☆75☆ ちいさくて重いもの
やっとここまできました><
相変わらずなんだか変なところ多いですが…。
今、思えばおかしなところはたくさんあったと思う。
あれだけ東高校は通学の方向も反対だと拗ねた人が急に東高校に行けと言ったり。
勉強のことなんて話したこともなかったのに勉強会をしようと言ったり。
何よりもあたしが離れたくないと泣きついたときに「大丈夫」だと言い切った。
そんな自信、どこからくるかなんて考えもしなかった。
あれはあたしをなだめるための優しい嘘なんかじゃなかったんだ。
あれは本当の事なんだ。
「ちょっと! どういうことよ! あんた第一の推薦受けてたんじゃないの?」
優ちゃんのいつもより高い声が緑川君を問い詰める。
「推薦は受けたって言っただろ。だけど東高校の推薦を受けにいってたんだよ」
緑川君は困ったように笑って続けた。
「進路指導でも散々言われたから周りには言い出せなかったんだよね。それに言ったら彩は阻止しにくるだろうし、みんなに僕と彩の事がバレちゃうと思って」
緑川君の目が「ごめんね」と言ってるみたいに見えてあたしは複雑な気持ちをどう表現していいかわからなかった。
「まあ、緑川が決めたことならいいんじゃねーの? オレはちょっと寂しいけどな」
熊田君は「仕方ない」と笑う。
「いいことなんかないわよ!」
叫んだのは田巻さんだった。
あたしたちは一斉に田巻さんを振り返る。
「いいことなんかない。どーすんのよ! 東高校なんか先がないじゃない! 汚点よ! あんな高校、進学校なんて名前ばっかりじゃない!」
確かに。
東高校は低レベルではなくても第一高校からみたら月とスッポンだ。
だからこそ、周りは反対するに決まっていたし、もちろんあたしも反対したんだ。
「先のことなんてわかんないよ?」
静かに緑川君は田巻さんに言う。
「澤田さんのせいなんでしょ! そんなくだらない事で……馬鹿だよ!」
「くだらない? まあ、そうだよね」
「くだらない」と言われて怒るかと思ったら緑川君は嬉しそうに笑った。
あたしは今にも泣きだしそうな田巻さんと笑顔の緑川君をみつめることしかできなかった。
「どうしてよ! なんで東高校なのよ!」
「だから、くだらない事でだよ。田巻さんにはくだらない小さなことなんだよ。だけど僕には大切なことなんだ」
田巻さんの目からひとつぶ涙がこぼれる。
「好き」と言葉にしなくても、田巻さんがどれだけ緑川君を好きだったのかがわかる。
「僕には大切なことなんだ。それに高校なんてひとつの通過点だよ? その先のことなんて誰にもわからないよ。僕はね、馬鹿でもいいんだ。くだらないことで誰かに大事なものを盗られるくらいなら馬鹿でもいいんだ」
ひゅ〜っと熊田君が口笛を鳴らす。
「さっすが、愛だね〜」
「馬鹿いってないでよ! あたしの心配が増えたわよ!」
優ちゃんが熊田君の頭を叩くと熊田君は頭をかかえてしゃがみこんだ。
「馬鹿は馬鹿よ! 気の迷いで道を踏み外して後悔してもおそいんだから!」
「うん。合格通知を受け取るときに散々、山田先生に怒られたよ」
緑川君は田巻さんに微笑みかける。
田巻さんは震えながら唇をかんで立っていた。
「もう、知らないわよ……もう、委員長でも副委員長でもないんだから……もう、あんたの心配なんか、あんたの面倒なんかみてやんないんだから……」
「ごめん、ありがとう」
ごめん、ありがとう。
緑川君の言葉にいろんな意味が含まれているように聞こえてあたしは田巻さんを見る。
田巻さんもあたしと同じように一瞬、顔をあげてまっすぐに緑川君を見る。
そして、何も言わないで歩き出す。
あたしたちは田巻さんの姿を見つめながら言葉もなかった。
「私、聞いたことがあるんですけど」
ずっと黙っていた雪ちゃんが話し出す。
「田巻さんって本当は私立の女子高に行くはずだったって……」
「それって……」
優ちゃんは言葉を最後まで言わずに小さくなった田巻さんの背中を見つめる。
「緑川と同じってことだろ? くだらないとか言って一番わかってんじゃないのか?」
久美の言葉に胸が痛む。
くだらないと言っていた田巻さんが一番緑川君の気持ちがわかってて。
苦しくてきっと泣きそうで、でも泣かなくて。
田巻さんはひとりで泣くんだ。
そう思ったらあたしは走り出していた。
小さな背中に向かって走り出していた。
うしろから緑川君の呼ぶ声がしたけど、あたしは無我夢中で田巻さんを追いかけた。
線路沿いの小道を抜けて曲がってすぐのところで田巻さんの肩をつかむことができてあたしはそれからのことなんて考えてなかったらから荒い息を整えながら「待って」とだけ言った。
「な、なによ」
田巻さんの顔は涙でぐちゃぐちゃで、いつもしかめっ面の田巻さんが泣いているのをはじめてみた。
「あ、あたし! 田巻さんにあやまらなきゃ」
はあはあと息がつまりそうになるのをなんとな唾をのみこんで言葉にする。
「ごめんね、ごめんなさい! あたしずっと知ってたのに……あたし田巻さんが緑川君のこと―――……」
「やめてよ! 私、さーちゃんのそういうところ大嫌い」
え?
言葉には棘があるのに、その声はいつもの怒鳴り声なんかじゃなくて、もすごく優しい声だった。
咄嗟に顔をあげると田巻さんは涙でくちゃぐちゃの顔で笑っていた。
「私も知ってた……緑川君がさーちゃんを好きなのこと、なんとなくだけど知っててさーちゃんが気づかなければいいってずっと思ってた。あの教室の告白も本当はあたしが緑川君を揺さぶったから、あきらめて欲しかったから……」
「え……」
「さーちゃんだって緑川君が好きだったじゃない」
「そんなこと」
「もういいでしょ? 最後なんだから」
田巻さんは頬で乾いていく涙の跡を手でこすりながら笑う。
「そんな顔しないでよ。噂がもっと大きくなればいいってずっと思ってた。あたしは卑怯者なの。告白する勇気もないから……」
「田巻さん……」
「くだらないね。馬鹿じゃんね。でもどうしようもなかったの……さーちゃんが嫌い。大嫌い。だからって謝らないし私は悪くなんかない。だからさーちゃんだって謝らないで、
私のことなんか嫌いでいいから」
「そんなの、あたし田巻さんのこと嫌いなんかじゃ……」
「ほら、迎えがきた。本当、最悪だ。勝手にその気になって勝手にのぼせあがって……私のことなんか少しも想ってくれてなかったなんて……こんなに好きなのに……」
最後の言葉はあたしにではなくて、あたしのうしろに向ける。
こんなに好きなのに。
本人に言うことなく終わっていく田巻さんの気持ち。
それを知っても今のあたしに告白しなよって背中は押せない。
「ほら! ちゃんとつかまえてないと、澤田さんなんてどこ行くかわかんないんだから! 今度はあんたがしっかりしなさいよ!」
あたしの肩をつかんでくるっと回転させる。
回転してすぐに目にはいったのは駅の方から心配した顔をして緑川君が向かってくる姿。
「後悔したらザマーミロって言ってやるから、その時は連絡して」
田巻さんは小声でそう言うとあたしの背中をドンと押した。
「田巻さんっ!」
すぐに振り返ると田巻さんはもう歩き出していて、あたしにはもう追いかけることはできなかった。
「緑川君! 田巻さんを!」
緑川君に叫びながら駆け寄ると「落ち着いて」となだめられた。
「彩、どうしたいの? 僕が追いかけてどうなるの? 僕は彩が好きだけど、そういう所はどうかと思うよ」
緑川君は怒っていた。
静かにあたしに怒りを見せる。
「……」
「それに、そんな事、田巻さんは喜ばないよ」
「うん……」
あたしはちいさく頷いてからもう一度、田巻さんを見る。
あたしも緑川君が好きだから。
ごめんね……。
「さ〜てと、松田さんたちが怒り出す前に駅にもどろう? 僕の責任だってものすごい怒ってるんだからさ」
緑川君はそう言うと手を差し出す。
あたしはためらいもなくその手をとった。
「そうだ! そんなことよりどういうことか説明して! なんで東高校なのよ!」
「あれ? それ言ったよ? 聞いてなかったの?」
「はぐらかさないでよ! バ、バレンタインの時、さよならだって言ったじゃない!」
そうなんだ、あのバレンタインの日。
確かに緑川君はそう言った。
合格したからさよならだって。
「あ〜、あれね。だって学校が一緒でも僕のクラスは特殊だからさ」
「なんで、もうクラスがわかるのよ!」
「わかるよ? そういう条件で東高校を受験したんだから」
「え?」
「僕は特進クラスだから、学校こそ同じだけど校舎も授業時間もまったく別なんだよね」
「トクシン? なにそれ?」
「あれ? 知らないの? 東高校にはね、特別進学クラスってのが学年に1クラスあるんだよね。あそこはかなりのスパルタみたいだよ」
「……へえ」
ただでは転ばない。
確かに緑川君は何も考えてない馬鹿ではない。
そりゃあ、そうだろう……。
あたしはすっかり騙されていたんだから……。
あたしは手をつなぎながら上機嫌の緑川君を横に身震いした。
もしかして、ものすごくとんでもない人に捕まってしまったのかもしれないと……。
※下にあとがきと次回予告がひっそりとあります。
(あとがきパスな方用に見えないようにしています。
■あとがきという名の懺悔■
本日もご来場ありがとうございました!
ちょっと不安な最終話前。
なんとかいろいろな疑問を片付けてみました。
ラスト、最終話はあっというまに終わりますから。
さて次回♪ ☆最終話☆ 恋は盲目
これでラストです!
長かったですが、ここまでこれました!
ありがとうございました!
ラスト1話で完結になります。
最後までよろしくお願いいたします><b




