取り憑かれてる?(後編)
美奈子が相手に実感を持たせて握手できる時間はさほど長くはない。触れるということはそれだけ集中力や気力を必要として、持続できないのだ。冷たいと思っていたその手もふっと実感を失うと、残るのは彼女の笑顔のみ。
「ところで、彼女はいつから、どこから、どうしてあんたと一緒に来たの?」
「いや、それは僕もどうしてなんだろうと思っているところで、何だか上手く勢いに引っ張られたというか、行きずりの情というか…」
「簡単に言って、自分もわからないってことね」
頼りなく滋も頷いて、弥生と共に意見を求めて美奈子をじっと見つめると、それを察する精神年齢二十九歳の彼女は、こと恋愛話になると中学生くらいの心になるものだから、照れながら、
「え~と、それは、やっぱり、ねぇ?」
もじもじとして地面に視線を落としたり滋をちらちらと目にしたり。
「何にしても、この子があのトンネルの幽霊ってことよね。悪霊でもないみたいだし、良かったじゃない」
「弥生さんのほうはどうなんですか? あそこに蹲って、こちらのほうをちらりとも見ようとしないで鬱に入っている、あの女の人がそうなんですよね。男手が必要だと聞いたんですけど、やっぱり悪霊の類なんですか? 戦闘になるんですか? 戦うことなら僕なんかじゃそんなに役に立たないと思うんですけど」
「う~ん、いまのところは何とも。大丈夫だと思うけど… でも、ねぇ… 恨みをかかえての幽霊だから、いつどう豹変するかわからないのよ。あそこにいる幽霊、名前を花子さんって言うそうだけど、さっきまで私に色々と話してくれたのよ。思いの丈というのか、愚痴というのか、幽霊になってしまっている要因のような話をね。でも、その話を続けているうちに、彼女としても気持ちが昂ぶってきたっていうか、急に興奮しだして… なんとか、抑えてもらうことはできたんだけど、そしたら突然今度はすね出して、駄々をこね出したのよね。やっぱり女の私とじゃ話せないって。男に気持ちを聞いてもらわなければならないって。それであれよ。あんたを呼ぶことになったのもそういうわけなのよ」
「随分と端折った話で、何がどういう理由で、というのがわからないんですけど、とりあえず大変だったということですね?」
「うん、大変よ。幽霊の気持ちは生きている人間にはいまいちわからないのよ」
弥生の視線が自然と美奈子の方へと流れていく。これもまた語らずともその視線の意味を察するのは、やはり年の功というものか、
「私に聞いてもわからないわよ。幽霊なんてそれぞれなんだから。人間が人によって性格が違うのと一緒。というか、もともと生きていた人間なんだし、あの人はきっと、生きていたときから面倒な人だったと思うわよ」
幽霊にそう言われると説得力がある。
「この子、なんだか子供のように思えないわね」
「あ、ちなみにお歳は二十九です。亡くなられて二十年経っているそうです」
「あら、やだ、滋さん、そんなに容易く女の歳をばらすものじゃないわよ」
美奈子は口惜しそうで、それでいて、嬉しそうに滋の背中を叩くと、顔を両手で隠して背を向ける。滋も痛がる素振りを見せない。
「まるで付き合い始めた恋人同士みたいね」
と弥生の一言。
「え? やっぱりそう見える? いやん」
喜び恥ずかしがる美奈子に滋も、
「まるで押しかけ女房です。ついてきた理由も要するにそういうことだと思います」
幽霊であれ、異性に好かれることに悪い気はしない。だが、弥生はいたって冷静に、そしてやや呆れて、
「あんた、それを取り憑かれているっていうのよ」
滋は悪寒を背負って気付く。自分もまた結構に浮かれていたものだと。
続きます