☆最終話☆ 恋は盲目
これでラストになります。
いままで本当にありがとうございました!
4月。
新しい世界への第一歩が今日からはじまる。
新しい制服に新しいカバン。
何よりも鏡に映る顔が少し大人びて見える。
眉を整えて、唇にはうっすらとピンクのグロスが光っていた。
「おっはよ〜」
黒いブレザーの制服にネクタイにプリーツスカートの優ちゃんが手を振りながらホームにおりてくる。
「おはよ〜、制服似合うね」
「さーちゃんこそ、なんだかかわいい」
「このグレーのブレザーはいいけど、このリボンがかなり邪魔だよ」
あたしがブラウスについている学年を表す太めのリボンを睨む。
どうやら今年は赤いリボンが新一年生を表す色らしい。
「ってか、さーちゃんはいいけど、それを久美が着るんでしょ? なんか笑っちゃうかも」
「誰が笑うって? オレだってこんなの着たくねーよ! なんだよこのかわいい仕様の制服! もうちょっと考えろっての!」
いつの間にいたのか、久美が文句を言いながらリボンを引っ張った。
見ると、確かに男の子っぽい久美にはどこか違和感があったけど、あたしは笑って「似合う似合う」とごまかした。
「で、あいつはまだ来てないの?」
優ちゃんはホームを見回す。
「あいつ?」
「そう、あの害虫だよ!」
優ちゃんが言うのと同時に緑川君がホームにあらわれるのが見えて手を振った。
「来たみたいだよ。―――おはよ〜」
「おはよ」
グレーのブレザーに赤いネクタイをしめてゆっくりとあたしたちの方へ歩いてくる緑川君は知らない男の子みたいに見えた。
「害虫め。本当なら反対側のホームだったのに」
優ちゃんは苦々しくちっと舌打ちをした。
「そうだよね、本当なら制服なんて着なくてよかったのに……」
あたしは向かいのホームに私服で群がる高校生らしき人たちを見る。
第一高校は校則が厳しくないからこの辺では唯一、私服登校できる高校だった。
本来なら緑川君はあの群れにいたわけなんだけど。
「制服は制服でいいんじゃない? そんなに急いで大人になる必要もないよ」
「まあ、私服より制服のほうがラクだしな」
緑川君の言葉に久美はなんとか納得しようと着慣れない制服をいじりながら言った。
「それに、まあ、いろいろと楽しみ方はあるわけだし……ね」
ニヤリと笑いながら緑川君はあたしの顔を見下ろす。
いろいろ……と?
あたしが考え込むと優ちゃんが「うっさい! こんの変態め!」とあたしから緑川君を遠ざけた。
「な、なに?」
「いい、さーちゃん。変な事されそうになったら久美を呼ぶんだよ! 久美! あんたちゃんと守りなさいよ!」
「わーてるって!」
久美がガッツポーズをとるとあたしは思わず笑った。
ここから新しい毎日がはじまって。
いろんなことがあったけど、あたしたちはいつも笑ってて。
苦しかったことも全部笑えるように変わっていくんだ。
久美と優ちゃんの変わらない笑顔からすぐ隣にある緑川君の横顔を見上げる。
身長が伸びてあたしよりも上にある横顔はキリッとして男の子の顔だった。
「なに?」
「なんでもない。ただ、みんな変わったけど変わらないなって思っただけ」
「ふうん」
緑川君は騒がしい優ちゃんたちを見てからあたしの顔を見ると「確かに」と笑った。
その笑顔につられるように笑顔になる。
「恋」がどんなものかなんてわかんない。
だけどね。
あたしは緑川君が好きだってこと。
これだけは本物だよ。
笑ってくれると嬉しいの。
もっと、もっとってがんばれるの。
これは恋だよね。
変わっていく気持ちも変わらない気持ちも全部で君が好きだから。
いつか大人になってこの恋を恋じゃないっていうあたしがいるかもしれない。
もっと上手に恋をするあたしが笑い話にしちゃうかもしれない。
それでも、今のあたしの永遠はここにあるから。
今のあたしが君を好きで君を想う。
ただ、それだけでいいの。
だから今のあたしを少しだけ。
ほんの少しだけ残させて。
これがあたしの初めての恋だったって。
「彩。いくよ」
優ちゃんたちの騒ぎをよそに緑川君がゆっくりと手を差し伸べる。
あたしは笑顔でその手に自分の手を合わせた。
きゅっと握られる手から緑川君の強さが伝わってくる。
大丈夫だよ、大丈夫。
何度も何度も胸の中で響く言葉にあたしは「うん」と答える。
その瞬間、あたしたちを乗せる電車が強い風を起こしてホーム入ってきた。
春の暖かい風と一緒に。
Fin.




