公園の幽霊は根が暗い(前編)
滋が合流する数時間ほど前のこと、噂の幽霊を調査するために公園に現れた弥生の心境は、滋のそれとは違って緊張よりも向上心が先に働いていた。彼女もまた単身で幽霊と関わることは初めてのことで、自分のスキルアップのためにも一度は経験しておく必要があると以前より考えていたからである。桐生にも知らせる前に単独で動いたのもそれがため、また幽霊を不得手とする彼に相談すれば結局はこの手のスペシャリストを別の基地から呼んで自分が関わる前に済まされてしまうからだと踏んだためである。仕事に熱心なのは彼女の性分であるが、対幽霊にそこまで気が走るのは、一つに桐生が不得手なことを得意にして優越感を得ようとの魂胆で、二つに、UWからも危険視されているあのヴァイスに、幽霊との交渉を一度は体験したほうがよいと以前に勧められたからである。実は過去に一度、桐生の知らないところでヴァイスの幽霊戦を目撃したことがある。交渉、少々の戦闘、共に目の当たりにして、その面倒も見知っている。
とはいえ、そこは人の子、二十歳の女性、桐生をも毛嫌いさせる対幽霊の仕事に緊張はする。まだ日も暮れ始める前ながら陽光の届かない鬱蒼とする木々の中に入り込み、
「幽霊さん、いませんか~」
と、発した声もどこか遠慮の気味。しばらく繰り返していると、
「なあに?」
返事がある。振り向いて近づいて見ると、一本の木の陰に隠れて、顔の半分も見せずに弥生を暗い眼差しで覗き見る人影がある。黒髪のセミロング、白いブラウスに黒いスカートを穿いて、顔は元来瞳が大きいのに陰気に目尻が下がり、下唇を突きだしながら口を閉じている。頬は真っ白、歳にして二十台半ばの女性であった。幽霊の突然の出現、何より返事に驚かされた弥生だが、幽霊としても彼女に接近されてまじまじ眺められて、驚き萎縮する。この幽霊には、いわゆる幽霊らしいおぞましさがない。例えるなら気弱な幽霊である。
「あなたが、最近この公園でよく目撃されるという幽霊ですね?」
性質の悪い幽霊の場合、自分が死んでいることも認めないが、
「幽霊… ふぅ… ええ、そうよ。確かに私よ。だから何よ?」
どうやら自分の立場を理解している。それでいて、幽霊と言われることはあまり良く思っていないようである。
「いえ、本当にいるのかどうか、ちょっと調査に来ただけですけど…」
「調査? 幽霊の私を調べてどうしようっていうのよ。マスコミにでも売りつけるつもり? 死んだ人を見世物にして私腹を肥やそうとでも言うの?」
「いえ、まさか。むしろ人前には出てこないほうがいいと忠告しに来ている方ですよ」
言葉を選んでいるつもりだが、癪に触れたか返事が止まる。黙られるとさすがにおぞましい。それにしても弥生という女性は根が素直なために、自分の思惑とは裏腹に言葉に本音がチラついてしまう。それと自覚しない彼女でもないが、気付いたときにはもう声として口の外にある。偏に普段の桐生との罵り合い、文句の言い合いが癖となっている。身に染みたものは、いざというときその人の助けにもなろうが、この場にいたっては…
「人前に出ないほうがいい… ああ、やっぱり私はこの世には不要というわけね? 邪魔者なのね? 生きている価値なんて、存在している価値なんてないってことね? ああ、やっぱりそういうことなのね…」