大学の近くで幽霊が出るらしい(後編)
早速、弥生に電話を掛けてみるが、電話の弥生は「ちょっと仕事を頼みたい」と桐生が喋るや、そんな暇はないと詳細も聞かずに突っぱねる。桐生本人にして、自分は隊長の器ではないと思っているも、弥生の態度はそれ以上に彼を隊長としてまるで見ていない。
「何だよ、また遊びに行く予定だとかっていうんじゃないよな」
「違うわよ。こっちも仕事よ、仕事。もう現地に向かっている最中だから今からあんたの仕事を頼まれるわけにはいかないの」
「はて、何の仕事? 俺は何も聞かされていないけど」
「私の独自調査よ。大学のキャンパス近くに幽霊が出たって話を友達から聞かされたから、ちょっと調べにいくのよ」
「おや、俺もまさにその用件でお前に電話をしたんだけどな。まさか先に動いているとは… なら滋もそっちに遣わそうと思うので、合流して協力して調査をしてくれないか」
「まあ、いいけど。でも、滋君、今どこにいるのよ。私、もう着いちゃうよ」
「理系のキャンパスの近くだよ。お前もこの町内にいるんだろ?」
「え? 違うわよ、私がいるのは文系のあるキャンパスの近くよ。そっちじゃない」
「でも、幽霊が出るって話なんだろ? トンネルの」
「トンネル? それも違うわよ。私が聞かされた話では公園よ。町の外れにある小さい公園」
はてさて話がかみ合わない。今一度、滋に確認してみるが、彼の情報では確かにトンネルとくる。弥生としても自身の聞き間違いだとか勘違いはないと言い張っている。
「それはつまり、二つの幽霊がいるってことか?」
「そういうことなのかしらね。それならそれで、私はこっちのほうを調べるから、トンネルのほうはアンタたちで調べなさいよ」
せかせかと話もまとめて電話も切られてしまう。
「とまあ、そういうことなんで、滋、お前やっぱり一人で調べに行ってくれないか」
「え? 結局そうなるの? でも、誠司は手伝ってくれないの? 何か用事でもあるの?」
「いや、用事があるというわけでもないんだけど…」
普段の桐生なら自ら先頭に立って調査なり戦闘なりを指揮しようものが、今回に限っては自分が関わることを暗に避けようとする。これは何かあると、滋も丸い目を細くして訝しく見上げる。ひ弱で根性も人より足りないかもしれないが、勘の鋭さ、目ざとさだけは優れている上に、意外とお節介や無粋な真似が好きなものだから、
「もしかして、デート?」
などと聞いてみて微笑んでいる。ところが冷やかしも的を外れていて、
「そういうのがあればねぇ」
「じゃあ、何があるっていうの? 何で手伝ってくれないの?」
膨れっ面で、まるで男にせがむ面倒な女のように聞くと、
「俺、幽霊、嫌いなんだよ」
ついにその本心を白状する。
「え? それはつまり、怖いってこと?」
人の弱点もまた好物で、調子づいて嵩に懸かろうとすると、
「いや、面倒だから」
と、まったく狼狽えることも悪びれることもない。
「面倒って… そんな怠慢な」
「そうはいってもね、切れない、殴れない、その上… いや、やめておこう。とにかく、俺とは相性が悪いんだよ、いろんな意味で。まあ、そんなことでね、お前、とりあえず一人で頼むよ。俺は、帰る。そんじゃ!」
最後は強引に任務を押し付けると、その常人離れした足の速さですぐに走りだし、これまた超人的な跳躍力で人の家の屋根へと登って逃げてしまう。
滋は思う。弥生が彼を隊長として見ない理由が何となくわかると。