☆73☆ 合格発表
な、なんとか間に合いましたね。
合格発表はタイトルどおりになってますので。
ひねりもなくてすみません。
緊張の一瞬。
卒業式の緊張なんて目じゃないくらいのビッグウェーブ。
あたしはブツブツとつぶやきながら目の前に張り出されている大きな張り紙から、たった一つの番号だけを探していた。
「345、345……」
受験番号345番。
手に握りしめられている紙に大きく印字されているあたしの受験番号。
ここ数日、あたしは「澤田 彩」ではなく「345番」だった。
東高校はあたしたちの住む地域の駅から4駅はなれた場所にある高校で、電車で30分はかかる。
優ちゃんの東商業は途中、乗り換えがあるから別れてしまうのだけど、2駅は一緒に電車に揺られることができた。
今日の合格発表に向かう前にあたしたちは朝のラッシュをさけ、駅で集合してそれぞれの高校へ向かった。
駅の改札を出る時に野村さんや田巻さんを見かけたけど声もかけずにホームに下りてしまった。
気づくと、向かいのホームに雪ちゃんがいて3人で手を振った。
そのうしろに田巻さんが見えたけどあたしたちを一度も見ずにいる。
あたしは「こんなもの?」と優ちゃんを見ると優ちゃんはふんっと鼻を鳴らした。
卒業式の日、あれだけ緑川君と派手にお披露目したんだから田巻さんだってもう知ってるはず。
それなのに田巻さんとはあの日以来、会ってなかったから何も言われることなく今日までこれた。
昨日の緑川君との電話でも田巻さんの事をそれとなく聞いてみたけど、緑川君にさえ何もいってきてないみたいで少しだけ不安になる。
あの田巻さんが何も言わないなんて……。
不気味なほど静かな反応にあたしはビクビクしていた。
「ほんと、最悪な人だよね」
優ちゃんは不満そうに雪ちゃんのうしろにいる田巻さんを睨む。
「そんな言い方しなくたって……もう一緒に何かするって事はないんだから」
あたしは優ちゃんの背中をぽんっと叩いた。
「そりぁ〜そうだけど、同級生だったんだよ? 声くらいかければいいじゃない」
「おまっ、それキツイだろ。あいつはずっと自分が緑川の彼女になれるって思ってたんだろ? いや、もしかしたらまだ思ってるのか?」
久美が言いながら腕組みをする。
「わーっ! 最悪! あたし本当に嫌いなんだよね。すっごい勘違いじゃん」
「優ちゃん! そんな事いわないで!」
優ちゃんの暴言に思わず声を上げてしまう。
「ごめん」と優ちゃんは目を伏せた。
「田巻さん……何も言ってこなかったんだから。それに、最悪なのはあたしでしょ?」
あたしはずっと田巻さんが緑川君を好きなことを知ってたんだから……。
「そんなこと……」
本当の事だから慰めの言葉もでない。
だけど非難することもしない。
こういう時の優ちゃんは本当に優しくてついつい甘えてしまいたくなる。
だけど、春からはもういない。
あたしは強くならなくちゃなんだ。
優ちゃんに微笑みかけるとパンパンパンと手を叩く久美がいた。
「はいはいはい。誰が悪いとか誰がいいとかやめよーぜ。早い者勝ちじゃないんだぞ?
その辺、田巻さんだってわかってんだろ? だから言えないんじゃないのか?」
久美はあたしたち二人を諭すように指を振りながら得意げに言う。
「言うね〜」
優ちゃんはニヤリと笑うと久美にでこピンをする。
「いって〜な!」
「久美が生意気なこというからよ。あんたこそ先輩に未練タラタラなんでしょ?」
「悪いかよ……オレは絶対にバスケ部にはいって先輩の世界に行くんだからな」
「うっわ〜本気? すごい根性。あたしあんたのそういうところすごいと思うよ。本当、乙女なんだから〜」
優ちゃんは面白いおもちゃを見つけた子供のように笑うと久美の頭を撫でた。
久美は高校こそ追いかけられなくても同じ部活にはいって追いかけると叫び続ける。
あたしはもう一度、雪ちゃんの後ろにいる田巻さんに視線をうつす。
その時、向かいのホームに電車がすべりこんだ。
電車に乗り込んで窓からあたしたちに雪ちゃんが手を振る。
「優ちゃん、雪ちゃんがお先に行ってしまうよ」
あたしが優ちゃんと久美に声をかけると、ふたりも慌てて手を振りはじめる。
「雪ーっ、昼に駅、集合だからなーっ」
「雪ちゃんがんばーっ」
二人の掛け声に圧倒されながらあたしは苦笑する。
停車中の電車の窓から雪ちゃんが細かく手を振る。
そのうしろに背を向けてたっているのは田巻さんなんだろう。
見慣れた背中に胸がチクッと痛んだ。
少しだけ目をそらすと、隣の車両の窓から野村さんの横顔が見えた。
仲のいいグループと固まって楽しそうに笑っているのを見ると少しだけ寂しく思う。
結局、あたしの気持ちは人を傷つけてしまっていて。
野村さんや田巻さんの苦しみなんてあたしにはわからないままで卒業してしまった。
もし、もう一度。
田巻さんと話ができるなら。
あたしはちゃんと逃げないで話すことができるのかな。
それが傷つけてしまう事だってわかっていても、あたしは言わなきゃいけないんじゃないのかな。
でも、そんなのもう無理だよね……。
野村さんの笑顔から田巻さんの背中に視線をうつす。
田巻さんも野村さんも……。
もちろん、雪ちゃんも。
みんな合格するといいね。
あたしは小さく願うように雪ちゃんに力いっぱい手を振った。
プシュッというドアの開閉音とともに電車はゆっくりと走り出す。
そしてすれ違いにあたしたちの乗る電車がホームにはいった。
合格発表を確認したら駅で集合ね。
優ちゃんは笑って途中の駅で電車を降りた。
残されたあたしと久美は少しだけ寂しくなって顔をあわせると情けなく笑った。
ここから新しく始める。
合格してても、不合格でも。
もう戻ることはできないんだから……。
東高校校門をくぐると大きな生徒玄関があらわれる。
見ると玄関前に建てられたベニヤ板の掲示板にたくさんの人が群がっていた。
「えーっ! 合格した生徒さんはこちらに並んで入学要項をもらってから帰ってください! 受験票を必ず見せてもらうので用意してください」
ハンドマイクでピーピーという雑音と一緒に中年の男の人が叫ぶ。
目の前は人の山で、見たことのない制服を着た同じ歳の人間が入り混じっていた。
あたしは大きく息を吸い込むと久美に「いくよ」と合図をだして中にとびこんだ。
掲示板に張り出されている合格者の番号が見える位置までくると受験票をカバンからとりだす。
その間も人の波にもみくちゃにされながらも328番を見つけて視線を下げる。
周りではすでに合否を確認した者が一喜一憂していた。
そして、今。
あたしは運命の一瞬を前にしているわけだ。
「345、345、345……」
「あった! オレもさーちゃんもあるぞ!」
一緒に来ていた久美があたしが見つけるより先に声をあげた。
落ちるはずのない高校なんだからあってあたりまえのはずなのに、実際に番号を見つけると笑顔になり声をあげた。
そして、あたしの目にも「345番」の文字がはっきりと見えて声を上げた。
「あった! 本当にあったよ! 久美ーっやったね!」
あたしと久美は顔を合格発表の掲示板に向けたまま二人で抱き合った。
終わった。
やっと、これで終わったんだ。
そして、ここが新しいステージになる。
優ちゃんも雪ちゃんもいない。
緑川君もいない世界。
見あげると見慣れない校舎があたしの目にうつる。
あたし、強くならなきゃ。
緑川君、あたし受かったよ。
優ちゃん、あたし受かったんだよ。
雪ちゃん、あたし受かったから。
あたしは久美と抱き合いながら小さく飛び跳ね「345番」を見つめ続けた。
※下にあとがきと次回予告がひっそりとあります。
(あとがきパスな方用に見えないようにしています。
■あとがきという名の懺悔■
本日もご来場ありがとうございました!
お決まりのパターンの合格発表シーンでした。
もう、ここまでくると事務的にお話が進むような感じですよ。
最後に田巻さん、どうしようかなと。
だいたいは決まってるんですが、省いてもいけそうかなと。
ちょっと次回のタイトルは仮ということで。
さて次回♪ ☆74☆ それぞれの道(仮
発表後の主要メンバーたちの姿を描きたいなと。
こうなると年末の特番みたいになってます。




