、仕事のことしか話しかけなかっただろ?」


「うん… でも、それでも、仕事以外のことも、例えば会社のエレベーターで一緒になったときとか、私のこととか、聞いてくれていたよ。憶えていない? まだバイトに入って間もない頃に、いきなり私の名前を、自己紹介もまともにしたことないのに呼んで、大学とか学年とか、年齢とか、一気に聞いてきたこと… 私のプライベートのことを、そんなに一辺に聞いてきたのは、里山さんが初めてでした」


「ハハ… うん、それ、憶えてる。俺も舞い上がってて、エレベーターの中なんて二人きりだから、ものすごく緊張してしまって、正直、俺って、こんなにあがり症だったっけって、そう思ったくらいだよ。それぐらい、はじめて見たときから気になっていたんだと思う」


「名前を、どうして知っていたんですか?」


「ネームプレートで、即座に。いや、その前から知っていたかな。やっぱりネームプレートを通りすがりに盗み見たりして… 今思うと、格好悪いね。そしてそんな俺を、そのとき君は冷たくあしらったんだ。憶えてる?」


「え? えっと、そう、でした?」


「うん、『大学一年の十九歳です』そう教えてくれたのは良かったけど、とてつもなく素っ気無く、愛嬌のかけらもなくて、会社の人だから仕方ないって、そんな感じで言ったんだ。正直、この娘は礼儀を知らないのかと、そう思った。同時に、何か一目ぼれした自分が裏切られたような、好きだと言ってもいないけどすでにフラれたような、そんな気持ちになったよ」


「えっと、ハハハ… は~。ごめんなさい。そんな気はなかったんですけど、私も舞い上がってしまっていて、そういう態度しか取れなかったんだと、そう思います。私も、正直、里山さんのことが、その頃にはすでに気になっていたから…」


「うん。多分、そうなんじゃないかとも思った。でも、確信がなかったから、それからしばらく、好きになるのやめようって、君のことも相手にもしないで、目にすることも避けようとしてた時期があったんだ。もしかしたら態度に出ていたかもしれないけど、もしそうなら、今更だけど、ごめん、謝るよ」


「うん… そのときは私のほうが、本当に嫌われたと、そう思いました。それくらい、私に対して素っ気無かったです。私が悪いから仕方ないんですけど、私こそものすごく焦って、どうにか里山さんの視界に入ろうと、意味もなく目の前を横切ったり、わざと目の前を遅く歩いたり、そんなことしながら、挨拶してくれないだろうかと待って… 私からは一度も話しかけたことがないのに、挨拶だって、私からまともにしたこともないのに… 私こそ、子供じみた行動だったと、そう思います」


「そういえば、そうだったね。思い出しても、神山さんから話しかけられたことってないかもしれないね。挨拶も、そうだったかな。俺から声を掛けて、神山さんはいつも返事だけ… ひどいときは頷くだけのときもあったし。うん、その度に、絶対に嫌われていると、そう自分に言い聞かせて諦めの気持ちを抱いたりしていたと思う。そしてそれがまた俺の顔に出て、神山さんには相手にされていないと、そんな不安を与えていて… そんなことの繰り返しで… 馬鹿だったね、俺たち。ホント…」


「でも、それでも里山さんは、そんな中でも私にちゃんと尋ねました。『どうして、自分の前だとそんなに素っ気ないの?』と。憶えていませんか?」


「それは… ちゃんと憶えてる…」


「本当に子供じみていたのは私一人なんです。里山さんは、本当は何も悪くない。そのときの私の返事、里山さんは憶えています?」


「うん、しっかりと…」


「私は… 私は… そんな里山さんに向かって、自分の何が素っ気無いのかと、自分の態度の何が変なのかと、まるで里山さんの自意識過剰のように言い捨てて… ホント最低の私に、あなたは、あなたは、それでもそんな質問をした自分が悪いと、そう謝ってくれたんです…」


「そう… だったね」


「そうなんです! 私はそのときが一番後悔しました。自分の態度に、自分の素直になれない気持ちに、そんな自分の性格に…」


「俺は、君を傷つけたくなかったから。正直、そのときばかりは、本当に諦めたけどね。嫌われているとか、そんなものを超えて、この子とは運命じゃないんだなって、そう、思ったよ」



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