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☆69☆ コサージュ


 クリスマスっぽい話がどうにかして書けないものかなと悩み中。

 特別な日は、特にファンファーレが鳴るわけでもなくて。

 いつもと変わらない朝から始まって。

 いつもと何一つ変わらない時間が流れていく。


 違っているといえば、校門にたてられた大きな「卒業式」と書かれた看板。

 校舎のいたるところにかけられている紅白の幕。

 椅子のない教室。


 あたしは進んでいく時間を止めたくて教室に入ることができないでいた。

 

 「教室にはいらないの?」


 いつの間にか緑川君が入り口を境界線にあたしと向き合うように立っていた。

 それもいつも通りで、今日が最後だなんてとても思えない事だった。

 

 「おはよう」


 あたしは少しだけ気まずそうに微笑む。


 まさか、卒業するのが嫌で逃げ出したかったなんて言えない。


 「おはよう。まだコサージュもらってないよね」


 「コサージュ?」


 「そう。毎年、卒業生がつけてたやつ。これ」


 差し出された小さな透明なプラスチックの箱の中にはピンク色のバラで作られたコサージュがはいっていた。


 そういえば。

 毎年、卒業生が胸に生花のコサージュをつけてた。

 今年はピンクのバラなんだ。

 

 「へえ〜……なんか高そう」


 あたしは箱の中をのぞきこみながら笑う。


 「毎年恒例になってるし、大量注文だから安くはしてもらってるみたいだけど、高いだろうね」


 「だよね。これもらっていいの?」


 「いいよ。配るのが委員長の最後の仕事だから」


 そう言って、緑川君はあたしに箱を手渡す。

 手渡されたコサージュはショーケースの中の宝石みたいにお行儀よく収まっていた。


 「先生の机の上にリボンと安全ピンがあるから、一緒につけてね」

 

 「これにリボンもつけるの?」


 「うん。ついでに言えば、リボンには自分で名前を書くこと」


 「え、名前? 自分で?」


 「そっ。それ名札の代わりだし。まあ、自筆ってとこが経費削減かな?」


 緑川君は微笑む。

 その笑顔に引き寄せられるように教室に足を踏み入れると、教室のざわめきが押し寄せてきた。


 「じゃあ、またあとでね。あ、おはよ〜。藤本さ〜ん、今日で最後なんて僕さみしいな〜」


 緑川君は小さく手をあげると、あたしの後から入ってくるクラスメイトにふざけながらコサージュを手渡していく。

 あたしは緑川君の背中をチラリと見てから椅子のない机の隙間を抜けて自分の席へ。

 椅子こそなかったけど、あたしの机はからっぽのままいつもの場所にあった。


 今日でこの席ともお別れか……。

 やだな……本当に今日が最後なのかな?

 

 机の上にコサージュの箱を丁寧に置くとしゃがみこんで箱の中を見つめた。

 特別なものはコサージュだけのようで実感がわかない。

 

 「さーちゃん、おはよ〜。もう名前書いた?」


 あたしの席のとなりで優ちゃんがリボンをヒラヒラとさせてきいてくる。


 「おはよ。まだだよ、だって今きたとこだもん」


 「じゃあ、このリボン使って。取ったら2枚あったから」


 「ありがと〜」


 あたしは優ちゃんから紅白のリボンを受け取る。

 リボンは中央が白くなっていて、名前を書くスペースがちゃんとあった。


 「これ、緊張しちゃうね」


 隣で優ちゃんがそう言うとあたしはリボンから優ちゃんに視線を移す。

 優ちゃんは真剣な顔で油性マジックを握りしめリボンに名前を書こうとしていた。


 「適当でいいじゃん」

 

 名札だよ?

 ただの名札じゃん。


 あたしは真剣すぎる横顔がおかしくて笑ってしまう。


 「だめだよ! これ、交換してもらおうと思ってるんだから」


 交換?


 あたしは首をかしげる。


 「さーちゃんはもう約束してあるんでしょ?」


 約束?


 さらに首をかしげる。


 「え……約束してないの? 交換しないの? まさか知らないとかいわないよね」


 優ちゃんは名入れ直前であたしのほうに顔を向ける。

 驚いたような大きな瞳で「信じられない」と呟く。


 「先輩たちがコサージュをねだられてるの見たことないの?」


 「あ〜……なんとなく、たぶん……」


 ああ。

 そういえば、去年の卒業式のとき。

 優ちゃんが泣きながらバレー部の先輩に群がってたな……。

 あれってコサージュが欲しかったからなんだ。

 でも、だからって誰と交換するっていうの?

 そんな熱烈にあたしを想う後輩なんかいたかな?


 あたしはう〜んと考え込む。


 「だめだね。最後の日の特別な名札を好きな人と交換するんだよ! 好きな人の書いた名前だよ、すっごいレアなんだよ!」


 「好きな人と……好きな人!?」


 優ちゃんのレアなんだよという言葉にレアってただの名札じゃんとつっこみたくてタイミングを計っていたから、言葉の意味を理解するのがおくれた。

 

 最後の日の特別な名札。

 特別というよりも豪華。

 コサージュという思い出。


 想いを伝えられなかった人にとっては最後のチャンス。

 想いが伝わった二人には当たり前のセレモニー。


 そんなこと全然、考えてなかった。

 それに、緑川君は何も言ってなかったし。


 緑川君はこのこと知らなかったのかな?

 知らないのかもしれないよね。


 あたしはチラッと教室の入り口で忙しそうに動いて委員長最後のお仕事をがんばっている緑川君を見る。


 「大丈夫だって! あいつが知らないはずないんだから」


 「え……」


 一瞬、心を読まれたのかと驚いて優ちゃんを振り返る。


 「ほら! 交換するんだから綺麗に書かなきゃ!」


 優ちゃんはあたしの顔を見てニヤッと笑う。

 勝ち誇ったような優ちゃんの顔が憎らしく見えて、あたしは小さな仕返しを思いついた。

 あたしはその場にしゃがんだまま、机に頭をつけて優ちゃんの必死な姿を眺めて意地悪そうに微笑んできいた。


 「ところでさ、すごい気合はいってるけどさ。熊田君と約束したの?」 


 「えっ! やっ約束なんて……するわけないじゃん!」

 

 仕返し成功。

 優ちゃんの顔はみるみる赤くなる。


 優ちゃんにとっては最後のチャンス。

 だからこそ、そこにある気持ちは半端なものじゃないのもよくわかった。


 あたしは目の端にチラッとうつる人影を確認して、さらに意地悪く続ける。


 「ほら、熊田君がきたよ」


 最後の日なのに遅い登校。

 そんな熊田君を注意しているのか教室の入り口で緑川君とふざけている。


 「かっ関係ないよ! どーでもいいよ」


 「ふ〜ん……熊田君って約束しないと式が終わった頃にはコサージュなんかぐちゃぐちゃにしてそうだよね」


 何気なく熊田君の性格を考えて想像する。

 式の始まる前や終わった後にふざけて胸につけたコサージュなんてあとかたもなくなっていそう。


 熊田君だもん。

 きっとコサージュのことなんて全然気にしないんだろうな。

 たぶん、女の子たちが騒ぐようなイベントなんて興味もないだろうし。


 あたしはクスッと笑う。


 「熊田!」


 突然、優ちゃんが声を上げる。

 そして、勢いよく走り出して熊田君を廊下へ連れ出していく。

 あたしはそれをしゃがんだままポカンと口をあけて見つめていた。


 「何があったの?」


 心配そうに緑川君があたしのところへやってくるとあたしは困ったように笑うことしかできなかった。


 「ちょっとコサージュの危機でね」


 「コサージュの危機?」


 「そ、なんか……」


 あたしはそこで言葉を止めた。

 そして、ゆっくりと緑川君の顔を見上げる。


 まだ胸にコサージュはない。

 最後の日の豪華版名札はまだ緑川君の胸にはなかった。


 約束しないともらえない?

 それとも、約束しなくてもそれはあたしのもの?


 あたしは言葉を止めたまま緑川君の胸をみつめる。


 「ああ、熊田のコサージュ?」


 「あ、うん」


 「あいつ、捨てそうだもんね」


 「そうだよね……」


 あたしは小さく笑う。

 緑川君の肩越しに教室の入り口が見えて、その向こう側で優ちゃんと熊田君がふざけあいながら楽しそうに話をしているのが見えた。


 こんな風にあたりまえのように話ができるのは今日が最後で。

 たくさん笑ったり。

 たくさん怒ったり。

 たくさん泣いた。

 あたしたちは今日でそれぞれの場所へ別れていく。


 胸にツツッと走る冷たいものがあたしを硬直させた。


 「澤田さん? 大丈夫?」


 「あ、うん。ごめん、なんかぼーっとしちゃって」


 「今日が最後だから寂しくなっちゃった? 僕もさみし〜な〜」


 相変わらずバカっぽい緑川君が目の前でふざけると、あたしは笑った。


 バカみたい。

 無理しちゃって。

 あたしにはわかるんだから、本当は真面目すぎるくらい真面目なこと。

 そうやってごまかして、完璧な優等生にはならなかったこと。

 

 あたしは「もうっ」と頬をふくらませるとぷいっと横を向く。

 

 スッと横の影が動くと目の前に緑川君の顔があらわれる。

 二人で机の影にしゃがみこむカタチで見つめあうと、緑川君がニッと笑う。


 「ねえ、コサージュだけど、式の直前でつけてね。もちろん、式が終わって在校生の見送りのときもつけてていいけど、そのあとは僕のものだから」


 「え……それって」


 言い終わらないうちに緑川君は立ち上がる。


 「約束ね」


 あたしを見下ろしながらニッコリと微笑むとまた教室の入り口へもどっていった。


 あたしはペタンと床に座り込んで教室の入り口を見つめた。


 約束って。

 僕のものって。

 それって、交換するってことだよね。

 

 「さーちゃん、床きたないよ?」


 いつの間にか戻ってきていた優ちゃんが怪訝そうに見下ろしていた。


 「うん……」


 「ほら! 名前書いたの? もうすぐ式がはじまっちゃうよ?」


 優ちゃんは綺麗な字で「松田 優」と書きいれたリボンとコサージュをあわせて胸につけようとしていた。


 あたしはゆっくりと立ち上がり。

 優ちゃんから油性マジックをかりると、ゆっくりとリボンにペンをすべらせた。


 僕のものだよね。

 

 名前を書きながら耳の奥でくりかえされる言葉にどきどきしていた。

 まるで、すべてが奪われていくような。


 あたしってどうしようもないバカだ。

 気持ちが加速するのを止められない。

 本当だったら「誰があんたのものなんかに!」って言ってやりたい。

 でも、モノ扱いされるのが嬉しいなんて……本当におばかさんになったんだ。


 リボンを指でなぞるりながら頬がゆるむ。


 本当にバカなあたし。

 今のあたしの気持ちをいつかふたりで笑って話せるのかな?


 あたしは「澤田 彩」と書かれたリボンにピンクのバラのコサージュを重ねる。

 そして、あたしの想いをあらわすように左胸で凜と咲いた。








  ※下にあとがきと次回予告がひっそりとあります。

    (あとがきパスな方用に見えないようにしています。

















 
















 ■あとがきという名の懺悔■


 本日もご来場ありがとうございました!

 コサージュは卒業の場面をとばさなかったら書こうと思ってたので

 やっとここまできた〜と嬉しくなりました。

 あとはもう今の卒業パートが終わったら受験させて終わりですね。

 あと少し、終わるまでは引き締めていきます。

 本当はいろいろお伝えしたいことがいるんですが。

 ラスト近くなのでネタバレしたらひゅぅ〜〜〜んって

 テンション下がっちゃいそうなのでお口にチャックです。

 

 


 さて次回♪ ☆70☆ 卒業


 おおっ! 卒業ですよ。

 卒業式の間にいろいろ思い返すアヤちゃんを書きます。

 回想シーンが多めかもです。

 最終回が近いので予告も短めです。

 


 


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