突然の洗脳
「……異世界…か…」
順を追って話そう。
俺の名前は柊葉。年は17。どこにでもいる普通の高校生だ。昨日までは平凡な毎日を過ごしていた。
事が起こったのは授業中だった。
俺はいつも通りに授業を受けていた。半分寝ぼけていたが。
授業が始まって30分経った頃、ちょうど誰もが眠くなる時間帯に、突然足元が光り始めた。おそらく光っていたのは俺の足元だけじゃなかった。教室の床全体から光が出ていたと思う。もしかしたら、光っていたのは学校の敷地全体だったかもしれない。
光はだんだんと白さと輝きを増していき、数十秒後には俺の視界は真っ白になっていた。
そうして、俺とクラスメイト達は気づくととてつもなく大きな部屋の中にいた。ちょっとした体育館ほどはあるだろうか、天井を支えるための柱が何本も立っている。壁や床、天井には無数の派手な装飾。ステンドグラスには聖母マリアのような絵が描かれていた。
正面には玉座に座りふんぞり返っている中年の大柄なおっさんがいた。おそらく王様なのだろう。なんか骨つき肉食べてるし。すると、隣に立っているドレスを着た金髪の美人は女王だと思われる。油断なく俺達を睨みながら周りを取り囲んでいるのは近衛兵といったところか。
うん………このパターンは間違いなく召喚物だろうな……
「よく来たな、勇者達よ」
王様が椅子に座りながら大仰に言った。
ケッ、偉そうに言いやがる。呼び出したのはそっちのくせに。
あと食いながら喋るのやめろ。
「そなたたちにとっても突然のこと、驚かれるのも無理のないことだ。えーと、まあその、なんだ、申し訳ない。だが、あー、我々にも事情があって仕方なくそなたたちを召喚したのだ。どうか、んー、ここは一つ、話を聞いてくれんか。ええと、あとは、あー、シルフィ、任せた」
「えっ!?はっハイ!」
……この豚王、全部めんどくさくなって丸投げしやがった。
どうやら豚王は最初からこの件に関心が無かったらしい。ドン引きしてる俺たち異世界組など無視して、またむしゃむしゃと肉を貪り始めた。
城の者たちはもう慣れているのか、無茶ぶりされた姫っぽい人を除き、皆涼しい顔である。
……いや、隣の宰相が頭を抱えていた。やめとけ、掻き毟るとハゲるぞ。
シルフィと呼ばれた美少女(←これ大事)は少しオロオロとしていたが、覚悟ができたのか、表情をピシッとさせて、一歩前に進み出て口を開いた。
「みなさん、ようこそ、レストリア帝国へ。私の名前はシルフィ・デ・ブルボン・サレストリア、この国の第一王女です。以後、お見知り置きを。では、早速話に入らせていただきます。この度、勇者様方をお呼びしたのは、最近勢力をつけてきた魔王軍の掃討、及び復活した魔王の討伐を依頼するためにございます。本来ならこのような形で勇者達方を無理やり召喚するのは、こちら側にとってもそちら側にとっても大きなリスクを伴いますので、できるだけ避けたいところではあったのですが、いかんせん星の位置が悪く、また、我々の都合で誠に恐縮なのですが、人類はこれまでになく魔王軍に押されていましたので、こちらとしても身を切るような思いで、勇者召喚に踏み切った次第にございます。今回の召喚は全人類が総力を結集して行ったもので、総責任者によると今回召喚された勇者の総数は優に1000を越えると言われておりまして、皆様の負担も多少は…………………………………………………………………………
………姫様の文章は硬くてやたら分かりにくい上に長かった。この後、王女のスピーチは2時間を超えて、ようやく終わった。
いや、まあ確かにさ、異世界召喚なんてことしてるわけだから言うべきことは山ほどあるかもしれないけどそこはテンプレなんだから。混乱状態の俺らにおいうちかます必要はないと思います。はい。
簡単に言うとテンプレ通り、魔王倒して来い、それだけだった。
ただ、今回の召喚はかなり大規模なものだったらしく、参加した国の数は30以上いるらしく、勇者の数に至っては軽く1000人超えらしい。
なんでも、一人一人の負担を減らすためらしいが……いや、拉致りすぎだろ。不幸になる人増やしてんじゃねえよ。
まあ幸い?、でもないが俺の肉親は全員死んでしまっていたから前の世界にあまり未練は無い。
1000人もいるなら誰かがやってくれるでしょ。せっかく異世界に来たんだ、誰がわざわざ戦争しに行くか。何を隠そう、俺はけもみみを愛してやまない世界一のケモナーだ。俺は1人でのんびり異世界旅行を満喫してやるぜ。待ってろ!けもみみ!エルフ!
どうして俺はここまで浮かれていたのだろうか。
あまりにも不注意だった。ちょっと考えてみればすぐわかることなのに。
手綱のない猛獣ほど恐ろしいものはいないだろう。すぐに首輪がつけられるのは当たり前だ。
「「おおおお!」」
その後、俺たちは全員で夕飯を食べに食堂へ行った。
夕飯はとても豪華だった。見たこともない料理が所狭しとテーブルに並び、香ばしい匂いが食堂に充満していた。
「すっげえうまそうだな!」
「あんな料理、見たことない!」
「たしかに……ちょっとおいしそうかも……」
それらはまだ昼飯を食べていなかった俺たちの食欲を刺激した。それでもまだ食べる気になれない人は少なくなかった。いまだにクラスの雰囲気は暗いままだ。
「すっげえな!こんな豪華な料理始めてみたぜ!早く食べさせろ!豚王!」
「ちょっと!ヨウ!王宮で王様の悪口言っちゃだめだよ!聞かれちゃったらどうするの」
こいつは秋月楓。俺の幼馴染みで、生まれた病院から今の高校までずっと一緒だ。俺にとっちゃ妹みたいなもんだ。肉親のいない俺にとっては替えのきかないやつだ。
黒髪黒目、身長は平均より若干高い。胸もそこそこありそうだ。昔は聞けば答えてくれたんだけど、さすがに最近は教えてくれなくなった。
セミロングの黒髪はふわりとしていて、パチリとした大きな目はとても可愛い。うん、贔屓目なしに美少女である。
「…ちょっと、ヨウくん。聞いてるの?」
おっと、ずいぶんぼんやりとしていたようだ。
「いや、ごめん。今日の楓のパンツの色は何色か考えててグハッ!」
「次言ったら殴るわよ」
「蹴ってから言わんでください…」
だが俺は見たぞ!白だった!イエス!
こんな感じで楓は(俺ばっかり)すぐに殴る、あるいは蹴る。なまじ空手を習っているばっかりにやたらと威力が高いのがつらい。
「またいちゃいちゃしてんのかお前ら」
「ベっ別に!いちゃいちゃなんかしてない!」
「そうだ、俺がこいつで遊んでいるだけだ」
「ヨウ君は黙ってて!」
「ふガッ」
また殴られた。ひどい。いや、自業自得っていうのは分かってるけど。
「まったく……異世界だってのにお前らは変わらないな……」
自然と笑いが周りで起こった。今までつらそうにしていた人もつられるように小さく笑っている。
良かった。少しみんなの雰囲気も明るくなったみたいだ。楓の顔はなぜか真っ赤だけど。
「よおし!腹が減っては戦もできぬ!みんな!明日からに備えて腹一杯食おうぜ!」
「そうだな、食わなきゃなんにも出来ないもんな」
「早く食べようぜ」
どうやらみんな食べ始めたみたいだ。
楽しそうな声、食器と皿がぶつかるカチャカチャとした音があちこちから聞こえてくる。
「さてと、俺もそろそろ食べるか」
一仕事して、腹も減ったしな。
「やるじゃあないか」
「声をかけてきたのは北山。生徒会副会長。腐れ縁の友。メガネで知的でクールなイケメン。もちろんモテるが実は腐女子にも人気だ」
「おい、何言ってんだ」
「何でもいいだろ。それで?何の用だ?」
「珍しいじゃないか。お前があそこまで積極的に動くなんて」
「たまには、な。このままだと近いうちに全員ぶっ倒れそうだったからな。まあそのことは今はいいだろ。早く飯食べようぜ」
俺はテーブルの前まで歩いて行ったが、北山はついてこない。振り返ると北山はその場から一歩も動いていないようだった。少し俯いていて表情は見えない。だが、珍しく焦っているようだった。
「どうした、お前の方こそらしくないじゃないか?何してる、食べないのか?」
北山は床を見つめながらメガネを人差し指でクイっと持ち上げた。あいつが真剣な時の癖だ。
「そう、俺が聞きたかったのはまさにそれなんだ。俺は今、この異常な状況でそれが食べたくてしょうがない。それが妙なんだ。ここに来た時はそうでもなかったのに。本能は食べるなと強く警告しているのに!それが食べたくてしかたがないんだ」
「何言ってんだお前?疲れてんじゃねーのか?腹が減ってる時は食った方がいいぞ。それか、あんまりつらいなら寝とけ」
俺はフライドポテトのようなものをつまんでぶらぶら揺らした。
「お前は何ともないのか?柊⁉︎だとしても食べるな!何かおかしい!」
「気にしすぎだろ。毒なんてさすがに入ってねえだろ」
「だが…」
「後お前大声出しすぎ。目立ってんぞ」
「⁉︎」
もうクラスメイト達のおしゃべりの声はやんでいた。みんな黙々と食べるのに夢中になっているようだ。そのため、俺たちの会話も食堂中に響いていたのだろう。
いつの間にか俺たちの周りを取り囲むように騎士達が立っていた。
騎士達は無表情で立つのもやっとな北山を見つめていた。
「し、しまった……」
騎士達はろくに抵抗もできない北山を抱えた。どうやら別室に連れて行くようだ。
うん、北山も疲れているみたいだしな。もう休んだ方がいいだろう。
それにこの国の騎士なら信用できる。
「北山、お前やっぱり疲れてんだよ。騎士達が運んでくれるみたいだし、向こうで休んでこい」
「な、何言ってるんだ柊⁉︎お前も正気を失ったのか⁉︎」
「いいからごちゃごちゃ言わずに寝てこい。この国ならお前だって信用できるだろ」
「くそッ!洗脳か‼︎こんな低レベルなものに引っかかるなんて!」
北山は必死に身をよじって騎士達に抵抗していたが、すぐに力尽き、騎士達に抱えられていった。
何必死になって意地はってるんだかあいつは。
まあいい。これでやっと飯が食える。
きっと、これまで食べたこともないような美味なんだろう。
匂いを嗅いで、味を想像するだけで、脳内で電流が弾ける。
もはや北山のことなど頭の中からさっぱり消えていた。
しょうがないじゃないか。
こんなにもうまそうなんだから。
もう、何も考えられない。
自分が獣にでもなったみたいだ。
ーーーイタダキマス
貪るように、肉にかぶりついた。