表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/83

☆68☆ 一緒にいたい


 いろいろとご心配をおかけいたしました><

 また、心機一転! がんばります!!


 整えられた部屋の中央であたしたち4人は黙々と勉強をしていた。

 最初は偶然に出会ってしまった優ちゃんと熊田君が勉強の邪魔になると予想していたけれど、二人の方が夢中になっていて、あたしよりも集中していた。


 オシャレなガラスのテーブルに広げられたいくつものノートと問題集。

 交じり合うお経のような呟き。


 「あーっ! わかんない! なんでこーなるのよ! 答えちがうんだけど!」


 優ちゃんが今にもノートを引きちぎらんばかりに引っ張って大声をだす。


 「何? どこわかんないの?」

 

 緑川君が優ちゃんのノートをのぞき込む。


 「あー、これ? これはさ……」


 優ちゃんの書いた式の横に新しい式を書き込んでいく緑川君は本当に頭がいいんだと実感する。


 「なるほどねー、じゃあこれは?」


 優ちゃんはスゴイスゴイと手を叩きながら次々に問題を解いていた。


 「ん? 澤田、ここ間違ってるぞ? 」


 あたしのノートを熊田君がのぞきこむ。


 「えっ! うそ! もーっやだー……」


 あたしはもうダメとばかりにノートを投げ出す。

 優ちゃんの問題を一緒に解いていた緑川君は一瞬、チラッとこちらをみたけどそれだけだった。


 「あー、これはな、Xに4を代入するんだ」


 「4を? 4ってどこからでてきたの?」


 「マジかよ……4は―――」


 熊田君は丁寧にあたしに教えてくれて、大嫌いな二次関数もいつもよりは楽にとけていった。


 「ありがとう! すごいね、熊田君って頭いいんだね」


 ふたりでひとつのノートをのぞき込みながら、あたしは少しだけ横を向いて微笑んだ。

 すぐ隣にある大きな男の子の顔はみるみる赤らめていくのがわかった。


 「ばっ! ばっか! これくらいできないでどーすんだよ!」


 勢いよく身体を起こして、熊田君は大げさに離れる。

 

 「だって、苦手なんだもん……」


 口を尖らせて言うと目の前にいた緑川君が立ち上がった。


 「ちょっと休憩する? 飲み物でも持ってくるよ」


 緑川君はテーブルを囲んでいるあたしたちを見下ろしながら微笑んで部屋を出て行った。

 流れるような動作に誰も何も言えずに閉められたドアを三人で見つめる。


 「なにやってんの?」


 突然、不機嫌な優ちゃんの声が身体をビクッとさせる。


 「は?」と熊田君が答える。


 「は? じゃないでしょ! さーちゃんもだよ。わかんないなら緑川に聞けばいいじゃない。なんで熊田にきくのよ」


 「え……だって」


 「だってじゃないよ、今の絶対、面白くなかったと思う。あたしはそう思うね」


 優ちゃんの鋭い視線があたしを責める。


 そんな……。

 だって、優ちゃんが緑川君を独占してたんじゃない。

 それに、熊田君が偶然、あたしの間違いに気づいただけだし。

 

 「あちゃ〜……オレとしたことが! 澤田ごめんな」


 熊田君まで頭を抱えてうずくまる。


 「何が?」


 「ばっかだな! あんたと熊田がくっついて楽しそうにしてたら面白くないでしょーが!」

 

 うんうん。と熊田君は頷く。


 「え……誰が? え、緑川君?」


 あたしは二人の顔を交互に見ながらわけがわからなかった。


 そして、出て行く直前の緑川君の表情を思い返す。

 いつものように笑っていたし、冷たい印象はない。

 

 「怒るのとは違うんだよね〜。面白くないんだよ」


 優ちゃんはふんっ! とそっぽを向く。

 まるで、あたしも面白くなかったから、と言いだしそうな顔だった。


 なるほどね。

 優ちゃんはあたしが熊田君と楽しそうで嫌だったんだ。


 ただそれだけなんじゃない。

 

 少しだけ優ちゃんの恋する乙女モードにムッとする。

 そんなあたしに気づいたのか優ちゃんは目を見開いて部屋のドアをビシッと指差す。

 

 「行きなさい! さりげなーく手伝うとか言って」


 「え、そんなのやだよ。絶対おかしいって思われるって!」


 「そんなの気にしないで行きな! 今からこんなでどーすんのよ。高校行ったらもっと不安になるよ? 離れたらもっと不安いっぱいだよ!」


 「優ちゃんだって知らないくせに……」


 口を尖らせて反発するあたしに優ちゃんは「命令だよ!」とさらに指差す腕をグングンと振る。


 「まあ、いっとけ。どう思ったかはわかんないけど、今日のこの集まり自体が期待はずれだったんだろうし。な?」


 ニヤリと熊田君は笑う。

 その意味深な笑みにあたしは一瞬ドキッとして少しだけ腰を浮かせた。


 「ほら!」


 極めつけに優ちゃんの言葉が背中を押してあたしは部屋を追い出されてしまった。


 廊下に出ると、下からカチャカチャッと微かに食器のぶつかる音がしていて、緑川君がここにいるよと合図をしてくれてるみたいに聞こえた。


 「離れたら……か」


 あたしは小さくため息をつくと階段をおりて音の方へ。


 卒業まであと2週間くらいしかない。

 こんな風に優ちゃんと言い合うのも、笑うのも、あたりまえの事じゃなくなっちゃう。

 あと2週間で何かが変わる。

 3年間、あたりまえのように一緒だった緑川君も。


 「緑川 翠」という男の子と真っ直ぐ向き合ったのは最近のこと。

 それまではこんな大きな家に住んでることも。

 本当はただのバカじゃないことも。

 言い表せないけど、何かが特別なのも。

 全然、知らなかった。


 足音をたてないようにゆっくり階段をおりる。


 玄関から真っ直ぐにのびた廊下を歩き大きなリビングがあらわれると思わず言葉がもれた。


 「すご……」


 広いリビングに大きな液晶テレビ。

 おまけに部屋の隅には暖炉まである。


 何ここ……。

 外国?


 「お邪魔しまー……す」


 小さな声でそう言うと床に敷かれた高そうな刺繍の絨毯につま先で立つ。

 そして、小さな音に聞き耳をたてる。


 カチャカチャという音は広いリビングの奥から聞こえていた。

 ゆっくりと奥へ足を踏み入れると、いわゆるリビングに備え付けられている簡易キッチンの脇の大きな飾り棚からティーカップを出している緑川君を見つけた。

 あたしが簡易キッチンのカウンター前に立つと緑川君が少しだけ目であたしを確認するとすぐに視線をティーカップにもどす。


 「……何か手伝おうか?」


 なんとか突破。

 優ちゃんの言ったようにさりげなくきくことができて少しホッとした。

 緑川君はあたしの言葉に振り返ると微笑んだ。


 「部屋で待ってていいのに」


 「だって……」


 「その顔だと、また松田さんに何か言われた?」


 普段と何も変わらない優しい緑川君がそこにいた。


 「うん……あたしが無神経だって」


 「へえ、松田さんも言うね〜」


 緑川君は「自分のことを棚にあげて」と小さく笑う。


 「手伝うよ」


 緑川君の隣に立つと耐熱ガラスのティーサーバーの蓋をあけ近くにあった紅茶の葉を入れた。

 缶に入った茶葉がふわりと紅茶の甘い香りを漂わせる。

 家で飲むティーバッグの紅茶とは一味ちがう香りにうっとりとした。


 「お湯、いれるから」


 緑川君は鼻をふんふんいわせて立っていたあたしをおかしなものを見るように笑う。


 「やっ、う、うん……」


 あたしは慌てて一歩うしろへ下がる。


 「この紅茶、おいしくないからね」


 期待してたらごめんと申し訳なさそうに緑川君は笑ってケトルからお湯を注ぎ込む。

 あたしは鼻をピクピクと動かしてた事が恥ずかしくなってうつむいて、恥ずかしさを吹き飛ばすように話をつなげる。


 「アールグレイでしょ? あたしは好き」


 「こんな臭いヤツが?」


 「臭いって……」


 あたしは苦笑しながら顔をあげると、細い注ぎ口のケトルから湯気が上がっていて緑川君の笑顔をぼかす。


 「僕はコーヒーの方が好きなんだけど、入れるの上手じゃないから」


 緑川君の甘い微笑みと湯気が一緒に広がって、甘いアールグレイの香りにとろけそうだった。


 もっと早くに気づけばよかった。

 そしたらもっと時間はあったのに。


 あたしは唇を噛む。 


 「ごめんね……今日、優ちゃんたちつれてきちゃって」


 ティーカップにピカピカのスプーンをのせながら隣の人物に全神経をむけていた。


 「いいんじゃない? 邪魔してないし。アヤの勉強の邪魔になるんだったらダメだけど」


 「そんなに勉強させたいの?」


 「まあ、僕のせいで公立受験失敗なんてさせたくないしね」


 ティーサーバーの蓋を閉めながら、緑川君は満足そうに整えられたティーセットを見つめていた。


 「そんなの……どうでもいいのに」


 甘い香りがあたしの心を柔らかくしていくのを感じる。


 「そんなの……あたしはただ……」


 「え?」


 言ったらダメ。

 言ったら困らせる。

 言ったら……。

 

 泣いてしまうかもしれない。


 「せめて朝くらい……」


 「何が? 朝?」


 不思議そうに首をかしげる緑川君にあたしは言いかけた言葉を何度も飲み込む。


 「言いなよ、もうここまで言ったんだから」


 緑川君は「どうぞ?」とキッチンに寄りかかり腕をくみながらあたしを見つめる。

 あたしはすっかり聞く体勢にはいってしまった緑川君を前に深呼吸した。


 「だから……朝くらい、いっ、いいじゃないって言ったの!」


 挑戦的に言い放つ言葉はあたしには精一杯の告白。

 

 自分でも驚くくらい胸が軽くなる。

 

 「朝くらいって?」


 「だから……それは……緑川君が何回も東高校に行けって言うから、私立に行けば登校は一緒にできるのに……あたしが一緒じゃ嫌なのかな? って思って」


 言いながらも顔が熱く火照る。


 「え……」


 あたしの言葉に緑川君は驚いているようだった。


 「あたしは……ただ……高校は離れちゃうけど! 少しでもって……」


 あたしのひとつひとつの言葉に緑川君は固まっていた。

 それもそうだろう。

 こんな乙女発言をするようなキャラではなかったはず。

 でも、それだって。

 全部全部! 緑川君のせいなんだ!


 あたしはきょとんとする緑川君をまっすぐ見つめる。


 もう、こうなったら全部言ってやるんだ。

 優ちゃんだって恋する乙女モードになるんだもん。

 あたしだって!


 あたしは上目づかいに緑川君を見つめた。


 「だから! いっ、一緒に……いたいって……思ったらダメなの?」


 その時のあたしに計算なんかできるはずもなくて。

 ただ、もどかしい気持ちをどう伝えていいのかわからなかった。


 一緒にいたい。

 離れたくない。

 高校だって一緒がよかった。

 

 でも、もう遅い。

 もう、緑川君は手の届かない場所へいっちゃう。


 あの時、あの二人で歩いて帰ったあの日に二人でがんばろうって言えばよかった。

 少しがんばって、泉高校を二人で受験すればよかった。


 たくさん後悔したし、今もしてる。


 「うそ……だろ?」


 緑川君は小さく呟くとあたしに背を向けた。


 あたしは緑川君の背中に手を伸ばす。


 いつの間にか大きくなった背中。

 いつもバカな事ばかりして叩いていた背中はいつの間にこんなに大きくなったんだろう。

  

 あたしはそっと背中に触れる。


 「一緒がいい……一緒にいたい……離れるのがこわいよ……」


 何度も何度も同じような言葉を繰り返す。

 困らせたかったわけじゃない。

 どうにもできない事もわかってる。

 でも、わかってほしい。

 自分勝手だって怒ってくれてもいい。

 それでも、伝えたいの。


 「ごめんね……こんな事、迷惑だよね……今更だよね……」


 触れたシャツの向こう側から緑川君の体温が伝わる。

 この距離がうれしくて、つい笑ってしまう。


 「ごめ―――……」


 そう言いかけた瞬間に何かが起こった。

 目の前の背中は消えて一瞬のうちに白いシャツに頬を押し付けられる。


 「めちゃ嬉しい……くそ〜、不意打ちはマズイって!」


 頭を抱えられるように抱きすくめられているとわかったのは、耳の上の方から聞こえる声をきいたとき。


 「熊田と仲良くしてたの見たときはもう頭がおかしくなるかと思ったけど、これで帳消しだ」


 「え? やっぱり……」


 やっぱり、面白くなかったの?

 きこうとして顔を少しだけあげると、あまりに近くに緑川君の顔があったからびっくりして元にもどす。


 「離れてたらオレの方がおかしくなるかも……」


 甘い囁きがクラクラさせる。

 

 って。

 あれ?


 「今……なんか……」


 うつむきながら小さな違和感に首をかしげる。


 今、なんかいつもと違った。

 あっ!

 

 「今! オレって言った!」


 勢いよく顔を上げるとニヤリと緑川君が笑う。

 

 「それは表側」


 「なに……それ……」


 「まあ、まだお互い知らないことが多いって事だよ」


 クスッと嬉しそうに笑ってあたしの頭をもう一度抱きしめる。

 シャツに頬をあてながら、あたしは言葉の意味をぐるぐる考えた。


 「それって……秘密が多いってこと?」


 「さあ?」


 胸を通して聞こえる緑川君の声は特別な響きがあった。

 今はそんな小さな疑問よりも大切な言葉がききたかった。


 この特別な響きでききたい言葉。


 「ねえ……あのさ……あたしの事、離れても好きでいてくれる?」


 心臓の音が耳に届く。

 少しだけ速くて深い音。

 緑川君の存在する音。


 「うん……好きだよ」


 深い胸の中から響く声。

 あたしを想う声。

 あたしが想う人。


 「本当に?」


 あたしは胸から耳を離し顔をあげてきく。

 そこには今までに見たことのないほどに赤い顔の緑川君が頬を緩ませていた。


 「顔……赤いよ?」


 「ばっ! そういう事言わない!」


 少しだけ身体を離して緑川君はあたふたと動きだす。

 その姿に思わず笑ってしまう。

 

 これが答え。

 この慌て方は本物。


 「お取り込み中悪いんですけど、飲み物冷めてるんじゃないの?」


 突然の声にあたしも緑川君もおもいっきり飛び上がって離れた。


 「なっ! 優ちゃん!」


 リビングの入り口にニヤニヤと笑う優ちゃんと熊田君が立っていた。


 「おっそいからさ〜、迎えにきちゃったよ」


 「スイスイ君のエッチ〜」


 二人はゆっくりと近づいてくる。


 「おっ、スイスイ君がゆでタコさんだ〜」


 熊田君は珍しいものを見るように目を丸くする。

 

 「ほっとけ!」

 

 「どーでもいいんだけど! この紅茶冷たい。いれなおしてきてよ」


 優ちゃんは紅茶を一口飲むと、あたしの腕をひっぱる。


 「熊田を貸すから二人でやって。さーちゃんは勉強してるから。ったく、油断も隙もあったもんじゃないってこーいう事を言うんだね……」


 眉をひそめながら優ちゃんはあたしを二階へひっぱる。

 リビングを出るときに、緑川君が視線を合わせて笑ってくれたのが胸の中でふんわりと残った。


 卒業まであと2週間。

 もうすぐすべてが変わる。


 それでも、今は緑川君の言葉を信じられた。


 離れてもずっと好き。

 それは本当に永遠に続く想いだと思えた。








 ※下にあとがきと次回予告がひっそりとあります。

    (あとがきパスな方用に見えないようにしています。
















 
















 ■あとがきという名の懺悔■


 本日もご来場ありがとうございました!

 甘めでいかがでしょう? ちょっと糖度を下げすぎ?

 一応、以前いただいたご意見・ご感想の中のご要望をとりいれて

 「甘え」というテーマで書いてみました。

甘え上手ではないので、上手く書けませんね;;

上手な甘え方を教えてほしーーーっ!

 

 

 


 さて次回♪ ☆69☆ コサージュ


 とうとう卒業式です><

 やったーっ! 終わりが見えそうですよね〜。

 卒業式に交換するって言ったら卒業証書とか、古いとこで第二ボタンとか?

 ちなみにあたしは高校卒業のときに学ランをもらいました。

 中学の時は後輩にリボンをとられました。

 予備があったので受験のときはセーフでしたよ♪


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ