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自分の名前も気に入らない(後編)

「じゃあ、どんな名前なら良かったのよ?」


 花子は考えた末、


「なにか、いい名前ないかしら?」


 自分の薄幸を名前のせいにしながら、名前そのものにあまり頓着がない。おそらく己が薄幸を何かのせいにしたいだけのようである。


「花子さんって、歳はいくつ?」


「歳? 二十五よ」


 話によれば、花子が死んで幽霊になってからまだ一ヶ月も経っていない。幽霊になるなんて思ってもいなかった彼女は、幽霊としての嗜みもわからず、今後この世に残り続けてどう過ごそうかとも考えられない。漠然が不安を呼んで、生身の人間を避けようとすれば気苦労も絶えず、人と接しても忌み嫌われる存在でしかないなら、尚この世に恨みを抱いてしまう。その怨念によって成仏できないのかも知れない。


「それで、花子さんはまたどうして自殺なんかしたんですか?」


 女同士、だいぶ会話も滑らかになってきたところで本題に触れようとすると、花子はまた黙る。言ってしまおうか言わないでおこうか、その胸中の迷いを弥生も察する。言ってもらわねば仕事にならないが、無理強いもよくない。弥生も黙って花子が自分から言うのを待つ。花子の如き性分が相手なら黙って待つ方が得策である。そのうち、


「男よ…」


 と一言だけ漏らす。そうして踵を返して背を向けて、深い傷心を思い出して溜息を一つつく。


 大概、幽霊の怨恨などは異性に因るものである。弥生としても予想はしていていたが、いざその通りになると、さてどう話を広げ、どう受け止めてやればよいのか思考が詰まる。色恋はあまり得意分野でもなく、その道はあっさりとした付き合いを望むだけに、怨恨になるまでのドロドロとした男女の関係などは彼女には立ち入れない特殊な領域となる。


「そう… 男女の間柄… それは確かに重いわね…」


 弥生の口も俄かに鈍くなる。不意に花子も振り返る。


「あなたはいいわね、これからもっと恋ができて」


 こう劣等感をチラつかせるが、弥生にはまるで皮肉や嫌味と聞こえる。


「わ… 私だって、そんなに自分の恋愛が上手くいっているわけじゃないんだから…」


 そう無駄な負けん気で思わず口走れば、


「へえ、じゃあ、あなたも現在、恋をしているってわけね。相手はどんな人よ。あなたの話も聞かせなさいよ」


 と、こう迫られる。調査する側が質問されては変な具合になる。弥生自身が一番に変で、彼女はその意中、気になる異性のことを「恋」という尺度で思い描くと、急に一人で恥ずかしくなってしまう。顔は紅潮し、体は熱って、訳もなく数歩後退してしまう。


「と… とにかく、そっちから話しなさいよ。私の話はその後よ」


 何とか踏ん張って強く出るが、虚勢は年上への敬意を省略して、古い友人同士の如き口の利き方をする。いや、対花子において、これも悪くはない。


「本当はあまり人には話したくないんだけど。でも、あなたなら、まあいいわ。だけど後でちゃんとあなたの話も聞かせなさいよ。それが条件よ」


 勿体ぶりながら断らない花子の心底にも、どこかで誰かに聞いてもらいたい願望がある。



続きます

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