不器用な片思い(前編)
恋愛の種類は多々あるも、その中でも片思いは辛く、ときに残酷である。想いを寄せる、想いを抱く、恋焦がれる等々、意中の人を想うことはその人の自由であれば、何人もその邪魔をすることはできないけれど、憚り、隔たりがないのでは際限がなく、思いばかりが膨らんで取り留めないうえに、その果てしない夢と期待が現実には実らない。それでも思い続けるのは中毒と変わらず、思いを捨てれば気楽になると知りながら、それでもやめられないのが恋の魔力。いつかきっとの思いは儚く、未来に自分の幸福を託す今の自分は、はたして幸せなのかそうでないのか。少なくとも幸福を実感できるものではなく、未来においても恋の成就が叶わなければ、思い続けたその時間の意味を問うことになる。無駄であったのか、それとも明日の自分の糧になったのか、どちらに至るかはその人の考え方次第だが、たとえ前向きなほうへと考えついたとしても、考えている最中の孤独は心に痛い。
「五年間の、片思いですか… それはまた…」
「辛いわ。辛い以外に何も残らない。仕事場の先輩だけど、部署が違うから毎日会うと限らなかったし、でも近いところにいたわけだから、余計に辛かった。ただね、必ずしも片思いだったとも言えなかったのよ。相手の男も、私のほうに気があったはずなの。うん、それは確かなはずよ」
「でも、恋人になることはなかった、ということですか? でもそれはまた何故です?」
花子は項垂れる。話したくない話の中でも一番に話したくない箇所で、打ち明ける気持ちが固まるまで少し時間が掛かる。
「私が… 私がいけないの。それはわかっているの。何もかも私の弱い気持ちが、この内気な性格が問題だったの…」
「アプローチし切れなかったとか、そういうことですか?」
花子は頭を左右に振る。
「アプローチしてくれたのは向こうのほう。普段の挨拶から始まって、最後には真剣な表情で話があるって、言われたりもしたわ。でも、私が馬鹿みたいに、その人に話しかけられる度に邪険に扱ってしまって… 挨拶だって、まともに返したことがないのよ。好きだから、気になる相手だから、話しかけられて本当は嬉しいはずなのに… どうしてだったのかな、素直になれなかったのよ。他の、興味もない同僚の男だとか、女の友達だとかには普通に会話できたのよ。ときにはその人の前で、他の男と仲良くして見せることもあったわ… 考えると私、最低なの。あの人から見たらよっぽどひどい女だったと思う。あの人が本当に私に気があったなら尚更よ。傷ついていたと思う。でも、その人もそれでもそんな私を諦めなくて、礼儀正しい人だったから、見かければ挨拶はし続けてくれて… 最後のときも、きっとあれはあの人から告白しようとしていたに違いないの。でも、それも仕事が忙しいからまた後日って、本当は忙しくもないのに避けてしまって、話も聞こうとすらしなかった…」
冷静に聞いて、花子に非があるのは否めないであろう。それでも弥生にしてもわかると思う節がいくつかあれば同情は禁じえず、花子一人を悪者にできない。女の子なら似たような経験をその人生の中で少なからず一度はしているもの。ないと言い切れるほうが奇跡に近い。花子の場合は単にそれが極端で、度が過ぎているだけにすぎない。言い返れば、それだけ相手のことが好きだったということだ。弥生などは果たして自分がそこまで誰かを好きになったことがあるのだろうかと自問をする。今も昔も、意中の男性に対してどこかで冷めた自分を持ち込んで、相手とも適当な距離を設けて、恋する自分自身とも、理性という言葉でもう一人の自分を設けて距離を作りながら、その恋心を傍観してはいなかったか? 気持ちの真偽を確かめながら、恋に敗れても気持ちの保険のように、それは偽モノの感情だったとすぐに割り切っていなかっただろうか? 相手との距離が近くなっても盛り上がらず、離れてしまっても寂しくならず… そういった精神の駆け引きは器用といえば器用だが、分割した感情が果たして本物の恋だと言えるのか? ただの気まぐれではないのか?