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勇者と呼ばれるより、馬鹿弟子と呼ばれたい

作者: ゆう

「四半時以内に、戻ります!」

「馬鹿野郎! 時間より、結果を気にしやがれ!」


 魔王との決戦を控え、魔族最強と名高い魔将の足止めを担う師匠にかけた言葉は、いつものように罵声でもって返される。

 そして、その罵声は毎度、わたしの間違えを正してきた。


「はいっ!」


 もはや条件反射の域で師匠の言葉にうなずいたわたしは、最高の結果を出すべく走り出す。

 そんなわたしの背中を魔将が狙うのを感じたが、振り返る必要性は感じなかった。


「おら、テメェの相手はこっちだろうがっ!」

「っく!」


 轟く雷鳴により、背中に感じた殺気が途絶える。それと同時に、仲間たちがわたしの下へと集まる。


「行くわよ!」

「はいっ!」


 号令と共に、わたし達は術式を使いさらに加速する。

 わたしは、周囲の光景が加速して後方へと流れていくような錯覚を覚えながら、その光景が師匠と出会ってから今日までの時間を暗喩しているように感じられた。



 ☆



「おい、そこの小娘。……お前の収入の半分で、ここでの生き残り方を教えてやる」


 それが、わたしと師匠の出会いであった。

 そもそも私が『協会』と呼ばれる傭兵の相互扶助組織に来たのは、単純に他に行くべきところが無かったからである。

 今にして思えば、兵士として戦っていた父が、戦場で倒れたことがきっかけだったのだろう。

 母が働いていた食堂も、魔軍との戦争のせいで客の絶対数が減ったことにより潰れ、一家の収入が無くなってしまった。

 日々の糧を得るためには働かなければならず、街の中での働き口など、残っていなかったのだ。

 だから私は傭兵になるしか道は無く、とはいえ傭兵に知り合いなどない。

 傭兵の先輩たちも日々悪化していく戦況に、新人の教育をする余裕などない。遠くないうちに、わたしも戦場で死ぬのだと、そう思っていた。


(これは、どんな奇跡なんだろう?)


 例えるのなら、星ひとつない夜の森に差した一筋の光。

 その時、ほとんど死んでいたと言って過言ではなかったわたしは、もう一度この世界に生まれたのだ。

 もちろん、日々悪化していた戦況の中傭兵になって、楽な事なんて一つもなかった。

 師匠のおかげで死ぬことは無かったが、何度となく死にかけた。


(他の傭兵の先輩たちに師匠の指導内容を言ったら、皆して「冗談言うな」って笑ってたもんね)


 まず最初に、師匠に剣を一本渡されて、素振りをした。

 しばらくは基本を教えてくれるのかなって思ったら、何か所か悪い点を指摘しただけで、すぐに街の外に連れ出されてしまったのだ。


「いくら素振りをしたって、巧くなることはあっても強くなることは無い」


 いくらなんでもそれは無いと反論したかったが、師匠の目は本気だった。

 それに気圧され即座に、そこら辺の魔物相手に実戦を開始。直後に死に直面した。


「足を動かせ、腕を振るえ。止めれば死ぬぞ、馬鹿弟子!」


 師匠の持っていた杖に小突かれて死から逃れたわたしは、それに続く師匠の足さばきと杖さばきに圧倒された。

 もちろん、師匠はそれをわたしに見せた後、やって見せろとばかりに魔物の前にわたしを突きだした。

 何度となく死ぬかという思いをしつつ、わたしは弟子初日を何とか生き残ったのであった。


「食え、馬鹿弟子。体力をつけるには、まずたくさん食う事だ」


 魔物を倒した報奨は綺麗に半分にして、生活費は師匠もちであった。お金は母に渡し、師匠が成り行きで買ったという一回が食堂になっている宿に住み込み、そこで傭兵の流儀を叩き込まれた。

 街で住むには必要のない、外に出るための知識、技術、思想から暗黙の了解。

 口頭で告げられたものから、実施で叩きもまれたものまで、些事に至れば、もはや数えきれないほどであった。

 そんな延々と続く指導の日々に、突如として大きな変化が現れた。


「今日から連携もやるぞ、馬鹿弟子」


 師匠が聖術を使い始めたのだ。

 今までは、わたしを魔物の中に放り込んで、ピンチになったら杖で小突いて助けてくれていたのだが、今日から一緒に戦ってくれると言う。

 毎度のごとく、口頭で戦闘の際の注意がなされ、早々に実戦に移る。

 おそらくわたしの実力に合わせているのだろう。初歩の初歩と言った聖術を使い、わたしのフォローをしてくれた。


「わざわざ射線に避けてくる奴があるか、馬鹿弟子が!」


 怒鳴られる回数は確実に増えたが、不思議とへこむことも、自暴自棄になることもなかった。

 魔物の群れに放り込まれ、杖で小突かれ、聖術に巻き込まれ、事あるごとに怒鳴られ続けているのに、師匠のことを恨むとか、師匠のもとを去ろうとか考えることは一度もなかった。

 協会の人にそれを尋ねられ、答えられなかったわたしは、宿のおかみさんに相談してみた。


「雑に扱われることが好きなんじゃないかい?」


 流石に心外だ。

 まあ、これはおかみさんの冗談で、そのあとちゃんとした意見を聞かせてくれた。


「理不尽な事じゃないからじゃないかい?」


 そうおかみさんに言われて、わたしはなるほどと納得した。

 確かに師匠の言動は厳しいのを通り越して過激だが、その指導は確実に私の血となり、肉になっていると実感できた。

 さらに言えば、師匠は未だ、わたしが出来ない様な要求をしたことが無い。

 これはわたしの限界をうまく引き出し、成長させているためではないかと思えば、師匠としてこれ以上の存在は無いだろう。

 また、一件無茶とも思える要求は、わたしへの期待の表れとも感じ、その期待に応えたいとすら思えてしまうのだ。

 しかし、すべてが順調に回っているかに思えた私たち師弟であったが、その裏には私ごときでは想像もできない師匠の尽力があった。


「なんで、貴方ほどの人が、あんな小娘と……!」


 それは、師匠に少し遅れて協会へ向かった日の事であった。

 愚かなわたしは、その瞬間が来るまで、師匠がかつてどんな生活を送って、どんな繋がりがあったのか、考えたこともなかったのだと思い知らされた。

 師匠に詰め寄った男は、かつて師匠に憧れ傭兵になり、何度か助言を受けたことがあるらしい。

 その男や周囲の人たちの話を聞けば、なぜ師匠がわたし如きに関わっているのか、本気でわからなくなってしまった。


 曰く、彼はこの街の協会はおろか、世界でもトップクラスの剣士であった。

 曰く、彼の人脈は国を越え、一国の王をも取り込んでいる。

 曰く、彼を中心としたパーティは、勇者に最も近いパーティと呼ばれていた。

 曰く、とある少女を弟子にする直前に、そのパーティを解散した。


 特に、最後の話はわたしにとって衝撃であった。

 まるで、わたしを育てるために、勇者になる道を諦めたかのようではないか……

 そんな重すぎる事実に恐れ、潰れそうになってしまうが、そこへ師匠の言葉が、そんなわたしの恐れを切り裂いた。


「これは俺と弟子の道だ。余所を歩いてるやつが、口を出すんじゃねぇ」


 そう、これは、わたしと師匠の道だ。決して、わたしだけの道ではない。

 どんなに険しい道であっても、師匠が導いてくれる。いや、違う。


「これは、俺が高みへと至るための道でもあるんだ」


 そうだ、師匠とわたしの道なのだから、共に切り開いていける。

 その日を境に、わたしは剣士として急成長を始めた。

 師匠の期待に応えるため、そして、師匠と肩を並べ、共により高みへと羽ばたくため。

 そう思えば、今までの地獄の様な指導だって、なんてことないように思えたのだ。

 だけど、心の片隅でどうしても思ってしまう。本当にわたしでいいのか、もっと相応しい人がいるのではないかと。

 そんな思いが付きまとうある日、街を魔物の大発生が襲った。

 そして、師匠の口から、思いもかけない言葉が飛び出したのだ。


「俺らは、今回の魔物の掃討には参加しない」


 信じられないという思いと共に、ついにこの日が来てしまったと感じた。

 師匠は、わたし達の実力では足手まといになると言ったが、それが嘘だという事をわたしは知っている。

 『わたし達』ではなく、『わたし』が足手まといなのだ。

 わたしは、例え一匹二匹であろうと、何かの足しになると主張したが、師匠は頷かなかった。

 だが、ここで逃げ出してしまえば、足手まといどころではない。ただの役立たずだ。

 そんな焦燥もあってか、わたし達師弟は初めてその想いを分かち、弟子は単身で無謀としか言えない突貫をすることにした。


(わたしが師匠に及ばない事は知ってる……けど、ここで逃げたら、決して届かなくなる!)


 ただただ、その一心で魔物の群れへと向かう。

 今まで師匠は、わたしの限界ギリギリを見きって指導していた。だが、今回はそれで届かないと判断したのだ。

 だから、今回は今まで通りでは足りない。限界を、それこそ越えなければならないのだ。

 しかし、当然のように、わたし一人ではそこに届かない。師匠が居たからこそ、わたしは限界近くの力を引き出せていたのだ。

 それに気付いた時には、もう遅い。

 死がわたしを飲み込もうと、その咢を開き……


「弟子を見捨てる師匠だなんて、そんな評判がついては困るからな」


 駆け付けた師匠が、眼前に迫った死を粉砕した。

 その後の事は、正直あまりよく覚えていない。師匠と一緒に戦い、戦い、戦って、戦い続けて……気が付いた時には、宿のベッドで横になっていた。

 包帯でぐるぐる巻きになって身動きが取れない状態で、その状態で師匠に馬鹿弟子馬鹿弟子と言われ続ける羽目になったが、それでも私はうれしかった。

 半ばケンカ別れをして、単身死地に飛び込んだ馬鹿を、まだ弟子と言ってくれる師匠の優しさに、涙がにじんだ。

 こんな無茶な戦いを皮切りに、わたし達は様々な事件や戦い、陰謀に巻き込まれていった。

 だが、そのすべてを、わたし達は紙一重で切り抜けたのである。


 時には、迷宮の中で偶然出会ったレンジャーと同行し、商人の護衛で一緒になったフォートレスの盾に守られ、聖女を陰謀から救い、錬金術師の依頼をこなし、力を合わせ、師匠は再び、勇者に最も近いパーティと呼ばれるまでに戻ってきたのだ。

 だから、ここから先は師匠と共に、高みへと至っていくのだと、わたしはそう思っていた。


「俺は、ここまでだ」


 そう、師匠がパーティを抜けると言い出すまでは。

 古傷が疼くと言う師匠に、私を含め仲間たちは驚愕した。あの動きが、膝を壊した男の動きだったというのかと。

 パーティの中核を担い、仲間たちを高みへと引っ張り上げた男は、片足を壊し、十全に振るえない、無様なものであったと語る。


「こんなことに気付けないとは……いささか不安が残るぞ、馬鹿弟子」


 その一言は、勇者に最も近いと煽てられ、天狗になっていた私たちの鼻をへし折った。

 かつてこの称号を得ていた男は、今のわたし達を遥か下方に見下ろす高みにいるのだと思い知らされた。

 だからわたしと仲間たちは、改めて誓う。必ず、師匠と肩を並べられるようになって見せると。

 そうみんなで誓って、わたし達は自らを鍛えるべく、師匠の膝を直すべく各地を回った。

 そして、戦うたびに、師匠の偉大さを知るのであった。


 うまく戦えない。


 師匠が抜けたパーティで、一番最初に感じたことが、それであった。

 そこに至って、ようやく本当の意味で理解した。いったいわたし達が、どれほど師匠を頼って戦っていたのかを。

 師匠がこれ以上戦えないと言ったのは怪我の所為ではなく、わたし達が負担をかけていた所為だと知ったのだ。

 こんなざまで、師匠と肩を並べられると思っていた自分を、本気で殴ってやりたかった。というか殴った。

 仲間たちも同じ思いで、必死になって戦い方を見つめ直した。

 師匠が居たときに比べれば、亀のような速度で、それでも一歩一歩進み、ようやく怪我の治療に長けた術士を見つけ師匠の下へ訪れたら、師匠はわたし達のはるか先を言っていた。

 師匠は、新たに二人、子どもの術士を弟子としていたのだ。


「ふん、今の俺には、こんな事しかできんからな」


 そう言う自嘲する師匠であったが、今は後進を育てるのが最も難しく、必要とされていると知っているのだろう。

 だが、必要であるとか無いとか、そんなことは関係なく、わたしは嫉妬の思いでいっぱいだった。


 そこは、わたしの場所だ!


 しかし、師匠に頼りきりであったわたしに、そんなことを言う資格はない。

 だから、私は戦い続けた。もう一度、師匠と一緒に戦うために。

 術士では直しきれないと知り、特別な霊薬を作る薬師に会った。

 ただの薬では直しきれないと知り、古の時代の遺跡にも潜った。

 それでも足りないと知り、神代の時代の遺跡にも挑戦して、ようやく、わたしは師匠の膝を直せる薬を手に入れたのだ。


「まったく……こんな事してる暇があれば、聖剣の一本でも探せばよかったろうに」


 師匠にもらった霊剣があるから必要ないと言えば、勇者がその程度の剣で満足するなと怒られた。

 そう、わたし達は、薬を探している間に勇者と呼ばれるようになっていたのだ。

 本来であるなら、この称号は師匠にこそ相応しいと思い、わたしには相応しくない称号だと言えば、また師匠に怒られた。

 師匠はずるいと思う。

 確かに勇者という称号はわたしには過ぎた称号だけど、師匠に弟子なら名乗ってもおかしくないと思う。

 つまり、わたしが相応しくないと言ってしまえば、師匠を貶めることになってしまうのだ。

 まったくもって悩ましい。

 ともあれ、再び師匠をパーティに迎えたわたし達は、万全を期して魔王軍と戦った。


 東で魔物の大群を殲滅し、

 西で魔将率いる本隊を退け、

 南で生き残った軍をまとめ上げて、

 北へ総軍を率い、魔王軍との決戦を目前にしている。


 その戦いは苛烈を極めたが、わたし達はそのことごとくを勝利してきた。

 特に師匠の活躍は、他に類を見るものではない。

 今まで私たちのフォローでたまっていた鬱憤を晴らすかのような大規模聖術は、魔王軍に大打撃を与え、風前の灯とさえ思われた人間の軍を立て直したのだ。

 だが、疑問も残る。

 もともと剣士として名をはせていた師匠が、なぜ再び剣を握らないのかという事だ。

 まだわたし達が見落としている何かがあるのかと思い、師匠のかつての仲間である術士様を尋ねたところ、当然のように指摘された。


「アンタがその剣を使ってちゃ、アイツだって剣士に戻れるわけがないでしょうが」


 そうだ、この剣は今でこそわたしの愛剣だが、元々師匠のものであったのだ。

 それを持ったまま、なぜ師匠は剣を使わないのかなどと考えていたなんて、顔から火が出るほど恥ずかしかった。

 わたしはすぐにでも剣を返そうと立ち上がったのだが、術士様にそれは止められてしまった。

 なんでも師匠のプライドの問題だそうだ。

 だが確かに、一度弟子に渡した武器を取り上げる師匠というのは、あまり想像したい類のものではない。

 きっとそういう事なのだろう。

 だからといって、この剣に匹敵する得物を用意するには時間が足りなかった。


「でも、無茶でも何でも、用意するべきだったかな……」


 魔王の下へと駆けるわたしは、今更のような後悔を口にするが、本当に今更のことである。

 今すべきは後悔などではなく、仲間を信じ戦う事だけだ。

 一刻も早く、魔将の足止めをしている師匠の元へと戻る。それも可能な限り被害を押さえてと言う前提付きだ。

 だが、今のわたしにでき無い筈がない。わたしは、師匠の弟子なのだから。


「みんな、行くよ!」

「はい!」


 その号令と共に、わたしは勇者になる。

 師匠がこの場にいないからこそ、無様な真似はできないのだ。

 そのことを何度となく心に刻みつけ、わたし達は魔王の前へと毅然とした態度で歩み出た。


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