大学の近くで幽霊が出るらしい(前編)
陽光の緩い中に、風に湿り気あり。雲もまた薄灰色に漂って、暑いと思えば寒いと思い、寒いと思えば今度はむしむしとして、近く梅雨かと人を億劫にさせる。そんなある日、大学の食堂にて一人昼食を済ましてまどろんでいる佐久間滋の耳に入ってくる怪しい噂。彼らが通う大学の、理系の学部のあるM町の外れ、山を貫通する今は使われていないトンネル付近で幽霊を見たとか。それもどうやら目撃者は一人ではないようで、あいつも見たとかあの女も見たとか、それだけ見た人間がいればこれはただの噂では片付けられないだとか、本当に幽霊がいるならやっつけたいだとか、捕獲したいだとか、なにやらUWの仕事と絡みそうな予感がする。
経験の浅い滋には、しかしUWが実際に幽霊退治も行っているのか知らず、そもそも幽霊なんてものが本当に存在するのか、それすら分かっていない。UWにて不思議な能力を持っている人間がいることは経験し、自分もまた然りで、「あちら側」と呼ばれる自分たちが住んでいる世界とは別の異世界が存在することも知っているなら、幽霊なんてものも実際に存在してもおかしくないだろうと否定はしないまでも、まだ実際に目にしていないものは、学部のとおりの理系頭が俄かにはそれを認めようとしない。いるのかいないのか、いるなら興味心から一度お目に掛かりたいと思う。でも、一人で会いに行けといわれればそれはそれと遠慮願う。いくら結界を放つことができるといっても、華奢な女顔の男の肝っ玉は見かけどおりの兎の如き小ささ。噂によれば幽霊というのは女性の幽霊とのことだが、頭に浮かぶものは、膝まで伸びた黒髪、青ざめて白い肌をした顔、ふらふらと歩く純白のワンピースを着た女の姿。そう思い浮かべるだけで寒気がしてしまう。その度胸の小ささは、滋本人も、自身がUWの隊員として最も成長させなければならない点と自覚する。
その日、すべての講義も終わって帰路の途中に一人心の中で昼間耳にした噂を蒸し返していると、桐生に出くわす。その折に噂のことを話してみると、冗談のつもりで訊ねたつもりが、どうやらUWでも耳にしているとのことで、
「実は前からちらほらと話は上がっていて、これまでも少しは調べていたんだ。でも、特別にたいした悪さをするわけでもないし、そのトンネルで誰かが失踪したっていう話もないし、せいぜいトンネルに行った人が驚いて帰ってきたってその程度だから、まだまだ様子見の扱いにしているんだよ」
「でもそれはつまり、幽霊なんてものが存在するということで、UWはその幽霊相手でも動くことがあると、そう考えていいの?」
「おう、そうだ。昔と比べて随分と見かけなくなったようだけど、幽霊って本当にいるぜ。俺も過去に一度だけ仕事で相手にしたことがあるからね。でも、これがまた面倒なんだよ。ちなみにそのときのそいつはいわゆる地縛霊って奴だったんだけど、怨念の塊で実体を持っていないから刀じゃ切れないし殴れないし、結局それ専門の人に頼んで除霊してもらって、俺、ほとんど見ているだけだったんだよね」
「除霊… 祈祷士のようなもの?」
「まあ、そうだね。でも魔法力を放出できれば誰でも強引に除霊に似たようなことはできるそうなんで、お前の結界なら利くかもしれないね。お前、気になるようなら自分一人でそのトンネルを調べに行ってみるか?」
「え? 僕? いや、気になったわけじゃないから…」
「そうか? 今のところ、うちらの区域でたいした仕事もないから、こういうときに調べておくのが丁度いいんだけどね」
「でも、それで僕一人が行くっていうのも意味がわからないんだけど」
「意味って、そりゃお前の修行も兼ねてだよ。簡単そうな仕事から少しずつこなしていけば次第に慣れていく。真っ当な理由だろ」
嬉しそうに喋る桐生の腹の内は、どこか滋をいじめて楽しんでいる。もちろん滋も快諾することなく口先尖らせて渋ってしまう。滋の本能六感がいう所、その仕事はきっと言うほど簡単でもない。
「せめて誰か一人くらい一緒に行ってよ」
「誰かって言ってもなぁ。なら、弥生をつけてやろうか。あいつも幽霊関係はほとんど経験がないはずだし。うん、それがベストだな」